Change Only The Way,You See It(原作:ユキガミ シガ)

「なあ、もう帰っていい?」

「ダメ。罰掃除はるいもでしょ」

 俺の質問に、数唯かずいが即答した。面倒くせえ。


 何が面倒って、罰掃除は既に終了している。帰っていいはずなんだ。

「そもそも、数唯の所為だろ。俺は、関係かんけーねえじゃん」

 数唯はプックリ頬を膨らませる。

「類が授業中、居眠りなんてするから」

「いやいや、居眠りしたのはお前もだろ」

 そう、俺と数唯はとある授業中、盛大に居眠りをした。


 大抵の授業は、居眠りしてわからなくなるのは自己責任、うるさくするのは他人の迷惑になるが、寝ている分には静かなので問題なしと、無視される。成績には、少し響いているかも知れない。その程度なのだ。

 ところが、我らが担任であり、書道部顧問でもある、古文担当の林だけは違う。居眠りも、スマホいじりも、漫画も内職も、全部許さない。

 その林の授業で、二人して、盛大に居眠りをした。

 結果、ちょうど風邪で全員欠席の書道部の部室の掃除をする羽目になった。


 それでも、パパッと終わらせて、さっさと帰る予定だったんだ。実際、掃除事態は既に終わっている。

 掃除中、換気するよと数唯が窓を開け、入ってきた風が、机にあった作品を一つさらっていった。文鎮の置き具合が、少々甘かったようだ。

 気付いた時には手遅れで、伸ばした手は届かず、作品は中庭へと出て行った。

 そして、さらに運の悪いことに、ちょうど中庭の池に落ちてしまった。


 慌てて二人して中庭に出たのだが、くだんの作品は池から飛び出た枝に引っかかっており、多少の波では動かない。

 数唯が必死に手を伸ばし、引っかかっている部分をつかんで引き寄せた。

 きっと、棒でも持ってきて、しっかり半紙の下にくぐらせて、優しくゆっくり引き上げたなら、救い出せたのだろう。

 けれど、ギリギリ手が届いた位置、優しくする余裕もなく、数唯が握った部分は他から切り離された。

 手元に残ったのは、半紙の左端——作者名を書く部分——の一部と、そこに書かれた『去』の文字だけ。


 数唯は、せめてお詫びの手紙をと、誰の作品か調べることにした。

 机に残っていた作品は三つ。どれとも筆跡が違い、かつ、名前に『去』の文字はなかった。

 ならば、残りの部員だと部員名簿を探し出したのだが、そこから数唯は悩んでいる。


「お詫びの手紙を書くのが、そんなに難しいのかよ」

「そうじゃなくて、作者がわからないの。部員が四人じゃなくて、七人いて、候補者が四人いるわけね」

「おう」

「でも、そのうち誰にも『去る』って字が入っていないんだもん」

「名簿作成後の新入部員なんじゃねえの」

 せっかくの俺の推理を、数唯が即座に否定する。

「これ、今年の二学期の名簿だよ。辞めることはあっても、入ってくることはないでしょ」

 確かに一理ある。


「もう、林に言っちまえば?」

「それはヤダ。絶対、ネチネチ長いお説教くらうし、掃除すらできないのかとか言われるし、下手したらまた罰掃除だよ」

 確かに、それは避けたい。


「類も考えるの、手伝ってよ」

 仕方が無い、早々に解決をして帰るのが良さそうだ。

「わかったよ。で、候補者の名前は?」

「アイカワカナ」

 数唯が名簿を読み上げる。

「漢字は?」

「会議のカイに三本川、名前はカタカナ」

 頭の中に漢字を描く。無理矢理感は非常にあるが、他に候補がなければ、こいつと言うことで押し通そう。


「次」

「カツラトシキ。漢字は木の桂が名字で、俊敏のシュンに大樹のキ」

 ふむ、紙の端がなければ候補に入れていたところだが。


「次」

「シマヅ、島津製作所のシマヅ、真実のシンに自由のユウに美しいでマユミ」

 これは、候補になる余地無し。

 でも、どうして例えが島津製作所なんだ?


「次」

「氷の部屋の氷室で、充填のジュウの鍋蓋がないやつ。読めない」

「カタカナのムにル?」

「そう、それ」

「マコトだな」

 決まりだ。普通なら、名前と名字の間は多めに取るものだが、まあ間違いは無いだろう。


 俺は、数唯の隣へ移動すると、名簿の中の『去』に指で丸を付ける。

「この人だと思う」

「おおっ! さっすが類」

 問題解決、一件落着。

「じゃあ、俺はこれで帰るから」

「ささっと手紙書くから、もうちょっと待ってて。一緒に帰ろ」

 こうして、俺の帰宅はもう少し遅くなった。



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原文:https://kakuyomu.jp/works/1177354054885348172/episodes/1177354054885348219

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