リライト

川は流れる(原作:水円 岳)

 昨日から降り続いていた雨が、ようやくあがった。

 七月になり、蒸し暑い中、わざわざ水かさの増した川を見るために出かけるのは、俺くらいなものだろう。

 いや、と思いなおす。台風の時、川を見に行って行方不明というニュースを、よく耳にすることを思い出したのだ。

 それとは動機が違うが、そのようなことでニュースになりたくはない。


 車を降り、空を見上げ、大きく深呼吸を一つ。

 上流の方も降っていない、再び雨が降ることもなさそうだ。

 これならばと、車に戻り、助手席のシートベルトを外す。助手席は、人の席ではなく、カメラ用のリュックの席と化していた。

 一眼レフを取り出し、被写体に合わせてレンズを選ぶ。フラッシュはどうしようか。


 滑らないよう気をつけて、濡れた草の堤防を、少しだけ下る。

 雨で濁った、いつもより高い位置にある川面が、雲間から漏れ出した光を反射する。

 構図を決め、カメラをかまえて、シャッターを押す。何枚か撮り、液晶で撮ったばかりの写真を確認する。


「よし」

 思った通りの写真が撮れた。

 川めぐりも、写真も、それぞれ趣味の一つだ。

 そしてもう一つ、撮った写真をブログにあげる。自分自身への記録もかねて。


 ◇


『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。』

 方丈記冒頭の有名なこの一節は、同じように流れている川も刻々とその姿を変えていることを表現しているのだという。

 川に通い詰めて思う、まさにその通りだと。


 日照りが続けば、細くなる。雨が降れば、太くなる。

 普段、どうしてこれほどの幅が必要なのだろうと、思うような川がある。広い堤防と堤防の間に、その幅の半分にも満たない川が流れる。

 けれど、大雨になれば、堤防の間を全て川が埋める。水が退いた後は草が泥をかぶり撫で倒されている。


 川は、自ら川筋を決めることができない。その時々で導かれるように流れ、時には人に決められる。


 滋賀県草津市草津川。この川は天井川だった。

 天井川とは、流れ込んだ土砂により、いつしか川底が周囲よりも高くなってしまった川。

 そのような川が氾濫した時、水は溢れ出るが、川へと戻っていかず、被害が長引く。

 人は反乱を恐れ、堤防を築く。その行為が天井川にする。


 草津川は、国道一号線がその下を通る天井川

 そう、のだ。

 人の手により、川筋さえも変えられ、天井川ではなくなった。

 旧草津川となり、枯れた跡が国道一号線の上にあった。けれど、その名残のトンネルさえ、今は取り除かれてしまった。


「人生は川のようなもの……か」


 自ら選んだと思っている人生でさえ、どれほど本当に自らの意思だったのか。

 確かめる術もなく、他の流れと束ねられ、海へと流れ込む。終着点は、そう。


 テトテンテットン。

 携帯が鳴る。

 いいタイミングだ、そろそろ帰ろうか。

 堤防を上り、受話する。


「もしもし」

「あっ、お父さん。特売のギョーザ、二箱買っていい?」

「……、ああ。金は足りるか?」

「うん、大丈夫」


 それでも川は流れ続ける。高いところから低いところへと。



---

原文:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885331595/episodes/1177354054885331629

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