疫病神×3体のマジン 2日目-3

 マオからすれば何が起こったか分からない。ただ【守りのペイメント】は撃破できた。これで残り2体。

 しかし【偶像のアイネ】が出現した。戦闘能力は低いが、マジンの空戦能力は破格だ。権藤雷生がどのような考えでこのマジンを設計、開発したのかは分からない。ただ単に貧乏だったかもしれない。

 ともあれ、権藤雷生は【呪いのカラミティ】の完成ができず、3体のマジンを開発し、行方知れずとなった。どのような資金が動き、どのように自立して動いているかは伺い知れない。

 大いなる一歩を踏み出したことと、【呪いのカラミティ】の戦闘領域確保のため、マオは教会を出た。その動きに前後して、【呪いのカラミティ】は後ろに倒れた。振動は地を揺らし、建物を揺らす。

 その結果として崩れた外壁が彼女の頭上にあることも仕方なかったであろう。

 だが、マオに直撃することはなかった。彼女の頭上を守ったのは、丸坊主の男だった。

「ソール!?」

「困ったものだ。命令順位が残っているとは。」

 マオの困惑をよそに、瓦礫を振り払ったソールは空を見上げる。

 空には【偶像のアイネ】がいる。制空権を取るマジン、というのは聞こえがいい。

「さて、どうするね、【呪いのカラミティ】?」

 ソールは、倒れて空を仰ぐマジンに呟く。

 ソール自身、【呪いのカラミティ】が稼働している噂を伝え聞いていた。ただ彼を操る者が誰で、どのような人間かは分からなかった。

 そして実際、ヒビキを目にして、魔術師かどうかは分からなかった。事故のようなものはあったが、【守りのペイメント】を倒したことから、及第点ではあるだろう。

 だがそれでも、どうして彼が、という疑問は尽きない。

「起きて、ヒビキさん!撃ち落としてしまえば、すぐ済む!」

 ソールの制作者の娘、マオが何らかの魔術通信で話している。実際彼女の言う通りである。【偶像のアイネ】に、今、防御能力はない。通常弾頭で攻撃されただけでもアウトだろう。

 それらから守るための【守りのペイメント】だった。それももういない。

 【呪いのカラミティ】が立ち上がる。それに対し、ただ眺めているだけの【偶像のアイネ】ではなかった。

 いやもはや、は想定外の稼働を開始していた。衝撃波とは別の音圧が【偶像のアイネ】を中心に放たれ始めた。それは音であり、歌に聞こえた。

「耳を塞いで、マオ!」

 カラミティの声がした後、音が町中に広がっていった。


                 *****


「くぅ」

 ヒビキは呻く。連戦になったからどうということでもない。各個撃破にできるのであれば、状況的に有利ではあろう。【偶像のアイネ】の攻撃能力について想定するべきではあったのだが、予習するタイミングはなかった。

『起きて、ヒビキさん!撃ち落としてしまえば、すぐ済む!』

 マオの通信が内部に響く。彼女はすでに教会を出ている。側に光のソールがいるが、彼が援護に出ることはないらしく、棒立ちしている。それはなによりだ。

「まだ戦えるな、カラミティ」

「ああ」

 【呪いのカラミティ】は否応なくヒビキの魔力を、厄を吸い取る。連戦となれば、ヒビキの精神力にも限界があるが、まだそれほどではない。ヒビキ自身が傷ついていたレイヴンの時の戦いに比べれば全然余裕な方だ。

 ヒビキとカラミティは、マジンを立ち上がらせる。コンディションは良くない。ここからの戦いは、マジンのダメージとの戦いだ。早急に戦いを終らせる必要がある。

 【呪いのカラミティ】のサイズランチャーを銃撃モードに切り替えるよう命じる頃に、【偶像のアイネ】に変化があった。衝撃波ソニックブームではない。魔力を音に乗せて響かせ始めている。

「こ、れ、は」

「耳を塞いで、マオ!」

 ヒビキに音そのものは聞こえなかったが、【呪いのカラミティ】の装甲越しに何かを聞いた。カラミティは何らかの魔力に、直感的なものを察し、最優先で守る者に声を届かせた。

