ハレンチ学園演劇部オーディション(原作:青瓢箪@aobyotan)
原作:
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885027194/episodes/1177354054885027198
ひょんなことから演劇部のオーディションを受けることになった。
聖ヴァレンチナ学園に入学して五日、部活見学期間の二日目だった。一日目に続いて、わたしは百合に手を引かれて幾つかの部活を見て回っていた。気が付けば、第二視聴覚室の前に立っている。立て看板には「演劇部入部オーディション開催中」とあった。百合は躊躇せずドアを開き、「オーディションを受けに来ました」と威勢よく宣言した。演劇部員の先輩たちが面食らったように顔を見合わせ、一泊遅れてようやく歓迎の言葉が出た。百合がオーディションを受ける間、わたしは準備室で待機することになり、三年生の女性部員に勧められるままクッキーと紅茶をごちそうになった。信者の生徒らしく、豊満な胸元で十字架が揺れていた。
オーディションでは、即興の寸劇を披露することになっているらしい。お題は三つあり、その場に立つまで受験者には知らされない。その出来次第で当否が決まる。不合格になっても、演出や脚本、照明、衣装などの裏方担当として入部することは可能だし、合格したからといって必ずしも入部する必要はない、とのことだ。
「まあ、合格基準に達する子なんてそういるものじゃないから、しつこく勧誘させてもらうことになるけど」
五分くらい経ったとき、第二視聴覚室の方から百合の声が聞こえてきた。
「こんな部活、こっちからお断りよ!」
強い口調だった。勢いよくドアが開かれる音がして、そのままぴしゃりと閉められた。怒声のような足音が遠ざかっていく。百合はむかしからこうだ。一度火がつくと、鉄砲玉のように飛び出してしまう。男子と喧嘩して、ランドセルを学校に置いたまま帰ったこともあった。そのランドセルが、今回はわたしだった。
「あらあら」信者の先輩は能天気な口調で言った。「だいぶ揉まれたみたいね」
ほどなくして、三年生の先輩がわたしを呼びに来た。知らない間にオーディションを受けることになっていたらしい。そのための別室待機だったのだ、と遅まきながら気づいた。ということは、百合と同じお題が出るのだろうか。そんなことを考えている間に、わたしはベルトコンベアに乗せられるようにして、第二視聴覚室のステージまで運ばれていた。
「準備はいいですか」
「はい」
最前列に先輩たちが並んでいた。そのうち三人が審査員らしい。机の上に、国会中継で見るような黒い名札が三本立っていた。それぞれ、部長、副部長、演出担当と書いてある。眼鏡の部長はかしこまった様子でわたしを注視し、軽薄そうな副部長は顎を撫でながらわたしの体に視線を這わせ、演出担当はサングラスをかけて腕組みをしていた。
「ちょっといい?」信者の先輩が言った。「今度はわたしがお題を出しても?」
「どうしてまた」部長は言った。
「さっきの子には逃げられちゃったでしょ。同性のわたしから出題した方が抵抗がないと思うんだけど」
審査員たちは話し合いの末、許可を出した。信者の先輩と目線が合って、ウィンクが飛んでくる。彼女は、手持ちサイズのホワイトボードを受け取ると、マジックで何かを書きはじめ、やがて、それをステージに向かって見せた。
ベルニーニ作『聖テレジアのoh yes♡』
「じゃあ、一分後に演技をはじめて」
部長が言うと、演出担当がストップウォッチのボタンを押した。
※※※ ※※※
「それで、あんた演ったの」後に百合に訊かれた。
「演ったよ」わたしは言った。「百合も違うお題で演ったんでしょ」
「そりゃね……だって先輩たちが雁首揃えて真面目腐った顔してるんだもん。何ですか、これとは言い出せないわよ。自分の方がおかしいのかなって思うじゃない。だからええ、演ったわよ。律儀に三つ目のお題まで付き合ってやったわよ」
百合はそこで思い出したように、
「でも、いまならはっきり変だってわかるわ。何よ、<マリリン・モンロー主演『乳揉んでも浮気』>って!」
※※※ ※※※
最初の演技を終えると、部長が声をかけてきた。
「よかったですよ」
副部長は演出担当とひそひそと話し込んでいる。信者の先輩はアルカイックスマイルを崩さない。
『聖テレジアの法悦』は中学校の教科書で見て知っていた。バロック期の彫刻作品だ。槍を持った天使と、ローブの女性が彫られていて、その頭上からは漫画のスピード線みたいな光が降り注いでいる。きっと、仰向けに倒れ込んでいる女性が聖テレジアなのだろうけど、詳しいことは知らない。ただ、女性の顔が宗教的主題とは不相応に官能的で、印象に残っていた。まるで、エクスタシーに達しているようだった。そうなると、天使の笑みもどこかいやらしく見えてくる。槍を振りかぶるようにして持っている仕草も何かの暗喩のようだった。
部長の号令とともに、わたしはステージに身を横たえた。表情までは伝わりづらいだろう。そう判断して、やや大げさに体をくねらせる。自分のすぐ傍らに天使が膝をついていると想像して、その愛撫を求めるようにして腕を伸ばした。天使はなかなかご褒美をくれない。立派な槍を持ちながら、それをすぐに使おうとはせず、焦らすような愛撫と思わせぶりな視線でわたしを弄んだ。けっきょく、天使が槍を使うことはなく、わたしはひとり身悶え、そして果てた。「oh yes♡」と。
