疫病神×3体のマジン 2日目-2

 多分、この街にたまたまいい教会があっただけなのだろう。たまたまそこに状態のいいパイプオルガンがあっただけなのだろう。

 そう思いたい場所で、オルガンの演奏が響き渡る。

「神よ、主よ、感謝の願い、届けたまえ」

『神よ、主よ、感謝の願い、届けたまえ』

 この場所に集った集団の奥で葉っぱの冠をした坊主頭の男性が、ペイメントの着ていた法衣を一回りきらびやかにした法衣を着て、言葉を唱える、集団はそれに唱和する。

 集団の中にはペイメントと、十数分前までヒビキと言い争っていたアイネの姿もある。彼と彼女も唱和に参加していた。

 ヒビキやマオ、カラミティは彼らの集会を二階から見ていた。

 少年ペイメントに言い争いを止められた後、集会があるというので三人見に来たというわけだ。参加も誘われたが、断りを入れた。

『相互理解の為だ。こちらの歩み寄りはこれが限度だと思ってくれ。』

 とヒビキは手で制した。それで向こうは納得したわけではなかろうが、説得の目はあると考えさせることはできただろう。

「気持ち悪い」

 マオははっきりと嫌悪を示す。屈んでから手で耳を塞ぎ、目を伏せる。

 唱和は続いている。男の唱える言葉に続くだけだ。集団が言葉を覚えているわけではない。だが、それらを客観的に見るということは異様や圧倒しかないだろう。

 マオの反応は直接的すぎるが、それは別に子供だからというわけでもない。

「やれやれ」

 様子を見ていることしかできないカラミティを尻目に、ヒビキはマオに近寄る。彼はマオと同じく屈むと、彼女を軽々と抱き上げた。

「へっ」

 思わず声を上げようとして、彼女は自分の口を手で塞ぐ。荘厳な雰囲気に水を差す野暮はしない、と頭では分かっているのだろう。奇しくもお姫様抱っこを経験したマオをよそに、ヒビキは抱き上げたまま、待合室として用意された後ろにある部屋に移動する。そうすると唱和される声もいくらか聞こえなくなる。

 そのまま木製の長椅子に座るヒビキ。マオの頭と足はヒビキの腕の感触を未だに感じている。

 彼女は男性としても大人としても感じ入る部分のある人に見下ろされ、一瞬目が離せなくなる。だが、すぐ視線を強制的に外すように顔を背ける。

「ありがと。もう、いいよ。」

「そうか」

 マオの足から左腕を外し、足を地に付かせて、右手で彼女の背中を支えながら密着を解く。立ち上がった彼女だったが、すぐにヒビキの隣に座ってしまう。

 唱和はもう聞こえない。男の説教の声が聞こえる。何を言っているかは途切れ途切れだったが、マオは一言も聞きたくないのか、片耳をヒビキの左腕に押し付け、もう片耳を手で塞いでいた。

 礼拝のような集まり。説教をする男。その男こそが、太陽団を指揮する光のソール。カラミティは、彼をじっと見つめていた。



「お前たちの活動はよく分かった」

 礼拝が終わり、解散する集団を見送ったアイネとペイメントがヒビキたちのもとにやってきたのは、1時間以上経ってからのことだった。向こうとしても待たせまくった気持ちはあったらしく、ホットココアを一杯ずつ持ってきていた。