 そこからの時間感覚はない。


                  *****


 覚醒。

 目を見開いたヒビキ。

「んなわけあるかい」

 飛び起きる、ほどではないが腹筋を使って起き上がる。

 何かが起きるという警戒はあった。だから記憶も保てるし、先ほどまで何があったのかは覚えている。それらは決して夢ではない。

 人間の脳は五感のほとんどを司る。それに加え、脳のどこかに記憶中枢を秘める。脳の何かが誤認すれば、連鎖的に感覚を書き換えることなど造作もないだろう。

 ヒビキはどこかで、視覚情報は記憶や経験を元にしているという記述を見ている。今周囲にある光景は、ヒビキの記憶と経験に即しているものなのだろうと思う。

 同時に、夢を見ることも、記憶と経験に即した継ぎ接ぎの情報だ。だから如何に目の前の光景が現実的でなかろうと、夢は強制的にヒビキを従わせて来るだろう。

 ヒビキの家の畳和室で女の子が遊んでいる。風吹によく似た黒髪の女の子だ。そして、和室の縁側から見える庭で洗濯物を干す女性の後ろ姿が見える。黒髪が肩よりも下に伸びた女性。

「やっと起きたの?」

「ああ」

 白いシーツを干す彼女の顔が日光に照らされてよく見えない。よく聞いた彼女の声に返事をして、ヒビキは腰を上げる。

「ちょっと出かけなきゃ」

 ヒビキの着ていた作務衣は、瞬きの間にいつもの黒い服に変わっている。

「いつお帰りに?」

「用事を済ませてからな」

 女性の声に淡々と返事する。たとえそのような反応でも、彼女は気を悪くしたりはしない。

「行ってきます」

『行ってらっしゃい』

 ヒビキは庭の女性と、和室にいる女の子に背を向ける。彼の挨拶に、聞き覚えのある声が二重に聞こえた気がする。とはいえ、振り向いて確認することなく、歩みを進めた。

「どうして」

「俺はまだ、その夢を見るわけにはいかない」

 ヒビキの歩みの先は、教会だった。あくまで見覚えのある教会になる。場面転換が相当理不尽だが、夢なんてそんなものだろう。

 法衣を着て、教会の奥に座る者の声に返事をする。教会に他は誰もいない。背を丸めて、俯いている。

「お前は夢を見ないのか」

 聞きながら、歩みを進める。近づける気はしない。これは夢の中なのだ。許可をもらえなければ一向に辿り着かない。ただ声は届く。

「カラミティは夢を見る。お前らだってできるだろう。」

 以前、カラミティは空腹で夢を見たという。野菜に追いかけられるという珍妙で、キテレツな夢だったらしい。ヒビキは一笑に付して、後で芋を投げつけてやった。

「ペイメントもな」

 周囲が揺らぐ。歩きがおかしい。バランス感覚が妙だ。飲酒をしたかのように、平坦な道を歩いている気がしない。

 近づけている気はするとして、足元がおぼつかないのは問題だ。対策が気合しかないのももっと問題だ。普通ならヒビキの気力は続く方だ。だが今は脳がこの光景を正しいと思っている。歩きの不安さも、辿り着けない不安さも、直接脳に叩き込まれる。誰だって集中力は長く続かない。短期決着させなければどうしようもない。

「ペイメントは多分恋をしていた」

 予測でしかない言葉を出すと、教会の椅子の影から黒いモノが飛び出す。小柄で手足が付いていて、表情がよく分からないモノ。それはおそらく、ヒビキが撃って、次の日死体として出て来たモノにも似ている気がするが、確定ではない。ナイフの刃だけがやけに光り輝いて見えた。

 それを目標に、ヒビキは拳銃で撃ち抜く。撃ち抜かれた黒いモノは霧散する。

 しかし、すぐに増援が椅子から、後ろ扉から湧き出している。ヒビキに対し、害意を持って睨みつけているように見える。

「俺はそのペイメントに、好きなら好きと早く言った方がいいと言った」

 言葉の後に、悪夢の襲撃者が消えていく。ただ依然として、ヒビキと相手との距離は離れたままだ。果たして近づけるものなのか。

「ソールもマオも、マジンは恋や愛をしないと言った」

 ぐにゃり。

 眼前が歪んだ。ヒビキは自分が立っているのか、歩いているのか、とうとう判然としなくなってきていた。夢を見ているという感覚だけがある。前に行かなければという意志しかない。まだ見ていなければならないという決意が心を支配する。

