そうか、これが(原著者:新吉さん)
地球侵略のために、人類の弱点を探らせるべく諜報員ジェームズを送り込んでいた所長は、人類より先に自分の胃が滅亡する危機に瀕していた。
あいつ、まるっきり報告をよこさないじゃないか。一体どうなっているんだっ! 業を煮やした所長は、逆探査されるリスクは承知の上でジェームズへのホットラインを開いた。
「ジェームズくん」
「なんですか? 所長」
「私は君に、人間を堕落させるのに有効なものを調査してこいと言ったはずだ」
「俺は、鋭意調査していますよ」
「嘘をつくな! おまえの所在地は、常に位置確認システムで把握しているんだ」
「まあ、エージェントが寝返ったらしゃれにならないですからねえ」
「他人事のように言うな!」
「他人事じゃないですよ。俺は嘘はついてません。鋭意調査中です」
「何を調査しているっていうんだ!」
「人間の行動を抑制する物質を探査してます」
「行動を抑制する物質だと?」
「そうです。それが判明するたびに、目から鱗が落ちるんですよ。そうか、これが人間を堕落させるのかってね。意外なものばかりなんですけど」
「どんなものだ?」
「今のところ判明したのは、炬燵と電気ポット、みかんとおやつ、テレビのリモコン、どてら……それらの物質が揃えば揃うほど、人間の行動意欲が低下するっていうことですかね」
「ちっとも訳がわからんが」
「後で報告書を読んでください。電送しましたので」
「だが、それとおまえがちっとも動かんこととは関係がないぞ? 調査をもっと広域でやれ!」
「そうしたいのはやまやまなんですが、少しばかりトラブルに巻き込まれていまして」
「トラブルだと? おまえのようなろくでもないエージェントの存在そのものがトラブルだっ!」
「まあまあ。俺はいつもまじめに仕事してますよ。それが報われないだけで」
「ぬぅ。どんなトラブルだ?」
「まず」
「うむ」
「俺がこの姿のままで人間界をうろうろすると、必ず処刑されてしまうんですよ。我々は人間とほぼ同サイズですから」
「おまえは変装が得意だろ?」
「変装しても、そのまま飛行したら撃ち落とされますよ」
「ううむ。それもそうか」
「なので、ドラエモンとかいう変な猫からスモールライトという器具を借りて、身体を縮小しました」
「そいつ、信用できるのか?」
「どら焼きで買収しました」
「まあ……それはいいが、それから?」
「小さくなった俺は、地球上にもともと存在する生物と同じルックスになるので、偵察活動が非常にスムーズになるんです」
「スムーズになっとらんだろう? 事実として」
「仕方ありませんよ。敏腕エージェントには、美女がもれなくついてきますから」
「おまえになびいた美女など、これまでただの一人もいなかっただろうが!」
「でも、ですね。縮小された俺は、美女選びたい放題なんですよ。毎日酒池肉林の生活で」
「仕事はどうしたっ!」
「してますよ。彼女たちとのデートも兼ねて」
「どっちが本業だっ!」
「まあ、冬は寒くて、彼女たちもあまりアクティブではないので。ぬくぬくの部屋で、毎日生殖活動に勤しんでます」
「……呆れてものが言えん」
「それはトラブルじゃないんですよ。既定路線で」
「既定にするなあっ!」
「まあまあ。でも、見くびっていた人間に予想外の反撃を食らいまして」
「はあ?」
「越冬セットにはまって動きが鈍った人間の迎撃なんざ、苦もなくかわせるんです。でも、やつら卑怯なトラップをかけやがって」
「……もしやとは思うが、そいつにかかって捕らわれたということか」
「ぴんぽーん。彼女も一緒どえーす」
「脱出できるのか?」
「無理です。本報告が俺の最期になります。所長には本当にお世話になりました」
「おまえは穀潰しのエージェントだったが、いなくなるのは寂しいな。人間どもに報復してやる!」
「ああ、それは無用です」
「は?」
「所長。俺のデートの相手はハエという生物なんですが、俺の見かけ上の姿がハエであっても、中身は違うんですよ」
「……」
「スモールライトは、俺自身にしか効きません。俺の子孫のサイズは原寸になるんです」
「ということは……」
「人間の繁殖力なんか、俺らから見れば屁みたいなものですよ。連中は、十ヶ月かかってやっと一人。子が生殖出来るところまで成長するのに十年以上かかります。俺らは一ヶ月で成熟して、数百個産卵できますから。子育て要らないし、飛べるし、家とか不要だし」
通信が途絶える前に、ジェームズの乾いた笑い声が響いた。
「はっはっはあ! なお、このクソッタレなテープは自動的に消滅しません」
【おしまい】
原典 https://kakuyomu.jp/works/1177354054885337326/episodes/1177354054885337347
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