 ヒビキが物分かり良さそうな言葉を発すると、アイネの表情がみるみる明るくなった。

「それでは!」

「参考程度にはさせてもらう」

 すげないお気持ちを表明され、アイネは上げた腰をゆっくり落とす。

「こっちの子は天才肌でな。宗教めいたことは好かないんだ。」

 ヒビキは流れるようにマオを言い訳に使い、話題を流した。口八丁とでも言うのだろうか。彼はすぐもっともらしいことを言う。盾にされたマオはといえば、別に何も言わない。

「残念です」

 アイネはそう言って、再び腰を上げ、すぐそばの階段から下へ下っていく。

 ペイメントはそれを目で見送って、口を開いた。

「普通は、アイネと言い争う人なんていないんです」

「ふむ?」

 要領を得ない言葉に、ヒビキは首を傾げる。

「そういう魅力なんでしょうか。アイネに迫られると、みんなすぐ謝ったり、何も言えなくなったりで、そういうのすごいなって僕は思います。」

 彼は目を伏せて言う。

 昨日の気弱さが普段の少年なのだろう。ヒビキの前でアイネが見せた気の強さは、少年の憧れる普段通りの姿といったところだろうか。

 ヒビキから見れば、どちらにも良さは感じられる。何しろ、言い争いを止めたのはペイメントである。彼しかできなかったことを無視することはできない。

 とはいえ、それを言ったところで彼は納得しないだろう。

「彼女が好きなのか?」

 唐突にヒビキが放った言葉に、神妙にしていたカラミティが噴出した。マオが驚いて咳き込む。

「ち、違います! いや、違わないというか、その憧れで!」

「何、若いのによくあることだ。自分が人を好きになったのか、羨ましいと思ったのか、感情の区別がつかないことなんてな。」

 ココアのような粉っぽいものを気道に入れたら大変だ。マオはずっとむせている。苦しそうだがまだ放っておいて大丈夫だろう。

「いえ、その、僕は」

「取り巻きがいるから分かる。彼女は憧れの存在。そういう魅力があるのだろう?」

 しどろもどろになっていた少年が、冷静な男性の言葉に対し、自分の言葉を選び始める。

「あの、えっと」

 彼は立ち上がる。

「すいません、ちょっと失礼します!」

 言って彼もまた、階段を駆け下りて行ってしまった。

「ちょっとおじさん!」

 喉のひっかかりが落ち着きでもしたのかマオがヒビキの腕を引いて声を上げた。

「マジンが恋なんてするわけないでしょ」

「言う通りかもしれんけどな」

 あまりにもあんまりな製作者目線の発言に、ヒビキは否定することはない。カラミティが何か言おうとして、顔を背けたのをヒビキは見ていなかった。

「ただそうは言うが、マオは恋愛感情を持ったことはあるか?」

 と、ヒビキはマオの目を見る。背丈の関係上見下ろすことになる。

「まだ、ない」

 後ろめたいような、恥ずかしいような、自信の無い言い方をしながら、マオは見られることから逃げてしまう。

「恋を明確にそれと分かるなんて、余程素直な生き方してるんだろうよ」

 優しくも夢の無い言葉を述べるヒビキ。彼も立ち上がる。

「でもそれじゃあ、ヒビキは恋なんてしなかったの?」

 カラミティは降って湧いた疑問を投げかける。少しは旅をした仲だ。ヒビキという男が擦れた生き方を今までしてきたのは承知の上。

「俺は風吹を愛してしまったから、そこに恋なんて無かったんじゃないかな」

 優しげな声で、ヒビキは思い出を語る。

 娘のように育て、どのように大人の身体になっていったかを知りながら、家族愛と男女愛の境界がいつしかなくなってしまった。きっかけはあったのかもしれないが、それはもう忘れてしまった。

 片耳のイヤリングを撫でてから、彼は階段を降りようと背を向ける。

「カラミティ、準備だけしておけ」

「え」

 ヒビキはそれだけ言うと、カラミティの反応を聞かずに階段を下りてしまう。

 一階の集会所のようなスペースには誰もいない。ただ御堂に繋がる出入り口に、男がいる。坊主頭の男性。葉っぱの冠は付けていないので、より僧侶のような精悍な顔つきをしているのが分かる男だ。

「お前は、人間、か?」

 唐突かつ失礼な質問である。

「何だその質問は」

 当然だろう、という反応の意味で言葉を返す。用があるのはペイメント。今はこの男に用はない。さっさと通り抜けようと早足になるところを、男、ソールは更に口を開く。

「カラミティの関係者がただの人間ではないだろう。何の強化をしている。」

「あ?」

 通り過ぎようとしたヒビキの肩を気安く掴むソール。表情はにこやかだが、値踏みをしている目だ。何より、カラミティを知っている。ヒビキはそんな男を嫌そうに見る。

「今はどうでもいい、てめぇは」

「ん。そうかね。」

 ヒビキは敵対心を隠そうとせず、ソールの手を振り払う。彼にヒビキを知られることが問題なのではない。本当に今はどうでもいいから言っているのだ。

「マジンに恋や愛など無い。ただペイメントがそう感じているだけだ。」

 ソールはマオと同じ言葉を漏らした。どうもよく知っているらしい。

 先ほどもそう。カラミティのことは関知していると言っていい。マオのことはどうか分からない。権藤博士のマジンらしく、データとして叩き込まれているのであろうか。

「普通の人間はアイネの言葉に従属や反省、後ろめたさを感じるものだ。貴様は違うな。抵抗力があるのだろう?」

 ソールは自分の話を続ける。気にしなくていいのだが、気になる情報を出している。釣りか否か、考える必要はある。ただヒビキに迷う必要はなかった。信用できるかは別として、材料として持っていくことはする。

