第4話 ホウ・レン・ソウ?(その一)

 全日本付喪神協会。

 協会本部は、高天原の片隅にある小屋に置かれている。

 付喪神なんだから古い建物じゃなきゃダメ! と、いつの時代に建てられたのかすら定かではない……今にも倒壊しそうなおんぼろ小屋を協会本部用として高天原役場から渡された。

 夏は暑く、冬は寒い、自然冷暖房完備の建物だ。


 平常は、この建物には誰も当然居ない。

 事務員もいない。

 事務作業など無いから居る方がおかしいのだが。


 全日本付喪神協会は、日本国内に滞在する海外からの霊体憑依物と区別するために作られた組織。

 構成員になれば、日本原産付喪神として認められ、その活動を高天原から非難されず問題視されない。

 ちなみに名簿は壁に貼られているが、構成員の数は百にも満たない……いや五十にも届いていない。


 縄文時代の土偶に憑依した付喪神である縄文じょうもんは、会長になるのなんか嫌だ! と猛烈に拒否した。


 だが、付喪神の序列は憑依物の製造年代で決まる。


 ……そう! 決まっていたのだ。


 縄文じょうもんさんより古株はここに居ないのだから諦めて就任しろ! と言われ、付喪神の因習上渋々受け入れた。

 付喪神は”古い”ことに最上の価値観を置いていたのだ。

 当時は、旧石器時代のやじりにでも誰か憑依してくれないものかと縄文は願っていた。


 ……そんな時代もあったのだ。


 そんな縄文からすると、経年よりも思い入れを重視して憑依物選びをすることとなったのは、やってられんよという思いになる。


 とはいえ、会長なのは間違いない。

 自分のように……博物館で月に一度は乾いた布で気持ち良く磨いて貰えるような……丁寧に扱われずに、憑依物を壊され消えていった付喪神達の無念を思えば、嫌であろうと何であろうと、会長としての務めを果たさないわけにはいかないと考えていた。


 責任感に従うこともある土偶。

 それが縄文という付喪神おとこだ。


 だが、憑依物を壊された付喪神達は、人間に悪さを繰り返した者達が多い。

 自業自得じゃね? と思われる者達が圧倒的に多いのだ。

 それでも、人間の不注意で割られた陶器の付喪神もいるからと、不満を漏らさずにいる。


 協会唯一の部屋で、囲炉裏を挟んでちぎると向かい合いながら、会長職なんか他の誰かに早く譲りたいと縄文は考えていた。


 逃げられるものなら逃げる土偶。

 それが縄文という付喪神じじいだ。


 ちなみに、付喪神の名は通常、憑依したモノに沿って名乗る者が多い。

 縄文も最初は土偶と名乗っていたのだが、縄文の方が響きがいいと名を変えた。


 人の目を気にする土偶。

 それが縄文という付喪神ええかっこうしいだ。



「この人間が変わっていてですね? 万年筆が見た父のことを知らなかったことにするっていうんですよ。付喪神にするための交換条件で得た知識なのに、ほんと変わっていますよね」


 初めての憑依物をなんとかゲットしたちぎるが、報告なのか、それとも自慢したいのか判らない内容を嬉しそうに縄文の前で話している。


「それで、その万年筆をお前はこれからどうするのだ」

「どうするって?」


 縄文からの想像もしていなかった問いに、ちぎるは固まりキョトンとしている。


「もしだ? その万年筆憑依物を持ち主が捨てたらどうする」

「その時は付喪神として……」

「愚か者め。おまえの出した条件は、持ち主が亡くなったらであろう?」


 縄文から言われた条件を、ちぎるは持ち主にそのまま伝えた。

 廃棄に関する条件は考えてもいなかった。


「あ、そうかぁ……捨てられちゃったら持ち主がいつ亡くなったかなんて判らない……」

「そうだ。判らない以上、付喪ベビーは付喪神としての活動することを許されない。それでは意味がないではないか!?」

「でも縄文さまぁ。新しい憑依物を探しながら、廃棄されないように注意しているなんて、僕一人ではできないですよ~」


 無理無理、絶対無理と言うちぎるを見て、まあ、確かにな……と縄文はつぶやく。


「では、これからは、廃棄された場合も、持ち主が生存中であろうと付喪神として活動する。その条件を付け加え、その万年筆に関しては、こちらで別の者に監視させておくとしよう」

