姫騎士フィル(原作:やえく)

 夜の帳が降り、丸い月が世を照らす。

 闇に紛れるには、明るすぎる。


 セレガウリア国第二王女フィルシアは、濃紺の諜報用衣装に身を包み、息を殺して、ある屋敷を監視していた。

 念のため、下に鞣革の防具を着けているが、それが役に立つことがあってはならない。

 今日の目的は、相手に気取られることなく、情報を得ることなのだから。



 昨今、巷に禁制の幻惑薬が出回り、問題となっていた。

 末端の売人をいくら摘発したところで、状況は変わらない。元を絶たねば、新たな売人が生まれるだけである。

 調査の結果、仲買人とこの屋敷に、何らかの関係があるところまでわかった。

 もう一つ上の情報を得るために、この屋敷を調査することにしたのだ。


 最後、元締めを捕らえる時は軍を動かすにしても、今はまだ動かせない。

 だが、一人では心許ない。

 そこで、諜報部の長に相談をし、部下を一人付けてもらった。

 息を潜ませ屋敷を観察するフィルシアの隣で、なにやらソワソワしている娘が、諜報部から借りたモニかだった。


「姫様、なんだかワクワクしますね」

「モニカ、これはこの国の今後にとって、とても大きな意味を持つ調査です。気を引き締めなさい。それと、姫様はおやめなさい」

「申し訳ありません、フィル様」


 屋敷に何人か入っていったのは見えたが、まだ遠く、よくわからない。

 やはり、もっと近づかなければ。できれば、会話を盗み聞きするなり、証拠となる物を手に入れるなりしたい。

 それにしても、見張りが多い。松明たいまつを掲げた者が、ひっきりなしに巡回をしている。

 これだけ厳重にしているということは、そうしなければならない理由があるのだろう。そう考えれば、ますます怪しい。


「モニカ、二手に分かれて探りましょう。私は」

 指示を最後まで言うことはできなかった。

「フィル様、見つかってしまいました」

 モニカの言葉に、視線を屋敷から外し、声の主の方にやる。その先に、松明に照らされた警備兵の姿があった。

 見つかる前に隠れるために、反対側を見張らせていたというのに。


「見つかっちゃったら、しょうがない」

 モニカが、にやりと笑ったように見えた。

 警備兵の懐に飛び込み、相手がかまえるより先に、みぞおちに強烈な一撃を入れる。

 この瞬発力、攻撃力はさすがと言うべきか。


 崩れ落ちる警備兵、地面に落ちる松明。

 フィルシアは燃え広がる前に慌てて灯を消した。

 けれども、不審な光の動きを見逃すような、屋敷の警備兵ではなかった。


「侵入者だっ!」

 大声で叫び、事態を知らせつつ、警備兵が集まってくる。


「アチャー、ごめんなさい」

 モニカは、本当に悪いと思ってはいないような口ぶりだ。

 ここは一旦逃げるか。いや、既に逃げ道はない。

 両手を挙げ、降参の意を示す。おとなしく捕まって、機を見て逃げよう。

 屋敷に入り込めるのだと思えば、価値はある。


 警備兵に引き連れられて、私達が玄関に付いた時、ようやく屋敷の主が現れた。

 何度か城で見たことのある顔だが、名前は思い出せない。派手好きの趣味の悪い男として、私の目には映っていた。

「何事だ?」

「はっ、侵入者を二名捕らえました」


 主人が、嘗めるような目でこちらを見てくる。

「貴族の屋敷へ侵入するとは、良い心がけだな。その理由は、じっくり語ってもらおうか」

 主人が目で合図をする。それまで、無抵抗だったため、拘束されずにすんでいたのだが、フィルシアもモニカも、警備兵に両手を腰の後ろで拘束される。


「頭が高ーいっ」

 警備兵の手を振り払うのが速いか、モニカが叫んでいた。

「この方をどなたと心得るか! セレガウリア国第二王女にして、万騎長フィルシア様その人である!」

 せっかく顔を隠しているというのに、バラしてしまう。

 こうなっては仕方がない。フィルシアは顔を覆っていた布を取る。主人もこの顔に見覚えがあるだろう。


 主人が片膝をつき、頭を垂れたのを皮切りに、警備兵も同様の体勢をとる。

「王女様がこのような所に、どのようなご用件で?」

「勘づいておるのであろう? 現在、禁制の品について調査中である。当局に出頭し、潔く罪を償うがよい。今なら、寛大な処置で済まされよう」

 証拠をつかみに来たのだから、証拠はない。

 この男が自ら語ってくれるのであれば、手間が省けると言えば、省ける。


「禁制の品など、善良な臣民である私めには、皆目見当もつきませぬ」

 語りながら、どうしようか必死に考えているのだろう。

「後ろ暗いことがなければ、このような警備は不要であろう。それになんと言ったか、確かインドリンだったか」

 ようやくつかんだ仲買人の名を、あえて少し間違える。

「おとなしく出頭せよ。三度は言わぬ」


 さあ、この男はどのような選択をするのか。

「真のフィルシア様は姫騎士であられる。そのような方が、このような格好で、このような場所に現れるはずなどない。これは、よく似た偽者である。フィルシア様の名をかたる賊を捕らえよ」

 なるほど、そうきたか。


 警備兵は主人の命令に従うも、やはり迷いがある。

 フィルシアは、王女だからと言う理由で、万騎長に就いたのではない。

 勝負がつくまで、そう時間はかからなかった。

 こうなってしまえば、全員を捕らえておいて、ゆっくりと家捜しをすればいい。


 だが、フィルシアは何かが引っかかっていた。

 見つかったのも、騒ぎが大きくなったのも、言ってみればモニカのせいだ。

 そして、そのモニカを推選した者は。

 まさか、この男すらも……。


「姫様、どうされました? 探さないのですか」

「この男をどうしようかと、少しな。モニカは一階を探してくれるか? 私は上を探す」

 モニカの表情からは、その言葉以上のものは読み取れない。

 けれども、モニカは諜報部の一員だ。一度芽生えてしまった疑念は、晴らせない。

 まさか……。まさか、な。



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原文:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885339037/episodes/1177354054885339038

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