「俺はそうは思わない。お前たちは目覚めて数年だろうが。人間だって、恋も愛も判別できない年頃で、そんなものを判断されてたまるか。でも、好きなら好きと言え。その感情は、いつでも、持っていいんだ。」

 もう言葉も出ないような気がして、早口でソレを言った。

 それを最後に目の前が分からなくなる。記憶が混ざり、教会の相手が見えにくくなる。懐かしのブラウン管の映像の乱れと言うべきか。

 歩いているのか走っているのか。命ずるままに空を飛んでいるのか。あるいは見たこともない化け物に出会うのか。そのグロテクスな化け物は闇を大きく開き、人間たちを一呑みにするのか。あるいは通行人たちがいる中で全裸であるにも関わらず、日常会話を済ませるのか。

『ふぶきはねぇ、パパのこと好き!パパとけっこんするの!』

 ああきっとだ。結婚しような。ヒビキは答えようと、彼女に手を伸ばした。

 そこで目の前は途切れた。


                    *****


 ヒビキはいつトリガーを引いたのかは分からない。

 とはいえ結果として、【呪いのカラミティ】のサイズランチャーから放たれた銃弾は、【偶像のアイネ】を撃ち抜いた。

 その一撃で十分だったらしく、撃ち抜かれた【偶像のアイネ】は滞空能力を失い、落下する。落下地点は、【守りのペイメント】の残骸がある場所。図ったように、折り重なるように墜落した【偶像のアイネ】は、何に火が点いたかは知らないが、爆発を起こした。轟音と閃光。それに次いで衝撃波が巻き起こる。

 大爆発の後に、何かの煙が漂う中、【呪いのカラミティ】はマジンの姿を失った。

 昼間の喧騒が夢だったかのように、瓦礫ばかりになった教会前大通り。

 ヒビキは頭痛を患いながらも、倒れ伏すカラミティを跨いで、倒れたマオの元に行く。彼女のそばには誰もいないが、意識を保っているのがやっとのヒビキには関係ない。

 ヒビキがマオを仰向けにさせ、左胸に触れながら、自分の耳を彼女の口に近づける。すると胸の鼓動と、呼吸する息遣いが聞こえて来た。あの大爆発の中、何も巻き込まれずに生きていた。ひょっとすると、カラミティが無意識のうちに彼女を守っていたのかもしれない。

 ともあれ、戦いは終わった。体力は少ないが、カラミティはともかくマオを野ざらしにするのは気分が悪い。寒さが酷くならない内にマオを抱き上げて教会内に入れる。長テーブルの上に彼女を寝かせ、来ていたジャケットを掛ける。今度はヒビキの方が冷えるが、それを甘んじて享受するほどアホではない。

 戦闘で散乱した炊き出し用燃料を持ってきて、それを火元にする。少々火力が強めだが一晩明かすぐらいならなんとかなるだろうという見込みだ。

 そうこうする辺りでカラミティが起きてこないので、舌打ちしながら様子を見に行く。赤毛の大男は未だに倒れているため、仕方なく引きずるように教会内へ運ぶ。それでも起きないのだから困ったものだ。

「腹も減ったな」

 日はすでに沈んでいる。【偶像のアイネ】との戦いによって、時間の感覚がおかしくなっている。ヒビキは時計を持っていないし、連絡端末は先の戦いで壊れてしまったようだ。ほかに連絡手段を持っているマオは起きない。八方塞がりだ。

 食事に関しては炊き出しの材料がいくらか残されていた。とにかく鍋にぶっこんで、化学調味料で味を付けて食べるし、飲む。何鍋なのかは分からないが、短時間で済ませられるし、腹は満たせる。

