疫病神×3体のマジン 2日目-1
小男、と呼べばいいのだろうか。うつ伏せに倒れて無駄な抵抗をする男は小柄だ。暴れる内に後頭部に鉄の筒の感触をぶつけて状況が分かったのか、抵抗をやめる。
「ま、待て、殺さないで」
命乞い。テンプレ通りというか、捻りがないというか。分かり易くていいというところか。
「太陽団の膝元で小遣い稼ぎかい?」
「へへ、人が集まるとやりやすくてね」
うつ伏せで表情は見えないが、へらへらと笑う小男。
声色で分かる。宿を取った時に荷物運びをした従業員だ。一応僅かなチップを払ったが、荷物に最初から狙い定めていたというところか。
こちらの荷物の中身が携帯食とマオの持ち物というのが、この泥棒の不運さを引き立てる。
「アホか。近辺に売り払うにしても、ここらで盗んできたのが分かるじゃねーか。太陽団は自警団も兼ねてるだろ。街を離れるなら、どの道取り分は減る。」
「クレジットで売り買いするわけじゃねぇから疑われてもそこまでじゃないんだよ」
つまり中心部の市場のようなところで物々交換できるということなのだろう。
「なるほどね。だが仕切ってる奴はいるんだろう?」
人が集まれば商売は捗る。捗れば何にでも飯のタネになる。
広義的に脅迫。狭義的に当たり屋、難癖、美人局等か。安心と安全は別のことだ。人間は特に楽して稼ぐことには敏感だ。暴力は有効な手の一つだろう。
今ヒビキが実践しているのだから、あえて説明することでもないが。
「太陽団のアイネの親衛隊が仕切ってる。一人一人はボンクラだがよ。」
小悪党としては最低限の見栄というところか。
「アイネ、ねぇ」
「な、なあ、そろそろ離してくれよ。悪かったよ。」
「まだ聞いてないことがある」
ペイメントにしろアイネにしろ、目的の人型マジンだ。目的に近づいて来ていると感じる。それはともかく、この小男を情報源にいつまでもしていられない。
尋問中の恐怖には効力というものがある。殺されないと分かれば、相手も調子に乗る。ヒビキは銃口を改めて小男の後頭部に突きつける。
「ここか」
「な、何を?」
「お前が盗みをしても支配人は見て見ぬふりをする。ともすればその逆、お前が失敗して返り討ちにあったとしても知らんふりということだろう。仮にグルでもそうする。弱肉強食に徹するってのはそういうことだ。」
警察が機能しているのは都市部だけだ。高層ビルの少ない街に行けば暴力組織やマジン使いの魔術師くずれが幅を利かせている世の中。弱いものは抵抗空しく、また抵抗できずに奪われる。
そういう社会で生きるということは安寧ができないということである。奪われることの日常茶飯事。そういう理不尽を避けるなら、慎重な世渡りが必要になる。
「外したら、痛いだけだろうと思ってな。狙い直したんだ。」
「ひ、ひひ。なんでも聞いてくだせぇ、旦那。」
明らかにヤバイ相手を狙ってしまったとでも思ったのだろうか。小男は態度を改める。この銃にサイレンサーが付いてはいないのだが。
聞くことはある。もう一つの人型マジンのことだ。名前を尋ねれば聞き出すことはできるだろう。
「大丈夫だ。聞くことはない。お前が余計なおしゃべりをしなければ、丸く済む。」
「へ、へぇ!それはもう!」
「行け」
銃の構えは解かず、小男から離れる。言葉だけで解放すると、小男は恐る恐る立ち上がる。もう危険はないと分かったか、隠し持っていたナイフを出して振り返る。
「馬鹿か、お前は」
今更逆襲できるとでも考えたのか。あるいは暗がりであればとでも思ったのか。
ヒビキは躊躇せずに撃つ。狙いは少し下に。ヒビキもヒビキで、威嚇で済ませようとした甘さを発揮してしまった。しかし運悪く、一発の銃弾は小男の足を貫いた。
銃声は一発、乾いた音が響いた。整備が行き届いていなくても防音壁がある。他の客がいるかどうかは分からないが、時間は稼げるだろう。
「ひぃ、ひぃ」
ヒビキも撃たれたことはあるので、痛さは分かるつもりだ。小男はナイフを落として、悲鳴を上げている。銃弾は貫通しているだろう、多分。
「たす、助けて」
