マイナーコード

@benribeni

第1話 「入部」

 本当に僕は単純だと思う。今まで音楽なんて聴くのはまだしも、やる側など考えたこともなかった。しかし、文化祭で見た名前すら知らない1つ上の先輩の演奏している姿を見て、脳天から足先まで衝撃が走ったを覚えている。

 彼は演奏中、生徒に

 「少しでも興味があったら、一緒にバンドしようぜ!」

 こう言ったのだ。皆に言ったのだろうが、何故か僕の目を見て言ってくれた様な気がして仕方がなかった。

 今まで地味だった僕も先輩みたいに輝きたい。生き生きした僕を両親や友達に見せたい。


 こうして僕は軽音楽部に入部することを決めたのだった。


 …だが、僕の中では音楽をやっている人=明るいチャラい系の人種。地味な奴らにとっては対照的な存在。そんな所に入るのは、抵抗ではなく恐怖で足が進まなかった。軽音部の顧問には入部したいと伝えたのだが、部員達は多分まだ知らない。部室に足を一歩踏み入れれば、場違いな奴が来たと思うだろう。

 何度も深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせる。実を言うと部活初体験でもある。

 未知なる体験故の緊張、恐怖、不安。僕は覚悟を決めドアを開けた。


 「お前が新人君か?」


 ドアを音を立てない様に閉め、家路を急ぐのであった。

 「何逃げようとしてんだよコラ」

 あっさり捕まり、強引に手を掴まれ、部室に連行される。反抗すると殺されそうなので無抵抗でいこう。そうしよう。

 僕の手を掴んでいるガラの悪そうな先輩は乱暴にドアを開けると、中にいる他の部員に集まるよう声をかける。

 練習中の人達もみるみる僕の周りに集まり、皆が揃うとガラの悪そうな先輩は一気に笑顔になった。

 「紹介しよう!今日から入部することになったさかえ 優永ゆうえいだ!楽器はアルトリコーダー以外初心者らしいから優しく教えてやれよ!」

 一瞬の沈黙の後、パラパラと拍手が起こる。歓迎されていない訳ではなさそうだ。

 「じゃあ次は俺らの自己紹介といこう。俺の名前は淀樹田よどぎだ ごう。よろしく!」

 見た目とは裏腹に良い人そうで何よりだ。油断大敵だが。

 淀樹田先輩の自己紹介の後、他の部員達も順番に自己紹介していくが、気付いたことが一つあった。

 「すいません。文化祭の時に出ていた赤いギターを使ったボーカルさんって今日は休みなんですか?」

 部活に入るキッカケになった人。部室に入ってからずっと探していたのだが、どこにも見当たらない。

 先輩は頭をボリボリ掻きながらスマホをいじる。

 「あいつ...またサボってるか遅刻だな。来たらただじゃ..」

 「すいません!遅れました!」

 勢いよく扉が開かれると同時に、部室に飛び込んで来た誰かの顔を覗き込む。少しの期待を込めながら確認すると、あの時の先輩だった。

 息を切らせながら背負っていたギターケースを壁に立て掛け、近くの椅子に座り、踏ん反り返る。

 「おいコラ遅れて来た分際でその態度は無いんじゃねぇのか秀斗しゅうと?それとも...またしごかれてぇのか?」

 「すいません!本当に疲れてるんで休ませて下さいぃぃ!!」

 部室内を這いずりながら逃げるが、すぐに淀樹田先輩に捕まる。流石に息を切らすほど疲れていたら、逃げ切ることなどできないだろう。

 その後、バテて寝転がる先輩の両手を掴み、ずるずると引きずると、僕の前に放り投げた。

 「いってええええええ!何するんすか!俺の大事な体に傷でもついたらどう責任をとってくれるんすか!」

 背中を摩りながら涙目で抗議するが、その声は届いてなさそうだ。興味無さそうにそっぽを向き、頭を掻きながら何かを呟く。それに気付いた部員達は喋ることを止め、次第に部室は沈黙に包まれる。きっと暗黙のルールでもあるのだろう。

 そして、沈黙から三分が経とうとした時、ついに淀樹田先輩は閃く。

 「おい秀斗。お前が優永の先生になれ。そんでギターを教えろ。以上」

 え!?僕がギターを弾くの決定ですか!?聞いてない!

 あまりの驚きと、憧れの先輩に指導される喜びで顔の表情がバグってしまう。

 「ちょっと急にそんな事言われても...って君は...」

 僕の顔を見て言葉を詰まらせると同時に、先輩は僕の視界から突如として消えた。すぐに上を見ると、秀斗先輩は淀樹田先輩に胸倉を掴まれ、ぶら下がっていた。

 「やってくれるよな?」

 「えっとですね...」

 「やってくれるよな?」

 「..........ぅぃ」

 満面の笑みで秀斗先輩の肩を叩くと、次は僕に目線を送る。

 「という訳で、二人は隣の教室に移動な」

 その発言を聞き、部員三人が待ったをかける。

 「そこは今僕達が使ってるんですけど」

 「そうですよ!僕達はどこでやればいいんですか?」

 「私も今度のライブに向けての練習に使ってるんですけど」

 「ぇぇええええい五月蝿い!!お前らは今から俺と鬼の早弾き練習だ!付いて来い!!!」

 部員三人は絶望した表情で立ち尽くす。余程嫌なのか、女の人は泣きそうになっている。僕のせいとはいえドンマイ。

 その隣で先輩は、争った時に乱れた服を整え、

 「しょうがない」

 と呟きながら、僕を部室から出すため、背中を強引に押す。


 「これからよろしくな」


 耳元で囁かれ、むず痒さに顔を赤面させるが、それを隠しながら隣の部室に移動するのであった。

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