二品目 ハンバーグに込めた想い

 (早く授業終わらないかな・・・)

 ゆうまはただ広げただけの参考書に目を向けず、ケータイに目を通していた。大学生活なんて何が楽しいのか、ただ唯一面白いと思ったことは大学内で公開告白的なものを何となく参加した学園祭で観れたことだった。それ以降特に面白いことは特に起きてないし、本当に平凡な生活・・・

 (そう、それは去年までのこと)

 キャンパスで働き始めて、学園生活は平凡なままだけど面白いことは増えた。働き始めた当初はお客さんとうまく会話できず、やめてしまおうかな、と思っていたが始めて作ったお酒を褒められた時、「もう少しだけ働いてみようかな」と頑張って徐々にお客さんとも話せるようになった。

 (あー今日も楽しみだな〜)

 「お前まじかよ」

 後ろで話しているのはゆうまが通っている大学の野球部。野球部なんてうるさいだけだしぶっちゃけ苦手だ。

 「ほら、あそこにいる男子。急に呼び出されて告られたんだよ」

 「それってつまりホモってことかよ。うわーないでしょ」

 (さっきっから気分悪いな。)

ゆうまは今にでも怒鳴りたい気持ちを抑えて、1秒でもこの場から去りたい一心でケータイの時間を睨みつけた

 (ていうか声大きいな・・・)

水音しないこの教室で彼らの話し声は周りの生徒の気をひくには十分すぎた。周りの生徒も明らかに彼らの話の主人公の方をちらほら見ているのは確かだ。

 「ていうか、後で話しかけてこいよ」

 「えー無理だって。俺、ホモじゃねえし」

 「・・・うるせえよ」

しまった。あまりにイラつきすぎて声が。

 「え、なんか言った」

 「いや、気のせいじゃね?」

ていうか、告白した人ってどんな人だよ。自分の落ち度を彼にぶつける意味を込めて話の矛先の男子生徒に視線をぶつけた

 (何あの子!本当に男子)

色白な肌にここから見たら一瞬女子かと見間違えるほど。端的に言って

 (かわいい・・・)

ま、まあ俺も負けてないし、多分・・・



 「ということがあったんだよ、リュウ」

 「それは少し気分が悪くなるのもわかるよ」

 「でしょ〜。あー今思い出してもムカつく!」

キャンパス内ではゆうまが今日大学でのことの鬱憤を晴らすように地団駄を踏みいつもより大きな声で愚痴っていた

 「ゆうま、下に響くよ」

 「・・・別に下の階には何も入ってないからいいでしょ」

 「それにゆうまも悪いよ。だって、実際に見て見ぬ振りをしてたんでしょ」

授業が終わると先ほどの野球部が男子生徒の方に向かって行き何やら話しかけているのが見えた。何を話していたのかはわからなかったが男子生徒の顔を見るに、あまりいい話ではなさそうだった

