必修科目「異世界」になったときの優等生対応

ちびまるフォイ

そのうち教科書そのものが凶器になる

「はい、みなさん。すでにニュースとかで知ってるかと思いますが……」


「先生の浮気報道ですか?」


先生がショットガンで悪い子を撃ち抜いた。


「今日から"異世界"の科目が必修科目になります。

 みなさん、先ほど異世界へと転生したお友達みたいに

 なにが起きるかわかりませんからちゃんと勉強しましょうね」


「「「 はーい! 」」」


「では教科書を開いて」



(問)

 マサシくんが目を覚ますと異世界に来ていました。

 丸腰のマサシくんの前に、ゴブリンがやってきました。

 このとき、取るべき行動を答えなさい。



「はい!!」


「はい、槍杉くん」


「ゴブリンを完膚なきまでにメッタ打ちして、

 半殺しにしたゴブリンから自宅の位置を聞き出して

 一族もろともメッタメタにやっつけます!」


「怖いよ!!!」


「え? ちがうんですか?

 でも異世界に来たらちゃんとレベル上げしなきゃ」


「槍杉くん、君はほかの科目もすべて満点で賢いのに

 どうして異世界科目だけそんなアバンギャルドになれるの……」


先生はやれやれと答えを黒板に書いた。


「正解は『そっと返してあげる』です」


教室からはブーイングが起きた。


「レベルあがんねーじゃん!」

「ゴブリンって悪い奴だよ!」



「いいですか、君たちはゲームしかしてないから

 物事の表面的な部分しか見てないんです。

 無害なゴブリンを倒してるのを見たらどう思いますか?」


「それモンスターハn……」

「ちょっと黙れ」


「ちょっとかわいそうかも……」


クラスの女子が現場を膨らませてドン引きした。


「そう、異世界では序盤で異性に出会う確率が増えます。

 石を投げたら異性にあたって恋に落ちるくらいの確率です。

 だからこそ、倒すべきなのはボスであって、ザコ敵ではないのです」


「それじゃレベルあがんねーじゃん」


「最近の異世界はチートが付きますから大丈夫なんですよ」


子供たちも納得したようだったが、槍杉だけは納得していなかった。


「僕は納得できません!!」


「どうしてかな?」


「浮気した先生の言葉なんて信じられないからです!!」


「愛のムチ!!!!」


先生は槍杉をきつく抱きしめた。

熱い教師と生徒との友情には背骨がミシミシとなる効果音がふさわしい。


「いいですか、みなさん。

 君たちはいつ死んでいつ転生するかわかりません」


「槍杉君なら今転生しかけたところです」


「最近では教室単位での範囲転生から

 学校、はては島ごとの転生もあり得てくるので

 みなさんはここでちゃんと知識を深めるのが大事なんです」


「ええ……」


「異世界でハーレムを作りたくないんですか?

 平和でのどかな暮らしをしたくないんですか?

 英雄として名をはせる冒険をしたくないんですか?

 すべては、この科目での成績にかかっているんです!!」


「「「 おぉーー! 」」」


先生の熱い言葉と槍杉君の状態をみたみんなは必死に勉強を始めた。



「一番最初の村でやることは!?」

「ギルドを探す!!」


「やっちゃいけない異世界タブーは!?」

「身内争い!!」


「異世界におけるマナーは!?」

「着替え中の乱入!!」



先生の教育の成果があり、担当のクラスは全員満点を取った。

槍杉君を除いて。


「槍杉君! 君はどうして最初のゴブリン問題を答えないんだ!

 そのほかの問題は満点なのに、わざと外しているだろう!」


「僕の中でまだ答えは出てないんで」


「ほら! 答えに従えばいいんだよ!

 今は納得できなくても、将来自分の間違いに気づくから!!」


「その言葉に、どれだけの説得力があるんですか。

 先生は「将来きっとお金になるから」と言われれば

 どんな金額だって投資できるんですか」


「屁理屈いうな! 今はゴブリンの話をしてるんだ!!

 君はゴブリンを殺さなければ、それでいいんだ!」


「いやです! 戦闘に慣れるためにも、ゴブリンを殺します!」


「殺すな!」

「殺す!」

「殺すな!」

「殺す!」

「殺すな!」

「殺す!」


「ええーーい!! もう、こうなったら!! 道徳アターーック!!」


先生は異世界の教科書で生徒をひっぱたいた。

教科書の文字が槍杉の頭の中に吸い込まれて、教科書は白紙になった。


「わかりました……先生」


「槍杉君?」


「わかりました、ゴブリンを助けるのが正解なんですね」


「ああ、ああ!! そうだよ!! わかってくれたか!!」


「はい、何もかもわかりました。

 ゴブリンを見逃すのが正解なら、それが正解なんですね」


「わかってくれたら、先生はそれで大満足だ。

 これで明日の異世界訓練は安心して見守れそうだ」


「異世界訓練?」


「避難訓練の別パターンでね。

 クラスごとに異世界に行って訓練するんだよ。

 この分なら心配なさそうだね」


翌日、クラスで異世界訓練が行われた。


『理科室から異世界が発生しました。

 みなさんは口にハンカチを当てて異世界転生に備えてください』


「みんな! 教科書通りにするんだよ!

 異世界の"おはし"に従うんだ! 落ち着いて!」


かつて問題児だった槍杉君は率先してみんなをまとめている。

その姿を見て先生は自分の教育が間違っていなかったとかみしめた。


やがて、訓練通り全員が異世界へと転送された。


槍杉君の誘導のかいあってみんな落ち着いている。

この調子ならクラス最優秀賞も見えてくる。


「槍杉君、この調子で頼むよ」

「はい!! 教科書で勉強してますから!!」


最初の村へ向かうその道中だった。


「あ!!」


道をふさぐようにスライムが現れた。

先生は教育の成果を思い出すように背中を押した。


「さぁ、こういうときはどうするのかな?」

「はい先生」


槍杉君はスライムへと近づいた。







「オラァ!! 死ねこのクソスライムがぁぁぁ!!

 経験値のたしになれやコラァァァァ!!!!」



槍杉君の豹変ぶりに先生は慌てて止めに入った。


「槍杉君、君は何をしてるんだ!? あんなに勉強しただろう!?」


「先生こそなに言ってるんですか?」


槍杉君は曇りのない純粋な瞳で聞いた。




「だって、あれはゴブリンじゃないですよ?

 ゴブリン以外は殺してもいいんですよね?」




翌年から、異世界教科書は「殺しちゃいけない種族」が列挙され

背負った小学生の背骨をへし折るほど分厚い本にグレードアップした。

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