一品目 思い出の肉じゃが

 「リュウさんの料理は今日も美味いね」

 「イケメンだし、ガタイもいいし、彼氏にするには最高だよね〜」 

 「ははは、ありがとございます」

 彼がやっているゲイバー「キャンパス」はいつも通り営業していた。他のお店ではホームページを作ったりSNSで宣伝しているところもあるがリュウはそれを好まない。ネットが苦手だから、という理由だけでなく、お客様が自ら見つけなんとなく寄ってくれればいいかな、なんて考えているので席が満席になることは滅多になく今日も幾つかの席は空いていた。

 「ちょと、ほんの少しでいいからリュウさん、その筋肉に触ってみてもいいかな〜」

 客の手がリュウの体に手が伸びた。しかしその手はリュウの体に届く前に第三者の手が掴んでいた

 「お客様〜、当店ではそのような行為は

 「ゆうま、目が笑ってないよ」

今にもその客を殺しそうな目で見つめ、手にはより一層力が込められた。確かにリュウはモテるし、よく客からも触られそうになることはあるが、その度にゆうまが止めてくれるが、さすがに前にビール瓶を掴んだ時は何をするつもりなのかと焦ったが、何はともあれリュウも彼には感謝していた。

 「冗談だよ、彼氏に手を出すわけないでしょ」

 「べべべつに、彼氏じゃないですよ!ただそういうことはよくないです!破廉恥です!」

 「わかったわかった。あ、これおかわりね」

顔を真っ赤にしてカウンターの裏で頼まれたお酒を慣れた手つきで作り始め、2分もかからずカウンター越しでお客様にサーブした。

 「全く、リュウも少しは気をつけてよね・・・」

 「まあまあ。そんなに怒ることでもないし」

 「・・・はぁ、もう」

全くリュウは何もわかってないんだから、そう呟くと後から来たお客様のためのお通しの用意を始めた。

   


 (・・・はあ、今日もダメだったな・・・)

帰宅ラッシュよりは少し早い時間帯の電車に揺られながら、彼は今にも死にそうなくらい落ち込んでいた。正面を向いた瞬間窓越しで女性客と目が合い「ヒェ!」と小さく悲鳴をあげ、その悲鳴と同時にハッと我に返った

 (ダメだダメだこんなんじゃ。今回のは縁がなかっただけ)

リクルートスーツに身を包んだ彼は、大学四年生になり本格的に就活が始まったがなかなか決まらなかった。そもそも自分が何をしたいのかさえ分かっていなかったのでただなんとなく有名企業に就職できればいいかなと思っていたので、それじゃあ受かるわけないよな、なんて内心では思っていたので、正直こんな自分の無気力さに呆れていた。

 「次は〜新宿〜新宿〜」

 (やばっ!乗り過ごしちゃった)

アナウンスと車内のディスプレイで次の駅がどこなのかを再度確認して戻りの電車の時間を調べ始めた。

 (・・・そういえば新宿って降りたことなかったな)

大学進学を機に東京に出てきたがこの四年間で大学と最寄駅の行き来で新宿は通るけど一度も降りたことがない。ついでだから寄ってみようかな、気分転換にもなるし。

 初めて降りた新宿は帰宅ラッシュ時間のため多くの学生、社会人が駅構内で混ざり合っていた。東南口の改札を抜けると多くの人が行き来し、まさにそこが「東京の一部」であるということを彼は改めて認識させられた。

 (とりあえず大通りの方に行ってみるかな)

 帰宅ラッシュということもあり、大通りは仕事終わりのサラリーマンが多くいるくらいで同年代の人はあまり見かけない。

 (なんか結構自分、浮いてるかな)

来るんじゃなかったかな、と後悔しつつも初めて訪れた地に好奇心の方が勝ってしまい、もう少しだけと、サラリーマンのいるところを抜けた。

 日もだんだん暗くなってきて。居酒屋と思われるお店が次々と灯をともし始めた。

 (新宿は居酒屋が多いのか・・)

 (うお、あれは、男、女?どっちだ)

ゲイの街、新宿ということもありニューハーフの人もちらほらと現れ始めた。濃い化粧で自らの顔を怪人二十面相のごとく変えたその人の顔はすでにどんな顔をしていたのかはわからないほどだった。

 (新宿すごいな・・・)

 「ふふふふ〜ん♪」 

不意に彼の背後を鼻歌を歌いながら、たくさんの食材を抱えた少年が小走りに去っていくのが見えた。

 (なんだあの子、高校生?いいのか、夜にこんなところにいて)

心配する彼とは裏腹に彼の姿はもうこの街にずっと前から馴染んでいるようだった

 (ちょっと追いかけてみよう!)

なぜそんなことを思ったのかわからないが、その少年が「悩みがあるならついてきてよ」と彼に訴えてきたような気がした。


 (・・・はあはあ、あの子、ずっとあのペースだけど息ひとつきれないのか)

追いかけ始めて3分間、鼻歌から時折何かの歌を歌いながら楽しそうにどこかに向かう彼を追いかけてみたはいいものの、目的地に着く気配はまだない。

 (どこに向かってるんだ、あの子は・・・)

不意に立ち止まると少年はビルの中に消えていった。

 (ここが目的地でいいんだよね・・・?)

彼の入ったビルはところどころ壁の塗装が剥がれかかっている随分と古いビルで、テナントもあまりないみたいだ。ただ、二階に一つだけ明かりが見えた。あの少年はあそこに入ったのか。

 (・・・とりあえず登ってみるか)

階段を一歩一歩登っていくとなぜだか緊張感が募ってきた。なぜかこれから自分は新しい世界に足を踏み入れるような気がしてきた。ただ、自分の心臓の鼓動だけが正確な音を奏で自分の耳にこびりついた。

 《OPEN》という看板が扉にかかっているのを見つけるとここが何かのお店なんだな、ということはわかったものの何のお店なのかはわからず扉を開けるのを躊躇していた

 (・・・よし!)

