梅のおまけ 修道士とじゃがいも
“差し入れしてくれるって? じゃあアイスがいいな。期間限定・北極味!”
依頼人のリクエストに応えるため、直樹は製作現場から一番近いコンビニに寄ることにした。
自転車を停めて入り口に向かうと、20代前半くらいの女性がドアを開けて入店するところだった。その人が後に続く直樹のために、ドアを押さえてくれているのが分かり、直樹はどうも、と小さな声で礼を言った。
まっすぐ奥の冷凍庫に向かって進み、指定のアイスを3本取り出す。目付きの悪いペンギンが目印だ。パッケージはまったく高級感がないのに、極上バージョンかつ期間限定品だからか、価格は高級アイス並みだ。だからって一緒に並べる? 隣の高級アイスが妙にチープに見えるよ。
そうだ、ジュースも買うんだった。
作業をしている塗装ブースは空調がきいているが、そこから一歩踏み出せば灼熱地獄だそうで、水分補給が追い付かないような話をしていた。多めに買っていこう。
冷凍庫の並びの飲料売り場で、飲み物を選んでいると、すぐ隣で、“え、ないの?”とつぶやくのが聞こえた。冷凍庫の前にいるのは直樹のすぐ前に入店した女性だ。
女性は、絶望という言葉が合いそうな表情をして肩を落とした。目的の商品がなかったのが、相当ショックだったようだ。
もしかして僕が買い占めたせい?
直樹が3本取ったため“ペンギンアイス・極上の期間限定・北極味”の売り場は空になった。
彼女の目的がペンギンアイスだとしたら少し申し訳ない気がする。本当は2本あれば十分で、他のアイスの3倍近くするような高級アイスを自分の分まで買う気はなかった。
“ナオちゃんも食ってみろよ。アイスの常識が変わるから”と言われたから、付き合って食べてみるか、くらいの気持ちで手に取っただけだ。北極味なんて言われたら、少し気になるもんね。
女性がその場から離れると、直樹はそっと冷凍庫の前まで行って、中に目を走らせた。やはり在庫切れになっているのはペンギンアイスだけだ。
僕は、彼のように、川に落ちた人やカツアゲされてる誰かを助けるようなことはできない。それに、こういう時のスマートなやり方も知らない。でも――。
ゲームキャラクターのコスプレ衣装を着て、鏡に映った自分の姿を思い返した。僕は修道士ジェイク。だから“私なりに最善を尽くします”ってことで。
直樹はかごの中の1本を急いで棚に戻すと、女性の姿を探した。ゆっくり歩いていたのか、その女性はまだ店を出ていなかった。
「あの、すいません」
「え?」
「探してるのって、このアイスですか?」
直樹がかごの中の商品を指さすと、女性は、不思議そうな顔をしてうなずいた。
「奥の方に、まだ1本残ってましたよ」
当然ながら、女性は “まさか”という色を顔に浮かべたが、直樹が真面目な顔でうなずくのを見て、再び冷凍庫へと引き返して行った。
この夏、半ば強制的にコスプレコンテストの出場メンバーに参加させられた直樹だが、やってみると意外な効用があった。自分をゲームFDMの修道士と思えば、大抵のことは落ち着いてやれるし、オタク限定とは言え、いろいろなタイプの女性十人に囲まれていたせいか、女性と話すのに前ほど緊張しなくなった。
会計を済ませた直樹が店を出て、自転車まで戻ると、先ほどの女性が近づいてきた。さっきの絶望顔が嘘のような、優しい微笑みを浮かべている。
「アイス、譲ってくれてありがとう」
「はは」
だよね。あんな言い方じゃ、すぐにバレるよね。
「ごめんなさい。アイス1本であんなにしょんぼりしちゃうなんて、大人げなかったわね」
「いえいえ」
可愛いもんですよ。“北極味じゃねえなら、暴れてやる!”とか平気で言っちゃう自称(詐称)27歳に比べたら。
「このアイスには、ちょっと思い入れがあって。このコンビニも」
女性が少し寂しそうに微笑んだ。
「だから、引っ越す前にこのお店でこのアイスを買いたかったの」
本当にありがとう、と頭を下げられ、きまりが悪くなった。
「お気になさらずに。僕は、頼まれた分が買えれば良かったので」
直樹が恐縮していると、
「良かったら、これもらってくれない?」
女性が差し出してきたのはレシートのように見える紙片だった。
“大当たり! 次回ご来店時に1本プレゼントいたします”
「いいんですか」
「ええ、君がこの3本目を買っていたら、その時に出てた当たり券だと思うし、このお店じゃないと引き換えられないみたいだから」
確かに“ご購入店舗でお引き替えください”とある。そういえば、このお姉さん、引っ越しすみたいなこと言ってたな。
「ありがとうございます」
遠慮なく受け取ることにした。
「ぜひ食べてみて。すごくおいしいから」
「はい」
「アイスのイメージが覆される、っていうくらい衝撃的よ」
へえ。この人も大絶賛だ。どんだけすごいの、北極味。
「暑いのに、引き留めちゃってごめんなさい。アイス溶けたら大変ね」
じゃ、と軽く会釈した後、直樹に背を向けたその女性は、ゆっくりとした足取りで去って行った。大丈夫かな? あんな歩き方してたら、帰る前に極上アイスが溶けちゃうんじゃない?
直樹が心配していたら、女性が袋からアイスを取り出すのが見えた。良かった。
おっと、うかうかしてたら、二人への差し入れも危ない。直樹は袋の中のアイスをペットボトルの間に挟み込むようにすると、自転車に飛び乗った。
Dragon-Jack Co. 松竹梅の夏休み 千葉 琉 @kingyohakase
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます