恋のオノマトペ?(原作:雨天荒@marghery)
原作:
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885374746/episodes/1177354054885392094
この世界はなんと多くの音に満ちていることだろう。
ぴぴぴぴぴぴ。こう書いたって何の音かわからないだろう。僕らが通学に使う路線バスのチャイム音だ。君にもお馴染みだろう。心弾む月曜の朝から、週末の訪れを実感する土曜の昼まで、まるで変わることがない、不愛想なお迎えの音だ。
ICカードの読み取り機がぴっと音を立て、ほどなくして、ぷしゅー、とドアが閉まる。運転士のアナウンスが流れる中、君は空いてる席を探し、リュックを抱えるようにして座る。バスが出発する。ぶるる。きー。ごごごご。がたっ。かんかんかんかん。ぴーぽーぴーぽー。
こうして言葉にしてみたところで、どれだけの意味があるだろう。
言葉で捉えようがないもの。それが音だ。それはまるで人の感情のようだと僕は思う。言葉は決して感情をとらえられない。言葉にしたとたん、それはたちまち嘘になる。君への感情だって「好き」の一言で片付くほど簡単なものじゃない。だから、僕はこうして悩み、この文章をスマートフォンに打ち込んでいる。君に届くことのない、独りよがりなラブレターを書き続ける。
ぴぴぴぴぴぴ。毎朝、君の顔を見ながら下書きを重ね、授業中にこっそり便箋に書き写す。ぴぴぴぴぴぴ。書いた手紙をブレザーの内ポケットに忍ばせ、帰りのバスに乗る。とくんとくん、とくんとくん。心が心臓にあるっていうんなら、この手紙にも僕の心が宿るはずだ。ぽーーーーーーーーーんと、音叉が共鳴するように、手紙を介して、僕の心が君の心を震わせるはずだ。だけど、そんなのは大昔の人が考えた嘘っぱちだ。だから、僕は手紙を渡せない。スマートフォンの下書きを確認して「これではない」と思い直す。ぴぴぴぴぴぴ。忌々しいチャイム音。タイムリミットが訪れて、今日も手紙を渡せずに終わる。
バス停から自宅までの道のりを、君は寄り道もせずにまっすぐ帰る。がたんごとん、がたんごとん。私鉄のトンネルをくぐり、昭和の匂いが残る通りへと向かう。近くに友達は住んでいないのだろうか。そんなことをいつも思う。がちゃ。君が家のドアを開ける。君は「ただいま」も言わない。二階建ての建売住宅。窓はどれも真っ暗だ。明かりがつくのを確認して、僕はイヤホンを取り出す。ぴゅろろ、ぴゅろろ。インコのさえずりが、君を迎える。君はそこではじめて「ただいま」と言い、制服から着替えはじめる。がさ、がさという衣擦れの音。ぽふん、とベッドに倒れ込む音がして、それからしばらく無音になる。ときおり、インコが鳴く以外は何も聞こえなくなる。吸いこまれそうな静寂に僕はいてもたってもいられなくなる。そんな自分を押さえつつ、僕は君の音を何ひとつ聞き逃すまいと耳を澄ませる。
少しでも君に近づきたい。君の音を知りたい。そうすれば、君に届く言葉が見つかるはずだ。
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