 あとはヒビキも少し眠るだけ、と思ったが、一応防犯のため、教会の入り口の壊れかけた扉が気になり、バリケードのつもりで周辺の長椅子やテーブルで塞ごうとする。

 不意に、扉がハンマーで破壊された。

 何が起きたのか、心は冷え、眠気が覚める。防災用のハンマーだろう赤いものが扉を破壊しようとしている。

「おいおいおい」

 ヒビキは扉が破壊されるよりも早く、周囲のものを扉の前に積み上げて侵入を防ぐ。外から打撃音は続くが、時間は稼げる。

 そうしてから、改めて、外を覗ける窓の側に行く。そして、壁に身を寄せながら、恐る恐る外を伺う。

 外の大通りにはソールを筆頭に群衆が詰めかけていた。法衣を着ているものたちから、普通のコートを着たもの、中には腰を丸めて杖を付いているものもいる。

「ウソだろオイ」

 あれだけの集団相手に籠城戦は考えるまでもなく不利だ。その用意があるわけではない。

「ああクソ」

 マオに掛けてあるジャケットから拳銃を抜き、残弾を確かめる。

「くっ」

「ううん、うるさい」

 運良くか丁度良くか、カラミティとマオが目を覚まし始める。

 運がいいのはこの際僥倖か。

「いいところに起きたカラミティ!緊急事態だ!」

「え」

 頭痛でもするのか頭を抑えながら起きてくるカラミティに声を掛ける。

「今現在、ソールに集められたらしい暴徒に包囲されてる。扉が破られるのは10分かそこら。火にかけた鍋がそこにある。一応飲んどけ。」

「全然分からないよ!?」

 早口で言ったせいか、あまりにも唐突すぎるせいか、カラミティには理解できなかった。当然だろう。ヒビキ自身も言われたって理解ができない。

「アイネは落としたが、どうやら夜明けまでに最終決戦らしい。最後の晩餐になるかもしれないぞ。」

 ガスコンロの火を消し、鍋から三人分よそい、ヒビキも温かいスープを一飲み。首から腹までが温かみで満たされる。

 外からの複数の打撃音と、見えて来た人影に、マオとカラミティの2人も状況が見えて来たようである。

「ころ」

「うるせぇ、てめぇが死ね!」

 ハンマーで複数回打撃して声が届くようになった暴徒が言う前に、ヒビキは拳銃を2連発。当たったかどうかは分からないが、少しだけ破滅的ノック音は止まった。

 それだけだった。再び地獄ノックが開始される。

「駄目だ」

「切羽詰まってるのが分かって逆に冷静になる」

「慣れたら駄目だからね!?」

 マオは状況をよく理解している。カラミティはまだ余裕がある。

「腹ごしらえする時間はあったのが幸いね、おじさん」

「準備ができたら脱出するぞ」

「どうやって?」

「その前に、マオ。光のソールの能力は分からない、か?」

「集団洗脳、それぐらいしか」

 カラミティへの説明を後回しにして、ダメ元でデータ開示を要求するが、ネタは割れない。これまで通り出たとこ勝負だ。

「カラミティにマオも乗せる。それでソールも突破する。それしかあるまい。」

 マオの魔力が吸われないようヒビキがガードしなければならないが、万が一の危険性は残っている。【偶像のアイネ】のような能力勝負だと、命取りになるかもしれない。だが、教会内に一人残すよりはマシだ。

「カラミティ、できるでしょ?」

 スープを飲み終わって、マオはカラミティをまっすぐ見つめる。カラミティはすぐには答えられず、迷う。だがマオを見つめ返した。

「やってみせる」

「フ、いいぞ、カラミティ。言うようになった。」

 ヒビキはそう何度とない微笑みを浮かべ、軽口を叩く。そして何より、カラミティを褒めた。

「あ、ああ!行こう、【呪いのカラミティ】!!」

 3体のマジン、その最後を倒すため、この場を脱するため、本日二度目のマジンを召喚する。漆黒のマジンがその場に召喚されたことにより、ボロボロの教会は、完膚なきまでに倒壊していくことになった。

 いつもとは違う、予定外の3人目のいる【呪いのカラミティ】内部。マオがいる程度で狭くなりはしないが、ゲスト用の椅子など無い。

『乗ってしまったか』

 ソールの声のみが【呪いのカラミティ】に通じてくる。

『光とは絶対勝利のチカラ。お前はもはや負けた。』

 声と共に、眩い光と共に、白い人型が屹立していく。人型といってもかなり異形だ。頭らしい場所には光の冠が渦巻き、腕部らしいものはどこにもない。巨大な両手を浮かせている。足はあるにはあるが、歩く機能があるかどうか怪しい。

 事前に見たデータとまるで違う。

『権藤の仕様など古臭い。ロボット技術者がロマンチストとは聞いて呆れる。』

「あんた!」

 マオが声を上げる。不満を言いつつも、他人にけなされるのは我慢ならないらしい。

『創造主の敬意よりも娘を守ることを最重要セキュリティにする下らない爺!