「マジンは恋しない、か。それならそれでいい。重要なのはそこじゃない。」

 そこでようやくソールから離れて教会から出られた。ソールのツッコミはもうなかった。

 教会を出てすぐの植栽の脇に座る少年の姿があった。少し離れて、信者らと共に炊き出しに勤しむアイネの後ろ姿がある。

 ペイメントは彼女を見ているわけではなく、俯いて、何事か考えているようだった。あの年頃の少年が考えていることは様々だ。カラミティとの旅先で、思い悩む少年はいた。彼が特別であるとは限らない。

「自分の感情が信用ならないか」

 そんな悩める少年にヒビキはずけずけと質問をする。

 通常なら話しかけにくいが、ヒビキなら知ったことではない。

『ここにはお前と俺しかいないぞ。まあ、お前はあの狐に泣きつかないしな。』

 風吹との生活は、時折ワガママを言われた。

 あれが欲しい、これが欲しい。

 こうして欲しい。ああして欲しい。

 それらを全部聞いたわけではない。金がなかったわけではない。単に欲しいものをあげるだけになりたくなかった。少なくとも、あの女狐、月夜はヒビキの欲しいものはなんでもあげようとしていた。それがヒビキにはとてもつまらなかった。

「好きなら好きと言ってこい。早い方がいいぞ。」

 ヒビキの言うことは単純明快だった。それができれば苦労はしない、とも言う。そんな正論が、少年にとって本当に正しいことかどうかは承知の上だ。ただ、他人が言ってやらなければいけないことはある。

「できない」

 少年はようやく口を開いた。少々泣き声が入っている。はたして本当に泣いているのか、ヒビキからは様子を伺えない。

「僕は魅了されているだけなんだ」

 少年は不穏当な言葉を紡ぐ。ヒビキからはやはりどんな表情をしているかは分からない。だが、彼が混乱しているのは見て取れる。

「お前が抱いた好意は彼女の術によるものだと」

 ヒビキは言い直して、突きつける。それが真実かもしれない。

「お前は恋をしない。誰かを好きになることはない。」

 でも本当に、そうなのか。

 彼から答えは返ってこない。

「あ、あ、あ、あ、あ!!」

 少年は顔を手で覆い、悲鳴とも泣き声とも取れる声を上げる。

「あああ、あ、あ、ああ~!!」

 立ち上がり声を上げ続ける。その異様さに炊き出しの信者も彼に気付いたようだ。

「ペイメント!?」

 アイネが少年に気付いて声を上げるが、すぐに周りに向き直る。

「逃げなさい!できるだけ遠くに!」

 彼女が叫んだ後で、空気が揺れ始めた。もしかすると地震だったかもしれない。

「うああああああああああ!!」

 ペイメントが叫ぶ。もはや泣き声ではない。正気を失ったような、狂った声。

 一瞬、ペイメントを中心に何か魔法陣が見えた気がした。閃光が爆ぜ、光が止んだ後には白いマジンの姿があった。

『アアアアアアアア!!』

 それはペイメントの声に違いなかった。声を上げ、歩き、炊き出しを踏みつぶしていく。

「どうしたの!?やめてペイメント!やめて!!」

 アイネは叫ぶが、声は届かない。ペイメントはもう逃げ惑う人々にも気付かない。狂った声を上げ続け、踏みつぶすことにも破壊することにも気付かない。

「ヒビキ!一体あの振動は!?」

 カラミティが教会から出てくる。状況が分からなかったようだが、もはや一目瞭然であろう。

「ペイメント、マジン化したのか!」

「マオは」

 カラミティが状況を把握したところで、ヒビキは確認を取る。

「まだ中にいるけど」

「なら、大丈夫だ。行くぞ。」

 確認が取れたので、カラミティに促し、【呪いのカラミティ】を呼び出す。

 ここに来たのはマオの依頼で3体のマジンを破壊するため。カラミティは迷っていたが、一つが狂ってしまったのなら仕方ない。

「止まれ、ペイメント!!」

 教会の聖堂前に漆黒のマジンが姿を現す。そのマジンに乗り、ヒビキは制止する。

 その声は届いたのか、ペイメントは立ち止まり、振り返る。白いマジンの眼光のようなものだけが赤く染まっている。

「マジンは恋も愛も抱かない」

『ウウ、アアアアア!!』

 ヒビキが声を掛けると、ペイメントは周囲も気にせず、駆けながら右の拳を突き出す。カラミティの両腕でそれを受け止めると、アラームが鳴る。注意警告だ。

「データ以上のパワーがある!連続で来られたら持たないぞ。」

「ぬ」

 ヒビキが答える前に、ペイメントの左拳の第二撃。受け止めた後に、危険警告が鳴り響く。

「ヒビキ!」

「持たせろ。どのみち避けられない。俺たちの後ろにはマオがいる。」

 ペイメントのパンチラッシュのダメージで赤く染まる【呪いのカラミティ】内部。

 【守りのペイメント】。本来は防御のマジンだ。攻撃力があるわけではない。それが攻撃力を発揮している理由は一つだけだ。防御力を捨てて、攻撃力に全振りするほど暴走してしまっている。で、あれば、カウンターの一撃でもすれば倒すこともできることだろう。しかし、ヒビキは未だにそうする気配はない。

