#物書きのみんな自分の文体でカップ焼きそばの作り方書こうよ

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#物書きのみんな自分の文体でカップ焼きそばの作り方書こうよ

「きぬ、山葵はあるか。あるなら持ってきてくれ」

 加藤清十郎は風呂敷に荷物を束ねながら、ばあさん女中のきぬに聞いた。あったかしら、ときぬが台所へ行き、戻ってくると小さな布巾に山葵を包んで持ってきた。

 「お出かけですか。」

 「道場に行ってくる。向こうで食うものがあるから、昼餉は要らん。」

 ほほ、そうですか、ときぬが微笑んだのは、なるほど食通の清十郎がまた何か美味い食べ物を見つけたのだなと思ったからだった。美味い食べ物を見つけると、何かにつけて腹を減らしそれを食う、という清十郎のその行動をきぬは長年見てきており、ここ最近となってはどんな美味いものを食べてきたのか、それを聞くのがきぬの楽しみにさえなっている。

 清十郎は南町奉行所に仕える内与力で、周囲には食通と知られていた。その日は非番で、清十郎は久方ぶりに道場に顔を出した。かつては高弟に数えられていた清十郎だが、寄る年波、内与力という役職の忙しさもあり、道場からは暫く足が遠のいていた。明け九ツまで竹刀を振るい、汗を流すと茶室の縁側に腰掛けた。

 ───ふう・・・・・。

 暫く刀を振るっていなかったとはいえ、かなりの運動になったな。清十郎は己の弛んだ腹を右手で摘みながら、左腕で額の汗を拭った。

 ───かなり・・・・・。

 腹が減ったな。弛んだ腹を摘んでいた右手で、今度は胃の部分を撫でた。腹は十分に減っており、いよいよという気持ちで清十郎は風呂敷に手を伸ばし、それを広げた。中には箸、おろし板、蓋をした小さな徳利、油時計、先ほどの山葵、そして白い箱が入っている。

 清十郎が部下に抱える宮村惣右衛門は南町奉行所に仕える隠密でありながら、その役職を隠す為に町人に身分を偽り、南町にある朝顔屋という飯屋で料理人として働いている。宮村は元々は料理番に仕える料理人であったが、隠密の任を与えられ、町人としてその姿を世から忍んでいたのだった。その宮村が今度、将軍の所望する肉料理を学ぶ為に出島まで南蛮渡来の料理を学びに行き、帰って来た宮村から清十郎が、この白い箱、「かっぷ焼きそば」なる物を手に入れたのは一週間前の事である。


 「加藤殿、このような場所まで!」

 「よいのだ、今日は客として来たのだ。」

 南町奉行である遠山景元からの隠密の任を密かに宮村に伝えにやって来るのは清十郎の役目であった為、突然朝顔屋に現れた清十郎に、宮村は目を白黒させた。

 「出島はどうだった。」

 「はい、多くの学びがありました。加藤殿にも色々と食べていただきたいのですが・・・。」

 宮村は狼狽えながら、あれはこれはと周囲を見渡した。"カリ粉"や"そうす"など、出島で手に入れてきたものがあれこれと目に付く。

 「何しろ、美味いものばかりを学びましたので、何をお出ししたらいいか。」

 「珍しいものはあるか?」

 数秒沈黙したのち、はい!と応えると宮村は台所へ行き、戻ってくるとその手には白い箱を持っていた。

 「惣、これは・・・何だ?」

 「はい、"かっぷ焼きそば"でございます。」

 「"かっぷ焼きそば"・・・。」

 清十郎には、それはただの白い箱に見えた。皿や何かしらの器に乗って出てくるものだろうと思っていた清十郎はその白い箱をまじまじと見つめた。

 ───これは一体・・・・・。

 何なのだろうか、果たして食い物にも見えないが・・・。清十郎は訝しげにその白い箱を手に取り、持ち上げた。まるで空気でも持ち上げたかの様な軽さだった。なるほど、干し蕎麦のような食べ物に違いないと清十郎は思った。