だからヤツ自身を【呪いのカラミティ】に捧げてやった!』

 恐らくは本当のことなんだろう。情景は目に浮かぶ。それはカラミティ自身にも理解できるはずだ。

 権藤雷生は、あの日、娘が生まれてくると言った。彼は初めから我が子への愛の為、【呪いのカラミティ】の開発に全てを捧げたのだ。

『人の命を吸うことでしか最強になれない悪魔のマジンよ。我が光に焼かれて消えよ!!』

 辺りの夜闇が昼のように明るいままでも見える【光のソール】の閃光が放たれる。その閃光は教会跡を薙ぎ払った。

 そこに【呪いのカラミティ】はいない。ヒビキはすでに動いていた。

 【光のソール】に向かってフルスロットル。正面から鎌を叩きつける。

「元凶がてめぇってことなら話は速いな。ええ、おい!?」

 【呪いのカラミティ】の今出せるフルパワーを叩きつけている。だが、【光のソール】はそれを片手で受け止めている。ヒビキが虚勢含みで吠えても、これ以上はカラミティもパワーが上がらない。

 押しても微動だにしない【光のソール】は、いとも簡単に【呪いのカラミティ】を押しのけた。ただそれだけの動作で、【呪いのカラミティ】は吹き飛ばされる。

「きゃあああああ!!」

「うわあああああ!!」

 マオとカラミティが悲鳴を上げる。

『これが私との力の差だ』

 【光のソール】は未だに一歩も動かない。動く必要性すらないのだろうか。

『光とは普く全ての人間に与えられるもの。光とは全ての人間が行きつく先。』

 【呪いのカラミティ】の魔力弾ごと、【光のソール】の閃光に薙ぎ飛ばされる。

「チィッ!」

 不利。無茶。無謀。ヒビキの頭には勝てるビジョンはない。

 だが、どうしてもあいつを許せない。負けるわけにはいかない。

 親子の愛を謀り、否定する相手を絶対に許すことはできない。

 その想いが一致したのか、【呪いのカラミティ】はカラミティの認証無しに、殲滅形態デスモードを起動させた。カラミティはヒビキを制止しようとするが、遅い。

「ヒビキ、無理だ!」

「届けぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 巨大化した魔力の鎌が【光のソール】に迫ったかと思うと、その魔力を貫いて、閃光が【呪いのカラミティ】の真芯を貫いた。


                *****


(死ぬ、かな)

 そう思ったのは体が動かなかったからだ。大量失血すれば動けなくなるだろう。

 出血しているのは分かったが、どこから血が出ているのかは分からなかった。

 光とは普く全ての人間に与えられるもの。光とは全ての人間が行きつく先。

(俺もヤツに利用されるのか?)

 ヒビキ自身、人間かどうかを考えたことはない。

(風吹、そこにいるのか?)

 大切な娘とも、恋人とも言える女の子を探して彷徨う。

(ペイメント、アイネ?)

 滅び去ったマジンの魂もソールの側にあった。

 なるほど、ソールは魂と共にあるのだろう。魂がずらりと並んでいる。

 よく見回しても、そこに風吹の姿は無い。当然と言えば、当然だ。

(光ある限り、あいつらはそこに留まらないといけないのか?)

 きっと本当はそうではないはずだ。

(【呪いのカラミティ】は人間の魂を消費する。本当にそうか?)

 カラミティは嫌がっていたが、それは最初に権藤雷生の魂が捧げられたからであろう。そしてそれは今でも【呪いのカラミティ】には宿っている。カラミティの意思を無視することがあるのはそういうことなのだろう。

(ずっと眩しくても仕方ねぇや。魂も眠る夜がいる。そうだろ?)


