第3話 陳情

 千九百二十年、アメリカで初の大衆消費社会が生まれた。

 現在は二千二十年。

 大衆消費社会が到来して百年が過ぎ、大量生産大量消費の現状に困る者が出てきたのである。

 ……困るどころではない。

 種族の未来に不安しかない状況に陥っているのである。


 それは付喪神つくもがみ


 補修して所有し続けるよりも買い換えた方が安く、また、製品の機能なども進歩し生活を送る上でも便利であったため、長期に渡って保有されるモノが減った。

 付喪神は、古いモノに付喪ベビーが取り憑いて生まれる。

 それは付喪神に許された唯一の誕生手段。

 しかし、長い年月経ても形を残すモノが減ったために、新たな付喪神の誕生数が、日本の少子化の速度を大きく超えて減少している。


 全日本付喪神協会会長の縄文じょうもんは、種族の未来を憂い、悩んだ末に天照大御神あまてらすおおみかみに直訴することにしたのであった。


・・・・・

・・・


 高天原の一角にある天照大御神が務めを行うやしろ

 神社であれば神体が鎮座しているだろうところに、黒髪の天照大御神が座椅子に座り、その左右に男神二名が立って控えている。

 男神二名は、月読つくよみ須佐之男すさのお


 天照の仕事にこの二名が関わることは通常はない。

 だがこの日は、付喪神からの陳情内容を判断するのに男神二名の意見を天照は欲した。


付喪神つくもがみも時代の変化に合わせたいのです」

「どういうことか?」

「長い年月を経たモノに取り憑くのではなく、持ち主の思い入れの強いモノに取り憑いて付喪神つくもがみとなってはどうかと……」

「つまり、付喪神つくもがみ誕生のことわりを変えたいということか?」

「左様でございます。ことわりを変えるには、天照大御神あまてらすおおみかみ様のご許可が必要でございます。何卒なにとぞ、お許しをいただきたく……」


 平伏している縄文じょうもんの様子を天照はじっと見つめる。

 礼服姿の縄文じょうもんは白髪頭で床に三つ指をつき平伏し、天照からの返答を待っていた。


 何事か思いついたように、純白の衣を纏う天照は、両隣に座る月読つくよみ須佐之男すさのおに顔を交互に向けた。

 

「そなた達はどう思う?」


 天照が座る座椅子の背もたれに手を置き、縄文じょうもんから見て右側に立つ須佐之男すさのおは、顎髭に手をやりながら澄ました顔で答える。


「姉上の思いのままに」


 ――そうそう。須佐之男すさのお様は、戦いに関係のないことには興味を持たれない方だ。


 縄文じょうもんは反対されずに済んでホッとした。

 

 だが、須佐之男すさのおと逆側に立つ月読つくよみは違った。


「反対ではありませぬが……条件は必要ですな」


 ――条件? 面倒な話を出されずに済めば良いが……。


 縄文じょうもんは膝を折り俯いたまま、背中にヒヤリとしたものを感じた。


「その条件とは何じゃ? 申してみよ」


 月読つくよみは、天照の前まで歩き話しを続ける。


「そもそも、付喪神つくもがみは名に神とついているものの、本来はあやかしです。滅んだところでどうということはありますまい。それどころか、人をたぶらかすのであれば、滅んだ方が人のためには良いとすら言えます」


 ――おいおい、何を言い出すんだ。これは困ったことになりそうだ。


 月読の落ち着いた声で説明する内容に、縄文は焦りを感じていた。


「ですが、身勝手に動かず、こうして姉上に陳情し許しを得ようという姿勢は殊勝な心がけと認めます。ですので、これからはあるというのであれば宜しいのではないでしょうか?」

「具体的なことも思いついているのであろう? 話してみよ」


 天照あまてらす月読つくよみの話に興味を持った様子。

 

「まず、思い入れのあるモノに取り憑くというのは、実はこれまでと変わらないのです。ただ、モノが生まれてからの時間の縛りを無くすだけです。長く所有したモノに思い入れがあるのは特別なことではありませんから」

「そうとばかりも言えぬだろうが、おかしくはないな」

「ですが、時間という縛りが無くなるのであれば、あやかしと同じ行為を付喪神つくもがみが行うのは認めたくはありません。人をたぶらかす存在を増やす手助けを我々がすることになりますのでね」

「それは確かにそうじゃな」

「ですので、神として相応しい行為を伴うというのであれば、付喪神つくもがみが生まれるための条件を緩和しても宜しいと思われます。具体的には……そうですね……付喪神つくもがみが生まれることが持ち主の助けに繋がる……でどうでしょうか?」


 ――これはやっかいな……月読つくよみ様が言われた通り、これまで人をたぶらかしたことはあっても、手助けなどしたことはない。何をしたら良いのかさっぱり判らんぞ。


「それは良いな。しかし、持ち主の助けになる行為を行ったか、どのように判断すべしと月読つくよみは言うのだ?」

「持ち主と交渉して貰いましょう」

「というと?」

「そうですね……持ち主が生きている間は持ち主の所有物として生きる。そして、死後は自由にして良いと持ち主の許可が下りたら付喪神つくもがみの意思に任せる。この条件を呑んで貰えるよう、モノに取り憑きたい霊はそれぞれ交渉するのです。持ち主次第で様々な願いが出てくるでしょうが、叶えられなければ別の持ち主とモノを探し、再び交渉するところから始めて貰います。いかがでしょうか?」

「うむ、そうじゃな。確かに、神らしい行為もせずにというのは良くないな。どうじゃ、縄文じょうもん月読つくよみの挙げた条件を呑むか?」


 ――呑まなければ現状のままということだ。呑むしかないじゃないか……。


「判りました。仰られた条件に極力従うことといたします。ですが、初めての試みゆえ、またご相談に参っても宜しいでしょうか?」

 

 平伏したまま縄文じょうもんは答えた。


「うむ。相談には乗るゆえ、困ったことが起きたら再び参るがいい」



 ……付喪神の依り代をやっと一つ見つけましたと報告するちぎるの報告を聞きながら、縄文じょうもんは天照大御神の社で陳情した際を思い出していた。

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