帰り道


「意識を取り戻したのは三日前の明け方です」


 警察からの聴取を終えた備管別の面々は、一度基地に戻り、司令室で報告を行っていた。


「医師に事情を話し総監部の荒井中尉に連絡を取って協力を要請しました」


 石野司令は相変わらず不機嫌極まりない様子で質問を返す。

「上官や部下より、他基地の同期を信用したのか?」

「ストーム25の情報を最初にくれたのが荒井中尉でした。その時点で、ストーム25側の人間の可能性が一番低いと判断しました」


「あ! 面会謝絶の電話の声! 一回取り次いだことあるわ。荒井中尉だったのか。聞き覚えがあるはずだ」

 そう感想を漏らしたのは軍曹である。


「木口兵站長を疑っていたんだろう?」

「海賊放送の設備、企画の賞金……大きなリソースが動いています。木口兵站長単独とは思えません。犯人の目的も分からず、私が生きてると知れれば慎重になって犯人が動かず、解決まで長期化する恐れがありました」


「ライダー姿で自分たちを出待ちしてたのは?」

「君達二人も狙われる可能性があると考えたからだ。相手がバイクなら追跡するならバイクの方が合理的だ。あそこで駅と反対に曲がるとは思わなかったが」

「少尉の一日も早いご回復を祈願しようと……」

「ご利益はあったかな。軽自動車とは思えない馬力で問答無用でぶつかるような勢いで来たからな。思わず本気で逃げた。軍曹、君のあの車は車検」

「いやあ、にしても少尉のライディングテクニックには驚きました! 重たいドゥカティで鮮やかなパワースライド! ハリウッド映画のワンシーンみたいでしたもん! 今度自分にもやり方教えてください!」

「問題になる前にまともな状態にしておけ」

「りょ……了解」

「わざと私の死亡をメールしましたね? 司令」

「犯人を燻り出すきっかけが必要だった。

 軍曹から黒のドゥカティの話を聴いてもしかしたらと思ってな。福山の陸運局に確認して貴様の単車を特定した。趣味は変わってないようだな。ナンバーが分かればNシステムの出番だ。幽霊の画像が幾つも拾えた。元気に生きてると分かれば悪い冗談の言いようはある。効果覿面こうかてきめん。狙い通り熊野はすぐに動いた」

「二人をフォローしてください。危ない所でした」

「彼らが私に相談なく動くからだ。軽率だぞ。木口を押さえに行く前に報告しろ」

「申し訳ありませんでした。食堂の閉まる時間が迫ってて」


 石野は軽く息をついた。

 その表情からは、先程までの険しさは消えていた。


「相変わらずだな、加藤。私まで嫌疑の対象に数えるとは」

「申し訳ありません」

「加藤少尉。優秀な情報自衛官が信じるものはなんだ?」

「は! 自分の眼と耳だけであります」

「それでいい。貴様のそういう所を私は買っている。昔の恋人など……諜報を生業なりわいにする者なら一番警戒すべき相手だからな」


 軍曹と二曹は思った!

(……やっぱり)


「すまなかったな、軍曹、二曹。心配をかけた」

「心配なんかしてません。少尉は殺してもしなない男! ダイハード自衛官! が、キャッチコピーじゃないですか」

「勝手に時代遅れなコピーを付けるな」

「自分より二曹ですよ。少尉が死んだって聞いた時、顔真っ青にして泣いちゃって、この世の終わりみたいになってましたから」

「二曹。すまなかった。内部犯の公算が強く、どこから情報が漏れるか分からなかった。君達にも私の健在を伏せた方が、犯人に対して有利になると踏んだんだ」

「分かっています。少尉が生きていて下さっただけで……私……」

「二曹……」


「ん、ん!」

 石野が咳払いをする!

「自分、リアクションに困ります」

 軍曹が感想を漏らす!


「少尉。傷はいいのか?」

「痛み止めが切れると辛いです」

「少尉は病院に戻れ。取り敢えず三週間の休暇をやる。その先は容態を見て考えるが、死んだかもしれない怪我なんだ。後はこちらでやるから、しばらくは大人しくしておけ」

「了解」

「軍曹と二曹は今日はこのまま退勤していい。明日ヒトナナまでに報告書を提出。明日の夜は今回の締めに飲む。アルコールがダメなら食事だけでもいい。財布は置いて来い。君たちの室長が新米の頃の話を聞かせてやる」

「了解」

「了解。……にしても、少尉がバイクに乗るなんて意外でした」

 二曹が感じたままにそう言うと

「田舎じゃあな、原付以上の物に乗れないと生活できん。バイクに乗るとモテるしな」

 と、軍曹が誰かの口調を真似て答えた。


「軍曹……本人が後ろにいるのを分かった物真似してるのか?」

「それより何より少尉のライフルの腕前ですよ。走行中のバイクのタンデムから走る車のタイヤに一発命中! 渋かったなぁ! よっ! 天才スナイパー! 現代のシモヘイヘ!」


 一同は思った!

(お世辞で誤魔化した……)


「なんだ。知らないのか。少尉は元々スポーツ射撃の選手だ」

「え! そうだったんですか?」

「知ってるようで知らないんだな、少尉の事。どの位まで行ってたんです? 成績」

「……地区大会2位だ」

「…………」

「今、微妙だなぁって思ったろ?」

「そんなこと……あります」

「だから言いたくなかったんだ」


 石野は少尉と軍曹のやり取りを聞いて少し笑った。

「私と少尉が初めて出会ったのも、その隊内狙撃選手権の地区大会でな。その年、少尉を抑えて優勝したのが私だ。あの頃の少尉は……いや、その時はまだ伍長だったな」

「司令、もう宜しいでしょう。思い出話は飲み会でにして下さい」

「……そうしよう。覚悟しておけ。軍曹と二曹。今日は副司令に任せて上がれ。明日はともにヒトフタに出勤。少尉も。病院に戻れ。無理して殉職しても私の権限で特進させないからな。大事にしろ。全員、下がっていい」

「失礼します」


 三人の挨拶と、敬礼の靴の踵の音が重なったら!