 カランコロン、と来客を知らせる音に一瞬びっくりしたが、目の前の光景を見たあ瞬間、あ、ここはバーなのかと理解できた。

 「いらっしゃいませ!」

 さっきの少年がカウンターで体一回りくらい大きい男性とお酒を作っているのを見てここがバーであることを再度確認した

 「あの〜、ここはバーであってますよね?」

 「あ、は、はいこちらはですよ」

 彼がいった「バー」という言葉を訂正するように「ゲイバー」という言葉に力を込めた。

 「よろしければこちらにどうぞ」

 「じゃあ、失礼します」

お店にある椅子はすべて背もたれのないスツールで、背もたれのない椅子は少し苦手だった。このお店には一体化しているように見えたが、なんとなくリラックスできないようなそんな気がした。

 「お客様、どうかここのお店がバーでなく「ゲイバー」ということはご理解いただきたいと思っています」

 彼にしか聞こえないように、時折店の奥を気にしながらそっと囁いた

 「わかりました」

彼には何が違うのかよくわかっていなかったが、何かこのお店のこだわりがあるのだろうと、あまり深くは考えずに彼の言葉を受け取めた

 「ありがとうございます!そういえばご注文がまだでしたね、何にしますか?」

 「じゃあ、ウーロンハイを」

 「かしこまりました!少々お待ちください!申し遅れました、僕はこのお店で働かせてもらってます。ゆうまと呼んでください!」

 自己紹介を手短にお酒の用意を始めた。メニューはなかったが彼の様子を見ると大体のお酒はあるのだろう。

 「・・・はぁ」

 「お客様、もしかして何か悩み事でも」

不意に漏らしてしまった溜息を目の前でお酒の用意をしていたゆうまに聞かれてしまった。

 「え、いや、何でもないですよ」

自分より年下であろう後輩に自分の悩みを打ち分けるのはどう考えてもダサい。

 「まあまあ、悩み事ならうちのマスターに聞いてもらうのがいいですよ。あ、これ、先に飲んでてください」

ゆうまはいつの間にか作り終えていたウーロンハイを出すと、先ほど目を向けた店の奥に消えていった。

 (・・・しまった)

まさか初めて訪れたお店でこんなことになるなんて。就職はうまくいかないし、やっぱり田舎に帰ろうかな・・・

 「いらっしゃいませ、お客様」

ゆうまの元気な声とは正反対の落ち着いた大人の声の正体は先ほどゆうまが言っていたマスターなのか。

 「こ、こんにちは」

自分よりも年上な男性に少し緊張しながらも彼の声がなんだか全てを受け入れてくれるような気がしてならなくて、一刻も早く自分の悩みを聞いてもらいたい。そんな自分の心中を察してか彼は優しい声で「何か悩み事があるそうで」と、彼は自分の心を完璧に開いて見せた

 「実は・・・・」

自分が今就活中でなかなか仕事が決まらないこと、もういっそ田舎に帰ってそっちで仕事を探そうかと悩んでいること、気がついたら自分の口から勝手に言葉が出ていた。

 「・・・ということなんですが。すみません勝手に色々と話してしまって」

 「そんな、謝らないでください。お客様が悩みを打ち明けてくださるのがこのお店の専売特許みたいなものなんですから。」

 優しい声でそう彼の心配を包み込むとゆうまが料理を持って戻ってきた。温めたばかりのその料理からはどこか懐かしい匂いが立ち込めて、その匂いだけで東京に出てくる前の思い出を蘇らせた

 「お待たせいたしました。こちら本日のお通しになります《肉じゃが》です」

 器に盛られた肉じゃがは素人目から見てもまさにプロの仕事って感じで一刻も早くその肉じゃがを口に運びたくてしょうがなかった。

 「いただきます」

 美味しい。味がしっかりしみたジャガイモとニンジンは噛むたびに口の中に旨みが広がり肉は噛むまでもなく口に入れただけで舌の上で溶けるようだった。

 「・・・美味しい!この肉じゃが、すごっく美味しいです!」

 「それは良かったです」

 「料理、どこかで習ったんですか?」

 「習ったことはありません、ただ料理が好きなんですよ、僕は」

 肉じゃがは彼の家では特別な日に必ず出される料理だった。誕生日だったり、クリスマスだったり。彼の家ではそれが当然で彼も母が作ってくれる肉じゃがが大好きだった。田舎から東京に出てくる前日も母は肉じゃがを作ってくれた。「頑張ってね」そう言って出された肉じゃがはいつもの何倍も美味しかったのを今でもはっきりと覚えている。

 「ありがとうございます。今日はここに来れて良かったです」

 「お悩みは解決できましたか?」

 「はい!もうバッチリです!やっぱり田舎に帰ろうかと思います。母の肉じゃがもまた食べたくなったので」

 「そうですか」

 「また、機会があったら来てもいいですか?」

 「いつでもお待ちしていますよ」

来た時の彼の面影はもうなく、意気揚々と席を立った。「行ってらっしゃい」そうリュウに背中を押されて、新しい世界になってるであろう外の世界へ一歩踏み出した。

 「行ってらっしゃい、ね」

 「え、変かな?」

 「いいや〜。リュウらしいよ。俺も好きだし」

 

 

 

 

 

 


 


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る