「監視させてどうするんです?」

「捨てられたら拾って、この協会内に保管しておく。相手は人間だ。百年も過ぎたら亡くなっていることだろう」

「そこまでするんですか? 捨てられたら付喪神として動けばいいだけでは……」

「おまえは気楽でいいな。そんなルール違反を、あの月読様がお許しになるわけはないだろう」

「……中間管理職って気苦労が多いですね」


 本当に判ってるのか、こいつ……と縄文は冷ややかな目をちぎるに向ける。

 だいたい、ちぎるは古い時代に交わされた証文の付喪神。

 契約に慎重になってもおかしくはないと縄文は思うのだが、まぁ、憑依した付喪ベビーの性格のせいだなと、呑気なちぎるの様子を諦めた。


「だが、今回はよくやった。そして、おまえ一人では大変だというのも判った。そこで、パートナーを付けてやろう」

「パートナーですか?」

「そうだ。けっして、おまえが遊んでないか監視するためではないぞ?」

「本当ですか? そんなジト目で言われると、疑われているとしか……」

「信じろ! おまえが信じるおまえを信じろ!」


 灰色の瞳に炎が燃えさかりそうな勢いで、信じろ! と言う縄文。

 引き気味に後ろに身体を傾げてちぎるは答える。 


「……じゃあ、疑われているということで……」

「まあ、信じられないかもしれないが、監視のためではないというのは本当だ。それでだな。パートナーには、すずりを付ける」

「げぇええ! すずりですかぁああああ!」


 縄文のジト目は、ちぎるを疑ってのものではなかった。

 この話を覚悟せよ! という思いのこもった視線だったのだとちぎるは理解した。


 すずりは、由緒正しい貴族の家に古くから受け継がれている硯に憑依した付喪神。

 その性格は、天上天下唯我独尊私が神よの一言である。

 人間と交渉するには向かないに決まっている。

 すずりがパートナーなら、監視目的じゃないという縄文の言葉は真実だとちぎるも納得した。


 ――アレが大人しく監視するなんて想像もできないからな。しかし……。

 

「縄文さま……何故すずりなんです? 他にも交渉向きの付喪神は居るでしょうに……」

「やらせろと自分で言うのだ。おまえが現世へ向かったあと、毎日のように従者のすみを寄越してな……認めないと、目の前ですみってもらうと脅すのだ。付喪神の自殺に手を貸したなどと非難されるのは嫌だ! 」


 すずりならやりかねないとちぎるは思った。

 大人しく真面目な、すずりの命令には絶対服従する、古墨こぼくの付喪神であるすみの決死の表情が、ちぎるの目に浮かんでいた。

 黙っていれば、愛らしく品がある令嬢のようなすずりだが、目的を果たすためならば、脅しでも何でもする。従者のすみを失うようなことを本当にするとは思わないが、万が一があると思わせるのがすずり

 丁稚のような姿のすみが、目を血走らせてすずりからの言いつけを縄文に伝えたであろうことも、ちぎるには容易く想像できた。


「ですが……縄文さま……あのすずりですよ? 人間と交渉の場で、大人しく下手したてに出るところなんて、僕にはまったく想像できないんですが……」

「うむ。私もだ。だが、これは既に天照様からもご許可を頂いた決定事項だ……すずりが天照様に既に持ち込んでいたのだ……」


 『退路は断たれているのだ!』


 膝上で両の拳を握りしめ、そう伝える土偶顔じょうもん目力めぢからが、後に続く言葉をちぎるから失わせた。

 

「わ……わかりました……努力します……努力はしますが……憑依物をもう見つけられなくても、僕の責任じゃないですからね? それだけは判ってくださいね?」

「嫌だ! 判りたくないぞ。……捜索ついでに、すずりの躾けも頼むぞ……」


 面倒ごとは丸投げもする土偶。

 それが縄文という付喪神テキトー野郎だ。


 この世の終わりが来ても、これほどの悲壮感はないだろうと思われる表情をちぎるは浮かべた。

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