「加藤」

「はい」

「今回はよくやった。貴様が元気に復帰できて、その……心から嬉しい。休暇中は、ゆっくり休め」

「は! お心遣いありがとうございます石野司令」


***


「あー疲れた! お腹もペコペコ。風呂入って飯食って……ヒトフタ出勤なら4時間位寝られるかなぁ」

「あの、軍曹」

「ん? どした? 二曹」

「先程は……ありがとうございました。かばって頂いて」

「……あのままじゃ二人とも撃たれてたからね。耐弾ベストも着てたし。単に生存確率が高い選択をしただけさ」

「少尉が撃たれた夜……」

「うん?」

「軍曹は休暇でした。居合わせたのはたまたま、と仰いましたが……私のため、ですよね?」

「……えーっと」

「帰りがけに私が少尉に振られたら、フォローして下さるおつもりだったのでは?」「…………」

「上手く行ったら……こっそり帰るはずだった。違いますか?」

「どうだったかな。……ずいぶん前だからね、忘れちゃった」

「嘘ばっかり。たまたまだなんて……」

「どっちにしろたまたまさ。あんな場面に出くわすなんてね」

「軍曹……」

「さ。行きなよ。駅まで少尉に送って貰うといい。少尉とイタリアンバイクのタンデム二人乗りだぜ? 動画撮っとく?」

「……遠慮します。色々ありがとうございます! この埋め合わせはいずれ」

「期待せず、気長〜に待ってるわ。お疲れ〜♫」

「お疲れ様です。また明日!」


 二曹が小走りに駆けてゆく。

 雲の上を跳ねるような足取りの軽さで。

 見送った軍曹は、小さくため息をついた。


「……ちぇっ」


***


 本館正面には、既に少尉が漆黒のバイクを停めて、二曹を待っていた。


「二曹。紆余曲折あって時間が掛かってしまったが、仕切り直しだ。よければ、駅まで送らせてくれ」

「ありがとうございます少尉。……じゃあ……お言葉に甘えて。あ。ヘルメットが」

「ほら。軍曹が貸してくれたよ。全く……世話好きな男だ」

「軍曹……」

「乗れるか?」

「……えいっ、と」

「掴まれ。出すぞ」

「はい。じゃあ……失礼します」


【ウォンウォォ……ン!】

 テスタストレッタDVTエンジンが高らかにら歌う!

 夜のとばりの降りた街並みを、優美な曲線でかたどられたイタリアンバイクが滑るように走ってゆく!

 二曹は、しっかりと少尉の背中に自分の身体を寄せた!


「二曹!」

「はい!」

「私はな、疑り深く、気が小さく、無愛想な……およそ付き合いづらい人間だ!」

「そんなことありません!」

「だが……上官として、同じ自衛官の仲間として、君の悩み相談に乗る位の器量はあるつもりだ!」

「少尉……」

「都合のいい時に声をかけろ! 食事ぐらいなら、いつでも付き合うぞ!」

「一ついいですか⁉」

「なんだ⁉」


 二曹はバイクが風を切る音に、彼女の鼓動と和音を奏でるエンジン音に負けぬよう、大きな声で叫んだ!


「少尉の、Twitterアカウントを教えて下さい‼」




***



 室内灯が半分消された研究室では、白衣を着た初老の男が一台のデスクトップパソコンに向かっていた。

 作業内容と環境を保存し、電源を落とした男は、深く息を吐くと、眼を閉じて満足げに微笑んだ。



「教授。まだおいでだったんですか?」


 入ってきた若い女性研究員が、そう声を掛ける。


「ああ、今終わった。もう帰るよ」

「では教授。私はこれで」


 奥の暗がりからもう一人、スーツ姿の男が現れて、女性研究員に会釈をすると、部屋を出て行った。

 女性研究員は、その男の姿に息を飲んだ。

 男は、狐の面を被っていたのだ。


「教授、誰ですか? 今の」

「少し変わったやつだがね、私の古い友人だ。今回の研究の、大事な協力者でもある」

「なんでまた……狐のお面なんて」

「確率だよ」

「確率?」

「フタを開けるまで、生きているか死んでいるか分からない。彼はそういう、確率が人の姿を取った狐なんだ」

「なんです、それ? なぞなぞですか?」

「世界はなぞなぞさ。我々の前にはいつも白紙の回答用紙が置かれている」

「よく分かりません」

 教授と呼ばれた男は笑った。

「すまない。年寄りの哲学ごっこだよ。朔月さくづき君も帰る所だろう。私ももう出る。先に行きたまえ。ここ私が閉めるから」

「はい。あ、教授、来週納品の例の機械、パッケージはうちでやるんですか?」

「いや。明日取りに来てもらえるそうだ。任せて大丈夫」

「いつも通りですね。分かりました。じゃ、また明日。お先に失礼します。大石教授」

「ああ、気を付けて。お疲れ様」


 女性研究員は一礼して退室する

 大石教授は白衣をロッカーに納め、ジャケットを羽織る。


「任せて大丈夫だとも。彼らに」


 彼は研究室の照明スイッチに手を伸ばす。


「──『九尾』にね」


 バチンとスイッチが鳴ると、辺りは深い闇に落ちた。

 




 少尉と軍曹

 ザ・シュレディンガーズフォックス 完

 

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少尉と軍曹 〜ザ・シュレディンガーズフォックス〜 木船田ヒロマル @hiromaru712

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