 「・・・まあ、そうだけど」

 「じゃあゆうまも同じだよ」

ゆうまの気持ちを察して、あまり強くは言ってこなかったが図星を衝かれ何も言えなかった。

 「・・・どうしたらよかったんだろう・・・」

 「今度話しかけてみれば」

 「・・・うん・・・」

いつも有り余っている元気が彼の内に閉じ込められたかのようにそれ以上何も言わなかった。

 「まあ、ゆうまの気持ちもわかるよ」

 「・・・リュウはそういうことあったりするの?」

 「まあ、僕も人間だしね」

 「そ、そうなんだ。ふーん、まあ今度会ったら話しかけてみるよ」

 「うん」

カランコロン

 「いらっしゃいませ」

 「・・いらっしゃいませ」

そうは言ったけどゆうまのいつもの元気はまだ出ないみたいだ

 「リュウさんこんばんは〜。今日は後輩を連れてきたぞー」

 「こんばんは、もしかしてもう酔ってます」

 「ちょっと飲んできたんだよ〜。でもリュウさんの料理が食べたくてね」

 「そう言ってくださると、こっちも作り甲斐がありますよ」

 「リュウさんの今日の料理、楽しみだな〜。お、ゆうま今日はなんだか元気がないけど、どうしたんだ。まさか、リュウさんに振られたか」

 「違いますよ!まだ振られてません!」

 「そうかそうか、悪かった」

お客さんの冗談で少し元気を取り戻したみたいでリュウもホッとした。ゆうまのまさに元気ハツラツな姿が好きだっていうお客さんも大勢いる。元気がないゆうまはゆうまらしくない。やっとこの店がいつも通りの姿を見せはじめた

 「あの〜先輩」

 「お、なんだ」

店に入ってきて初めて口を開いた後輩は明らかに嫌悪感を示しているようだった

 「先輩がいい店紹介してやるから付いて来いって付いてきましたけど、ここってゲイバーですよね。」

 「ああ、そうだが、何か問題でもあったか」

 「いや、ここってようはホモのための店じゃないですか。そんなところはちょっと・・・それにホモが作る料理なんか食べられたもんじゃなくないですか」

 「そんなことはないぞ。ゲイの人以外もよく来るし。それに、料理だってうまいんだぞ」

 「はあ・・・」

 「あ、ゆうま、とりあえず生二つね」

そういえばさっきっからゆうまが一言も喋ってないのは気になるな。大丈夫だろうか。いつもなら2分もかからず持ってくるのに。もしかして切らしてたかな。リュウが様子を見に行こうとしたがグラスを二つ持って戻ってきたのを見るとどうやら大丈夫そうだ。

 「お待たせしました。こちら生ビールになります。」

さっきのお客様の話を聞いてたならゆうまも何かしらやらかすのではと思っていたけど余計な心配だったかな

 「ゆうま、ありがとうね」

 「・・・どうも」

どうやらリュウの心配は当たってしまった。机に置かれたグラスは一つだけ。もう一つのビールは床に広がっていた。あまりに急なことでお客さんたちは何も言えずただ床に溢れたビールを見つめているだけだった

 「・・・帰れ」

 「ちょ、ちょっと、ゆうま」

 「お前はこのお店に、この場所に足を踏み入れる権利はどこにもない!お前に出す酒も料理もここにはない!お前がいくら俺たちのことをバカにしようが勝手だがな、このお店を、リュウのお店を、けなしていい理由にはならねえだろうが!」

 「・・・・ゆうま」

店内にはただただBGMが流れてるだけで、さすがのリュウもやっとゆうまが何を思ってお酒を用意していたのか理解した。泣いてたんだ、ゆうまは。ゆうまは自分たちがどう思われているのかずっと気にしてた。いつもLGBTの話をするときは決まって悲しそうな顔をしていた。リュウが心配しないように無理に笑っているのも知っていた。だけど今回のことで自分が実は何もわかっていないことを痛感させられた。