 「軽い!この白い箱に中身は入っているのか?」

 「入ってございます、それはもうたっぷりと。」

 「"かっぷ焼きそば"という名だが、これが蕎麦だという事は名前から分かる。焼いてあるという事も分かるし、更にこの軽さから麺を干しているという事は分かるが・・・"かっぷ"というのは外国語か?」

 「左様です。"かっぷ"とは南蛮の言葉で、"器"という意味だそうです。そしてこの"かっぷ焼きそば"の"かっぷ"は加藤殿が今お手に持たれているその白く四角い箱の事です。南蛮に普及している"ぷらすちく"なる材料で出来ています。」

 清十郎は改めて手元の白い箱を見た。よく見ると、器と蓋の様な作りになっている事が見て取れた。しかし、あまりにも軽すぎる。

 「惣、これはもう蓋を開けて食べてもいいのか。」

 清十郎は待ち切れずに宮村に聞くと、宮村は首を横に振った。

 「このかっぷ焼きそばは、今のままでは食べられませぬ。いえ、恐らく食べられないこともありませんが・・・美味しく食べるには、湯で"戻して"から食うのであります。」

 「湯で"戻す"?干した蕎麦と同じ要領か。」

 「いえ、加藤殿。このかっぷ焼きそばは"そば"と名が付きますが、我々の食べる蕎麦とは違うものであります。」

 なんだと?清十郎は更に訝しげに手元の白い箱を睨みつけた。蕎麦という名なのに蕎麦でないという、宮村の説明に清十郎はもっと興味をそそられた。

 ───果たして・・・・・。

 "かっぷ焼きそば"なるこれは一体これは何なのだ?清十郎は宮村に問いかけた。

 「このかっぷ焼きそばは、"支那そば"を四角く成形しながら油で揚げたものでございます。支那そばとは蕎麦粉でなく、小麦粉と"かん水"と呼ばれる支那の水で練られた麺の事。油で揚げられた支那そばの麺は水分が飛び軽くなります。その飛んだ水分を湯で戻し、"そうす"と呼ばれる野菜や肉の味を引き出した南蛮の"たれ"で味付けして食すというものなのです。この"かっぷ"、つまり白い器には、揚げた"支那そば"、味付けの"そうす"、そして具となる、干し肉と干し野菜が一つに入っているのです。南蛮では、これが庶民の昼餉として親しまれているそうです。某も出島から色々と持ち帰っては来ましたが、このかっぷ焼きそばは四つだけ。そのうちの一つ、加藤殿が召し上がってください。」

 「なんと・・・。」

 清十郎は言葉を失った。

 ───まさか・・・・・。

 こんな白い箱ひとつに、南蛮の料理が詰まっているなんて。清十郎はひどく驚き、焼きそばの"ぷらすちく"の蓋を開いた。そこには四角く成形された黄色い麺の塊があり、その上に"そうす"なる調味料が、見た事も無い材質の透明な袋に入って置かれていた。これは醤油ではないのか?という清十郎の問いに、宮村は首を横に振る。