涙声に小男が助けを求める。そんな道理はどこにもない。抵抗しようとしたこいつの選択が浅はかである。銃を持った相手と話したことが無いか、ヒビキが撃たないことを確信してでしかそんな行動はできない。つまり、相手を舐めた行動を行った。
そんな奴が払った教育代がいかほどか、ヒビキには伺い知れない。それ故、かける言葉もほとんどない。
「先ほど息をするように抵抗しようとした奴を助けろと?」
そう言うと小男はすすり泣くだけだ。なぜ逆襲しようとしたのか理解に苦しむ。
「これに懲りたら、身の丈に合わないことはしないことだ」
ヒビキはこれ以上関わり合いになりたくないことも含め、小男をエレベーターまで連れて行ってやり、1階のボタンを押してやった。
夜明け。
あの後どれほど眠れたかは、さほど問題ではない。とりあえずは何も起きなかったことがヒビキにとっては重要だ。
カラミティもマオもベッドの上で寝息を立てている。
ヒビキはソファから起き上がり、両肩を柔軟して鈍い肩こりをほぐす。欠伸をしながら、コートに袖を通し、部屋から出ていく。電灯は未だに点いておらず、光も入らないため、深夜よりも暗く感じる。
この荒んだ時代、コンビニが安全に経営できてるのは僅かだ。この街なら期待はできるだろう。自動販売機という壊されて中の物が空なものに比べればマシなコーヒーにはありつけるはずだ。
ヒビキは見覚えのあるエレベーターに乗る。ガタガタと音が鳴るオンボロエレベーターは塗装が剥げるならまだしも黄ばみが酷い。掃除はほとんどされていないのだろう。床には血痕のような黒い跡までがある。
1階に降りると煌々と明かりが点いている。そこだけ別世界のようだ。売り切れ表示ばかりの自動販売機を無視し、受付のボーイを一瞥しながら外に出る。
外の冷気は否応なく顔に張り付いてくる。だがすごい寒いわけではない。冬本番には遠いか、あるいは暖冬か。どちらにせよ冷えすぎないことは良いことである。
近くのコンビニを目指し、目当てもなく歩き始めようとする。通れそうな路地を目配せしているところ、ホテルのゴミ捨て場に手足が生えていた。
足を怪我して血を流した跡のある特徴的な部位がゴミ袋の山の中に生えていた。
「マシなほうか」
ヒビキは小さく独りごちて、手足を無視して、ゆっくりと歩み出した。
不運に喘いで生きて来た中で、不幸を嘲笑う者もいた。呪う者は呪われる。その逆もある。この時代での人との関わり合いは億劫になりがちだが、奪う者はそうも言ってられない。
ヒビキはこの性質だから、奪う者との関わり合いはよくあった。そもそも、カラミティとの数ヶ月の旅もそうだった。ヒビキの不幸を笑う者は、不運の道を辿った。
「苦ぇ」
砂糖もクリームも入れてないのだから当たり前だが、香りもなく酸味もない苦味だけのコンビニコーヒーに辟易する。
タカネがテンパりながら用意する煮出しコーヒーと彼女の無防備な身体つきが否応なく脳裏にちらつく。
定価よりも二倍以上高い朝食パンを数個とコンビニコーヒーを一杯買った直後。店先で飲んだコーヒーは苦いだけで不味かった。
泥水を飲んだことはないが、泥水と形容したいものでも、飲みたかったものだ。タカネもいないのだから文句も言い様がない。
帰ったら彼女をからかいながら、またコーヒーを飲ませてもらうとしよう。そう思いながら袋を提げてホテルに戻る。寒さにも慣れて、身体も温まり始めた。
歩くこと2、3分の所、ホテルの入り口では騒ぐほどではないが押し問答が起こっていた。ヒビキが出ていくときに見た受付の男と支配人らしき男が入り口に立っている。問答している相手は女性だ。彼女の取り巻きに男が2人。男たちが透けていないゴミ袋を2人がかりで持っている。例のゴミ捨て場に人の手足らしきものはない。
「どうしてゴミ捨て場に人間がいるんですか。答えてください!」
そのように彼女は言う。彼女らからしてみれば、気付かないハズがないというところか。人1人を始末するのにゴミ捨て場というのは乱暴な始末もあったものだが。
しどろもどろに対応している従業員を横目に、ヒビキはすり抜けて戻ろうとする。
「あなた。そこのゴミ箱に先ほど小柄な男の亡骸があったのを見ませんでしたか。」