 「・・・すみません。大丈夫ですか」

 「いやいや、こちらこそすまなかった。今日は帰るよ。ほら、行くぞ」

 「・・・・・・・・・」

自分が行ってしまったことを後悔してバツが悪そうに頭を下げて席を立とうとした。

 「ちょっと待ってください。一品だけ、僕の料理食べて行きませんか?」

 「いや、でも・・・」

 「それにここで食べて行ってもらわないと、ゆうまに後でまた悲しい顔をさせてしまいますから。それにゲイが作る料理なんて他じゃなかなか味わえませんよ」

 「じゃあ、お言葉に甘えて」

 「あ、その前にそちら方しますね」

 「いや、自分がやります。彼が怒ったのはそもそも自分の言動が問題があったからですし。」

 「そうですか。ありがとうございます」

モップを受け取ると溢れたビールをいそいそとか足し始めた。カウンター裏では今日のお通しの料理をリュウが始めていた

 「リュウさん、本当に申し訳ない。あとでゆうまに謝っておいてくれるか。」

 「はい。ゆうまも少ししたら落ち着くでしょうし。」

今は悠馬のためにも料理を食べてもらうのが一番だ。カウンターの裏からはジュワァァァっとお肉の焼けるいい匂いが二人の空腹感を誘った。

 「どうぞお待たせいたしました。こちら、本日のお通しの《ハンバーグ》です」

 「リュウさんありがとうね」 

 「・・・・ありがとうございます」

なんだこれ。割った瞬間あふれ出る肉汁は濁りもなく輝きを放って、このハンバーグを食べたらどうなってしまうんだろうと二人の期待を高めた。味は言わずもがな最高だった。噛むたびにソースと肉が絡みつきまさに天にも昇る気分だった。

 「とっても美味しいです・・・」

 「そうですか。それは良かったです」

 「さっきは本当に失礼しました。実は仕事がうまくいかず毎日怒られてばかりでちょっとストレスが溜まっていて、気がついたらあんなこと言ってて・・・」

 「このハンバーグ、僕の自家製なんですよ。先ほどの彼も材料を切ったり少しは手伝ってくれてます。このハンバーグの中には肉汁だけでなくお客様に喜んでもらいたい、そんな気持ちも含まれてます。仕込みをしてる時ゆうまはいつも言うんですよ「今日もお客さん喜んでくれるかな」って。あぁ、本心で言ってるんだなって。こっちも気合入れられますよ」

 「・・・あとで、あの子に謝っといてください。あと、ハンバーグ美味しかったって、伝えといてもらえますか。」

 「はい。ちゃんと伝えときます。」 



 「ゆうま、大丈夫?」

 「リュウ、ごめんね。つい、我慢できなかった・・・」

 「・・・・」

 「悔しかった。リュウのお店とか、料理を汚いもの扱いされて。こんなことでしかリュウを守れない自分にも嫌気がさした。ごめんね、リュウ」

 「・・・ありがとうね、ゆうま」

 「え!!!ちょ、ちょっとリュウ!!!!」

気がついたらリュウはそんなゆうまをぎゅっと優しく抱きしめていた

 「嬉しかったよ。そこまでこのお店のことを思っていてくれたんだね。僕もやっと思い知ったよ、ゆうまの本当の気持ちを。マスター失格だね」

 「そんなこと・・・」

 「でも、次からはちゃんと口で言いなさい。わかったね」

 「・・・うん!」

優しく頭をポンっと叩くリュウの手は温かくて自然と笑顔になれ、やっとゆうま一歩踏み出せた、そう思えた。



 「おい、今日もあいつのところ行くのか」

 「おう、だって面白くねホモって」

 「お前まさかホモなのか」

 「ちげえよ」

またか。昨日といい飽きないのかな。そう思いながら今日は少しだけ真面目に教授の話を聞いていた。もちろんケータイは出していない。

 (昨日の彼は。あ、いた)

今日も真面目に先生の話を聞いて必死にメモを取っていた。昨日あんなことがあったのにちゃんと来ているんだな。

 (・・・よし!リュウと約束したしね!)

授業が終わるチャイムと同時にい彼の元へ急ぎ足で向かった。さすがの彼も昨日のこともあってかどこか急いでるようだった

 「ねえ!」

 「!!!は、はい!!!」

 「この後お昼誰かと食べる予定ある?」

 「い、いや、な、ないで、す」

 「じゃあ一緒に食べようよ。ていうかもう決まりね!あ、俺、ゆうまって呼んでよ。君は?」

 「武藤咲夜、です」

 「よろしく、サク!」

 「いきなりあだ名ですか・・・よ、よろしくねゆうま」

彼の元気さが今日の天気に反映されたかのように雲ひとつない空。そんな空を窓から見つめ「リュウもこの空を見てるのかな」なんてちょっとロマンチストな気分になって「やったよ」っと心の中でリュウに向かって叫んだ。

 



 


 

 

 





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新宿の料理人 野崎 祐介 @yu-chan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