「では、次のお題です」
二番目のお題は「ティツィアーノ作『らめぇ』」だった。これは何のことだかさっぱりわからなかった。審査員席でも何やら協議が行われている。やがて、部長の指示を受けて、信者の先輩がホワイトボードに(ダナエ)と書き足した。たしか、ギリシャ神話の人名だ。ペルセウスの母親がそんな名前だった気がする。牢に閉じ込められた彼女を、金の雨となったゼウスが訪い、例によって孕ませるという話をぼんやりと覚えていた。
「はじめてください」
まずは、父王に幽閉され退屈しているダナエを演じる。またもステージに寝っ転がり、スマートフォンを操作するそぶりをしてみせた。もちろんギリシャ神話の時代にスマートフォンなんてない。でも、なんとかっていう画家がテニスラケットを描いた例があるくらいだし別に問題ないだろう。やがて、わたしはそれも飽き飽きといった調子で見えないスマートフォンを投げ出す。仰向けになって片膝を立て、退屈そうに体を揺すっていると、男の声が聞こえてきた。わたしは上半身を起こし、声の主を探す。「ここだ」声がしたと思ったら、後ろから口をふさがれていた。見えない手は瞬く間にわたしの服を脱がせてしまう。ごつごつとして男らしい手だった。その手がわたしのスカートを下し、脚を広げる。「ら、らめぇ」抵抗むなしく、わたしは黄金の子種を注ぎ込まれ、その場にぐったりと横になった。
われに返ると、審査員たちが何やら耳打ちし合っていた。他の部員たちも何やらそわそわして落ち着かない様子だ。わたしの視線を窺いながら、ひそひそと会話している。信者の先輩に目を向けると、指でOKサインを送ってきた。
「いいですね」部長は眼鏡を上げ直した。「その調子で最後のお題も行きましょう」
信者の先輩はしばらくマジックを弄んだ後、最後のお題を書いた。
マンテーニャ作『say!セバスティアヌスの調教』
聖セバスティアヌスと言ったら、同性愛の守護聖人だ。三島由紀夫が精通した画題として知っていた。あれはたしか別の画家だったと思うけど、そんな細かいことは気にしなくていいだろう。問題は別にある。
ここにきて男性の役柄だ。それに、ゲイ、SMのニュアンスも求められている。信者の先輩がどこまで考えているかわからないけど、最後のお題というだけあってこれまでとは比べ物にならない難易度だった。考える時間は変わらず一分しかない。わたしは時間を目いっぱい使って深呼吸を繰り返し、自分は聖セバスティアヌスだと言い聞かせた。
「時間です」部長は言った。「はじめてください」
※※※ ※※※
「それで」百合は言った。「その後に気を失ったってわけ?」
「うん」
※※※ ※※※
部長のかけ声を最後に、記憶は途絶えている。目覚めたのは保健室のベッドで、下校時刻を回っていた。どうやら信者の先輩が運んでくれたらしい。部活見学中に倒れた、とだけ説明してすぐいなくなってしまったとのことだった。ほどなくして上の兄が迎えに来て、わたしは学校を後にした。家でシャワーを浴びると、脇腹がひりひりと痛んだ。見ると、軽いかすり傷ができている。ステージで倒れたときにこすれたのだろうか。不審に思いながら眠りにつき、殉教の夢を見た。
わたしは手を後ろに回した状態で、石柱に縛りつけれていた。前方では、ローマ兵たちが矢をつがえている。父なる主よ、とわたしは祈った。どうか彼らをお赦しください、と。「放て!」その合図とともに、ローマ兵の矢が飛来し、わたしの肉を穿ち、内臓を抉った。焼けるような痛み。呻く間もなく、第二陣が矢を放つ。第三、第四と矢の波がわたしを襲った。快楽とは水で薄めた痛みのようなものである。サド侯爵の言葉を思い出しながら、この痛みに耐えんとする。飛来する矢はご褒美なのだ。わたしは主に感謝を捧げながら、矢を受け続けた。意識が遠のくのを感じながら、最後にこうつぶやく。
「もっと、ください」
翌朝、珍しく百合が迎えに来て、昨日の話を聞きたがった。バス停に向かいながら、わたしは覚えてる限りのことを話した。百合はずっと訝しげな表情のままで、バスに乗り込んで少し経った頃、スマートフォンをいじってこちらに見せてきた。
「帰ってから冷静になって調べてみたのよ」百合は言った。「仮にもキリスト教学校であんなハレンチが許されるものなのかってね。それで、うちのホームページを見てたんだけど……」
百合が開いたのは、部活紹介のページだった。運動部と文化部に大別され、部活の名前がずらりと並んでいる。文芸部、美術部、写真部、百人一首部、将棋部、放送部……演劇部の名前はどこにもない。
「極めつけがこれよ」そう言って、百合は同級生から送ってもらったという画像を開いた。勧誘ビラのように見える。「入学式の日もらったビラに紛れてたらしいわ」
入部オーディションを開催します!
一緒に
ハレンチ学園演劇部
「どういうこと」
「こっちが訊きたいわよ」百合は言った。「なんであれ、昨日のはタチの悪い冗談だったってことね。あのオーディションそのものが手の込んだ茶番だったのよ」
わたしは百合の隣を歩きながら、学園の正門をくぐり、教室の前で別れた。リュックを下し、教科書を机の中に移す。すると、机の中に一枚のメモ用紙が入っていることに気づいた。
合格おめでとう!
放課後の第二視聴覚室でお待ちしています!
ハレンチ学園演劇部
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