ごみ漁りには不似合いな化粧臭い女が声をかけてくる。活動家、あるいは太陽団の関係者あたりだろう。20代くらいのそこそこ美しい女性だ。
正直、声をかけるなと思いたいが、無視する方が余計な言いがかりをつけられそうだった。
「知らんよ」
それが亡骸だとは思わなかった。自分に言い聞かせて、ホテル内に戻ろうとした。
「気にしなかったとしても、亡骸を平然と放置して営業を続ける彼らを何とも思わないんですか!?」
「思わんね」
コートの裾を引っ張ってまで引き留めようとする女に、ヒビキは冷徹な目つきをくれてやる。
「男には銃創もありました。それでもですか?」
「銃相手にヘマやらかすバカが悪い。郊外に出ればそれが普通だし、誰だって関わり合いになりたくないね。」
ヒビキは引っ張られた裾を振り払い、捨て台詞気味にホテル内に戻った。
いつも通りアウトローらしく振舞ってしまったが、悪手だったかもしれない。ホテル内の暖気も相まって噴き出た額の脂汗を袖で拭い、彼は部屋に戻った。
早朝の買い物からしばらくして、カラミティが起きて、次に体のいい抱き枕をなくしたマオが起きぬける。
ヒビキは電気ポットの湯で煎茶を決め込み、テレビでニュース番組を回していた。
カラミティは短く挨拶して手慣れたようにティーパックの紅茶を煮出す。
「わざわざ買ってきたの?」
「買えるならそうする。持ってきた携帯食は飽くまで緊急用。」
「だね」
聞いて来たカラミティに一瞥せずヒビキは答える。カラミティも何も言わない。慣れたというところか。
ただヒビキもマオが食べるため、キワモノを買って来てはいない。チョコクロワッサンやジャムを挟んだコッペパン、タマゴサンド、そんなものだ。こういう時に、食べると思って、という親切心はいらない。嫌味なら別だが。
「おはよ」
遅れて起きて来たマオは眠気眼にしょぼしょぼさせながらテーブルに寄って来る。
「ああ。はよ食え。さっさと出るぞ。」
「はーい」
少女が子どもらしい素直な返事をする。マグカップに念入りな息を吹きかけ、恐る恐る口を付けるところはよほど子供っぽい。
「出て次の目的地は?」
「ここらへんはまだ外郭らしい。中心部に近いところは物々交換中心の市場があるそうだ。市場で聞きまわって、目標を発見するとしよう。評判も聞けるといい。」
外郭などと言っては見たが、ここいらまで自警団の見回りが来るとするなら勢力圏に入っていることは確実である。余計な聞き込みで自警団に怪しまれるかもしれないが、先の騒ぎを考えて、よほどのことがない限り無茶な言いがかりをしては来ないだろう。
「戦わなきゃいけないだろうか」
カラミティの迷いはこれまで何度か聞いて来た。マジンで戦えば無辜の人々が巻き込まれる。人間の死は、否応なくカラミティの力となる。それが分かるからこそ、彼は迷うのだ。
「ここに疫病神がいる限りな」
この台詞なら何度も言った。本当の不運はヒビキがやってくることかもしれない。最低でも死人が出る。巻き込まれて死ぬか、マジンに倒されて死ぬかのどちらかだ。
「ただな。今回は戦わなければならなくなったら、お前が引き離せ。」
「え?」
「相手はこれまでと違い話せる奴だ。戦いになったら、相手も人のいるところで無茶はしないだろう。」
ヒビキとて分かる。人型マジンは話せるマジンだ。人間を味方につけている。それを敵にするような、今までの悪党のようなことはできない。
今回の場合は、カラミティは正義や救い手になりえない。侵略者、悪党になりうる。ともすれば、カラミティの気持ちや負い目を軽減するのは当然であろう。
「引き離すなら、行動だ。中心部か商店街か、とにかく人が集まるところだ。あいつらがどこでどんな風にしているのか、な。」
「うん、そうだね」
現金な事にカラミティは一転して顔を明るくする。今までカラミティの意見がヒビキに通ることはほとんどなかったこともある。何かと屁理屈こねるヒビキも悪いのだが、ヒビキは大人なので汚いのだ。
「食ったらチェックアウトして出るぞ」
「何かやった?」
唐突にマオが声を出す。寝起きが悪いのか、低血圧なのか、起こしても寝惚け眼をこすって静かな朝方の彼女。その彼女が、ヒビキが突かれたくない事実を突いて来た。ヒビキとしては、偶然か勘か図りかねる。
「早朝に周辺で死体が見つかったとかで見回りの人間にホテルの奴らが詰められててな。余計な事に巻き込まれる前に離れておいた方がいい。」
深夜の自分の行為を伏せて、先の出来事をありのままに話す。
「ふーん」
マオの疑問はかわせたかは分からない。
「え、ここらへんそんな治安悪いの?」
「さぁな。だがコンビニ行く途中、ホームレスも何人か見かけた。もう少し賑やかな場所に近づいたほうがいいだろう。」
繁華街に近づくのは、今回に限っては諸刃の剣である。何しろヒビキが強引な手段に出にくくなるということだ。銃はほぼ使えなくなる。
手段の選択肢が狭まることを承知で、ヒビキはここを離れることにした。その原因が、例の見回りの女性、人型マジンの一人アイネであることは大きかったのである。
それに銃はもう使えないかもしれない。銃弾は貫通させたはずだが、銃を持っているだけで、小男殺害に関わった疑惑を掛けられることは目に見えている。
小男の盗みという小遣い稼ぎが宿ぐるみだったことは不明だが、エレベーター内で放置したことで重篤なトラブルとなり、身ぐるみを剥がされた後、ゴミ扱いされたというところだろう。
つまり、この地域は表向き賑やかであるものの、裏では危険の芽がどこにでもあることを示している。マオの言葉も正解に近いのではないだろうか。
「忙しないけど、ま、いいでしょう」
コーヒー牛乳を飲み干して、彼女は立ち上がる。
「少なくとも顔は洗え」
「はーい」
行動を開始しようとするマオを、ヒビキはぴしゃりと言って聞かせる。年頃の女の子への気遣いであったが、彼女にしてみれば父親の小言のように聞こえていた。タカネに注意されるよりは嫌な気はしなかった。
一泊でチェックアウトしたことに特別何か思われたようではなかった。宿泊費はクレジット支払いであるし、領収書もきっちり切った。疑いを向けられるとしたら、似ていない家族だと思われることだろうか。
ともあれホテルから出てきた彼らは中心街に向かって歩く。
「ねぇ、ヒビキさん」
ヒビキとマオの歩調は合わない。ヒビキはさほど足早ではないが、それでも大人の男と少女の差だ。流石にマオが走るくらい足早に行かないとヒビキに追いつかない。彼女が横になって声を掛けてくると、ヒビキは自然に彼女の歩幅に合わせるようにする。
「ん」
「率直に聞かせて。あのマジンたちに勝てる?」
「分からない」
ヒビキは即答した。
「そこらのチンピラ魔術士じゃなく、自己の意思を持つマジン。それもカラミティみたいに乗り手を必要としない。普通に考えて不安定なカラミティと1対1で勝てるとは思えないな。」
この言葉に対し、カラミティは反論しない。彼の顔を見てはいないが、らしいといえばらしい。食い下がって来るなら多少成長したと思えるのだが。
「奴らが自分なりの考えで人間を支配するとして、カラミティがあいつらに勝てなかったら、どうするんだ?」
ネガティブ極まりない質問をマオに向ける。彼女がカラミティに向ける考え、あるいは今回のマジン破壊の仕事の真意は、父親に対する憎しみがあるのではないのかと考えているからだ。
「勝ってもらうわ。そのためにどれだけの犠牲を払っても。」
「マオ!」
「そうかね」
冷ややかで大人びた口調のマオに対し、カラミティは声を上げる。ヒビキは無感情だ。他人の命なんてどうでもいいという考えの彼女に対して、浅はかな博愛主義で反論するのは愚かであろう。
「俺は権藤雷生という男がどういうやつかは知らないが」
権藤の地下研究所に行った時に見た彼が写る写真は、ついつい持ち出してしまっていた。カラミティを人型マジンとする前の完成したカラミティを背中に二人の男性が写る写真。髭面の科学者風の男と長い黒髪の若い男性だ。ヒビキは髭面の男の方に見覚えがあった。マオに似ているのはそちらの方だし、恐らく彼が雷生なのだろう。
「彼は家族を捨ててまでマジンの研究に一生を捧げたのだろうかな」
いつかの話を蒸し返すようにヒビキは疑問を口にする。
権藤マオは、恐らく天才少女だろう。世が世ならマジンの一つや二つ、いや、マジンでない何かも造れたことだと思う。その女の子が、父親への恨みや復讐を考えて生きているのはもったいないとヒビキは考える。風吹と同じように考えるからだろうが。
「おじさんがどう思おうとアイツはクソ親父よ」
露骨に不機嫌に口汚く罵る彼女。彼女はどうにも自分が優しくされないといけない幼さが残る。カラミティにも不機嫌になることはないが、褒められないと気落ちする性向がある。
ヒビキの記憶の中に、雷生に似た男がいる。彼もそういう男だった。
「彼が権藤雷生だったかどうかは定かじゃないが、俺のいた神社に参拝に来た奇特な男を知っている。そいつは少なくとも家族のことを気にしていたな。」
「だから何だってのよ」
少女の恨み節はなぜか消え入るような声をしていた。
「初耳!」
食いついたのはカラミティ。話していないのだから当たり前だ。
*****
いつの頃か分からない夏の日。蝉の声が辺りに響く。
ヒビキはその時、茹だるような暑さで何もする気がおきず、時を無為に過ごしていた。ただ幸いにも口うるさい女狐はそこにいなかった。
彼がどのような話や噂を聞きつけ、またどのように神社にやってきたかはさだかではない。
戸板の影で横になっていたヒビキは、人の気配に気づき、半身を起こした。
この神社に不意に近づく村民はいない。ヒビキの認識でも、ここが神社として本当に存在しているのかと思っていた時のことだ。
おそらく村の者ではない、サラリーマン風の格好をした顎髭の男はスーツのジャケットを片手にして、汗を流しながら境内に辿り着いた。
「頼む!」
渋めな声色で、彼は手を合わせて祈り始めた。
「俺のこの研究が認められるかどうかは、もう運に任せるしかないんだ!
頼む、運を俺に分けてくれ!!」
大の男が悲鳴にも近い、暑苦しい祈りの声を上げている。こんな裏寂れた神社に祈りに来ることも大概だが、それがこの暑さの中であることも大概だ。
ヒビキは正直言って引いていた。
こと人々の祈りとは勝手なものだ。勝手な欲を祈っておいて、叶えば感謝は無く、叶えなければ罵る。時には感謝することもあろうが、そんな信心深い人間は見かけない。
そんな勝手な人間たちに普通加護を与えないだろう。ヒビキは少なくともそうする。
「今度生まれる娘の為にも!」
「何だ、娘が生まれるのか」
ヒビキはついつい口を開いていた。男に対しては神社の奥から聞こえた何者かの声と思うだろう。
「俺に似ないむさ苦しくない子だ。きっと!」
研究と言っていたし、恐らくは学者畑の人間なんだろう。そういう人物が運を天任せにするとは、追い詰められた話もあったものである。
神社から聞こえる声に素直に答えている分、本当に追い詰められているのだろう。もしくは暑さでおかしくなっているか。
「何の研究をしてるんだ」
「国産初の巨大ロボットだ」
読んで字のごとく大きく出たものだ。人間の想像の中でしかなかったものを本当に実現しようというのだ。確かにそれは受け入れられるかどうかの瀬戸際だろう。
「加護をやってもいい」
「頼む!」
「だが、実物を見せに来てくれ。お前の娘と一緒に。」
「もちろんだとも!」
などと会話し合うが、別に加護をやれる保証など無い。ヒビキは他人の厄しか引き受けられない。それが幸運になるかもしれないのは確かにある。こうして近くにいて、彼の厄を吸った可能性はあるが、それが彼のより良い未来につながるか分からない。
ただ、それで万事手を尽くしたのか、男は踵を返して帰って行った。
それから男は再びやって来ることはなかった。夢の実現ができたのかできなかったのかは分からない。ヒビキもこの出来事をすっかり忘れてしまっていた。
*****
「ということがあってな」
ヒビキ自身も写真を見るまで忘れていた出来事だ。カラミティを造るために命を落としていたのなら、見せに来れないのも仕方なかったことだろう。
無論、これが本当の出来事なら、運命がヒビキ自身とカラミティを引き合わせたことになる。あまりにも都合のいい話がすぎるが。
「あいつが研究に没頭してママや私を捨てたのは本当よ」