 「加藤殿。このかっぷ焼きそばは、その仕込み方法ゆえ半年はものの味が落ちません。我々のような隠密にとって、保存食かつ美味なゆえ、有用なのであります。」

 「なんと!半年も。」

 「醤油を用いても・・・恐らく美味しくいただける方法もあるとは思いますが、本日は某が正しい"かっぷ焼きそば"の食し方を教えましょう。」

 「出島帰りの惣にこれの食べ方を聞かないことには、始まらないからな。」

 「まず蓋を取り、この"かっぷ"の中に入っている"そうす"の袋を取り出します。」

 宮村はかっぷ焼きそばの蓋を取り、そうすの袋を取り出した。

 「そうしましたら、具となる干し肉や干し野菜は既にこの"かっぷ"の中に既に入っていますから、この揚げた麺が浸るくらいまでお湯を注ぎ、蓋をするのです。」

 そう言うと宮村はぷらすちくの箱を差し出して見せて、こちらの線までお湯を注いでくださいと続けた。

 「加藤殿、この蓋の淵をご覧になってください」

 そう促され、清十郎がぷらすちくの蓋の淵を見ると、切り込みが入れてある事に気が付いた。

 「この切り込みというか・・・穴は何なのだ?」

 「注いだ湯を、この穴から捨てるのです。この穴の径は、支那そばの太さよりやや細くできている為、湯を捨てる際にも麺が飛び出ることはございません。」

 ご覧ください、と宮村は箱に蓋をかぶせると、蓋の端を持ち、箱ごと傾ける仕草をして見せた。

 「このように、しっかりと蓋を持って湯を切るのです。穴から麺が飛び出ることがなくとも、この蓋が開いてしまっては中身が全て溢れてしまいますゆえ、ここは特にしっかりと持っていただきたい。」

 その宮村の仕草を見て清十郎は愕然とした。

 ───つまり・・・・・。

 このかっぷ焼きそばは、その器から麺を取り出す事なく、麺を湯で、湯を切り、味付けをし、食べる事ができるというのか!清十郎は脳天に雷の落ちた気分だった。普段自分が食しているものとは、その食べ方、あり方など全てが異なっていた。

 ───なるほど、南蛮渡来とは・・・・・。

 これほどのものか。清十郎は唸った。

 「このように、じゃっじゃと湯をしっかり切りましたら、蓋を開け先ほど取り出した"そうす"をかけ、混ぜて食うのです。」

 「待て待て、惣よ。湯を注いだらすぐに湯を捨てていいのか?」

 「おっと、その説明を忘れていました。お見せしたい物があります。」

 宮村はそういうと、台所からある物を取って持ってきた。見たところ、珍妙な形の透明な容器に液体が詰まっている。

 「これは一体?」

 「油時計でございます。これも出島から持ち帰った品の一つです。この油時計の下の方には色の付いた油が溜まっておりまして、これをひっくり返しますと、今度は色の付いた液体がまた下方にぽたぽたと流れ落ちます。この流れ落ちきるまでの時間で、刻を計るのです。大体、この油時計の油が全て落ちきる刻の間、湯を切るのを待っていただけると、美味しくいただけます。」

 清十郎は、はははと大きく笑った。なるほど天晴れだと言い、宮村の背中を叩いた。

 「つまり、このかっぷ焼きそばに湯を注ぎ、その油時計をひっくり返し、ぼけーっと待ち、湯を捨て、そうすを混ぜれば、どこでも南蛮渡来の料理が食えるということか!」

 宮村、見事だ、天晴れだともう一度大きく笑い、また宮村の背中を叩いた。大層喜んだ様子の清十郎の様子に、宮村はありがとうございますと頭を下げた。上司という立場の者に喜んでもらえる事も勿論だが、宮村は人に美味い食べ物を食ってもらえる事を特に好んだので、この清十郎のはしゃぎぶりが嬉しかった。宮村はそうだ、と言って手を打つと台所から小さな徳利を持ってきた。

 「お好みでこちらを使いながらお食べになってください。」

 徳利の中には白い液体のようなものが入っている。

 「これは一体?」

 「"まよねえず"と呼ばれる調味料でございます。油と卵、酢を混ぜたものです。出島でその作り方を学んできましたので、これは某が作りました。」

 「惣のお手製か。なるほど、よく勉強してきたようだな。」

 「中には、これに練り辛子やおろし山葵などを混ぜてかっぷ焼きそばと共に食す人もいます。よろしければ試してみてください。」

 清十郎はよく宮村を褒めると、感謝の言葉を伝え、朝顔屋を後にした。


 ───湯を・・・・・。

 沸かさんとな。清十郎がどっかりと立ち上がろうとした所に、道場の師範である牧村五郎右衛門が通りがかった。

 「加藤どの、久方ぶりですな。」

 「五郎右衛門か、久しいな。稽古はどうだ?」

 「ええ、いつもと変わりなく、そろそろ茶にでもしようかと・・・加藤どの、その箱は?」

 聞いてくれるか、と言うと清十郎は牧村にかっぷ焼きそばがどんな食い物であるかをやや興奮気味に、とくとくと説明した。なるほどそういう事でしたら、と牧村は湯を持ってきて、茶にするところでしたので、と言い清十郎の隣に腰掛けた。清十郎が急須の湯をかっぷ焼きそばにかけると、嗅いだ事のない匂いが立ち上った。

