Change Only The Way, You See It(原著者:ユキガミ シガさん))
切れ切れの破片から、その元になっていたオリジナルを復元する。特段難しいことではないが、やる気が湧いてこない。これがシュレッダーで裁断してしまった諭吉さん救出とかなら徹夜も辞さないところだが、あいにく俺の目の前にあるのは書道の半紙。水に濡れて墨が滲んだ切れっ端だ。書道部部員の作品を不注意で台無しにしてしまった以上、書いた部員に謝罪しなければならない。
書道部顧問の教師、林にこの不手際を申告しようものなら、ただでは済まないだろう。林の説教はバリエーション豊富でなかなか楽しめるんだが、その独演会を正座して静聴しなければならないというのはどうにも辛い。二時間の正座を耐え切るくらいなら、黒板いっぱいになるまでごめんなさいを書く方がまだマシだ。
そんなわけで。俺、
◇ ◇ ◇
好事魔多し。いい日和でおじゃると教室で麻呂っていたのが、そもそも間違いの始まりだった。授業中に睡魔あが平泳ぎでお出ましになって。机の上で船を漕いでいる間に、俺は水飲み鳥になっていたらしい。その間に、悲しいほど俺と凶事がシンクロする数唯が、教師の投下した出席簿爆弾の餌食になった。
ばしん! うぎゃっ!
破裂音と悲鳴で我に返った俺は、現実帰還と同時に爆撃が自分にも及ぶことを覚悟した。そして、授業を行っていた教師が厳格な林だったことで、めでたく連座制の適用となったわけだ。
まあ、罰として部室の掃除をするくらいどうってことはない。書道部の連中は、まだ流行期でもないのに揃って風邪ひきくんで全員リタイアしてる。見張りが誰もいないんだから、適当にやって切り上げりゃ良かったんだが。ついつい馬鹿丁寧にやってしまう俺は、紛れもなく哀しい小市民。その上、数唯のバカタレが墨がイカ臭いと窓を開けやがった。窓から忍び込んだ台風絡みの狼藉者が、金目のものがなかった悔しさからか作品の脱走を唆した。
自由を求めて窓から逃げ出そうとする一枚の半紙。数唯が慌てて取り押さえようとしたが、あいつは凡そ捕り方には向いていない。十手を持ったらその日のうちに廃業だろう。かすりもせず。そして半紙は飛べるが、数唯は落ちる。半紙と数唯なら、数唯の救護を優先するしかない。なので、俺の手の中に残った感触は数唯の腹の熱だけだった。おまえ、太ったな。
いや、そんな場合じゃないって。慌てて窓を閉め、二人して回収に降りたんだが。中庭の池で入水自殺した作品の遺書は、一片の文字だけだった。それが『去』。
◇ ◇ ◇
大きな字ではなかったので部員の署名だと判断したんだが、『去』という字を名に含む部員はいない。元々書道部は七名ほどで、その中の四名の作品が並べてあったようだが、面子に規則性はなさそうだ。判じ物自体も厄介なんだが、トラブルを起こした張本人の数唯のやる気なさが、余計俺のいらいらを加速させる。誰のせいだと思ってんだよ。ったく。
七人のうち作品が並んでいた三名は除外できた。筆跡が明らかに違う。となると残りは四名、会川カナ、桂俊樹、島津真由美、氷室允か。うーん……。
俺が腕を組んで宙を睨みつけていたら、数唯が俺の眼前に名簿を突き出した。
「類、これなんて読むの?」
允?
「ああ。マコトだろ。いい名前だよなー。これでムルとかだったら笑える……あ! そうか、わかった!」
分かってしまえばどってことないな。でも……。
「むー。しかし、対象者が二人いるな。まあ。余白の感じから見て、たぶんこっちだろうけど」
俺の指し示した名前を見て、数唯も納得したんだろう。持っていた名簿をぽんと放り投げて、机の上にべたっと潰れた。
「たるーい」
「まあ、そんなもんだ。
席を立って、思い切り伸びをする。これですっきり解決なら言うことなしなんだが、あいにくこれは序章に過ぎない。これから、その部員に作品を台無しにした謝罪をしないとならん。うんざり気分に戻った俺は、数唯の前でつい禁句を口にしてしまった。
「数唯。おまえ、太ったな」
ぱん!
秋らしく。俺の頬に紅葉がくっきり浮かび上がった。
【おしまい】
原典 https://kakuyomu.jp/works/1177354054885348172/episodes/1177354054885348219
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