「男は得てして成果が出るまで関わりを絶ってゲン担ぎすることはままある」
自分が風吹を忘れるために何もかもから逃げたように、とは言わず、心の中で留めた。
「それでも私はあいつの研究を否定する。100歩譲って、カラミティしか許さない。」
「そこらへんで譲歩しておこう」
ヒビキは笑みがこぼれる。バカにしたわけではない。ただ、真夏の中で見た白昼夢が運命を突き合わせてくれたのなら、逃げ続けた甲斐もあるものだと思う。
ただ契約履行のために、カラミティの兄弟を倒さなければならないが。
話し込んでいたら、すっかり中心街に入ってきたようだ。露店が立ち並び、人気の賑わいを見せ始める。
「あなた!」
だがそこで聞き覚えのある女の声に呼び止められる。
周りに男を連れて、先頭には女。男たちはいかにもな白い制服のようなものを纏っている。女の方は見覚えがある。
早朝に出会ったあの女だ。こんな所で会うとは運が悪い…とは思うのだが、そこはヒビキ、いつものことである。
「やはりやましい何かがあるのではなくて?」
「言いがかりはよせ」
女が詰め寄ってくる。ヒビキとしては苦しい言い訳だ。事情を知らないカラミティやマオは、また何かやってたのかという目で見てくるし、露店の人々は女たちの味方とばかりにヒビキに注目している。
「死体が出た宿から逃げるようにしているところのどこが言いがかりなのですか。説明してください。」
「ヒビキ、また君は」
カラミティが非難の声を出す。彼にとっては、ヒビキが荒事で撃ったり殴ったりはもう慣れたものだ。それが余計なトラブルを招くのも。ヒビキは運が悪いせいだと言うが、カラミティは自業自得だろと常々思っている。
「今回は違う。あのチビが寝込み置き引きしようとしてから叩き出した。なんで死んでたのかは知らんがな!」
本当は撃ったことを伏せて、取り繕う。ただ開き直り気味に言ったのが良くなかった。もっとも、知らぬ存ぜぬの態度でいたのが、何においても悪かった。
「やっぱり黙っていましたね!?
なぜそんなことをしたんですか!」
「死体になって出てきた奴を知っているなんてあの場で言えるか!
従業員がグルなことぐらいこのご時世なら普通考える!!」
売り言葉に買い言葉。陳腐な嘘を破られた子供のようだが、ヒビキは必死に言い訳する。流石に引き金を引いたことは黙っておかねばならない。
「そういう治安を正すために私たちは太陽団として為すべきことをしようとしています。なぜそれを信じられないのですか!?」
「民兵が何を判断して、何を安心させてくれるんだ!
お前らがヤクザ紛いと違うのをどう証明するってんだ!?」
これはヒビキの本音。ヒビキがカラミティと旅をしている間、各地で秩序を形成すると言って支配圏を確立していたのは魔術士か、それを擁するヤクザであった。
「しかし、信用してくれなければ!」
「じゃあ、頭から疑ってかかるな!」
(ヒビキさんじゃ信用されるのは無理なんじゃないかな)
(ヒビキと信用は無縁な話だよね)
マオとカラミティは口に出さずに同じことを思案する。表情はそれぞれ真逆。マオはむすっと見つめないようにしていて、カラミティは半笑いでいつでも飛び出して止められるようにしている。
何より、カラミティからすればこんなことは『いつものこと』なのだ。声を大きくするのはヒビキのほう。ヒビキからすれば、『声を上げないカラミティも悪い!』なのだが。
「待って待って!落ち着いて!」
カラミティがヒビキの様子を見計らっていると、まったく別の方向から声が上がった。聞き覚えのある少年の声だ。
「っていうか、貴方はヒビキさん!なんでアイネと言い争ってるんですか!?」
少年はペイメント。昨日チンピラに絡まれていた。自己紹介し合っていたし、少年もヒビキのことを覚えていたようだ。
彼は昨日の子どもらしいカジュアルな軽装と違い、白い法衣のようなものを身に付けている。
「落ち着いて、話し合おうよ!」
彼は昨日とは違い、屈託のない笑顔を見せ、まずは二人の諍いを止めた。
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