始まりは青に溶けて
「気をつけるのよ」
「うん。」
入学式の日だった。僕は祖母の元を離れて、寮に入らなければいけなかった。この暖かく寂しい家から離れなければいけないのは少しだけ悲しいけど、魔女になると決めた日からわかっていたことだ。それに一回も会えないわけではない。大丈夫。
それでも油断するとこぼれそうになる涙をこらえて、祖母に別れを告げた。
振り返らずに荷物を引いた。後ろで祖母と一緒に母も見送っていたような気がした。
××××
どんよりと重い青色が広がっている。ガラガラとうるさい荷物のせいで、余計に重たい雰囲気だ。
ガラガラ、ガラガラ。
バス停を曲がって、教会の敷地内に侵入する。廃墟になって数年ほどのはずだが、人が住まなくなると劣化が早くなるのはほんとらしい。何十年も前から廃墟だったかのような風貌だ。ぎぃぃと重苦しい扉を開いて、中へと入る。
合格証を天にかざして、呪文を唱えた。
「……道を指し示せ」
柔らかい光と共にぼんやりと駅が出現した。先程までの教会はどこへやら。遠くを見ても霧で包まれて、何があるかさえ確認できやしない。
ガラガラと重い荷物を運ぶ。周りをぐるりと見ると、僕と同じくらいの子供たちで溢れている。不安そうな子、かったるそうにしている子、今にも泣き出しそうな子。様々な子供たちが溢れていた。
ゴーンゴーン、と鐘の音が鳴り響いた。古めかしい蒸気機関車から大量の煙が吐き出されて、ゴオオオと音を立て始める。たぶん、運転席と思われるところから、毛が降りてきた。
「えっ?」
目をこらしてよく見てみると、毛はねこだった。二足歩行するねこ。
車掌さんのような服を着ているねこ。帽子もきちんとかぶっているおかげで、一瞬なにが降りてきたかわからなかった。ねこだ。
『おはようございます。』
しかもしゃべる。二足歩行のねこは固まっている皆を見回して、言葉を続けた。
『皆さん、入学おめでとうございます。遅刻者はいないようですので、出発します。お好きな席にお座りください。学園までワタシが安全にお運び致します』
ぺこりとねこは頭を下げた。もふもふとした体を揺らしながら、運転席へと戻る。その姿は、昔絵本で見たねこにそっくりだった。実在していたのか……と未だ混乱する頭を抱えて、蒸気機関車の中へと入る。階段が急になっているので、少し運びづらい重たい荷物を持って。
車内はとても明るく、外の陰鬱な雰囲気とは全く違った。車内の電灯がシャンデリアのようになっていて、なんだか場違いのような気がしてくる。なるべくシャンデリアの光が来ないような端っこの席を陣取り、座った。通路側は景色を見ることができないと思って、窓際の席にずりずりと移動する。
「あ、あの」
か細い声が聞こえた。そちらへ目線を移すと、僕と同じくらいの荷物を抱えた少女が立っている。さらりと流れる長く黒い髪が美しい。
「一緒に座ってもいい?」
「どうぞ」
にこりと笑うと、彼女はぎこちなく笑って、座った。対面は恥ずかしかったのか通路側に申し訳なさそうにちょこんと座っている。まるで小動物のようだ。僕と同い年のはずなんだけど。
ゴソゴソと手持ちカバンを漁る。確か持ってきたはずだ。
「もしよかったら」
「いいの?ありがとう」
ふにゃっと笑う彼女はずいぶんと愛らしかった。横目で見ながら、僕も同じものの包み紙をはがして、口の中へと放り込む。いちごとミルクの優しい味が口の中に広がっていった。
『え~、この列車は学園に着くまで止まりません。緊急の場合は停車いたします。乗車時間は二時間ほどです。それでは出発致します。』
ごごご、と鈍く重い音を立てながら、列車が発車した。ガタンゴトン、ガタンゴトン、と進んでいく。僕たちを連れて行く。
薄暗いトンネルの中を列車は走り始めた。
××××
「わぁっ」
辺りが明るくなり、跳ねた声が聞こえた。ゆるりと目を開ける。長く暗いトンネルが終わったらしかった。
窓の外にはもう、どんよりとした暗い青はどこにもなくて、ただただ青く澄んだ空だけが続いていた。
遠くに黒い建物が見えている。きっと、学園だろう。だんだんと近づいてくる学園は、ずいぶんと大きいものだった。
――――あれは、これから僕が通う学園だ。
現代社会における魔女の在り方 武田修一 @syu00123
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