Change Only The Way,You See It(原作:ユキガミ シガ@GODISNOWHERE)
原作:https://kakuyomu.jp/works/1177354054885348172/episodes/1177354054885348219
放課後の書道部部室で、あなたはうんうん唸っている。小さな紙片と、書道部の部員名簿の間で目線を行き来させながら、かれこれ一時間、唸り続けている。
紙片にはたった一文字「去」とある。小さな文字だ。それが氷室允の名を示していることに、あなたはまだ気づいていない。会川カナ、桂俊樹、島津真由美、氷室允……名簿に隠れた「去」の字を探して唸り続けている。
※※※ ※※※
風が強い一日だった。直撃コースだったはずの台風が気まぐれを起こし、微妙に進路を変えた。臨時休校の当てが外れたせいだろうか、あなたは一限目から欠伸を繰り返し、現国の時間にとうとう首を垂れた。
「俺の授業で居眠りとはいい度胸だな」
林教諭の台詞はいつも同じ。居眠りした生徒に罰を下すこともクラスの誰もが知っていた。あなたが睡魔に屈したとき、その命運はすでに決まっていたのだ。
「書道部部室の掃除をしてもらう」
※※※ ※※※
「あ、やべっ」
いたずらな風が書道部員の作品を巻き上げ、窓の外へと攫った。腕を伸ばしたところでもう遅い。半紙はすでに中庭の池に向かって落ちつつあった。
あなたはすぐさま階段を駆け下り、池に向かった。半紙はすでに墨をにじませながらどろどろに溶けはじめていた。紙の端をつまんで拾い上げると、その部分だけがちぎれてしまった。名前の一部分だけがかろうじて判読できる。
「去……?」
※※※ ※※※
あなたは半紙の前で唸り続けている。部員名簿と首っ引きしながら唸り続けている。半紙の主が誰か突き止めるために。口うるさい林教諭を介せず、直接本人に謝るために。
窓の外はすっかり暗くなっている。日が短くなったものだ。風は弱まったものの、窓を開けると少し肌寒い。わたしがそんなことを語りかけたところで、あなたは顔も上げない。うんうんと、返事とも唸りともつかない声を漏らすだけ。
あなたはいつもそう。わたしのことなんてきっと眼中にないんだね。幼い頃からずっと近所に住んでたわたし。あなたが寝落ちした後を追うようにして、机に顔を伏せたわたし。半紙の主がわかっていながら、あえて教えようとしないわたし。そんなわたしにまるで気づかない。いつだって、他の何かに夢中なんだ。
せっかく二人きりになれたのに。話すべきことがあるはずなのに。
あなたはうんうん唸り続ける。その横顔にかけるべき言葉をわたしは探している。だから、もう少しだけでいい。そのまま唸り続けていてほしい。
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