「マジンは恋も愛もできない。本当にそうなのか?」

『アアア、アア?』

 ペイメントの拳はまた迷うようにゆっくりになっていく。ゆっくりになった両の拳を受け止め、ヒビキは続ける。

「お前は、アイネをどう思い続けた?」

『ウウウ』

 ペイメントは唸り声を上げる。拳が完全に止まる。

「自分が持ったことを疑うな。好きなら好きでいいんだ、ペイメント。」

 ヒビキの優しい声が通じたのか。ペイメントは黙りながら、拳を離した。後退し、周りを見る。

 炊き出しは散乱し、教会前通りの建物の外壁は崩れ、ガラスは割れ、通りに落ちている。それら瓦礫に押しつぶされた不運なモノも手や足だけ見える。血に濡れ、どう見ても助からないだろう。

 アイネは生きている。【守りのペイメント】を見上げている。涙で濡らし赤く腫らした目を見開いている。マジンは泣く。そんなこと、カラミティだってそうだ。

『アア、ウウウ』

 もはや正気に戻っているのだろう。【守りのペイメント】は顔を横に振り、左手の指で胸を指した。そこはデータで持っているペイメント自身の急所だった。

「ヒビキ」

 【守りのペイメント】が何を示しているのか、それは察せられる。カラミティの呼び声は、『やるのか?』という意味のものだ。

 【呪いのカラミティ】はサイズランチャーを呼び出し、パワーを上げる。【守りのペイメント】は動かない。封縛弾の必要を認めない。

 ここにはすでに【呪いのカラミティ】が彼を斬るだけの魂がある。そうでなくても、ヒビキ自身で賄う気でもいた。

 サイズランチャーが鎌のエネルギーを成す。【呪いのカラミティ】は1歩、2歩と踏み込んで、一撃必殺の鎌を振り下ろす。

「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 アイネの叫び声が、ヒビキにはいやによく聞こえた。


                  *****


「彼女が好きなのか?」

 昨日ただ一度助けてくれただけの男が聞いてきた言葉に、ペイメントは揺らいでいた。

「ち、違います! いや、違わないというか、その憧れで!」

 嘘だ。いや嘘ではない。どうして取り繕う必要が。自分はどう思っていたのか。

「何、若いのによくあることだ。自分が人を好きになったのか、羨ましいと思ったのか、感情の区別がつかないことなんてな。」

 分からない。自分はアイネが好きになったのか。

 アイネは【偶像のアイネ】。常に【魅了】を振りまき、人を集めるマジンだ。それは自分にも有効だったのか。

「いえ、その、僕は」

「取り巻きがいるから分かる。彼女は憧れの存在。そういう魅力があるのだろう?」

 彼の言う通りだ。自分はアイネのようになりたいと思っていた。自分には守れる力がある。その力でならば、いつかそうなれると思っていた。

 でもそれがアイネの術による誘導であったのなら。

「あの、えっと」

 分からない。

「すいません、ちょっと失礼します!」

 逃げる。分からない。逃げる。本当はどう思っていた。

「ペイメント。私たちはマジンだ。人間ではない。」

 ソール。光のソール。自分やアイネより先に目覚めていたマジン。共に人間たちを集め、楽園を作ろうと提案してきた。私たちが、人間たちを救う救世主になるのだと言い続けていた。

「マジンは人間とは違う。恋や愛など、するわけがないだろう。」

 そうだ。自分はマジンなのだ。権藤雷生に作られたマジン。ヒトを真似た思考を持ち、ヒトの真似をしながら生活のできるロボットだ。

 では自分がアイネに抱いた憧れは何だったのだろう。自分がなりたかった姿とは、バグだったのか。自分は何だ。守りとは何か。

「自分の感情が信用ならないか」

 声がする。ソールではない。どこかで聞いた声だ。

「好きなら好きと言ってこい。早い方がいいぞ。」

 優しい声だ。メモリーにバグがある。分からない。大切な何かが呼び出せない。

「できない」

 呼び出せない。不明なエラー。不明なエラー。担当者を呼び出してください。ゴンドウ。マオ。ソール。アイネ。アイネ。アイネ。偶像のアイネ、指示を。僕はあなたに従う。あなたを守る。あなたのために戦う。

