第5話 カメオ(その一)

「いいか? 人間との交渉は慎重にしなきゃダメだぞ? 僕たちの仕事に付喪神の未来がかかってると思えって縄文さまも言っていたのを忘れないでくれよ」


 ホント頼むよと言うちぎるの注意を聞いているのか判らないツンと澄ました態度のすずり

 会う人間に必要以上に怪しまれないよう、いつもの和服じゃなく、現代現世の人間の女の子が一般的に着る濃いグリーンのワンピースをすずりは着ている。

 憑依物候補の持ち主と会うのだからと、強く言って土下座してちぎるが着させた。

 本当は、もっと動きやすく、フリルなどさほど着いていない服装にして欲しかったが、すずりは、これ以上は受け入れられませんと頑として言うので、ちぎるも諦めたのだ。


「そう何度もしつこく言わなくても判ってる。それより、すみを連れてこられなかったのだから、私の身の回りの世話はあなたがするのよ」

「は? 何でさ」

「あなたがしなかったら他に誰がするのよ。そんなこと言われる前に判らないなんて、あなたって馬鹿なのね」

「……馬鹿?」

「間抜けでもいいわよ?」


 ここで怒ったら負けだとちぎるは我慢した。

 これから憑依候補のモノを持つ人間と会うのだから、落ち着かなければとも思っていた。

 すずり相手に、この程度で怒っていてはキリがないのだと……。


「さ、気が済んだかい? 行くよ」


 すずりの世話云々には返事を返さず、ちぎるは目的の家のインターホンのボタンを押した。

 フンッとちぎるの態度への不満を表したが、すずりも一緒にインターホンからの反応を待つ。


 「どちら様?」とスピーカーから女性の声がした。


「先日もお伺いしました。付喪神コーディネーターのちぎるです」


 「はい」という返事とインターホンが切れた音が聞こえる。


「きちんと正面から会うのね」

「ここはもう三度目だから。他のところは玄関から入らないことの方が多いよ」


 すずりは、今日会う女性と憑依対象物件については聞いていたが、どのように会うかは聞いていなかった。

 玄関の鍵が開けられて音がしたあと扉が開く。


「いらっしゃい。あら、今日はガールフレンドも一緒なのね。その子も付喪神なの?」

「こんにちわ。ガールフレンドじゃ

「初めまして。私はすずりと申します。これから宜しくお願いしますわ」


 真・付喪神コーディネーターって何だよと、すずりの横顔に言いそうになるちぎる

 だが、持ち主の前ということを忘れず、言いそうになった文句を飲み込んだ。


「そう、可愛らしい子ね。入って頂戴」


 ちぎる達は居間に通された。


・・・・・

・・・


「あら? この紅茶美味しい」


 持ち主の女性が淹れてくれた紅茶を一口含んだすずりの感想をきっかけに、ちぎるは用件を口にする。


「あの、カメオを付喪神にする件なんですが、考えていただけましたでしょうか?」

「そうねぇ。まだ決めかねているわ」

「そうですかぁ……ですが、付喪ベビーを憑依させておくと、細かい傷やちょっとした破損程度なら自然に修復するのでお得だと思うのですが……」

「でもね? 私が生きているうちは単なるモノと変わらないと言われても、霊が取り憑いているというのは気持ち悪いわ」

「そういうものでしょうか……」

「気持ち悪いとは聞き捨てならないですわ!」


 ティーカップを手にしたすずりのスイッチが入ってしまう。

 クワッと目を見開いて、「おい!」と制止しようとするちぎるを無視してすずりは話し始めた。


「あなたはご存じないのでしょうけれど、あなたの持ち物のいくつかには既に霊が憑いてますのよ。それら全て捨てられますの?」

「どういうことなの?」

「人間が作る物には、作った人間の思いが大なり小なり込められているのはご存じでしょう? その思いに惹かれて霊は憑くのです。まあ、憑いていると言っても、付喪神のように意思ある存在ではないけれど……」


 ちぎるが恐れたようにではなく、すずりは冷静に説明した。

 

「作った人間の思いだけでなく、持ち主の思いが強く込められたモノは付喪神となる資格を持ちます。あなたが大切に思うモノは、余程のことが無い限り永遠に残るのです。それは持ち主にとって素晴らしいことなんじゃなくって?」

「お嬢さんはプライドが高いのね」

「ええ、付喪神として誇りを持っていますもの」

「あなたを見ていると、ちょっと前の私を思い出すわ」


 ここだ、ここですずりから主導権を取り戻さなくては……と、ちぎるは女性に訊いた。


すずりと似ていたんですか?」

「そうね。どことなく似ていたと思うわ。自分に誇りを持っていて、怖い物知らずなところがあって……あなたが付喪神にしたがっているこのカメオも、その当時の私がモチーフなの……」


 綺麗な女性が白く浮き彫りされたオレンジのシェルカメオのブローチ。

 持ち主の女性は確かに美しいが、カメオのモチーフ当人だとは、カメオが見た情景をまだ確認していないちぎるも知らなかった。


「少しお時間はあるかしら? 私の思い出話に付き合ってくださらない?」


 ちぎる達は頷き、彼女の話を待った。 

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