第7話 カメオ(その三)


 紅茶の甘い香りが強くなったとちぎるは感じた。

 淹れ直した紅茶をトレーに乗せて彼女が戻ってきたのだ。

 ちぎる達の前に、ソーサーに乗ったティーカップを置き、そして腰を下ろして彼女は話し始めた。


すずりさんだったわね。あなたの言う通り、私は逃げ続けている。そしてきっと彼に会った方がいいのでしょうね。でも、やはり会えないわ」

「そう、今を守ることにしたのね」

「そうよ。……それで、カメオを付喪神にする話なのだけど、認めるわ」


 ちぎるは、急にどうしたのかと、そして条件は何になるのかと心配している。


「それは……嬉しいのですが……条件はどうなるのでしょう?」


 恐る恐ると、どのような条件が出てきてもみっともない反応しないよう慎重にちぎるは訊く。


「今はまだ会えないけれど、彼に会おうと思った時には手伝って貰いたいの」

「お手伝い?」

「そう身構えなくてもいいわ。会う前に私を勇気づけてくれるとか、その程度だからね」

「その程度なら……。では早速、カメオに付喪ベビーを憑依させますので、ご用の時はカメオを握って僕を呼んでくださいね」


 ちぎるがそう言うと、彼女が手にしたカメオは少し温かくなった。

 すずりは立ち上がり、ちぎるも続いた。


「たまには遊びに来てね」


 玄関で彼女はすずりに声をかけた。


「お茶菓子も出るなら、また来てもいいわ。紅茶美味しかったし」

「判ったわ。用意しておく」


・・・・・

・・・


「彼女は急に許可してくれたけれど、どうしてだろう?」


 彼女の家を出た後、ちぎる達は噴水のある公園でベンチに座った。

 表情が違う二人の顔を夕日が照らしていた。

 難しい顔をしているちぎると、サバサバとした表情のすずり


「気付いたからでしょ。あのカメオは彼女が逃げた証でしかないって」

「ふーん、そういうものなのかなぁ。彼と会う気持ちにいつなるんだろうね」

「再び会うことなんて無いわ」

「え? でも……」

「馬鹿ね。私達に話した思い出……あれは彼女なりの懺悔のようなものよ。付喪神にすることを認めたのは、お布施みたいなものよ」


 すずりはベンチから投げ出した足をブラブラさせて答えた。


「懺悔?」

「そうよ。誰かに話して、気持ちを整理したかっただけ」

「何故、僕たちに話したんだろう?」

「私達は、彼女が生きる社会と関わることがないからね。現在の人間関係に影響しない私達になら話せたの」

「つまり、何も変えるつもりはないってことかぁ」

「そうでもないわ。表向きは何も変わらないかもしれない。でも……彼女はもう過去を振り返らないんじゃないかしら」


 夕日に照らされて赤く染まったすずりちぎるはマジマジと見る。


すずりは凄いね。僕は……その……見直したよ」

「尊敬した?」

「うん、ちょっとね」

「惚れた?」

「いや、そこまでは……」

「私と一緒に過ごしたいなら、惚れて尊敬しなさい。すみは私を尊敬してるけれど、惚れてはいない。だからいつまでも従者なんだけど……」

「そこまで自分に自信持てるのは、いつも思うんだけれど、どうしてなんだい?」

「誰にも恥じることがないもの」


 キッパリと言い切るすずり

 これまで、生意気な付喪神としかすずりを見てこなかったちぎるのイメージ通りの反応が返ってきた。


「ハハハハ、さすがはすずり。でも、君と一緒に付喪神コーディネーター続けられると安心したよ」

「不安だったの? 気に入らないわね。それにしても付喪ベビーって誰が名付けたの?」

「縄文さまさ。霊体を憑依させると言うよりは気持ち悪がられなくていいだろうって」

「ふーん。いいけれど、もっとセンスある呼び方ないのかしらね」

「そんなこと言ったら、縄文さまはきっと怒るよ。忙しいのにそんなことまで考えていられるかって」

「そう。さ、帰るわよ。縄文さまへの報告はちぎるがしておいて。私はお風呂にでも入って休むわ」


 おい、一緒に行かなくていいのかよと言うちぎるを無視して、すずりはベンチから下りた。

 そして昔ならこの時間でもまだ子供達が遊んでいるはずの、今は誰も居ない公園を横切ってスウッと消えた。


「やっぱり自分勝手だな」


 すずりの後を追うように歩き、ちぎるも消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る