そうか、これが(原作:新吉)
俺は、ここで色々なものを学んだ。
おこたというものについて教わった。正式名称を
布団をかぶせた机だ。だが、それだけではない。
囲炉裏で熱した豆炭を、専用の容器に入れ、おこたの中に入れておく。布団の中はぬくぬくだ。
足を入れて、温まる。一度入れば、出るのは難しい。
だめだ。これは人を駄目にするものだ。
女が言った。
「囲炉裏も
男が尋ねる。
「おこたの豆炭はどうする?」
「電気ごたつにしましょう。間違えて炬燵の中に入ってしまっても、それなら大丈夫だし。豆炭を焼く時間もいらないわ」
なに? この上まだ堕落するのか?
ポットというものを学んだ。
沸かしたお湯を入れておけば、半日くらいは熱いままだ。上部を押し込むと、中のお湯が出てくる。
ほんの一杯のお茶を飲みたいのなら、それだけのお湯を出せばいい。
一度たっぷりお湯を沸かして入れておけば、お茶を飲む度、湯を沸かす必要も無い。火にかけずっと湯を温めておく必要も無い。
だめだ。これは人を駄目にするものだ。
女がいつものように、ポットの頭を押す。妙な音がして、湯は出てこない。入れておいた湯を使い切ってしまった。
女は台所へ向かい、湯を沸かす。沸くまでずっと、見張っている。
「ねえ、うちも電気ポットを買いましょうよ。お湯を沸かしていることを忘れて、カラカラにしてしまうこともないし、時間が経っても熱いままよ」
なに? この上まだ堕落するのか?
蠅取り紙というものを学んだ。
ネバネバしたものが付いた長いそれを、天井から吊しておく。飛んできた蝿が、ネバネバに捕まる。
蠅たたきを持って、追いかける必要も無い。つぶした跡を綺麗にする必要も無い。
ただ、吊しておくだけで、蝿が勝手に捕まっていく。
だめだ。これは人を駄目にするものだ。
女が食卓を拭いている。
外からの風で、髪が舞い、蠅取り紙にくっついた。
「痛い。もう」
女は苛立っている。
「ねえ、うちもそろそろ、水洗トイレにしましょう。下水も通ったことだし、落ちる心配をすることもないし、蝿だってこんなに湧かないはずよ」
なに? この上まだ堕落するのか?
人よ、それでいいのか?
ガスも電気も水道も、いつ止まるとも知れぬのに。何もできなくなってしまうぞ。
◇
俺は今、エアコンでちょうど良い気温に調整された部屋で、ちょうど良い湿度の中、パソコンで買い物をする。
家から出ることなく、必要なものを買うことができる。買ったものは、家まで届く。
洗濯は、機械に入れ、スタートボタンを押すだけで、洗って乾かすまでが終わってしまう。
風呂はスイッチ一つで、ちょうど良い温度で、ちょうど良い量の湯をはれる。冷めたら勝手に温め直してくれる。
コンロも油を好きな温度に加熱してくれるようになった。好きな時間だけ加熱するよう指示をしたら、その時間で切れるようになった。離れても、焦げ付かせる心配がない。
コンロを使わずとも、買ってきた料理をレンジでチンでもいいし、食事の宅配もある。
なんとも便利になったものだ。
それでもまだ、今以上の便利を求める。もっと便利に、もっと便利にと。
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原文:
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885337326/episodes/1177354054885337347
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