「あらまさ」

ひさしぶりに会ったおろちのあらまさは、ぐっと枯れた味が出ていた。「仲良くやっているか?」蜥蜴丸は務めて笑顔を作って軽く話しかけた。「千早とは半年暮らした」あらまさはそういうと涙ぐんだ。「助からなかったよ」それを聞いて、思わず蜥蜴丸はあらまさに駆け寄った。背中に手を当てる。夜風に当たった蜥蜴丸の手は冷えていた、おろちのあらまさの身体のぬくもりで、蜥蜴丸は自分の手が氷のように冷たいことを知った。


「あらまさ、今は仕事の話をしなくてはならない」あらまさの顔を覗き込み、蜥蜴丸はいった「さる、お方を警護する」「今日から五日間だ、大丈夫だな?」あらまさはうなずいた。別れ際、あらまさはいった「蜥蜴丸、また会えてうれしい」蜥蜴丸は心が温まるのを感じた、しかし、すぐに不安にとらわれた「それは私が千早に似ているからか?」そうたずねると、あらまさは首を振った「違う」「お前は千早とは違う、それはよくわかった」


おろちのあらまさと三年前に別れてから、蜥蜴丸はいろいろな男と付き合った。だけど、他の男を知れば知るほど、あらまさが恋しかった。そこで蜥蜴丸は仕事に打ち込んだ。今回、警護する相手はまだ若い侍だった。すでに蜥蜴丸は相手の陰になり日向になりながら、身辺を護った。


おろちのあらまさと共に、その侍の警護に着いた。侍が馬に乗って江戸城に向かう途中、人気のない野辺の道を通る。それは敵から見れば襲撃するに格好の場所だと、蜥蜴丸は常々思っていた。だから、強い殺気を感じた時、身体が反射的に動いたのだ。襲撃してきた敵と侍の間に蜥蜴丸は入った、刀を抜き放ち、電光石火、敵に切りつけた。手ごたえがあった。同時に身体に痛みが走った。他の仲間が敵を追うのがわかる。だが蜥蜴丸は動けなかった。毒だ、毒針にかかった。大丈夫か?警護していたはずの侍に、蜥蜴丸は抱きかかえられていた。おろちのあらまさが駆け寄ってきた。馬を使い、城まで行こう、そう侍はいうと有無をいわせずに馬に蜥蜴丸を乗せた。


蜥蜴丸は城に着くと、布団に寝かされ、治療を受けた。おろちのあらまさが指示をする。手当が早く、猛毒でも大事には至らなかった。しばらくして、侍が様子を見に来た。蜥蜴丸は起き上がれず、布団の中でもがいた。「そのままでいい」侍はそういうと、蜥蜴丸を見た「まさかと思ったが、おなごであったか」「そなたの腕前素晴らしかった」「ゆっくりと休むがよい」そういって侍は部屋を出て行った。


おろちのあらまさがずっと蜥蜴丸の看病についていた。侍は度々蜥蜴丸に会いに来た。あらまさはいった「あのお方、お前を手に入れたいと思っているんじゃないか?」ふふっと蜥蜴丸は笑った。「だとすればどうする?」あらまさは腕を組んで悩んだ。「俺はお前に着いて行きたい」「どこに行っても誰に仕えてもそれに着いていく」蜥蜴丸は庭を見た。よく手入れされた庭は水を湛えた池に鯉が泳ぎ、水面に輪を作っている。「それも悪くないな」そう蜥蜴丸はつぶやいた。(二〇一八年三月七日 了)

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3月7日「蜥蜴」 一日一作@ととり @oneday-onestory

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