                *****


 糸の切れた人形のように、胴を貫かれた【呪いのカラミティ】が前のめりに倒れる。

『分かり切った結果だ』

 【光のソール】に自走機能はない。その場を支配し、掌握する機能があるマジン。

 人間たちの信仰によりその力を増すマジンだ。そのための太陽団だった。

 大切なことは人間の魂にも利用価値があると言うことだ。【呪いのカラミティ】は周囲の魂を力に変え、浄化する。これらにより可視化された魂を、【光のソール】は横取りしていたにすぎないのだ。

『だがこれで、この世界に最強のマジンは我一人』

 【守りのペイメント】がなくなったことに何も悲しみもない。

 【偶像のアイネ】は役立ちはしたが、我が強すぎる。

 最強を嘯く【呪いのカラミティ】は倒れた。

『さあ人類よ。我が光を受け入れよ。苦しみ無き世界の到来ぞ。』

 【光のソール】を中心に夜を照らす光が広がっていく。

 死んだ魂の連鎖。あるいは死の痛みからの連鎖。夜を侵食するように光が広がっていく。侵食が地平の彼方に広がっていくのを感じると、ソールは一人笑う。

 高笑い。爆笑。哄笑。それは勝利宣言だった。

『これにて我こそが世界』

 微動だにしないマジンである自身の身体にそこで違和感を持つ。

 世界は光に包まれた。しかし、空は闇のままだ。赤い月がソールを見下ろしている。

『バカな!?』

 それは赤い月などではない。【呪いのカラミティ】の目だ。

 巨大な【呪いのカラミティ】が【光のソール】をゆっくり見下ろしている。

 世界だと思ったものは【呪いのカラミティ】の掌に過ぎなかった。

『なぜこんなことが? 【呪いのカラミティ】にこのような力があるはずは!?』

 ソールのシステムを凌駕するならアイネであれば、とそこまで考えて、気付く。

『アイネの魂を利用してシステムに攻撃をしたな!?』

 ソールの見ているモノは現実ではない。外部ハッキングのための幻像だ。

 【呪いのカラミティ】がいくら抵抗しようと、本体はすぐそこにいたはずだ。

 ソールは閃光を乱射する。だがいくらも届きはしない。

 【呪いのカラミティ】の掌がゆっくり閉じていく。

『やめろ!やめろやめろやめろ!!』

 ソールは恐怖を吐き出した。ただ倒されるために生まれたわけではない。ただ知りもしない赤子を守るために生まれたわけじゃない。マジンとして生を受け、文字通り神として成るべく、ここまで来たというのに。

『我を連れて行くなああ!! アイネ! ペイメント!』

 【偶像のアイネ】と【守りのペイメント】の幻像がソールの両側を固めてしまった。もはや世界に光など無い。【呪いのカラミティ】の掌は握り拳となる。

『いやだあああああああ!!』

 声のみが闇の彼方へと響き、吸い込まれていった。


                  *****


 なんとか舗装されている道路を銀色のバンが走る。

 朝日眩しい空。対向車も追走車もいない道をひた走る。

 運転しているのはタカネだ。助手席にはカノがいる。彼女らはヒビキたちに連絡が取れなくなった時点で車を借りて現場へとアクセル踏みっぱなしだ。

 一つの街での大規模なマジン同士の戦闘が起きている。ヒビキたちは無事と考えたいが、万が一の場合もある。だから急行している。

「あ、いた!」

「!!」

 カノの強化視力でヒビキたちを発見し、タカネは荒々しく車体ターンを決める。

「ヒビキさん、無事ですか!?」

「おーう」

 車から降りて来たタカネの切羽詰まった声に、ヒビキは力尽き果てたように返事する。

「自分の悪運をすっかり忘れてた。俺、死にそうだなって思うと死なないんだよな。」

 ヒビキは苦笑する。彼にとっても、隣で寝ているカラミティやマオにとっても、【光のソール】に最後何をしたのかは分かっていない。【呪いのカラミティ】は反撃を受けたが、【光のソール】は時間と共に自壊した。その余波は凄まじく、いつかのように周囲は建物があったという痕跡しか見当たらない。

 ここにたくさんの人々が集っていたという痕跡はどこにもない。

 未だに眠るマオとカラミティをバンの最後部座席に乗せ、カノはその前の後部座席に乗る。ヒビキは助手席に乗る。

「もう二度とやらねぇ」

 一泊二日の強行軍。ヒビキは欠伸をしながら悪態をついた。

「まだウチで仕事してくれるんですか」

「今度は気が向いたらな。今はお前らと怠けさせてくれ。」

「ヒビキさん、それは私と」

「いいから行こうぜ!」

 いきなりラブい雰囲気は許さないとばかりにカノに後ろから座席を蹴られ、タカネは腹を立てながらバンを走らせるのであった。


 

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呪いのカラミティセイバー 赤王五条 @gojo_sekiou

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