短編リライトの会参加作品
水円 岳
オリジナル
川は流れる
昨夜からずっと降り続いていた雨が、やっと上がった。文月入りして寒さを感じなくなっているとは言え、水かさの増した川の表情見たさに雨の中をわざわざ出かけるのは俺くらいのものだろう。予報通り雨雲が徐々に吹き払われ、まだ濁りが支配する川面が明るくなり始めた。
改めて空模様と空気の湿り具合を確かめ、ゆっくりと車から降りて堤防で深呼吸する。戻り雨でカメラを濡らしてしまう心配はなさそうだ。首からコンデジを下げ、水を含んだ草で靴を濡らしながら堤防を少し降りる。川上から川下に向かって、姿勢を変えながら何度もシャッターボタンを押すが……。
「うーん。曲がるなあ」
撮り終わった画像を液晶面で確認して、苦笑する。傾斜のあるところで傾いた姿勢で撮れば、そりゃあ曲がって写るわな。俺がプロのカメラマンなら間違いなく失格だが、ブログに使う画像を撮るだけだ。俺のへぼ画像に文句をぶちかます物好きなぞ誰もいないだろう。まあ、これはこれでよし。
風が乾いてきた。天空の北半分を埋め尽くしていた分厚い鉛雲が、巻き上げられた暗幕のように退いてゆく。川面が、明るくなった空をところどころに写すようになった。吹き寄せる風がそれを歪め、何度も銀鱗を描く。
京都府木津川市山城。川の名は不動川。不動とあるが、その名のように落ち着きのあるどっしりした川ではない。渇水が続けば、心細くなるほど水量が乏しくなる貧相な川だ。その細い川に釣り合わない立派な堤防の上端に腰を下ろし、吹き渡る風に目を細める。
◇ ◇ ◇
通い詰めると分かることがある。川は動く。変化する。
変わらないことの喩えで川の流れは絶えないなどと言うが、実際には必ずしもそうではない。夏の渇水で涸れて地に潜り、梅雨や秋の長雨で
川面から目を離して、周囲を見回す。
この堤防の両側にある集落は、川よりも低いところにある。豪雨で増水した川が暴れて堤が切れるたびに冠水し、何度も大きな被害を受けてきた。流れ落ちてきた土砂が堆積して川床が上がる度に堤防がかさ上げされ、夜叉としての川を鎮めてきた。
天井川。このような川は、そう呼ばれる。
怖れられ、崇められ、奉られ、遠ざけられて。自らの身の置き場所を不承不承探すように。緩やかに蛇行しながら川が流れ下る。
「人生は川のようなもの……か」
川は、自ら川筋を決めることができない。身を細らせることも増大して暴れまわることも、川自身の意思では決められない。
俺たちが自分で作ったと思い込んでいる人生も、どれほどを本当に己の意思で決められているというのか。それを何一つ確かめられないまま、他の流れと束ねられた川は海に達してその生を終える。
ぴるるるる。
胸ポケットに入れていた携帯が鳴って、はっと我に返った。そろそろ引き上げようと思っていたから、いいタイミングだ。
堤防の上を歩きながら受話する。
「はい?」
「あ、パパ? 特売のギョーザ、二箱買っていい?」
「……うん」
ああ。
それでも川は……流れる。
【おしまい】
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