「僕は魅了されているだけなんだ」

「お前が抱いた好意は彼女の術によるものだと」

 イエス。

「お前は恋をしない。誰かを好きになることはない。」

 イエス。いや違う。違わない。好きとは何か。恋とは何か。アイネ。エラー。アイネ。エラー。動作を完了させてください。不明なエラー。再起動コマンド開始。コマンド命令停止まであと、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、再起動。


「マジンは恋も愛もできない。本当にそうなのか?」


 優しい声だ。この声色に覚えがある。そう、ヒビキだ。暁の空で、ならず者を散らした、男性。その声が目の前のマジンから聞こえてくる。


「お前は、アイネをどう思い続けた?」


 何を言っているんだろうか。僕は彼女みたいにありたいと思っていた。僕は彼女を守る仕事がある。たとえどれだけ彼女の元に人が集まろうと、僕は彼女の盾であり続ける。それが自分の仕事であり、命題だ。


「自分が持ったことを疑うな。好きなら好きでいいんだ、ペイメント。」


 好きとは何だろう。いや、疑うべくもない。自分の中にはアイネしかいない。それが好きというなら、それを否定することはない。自分は、アイネの盾で、アイネを好きでいたい。アイネは。アイネ、なぜそんな顔をするんだ。なぜ泣いてるんだ。自分は。僕は。ここは。この姿は。

 【呪いのカラミティ】。きみは、データの中にある。最初に作られ、ついに目覚める姿を見れなかった災厄のマジン。人を必要とするマジンに、あなたはいるのですね、ヒビキさん。

 アイネ、ごめんなさい。僕は何かを間違ってしまった。だからお願いします、ヒビキさん。僕は、


「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 アイネ、君が好きだ。それだけが言いたかった。


                  *****


 【守りのペイメント】はそのエネルギーの一切を消失させた。

 【呪いのカラミティ】の一撃によって、左肩から左腰部へと袈裟斬りにされた躯体は倒れもせず、膝をつくこともなく、爆発することも無く、ただその場にあった。

「どうして」

 いつ倒れるとも知れぬマジンの骸に対して、アイネは歩み寄る。

 彼女には分かるのか。分からないのか。

「ヒビキ、どうしてこうなる!どうして!!」

 納得いかないのはカラミティも同じだった。ヒビキは背中に声を当てられながらも、答えることはできなかった。

 自分が正しいかなんて、ついぞ答えることはできない。正しいことはしてきたつもりだし、それが悪いことでも正しいように言い繕ってきた。

 それでも今回ばかりは言い訳できないし、するつもりはない。

「踏ん張ってろ」

 ヒビキは声を絞り出す。

 苦い別れ方は今までもしてきた。だが今回は極めつけだ。信用してもらって、それでいて相手を倒さなければならない。そうすれば相手の油断を誘えると思っていたところもある。

 だが実際にはそうはいかなかった。ヒビキはペイメントをまるでカラミティの弟のように扱ってしまった。言い聞かせることが正しいように思ってしまった。

 マオが一部始終を見ていれば、苛烈に怒られるところだっただろう。終わった後に説教が待っているかもしれない。正直言って心苦しいが、それでも今この瞬間よりはマシだ。

 大切なものを失うということ。その痛みを、ヒビキはよく知っているのだから。

「カラミティ」

 アイネが呟いている。

「カラミティ!」

 彼女が叫んでいる。肩を震わせているだろう。声を震わせているだろう。

 何のために。

 大切なものを壊した者に罪を贖わせるためだ。

『呪いの、カラミティー!!』

 アイネの声が響き渡った。女性は膨大な魔力を発揮させ、自らの姿をマジンに変えた。人型というには語弊のある、翼を持ち、空を飛ぶ、蝙蝠のような何か。

『ペイメント!私のペイメント!!』

 彼女が叫ぶと衝撃波が巻き起こった。周囲を気にしない、圧倒的な音圧。

「ちぃっ」

 ヒビキは舌打ちしながら咄嗟に防御態勢を取り、【呪いのカラミティ】を踏ん張らせた。だが、生憎と【呪いのカラミティ】には前の戦いのダメージが残っている。

 データ以上の音圧を防ぎきれるものではなく、教会まで倒れ込むことになった。

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