 ───油で揚げた麺の・・・・・。

 独特の匂いだな、と清十郎は唾をごくりと飲み込みながら、かっぷ焼きそばに蓋をした。油時計をひっくり返すと、青い油はぽたぽたと下方へ垂れ始めた。牧村がその油時計の様子を珍妙そうな目で見るので、清十郎はこれまたやや興奮気味に、これは南蛮渡来の道具であると説明した。油時計の油が落ちきると、清十郎はいよいよという表情でかっぷ焼きそばの蓋をしっかりと握りながら持ち上げた。

 ───ここが正念場・・・・・!

 清十郎はむむむ、と唸りながらかっぷ焼きそばを傾けた。穴からはじょろじょろと湯が流れ出てきて、あたりに湯気が立ち込めた。その様子を見ながら牧村はおおっと感嘆の声を上げた。宮村に教わった通り、じゃっじゃとしっかりと湯を切り、蓋を開けた。立ち込める湯気は先ほどより一層独特の匂いを放っていた。しっかりと湯で戻りつるつるになった黄色い麺に、清十郎は辛抱たまらんという表情でそうすの包を切り開け、それをかけた。箸でかき混ぜると、清十郎の嗅いだ事のない強烈な匂いが立ち込めた。

 ───これは!

鼻の奥を刺激するような、それでいて食欲をそそるような、全く嗅いだ事のないそうすの匂いに、清十郎は膝を打った。牧村が興奮した様子で某にも見せてくだされというので、清十郎は自慢げにそれを差し出した。

 「肉も野菜もしっかりと入っておりますね。」

 「すごいだろう!南蛮渡来とはこうでなくては!」

 意気揚々と言い放つと、いよいよ箸で麺を掬い上げて口に運ぶ。

 ───・・・・・!

 声にならない声が突き上げた。清十郎は唸る。そうすの舌先に来るようなぴりりとした絶妙な辛味、そして食欲をそそる香り、そして麺との絡まり、全てが人生の中で初めての味わいであった。

 ───これは美味い・・・・・。

 五郎右衛門も一口食え、と興奮気味に勧めた。牧村は、ンーっと唸り声を上げ、美味いです、美味いですと喜んだ。続いてこちらは、と言うと清十郎は徳利の詰蓋を抜き、まよねえずを箸で掬って、麺の端の方にちょんと添えた。これを麺と一緒に啜る。

 ───さらに美味い!

 驚いた、という表情で清十郎は牧村の顔を見た。湯で戻した際に抜けた揚げ麺の油分がまよねえずによって加わり、更に卵のこってり感とちょうどよい塩梅の酢の酸味が更に食欲をそそった。五郎右衛門も試せ!いよいよもって興奮した様子の清十郎に、牧村もはしゃいだ。そして最後は、と言うと山葵をおろし、ほんの少しだけまよねえずと混ぜ合わせ、麺と共に啜る。

 ───宮村め!

 とんでもないものを食わせてくれたな、と強く膝を打った。山葵の香りがそうすの香りと共に鼻に抜け、如何とも形容しがたい、素晴らしい味わいを生み出していた。清十郎はまよねえずを加えたり、加えなかったりしながらかっぷ焼きそばを平らげると、牧村としばし歓談し、道場を後にした。

 ───今度・・・・・。

 これ程の物を食わせてくれたのだ、宮村に茶屋の酒でも飲ませてやらねばなるまい。あわよくばその時にでも、またかっぷ焼きそばを食えたら・・・。そんなことを思いながら、清十郎は帰路に着いた。

 戻ったぞ!といつになくご機嫌で帰ってきた清十郎を、きぬはまたほほ、と笑いながら出迎えた。

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