[企画向]短編リライトの会
ユキガミ シガ
オリジナル
Change Only The Way,You See It
すっかり秋だ。思いつつ、窓の外を眺めていたら、八つ当たりの消しゴムが飛んできた。ヒットした後頭部を撫でながら不満気な顔で振り返ると、かれこれ一時間悩みっぱなしの幼馴染氏は、まだ机の上の小さな紙切れと、ついでに部員名簿を眺めているようだった。
まだ解らないのかと問えば、ううん、と唸り声ばかり返る。
事の発端は凡そ二時間半前。幼馴染氏こと
懲罰として書道部部室の清掃を言い付けられ、大いに憤慨したのだが、書道部全員が昨日当たりから風邪で欠席、或いは早退したのだと聞かされ、罰を課した林の眼力に圧殺される形で、掃除を始めるに至ったわけだ。
学生にとって掃除ほど厄介で面倒臭いことがあろうか。なんとか1秒でも早く、という勢いでそれを済ませ、一息吐いたところで事件は起きた。
今日は台風が隣県だかを通過中ということで風が強く、とは言え我らは清掃を言い付けられたわけだから、当然換気をしつつ作業を行っていたのだが、目を離した隙に並べてあった作品の一つが風に煽られ、やにわに窓から出奔されてしまった。気付いたのは類で、その珍しく取り乱した怒声に慌てて手を伸ばしたが間に合わず、それどころか、勢い余って窓から転落しそうになる始末。そのままぶら下がるように下を向いて確認したところ、一反木綿は中庭の池に入水なさっていた。波の底には都はありませぬ、文豪は一人で生き残りますよ。
嗚呼、あまりに寝覚め が悪い。
無残な半紙を救出に向かったものの、辛うじて引っかかっていた一部分を残して完全に水没したそれは、救い出す間もなく墨を滲ませて、ぐずぐずに溶けてしまった。今、類の前にある千切れた紙片はその生き残りである。
せめて一言詫びようと誰の作であったか調べようとしたのだが、残った紙片には『去』の一字。去がつく名前は部員名簿にない。名前でなく本文の字とか、雅号のようなものやもしれん。元々書道部は七名ほどで、内、四名の作品が並べてあったようだが、その面子に規則性はないようだ。顧問の林に相談することも考えたが、類が面倒な事になると嫌った。
結果、彼が一人ここで悩んでいるわけだ。もう暗いってのに、全く。
七人のうち作品が並んでいた三名は除外できた。筆跡が違う。となると残りは四名。会川カナ、桂俊樹、島津真由美、氷室…允?
「類、これなんて読むの?」
天井を睨む類に声をかけると、いかにも面倒臭げに名簿を覗きこむ。
「マコトだろ」
良い名前だ、と続けた彼は急に硬直した。
「わかった!」
まさに、閃いたといった叫びではあったが、直後、彼は眉根を顰める。
「む…。しかし、二人いるな」
驚いて覗き込むと、彼の指はいらいらと二つの名前を指し示した。
「余白の感じだと多分こっちだな」
言われてみればなるほど、とても単純な事じゃないか。去と読むから判らないのだ。
「まあいいさ、そんなものだ現世は」
彼はそう言って立ち上がると、猫のように大きな伸びをした。
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