第8話 ホウ・レン・ソウ? (その二)

 満面の笑み。

 縄文とちぎるの表情はその一言に尽きる。

 全日本付喪神協会で向き合う二人は、二件目成立の喜びを共に分かち合っていた。


ちぎるよ。最初はどうなることかと心配していたが、なかなか順調ではないか」


 付喪神は簡単に生まれるものではない。

 一人誕生するのにも百年以上経たモノが必要だったし、更に、偶然も重ならないと生まれなかった。

 どんなに古いモノでも、神性が備わったモノには憑依できないし、憑依可能なモノがあっても、付喪ベビーと呼んでいる霊体がタイミング良く居なければ付喪神は生まれない。


 付喪ベビーとは、前世が非人間の魂のうち来世人間に転生できる霊体が、人間としての来世より、付喪神としての来世を希望した霊体のことを言う。

 なったばかりの付喪神は、前世の習性のままに動く。

 だから、付喪神を狐や狸が取り憑いたなどと言われたこともあった。

 

 ちぎるが交渉して憑依させる付喪ベビーは、事前に教育している。

 だから、昔のようなことはない。

 付喪神のイメージアップ。

 あやかしではなく神としての行動を求められているのだ。


 付喪ベビー自体、なかなか生まれないのだから、付喪神も簡単に生まれるはずもないのは当然だ。

 ちぎるを現世に派遣するにあたり、あなたも来世は付喪神になりませんか? と地獄で勧誘したおかげで、数体の付喪ベビーは用意できている。

 だが、以前は偶然に現れる希望者が付喪神になっていたのだ。

 

 長年使われるモノが減り続け、依り代になりうるモノの将来を心配した縄文だったが、ちぎるが出した結果に胸を撫で下ろしている。


「それにしても、すずりがパートナーと聞いて、もうダメだと思っていたのですけど、実際はそんなこともなく、今回のカメオは彼女のお手柄と言っていいくらいです」

すずりは率先して持ち主と交渉したのか?」

「そうではありませんが、持ち主の気持ちを変えたのはすずりでした」

「そうか、役に立ったか……良かったな」


 縄文も良い意味で予想が外れたと安心した。

 

「はい。でもですね? 持ち主と話すすずりからは、付喪神を新たに生み出そうという意欲はさほどというか、まったくと言っていいほど感じられませんでした。それなのにどうして天照様へお願いしたのでしょうね?」

「さあな。あれじゃないのか? おまえと一緒に居たかったとかじゃないのか?」

「冗談はやめてくださいよ。馬鹿だの間抜けだのと罵られましたから、それはありえないでしょう」

「うむ、冗談だ。すずりがどうして付喪神コーディネーターをやりたがったのか、私にも判らん。だが、役に立ったのだから、理由などどうでもいいではないか」


 いつもの気まぐれかもしれないし、理由などその程度かもしれないとちぎるも思った。


「そうですね。それで次の付喪ベビーはどういう性格なんですか?」


 依り代として相応しいモノ。

 その条件は持ち主の思い入れが深いモノというだけではない。

 付喪ベビーとの相性も考慮しなくてはいけない。


 付喪ベビーにも個性がある。

 今回のように付喪神になるまで多少の時間が必要な場合、モノとして大人しく過ごす間にその個性が影響する。

 人懐こい性格なら、いつも人に触れているようなモノの方が良いし、そうではないなら人にあまり触れないモノの方が良い。

 それなりに気を遣わなくては、持ち主に迷惑をかけてしまう。

 相性が悪いと、付喪ベビーがへそを曲げるかもしれない。


 付喪ベビーの前世は動物や虫、植物などの非人間だ。

 事前に教育しているからある程度は理解しているものの、それでも変わらない抑えきれない性分というものはある。

 モノのままで居る時間、持ち主とうまく過ごして貰うために相性を考慮するのは必要なことなのだ。


 あやかしとしてではなく、神らしくしなくてはならない条件なのだからと、縄文は無い頭を使って気を遣っている。

 相性の良いモノを探し、付喪神にするから付喪神コーディネーターという役職を考えたのだ。


 長い時を経ていなくても思い入れが有るモノは、現世にはたくさんある。

 それらの中から相性の良いモノを選び付喪神にする必要があるのだ。

 

「次のは、前世が犬。人に触れている機会が多いモノの方が良いだろう」


 とすると、特別な時に使われる文房具や大事にしまわれている装飾品よりも、日常的に使われているモノのほうがいいだろうとちぎるは考えた。

 「わかりました」と返事し、ちぎるは協会から去って行った。


「予想していたより順調だ。この分だと、いずれ、高天原で最大の勢力は付喪神ということもありうる。そうなったら、このボロい建物から引っ越しして、立派な社を協会本部にすることもできるかもしれない」


 白髪の土偶顔で企んでいるように笑い、取らぬ狸の皮算用をする縄文は、ひとときのささやかな幸せを感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る