疫病神×3体のマジン 初日
「これが目的のマジンがいる組織。通称太陽団。」
「通称?」
「太陽をトレードマークに活動している慈善団体だからよ」
テレビの液晶ディスプレイを使い、ネット記事を表示させるマオ。彼女を囲むようにソファにカラミティ、タカネ、カノ、エイジが座っている。ヒビキはソファが空いているにも関わらず、腕組して立っていた。
マオはリモコン操作でプレゼンを続ける。
「西部で勢力を著しく伸ばしている。活動内容は、概ね真っ当な慈善活動だ。ただ、こいつらがカリスマを集めているのは理由がある。」
ネット記事をいくつか見せるマオ。添付された写真には人物の共通点がある。丸坊主の男、美しい女性、地味ながら幼い顔つきが可愛い少年の三人だ。
「こいつらは、おおっぴらにマジンを使っている。」
マオは、三人の人物の後に白いマジンの写真を見せた。
「こいつらのスポンサーに誰が付いているのか、もしくはこの坊主がそれなのか知らないが、少なくとも二機以上のマジンを運用している。」
白いマジンとは別に赤いマジンの写真も表示される。並べると紅白で色鮮やかだ。
「しかしこいつらは出来のいい反動勢力じゃないだろ?」
ヒビキが肩をすくめる。二機以上の完全な人型マジンを所有していたとしても、彼らは慈善活動をしている。つまり、無法者と敵対し、排除し、かつ人々の救いとなることで信頼を集めていることが理解できる。
「本来ならば、な」
マオの含みのある言葉。スライドショーが細かい設計図に切り替わる。
「権藤の研究所から回収した設計図だ。カラミティは権藤の開発した最初のマジンだが、とある問題のため一時開発を中断している。この設計図は、その中断中に設計されたものだ。」
と、彼女は説明するが、図面では素人には何も分からない。今回の太陽団のマジンと何らかの関わりがある設計図なのだろうかと察しはつくが、確信には至れない。
「これらの図面はカラミティと同じ意志を持つマジンの設計図だ。そして、太陽団の中心にいる三人がそれになる。」
「おいおいおい!?」
頭の悪さを自称するカノも、ヤバさを本能的に察したのだろうか。それとも、人型マジンが都合よく集団で行動していることに驚いたか。
「人型マジンが集まって、信頼を集める。そんな機能が?」
ヒビキはカラミティをチラリと見てからマオに聞く。
「そんな機能はない、と思う。権藤がそんな殊勝な考えを持つとも思えない。」
推測の域であるが、カラミティの意志から考えるとそんな機能を持つとは、ヒビキも思えない。カラミティの持つ正義感や思想はヒトのそれを模倣しているとは思えない。三体の人型マジンもカラミティと同じく自由意志を持って行動している考えるべきだろう。
「こいつらは人間のために行動しているが、意志を持つ人型マジンたちがいつ人類に牙を剥くか分からない。その前に潰す、と?」
「そういうことだ」
マオはヒビキの言葉を認め、スライドショーを止める。
「課長として、彼女の提案には乗る、と?」
「彼らは人類の脅威になりかねない。一応、上に報告しているが、対応は任せてくれるそうだ。」
任せてくれる…とは言っているが、事実上の黙認でしかないのだろう。エイジの上から支援をもらえるわけではない。ただ前向きに言えば、あれこれ口を挟まれることはないということでもある。
ともあれ、ヒビキとカラミティがここに来ることになった仕事の概要の復習が済んだ。
「ヒビキ、それでいいのかな」
今まで押し黙っていたカラミティが口を開いた。赤毛の大男にしか見えない彼がおずおずと喋る異様な光景だが、ヒビキにとっては見慣れた光景だ。
カラミティにとっての倫理観があり、世間知らずの理想がある。レイヴンとの戦いから、これまではそれらとの付き合いだった。彼は人間というものを好意的に捉えすぎている。ヒューマニズムを信じすぎているということであるが、それは否定的なことではない。
「彼らは、何も人を支配しようとは考えていないのでは」
人型マジンたちが何を考えているかは分からない。カラミティは、彼らを肯定的に捉えている。仲間意識も根底としてあるのだろう。
「奴等は実際に信仰を集め、集団を形成している。狂信的になってからでは遅い!」
マオが珍しく大声を出す。今までになく感情的だ。
「弱い者が強い者を頼るのは悪いことじゃないでしょ」
いつもは一歩下がる位置にいたカラミティが、今回は下がらない。表向き冷静に食い下がっている。
「人に造られたモノがそれを為そうとするのが拙いと言っているだろう!?」
「彼らは人間の世の中にとけ込むためにそうしている。それが問題であるものか!」
とはいえカラミティも感情的になり始めた。二人の言い合いは前提が違う。妥協しようのない会話だ。
マオはマジンが人間の上に立つという危惧を人間の目線で話し、カラミティはマジンとして人間社会の中で溶け込むことを肯定的に話す。それぞれ相手のことを考えてやることはできていない。理解しようがないのだ。
やはりというべきか、以前と変わらず、2人の議論は平行線のようであった。
「この分からず屋が」
「マオこそ、頭いいくせに」
「そこまで」
若い者の言い合いに、カノは口出しせずじっと見ていて、タカネはどう止めたものやら慌てていた。エイジは止めるどころか興味深そうに見ていた。彼らとは関係なく、ヒビキは叱ることなく、優しく制止した。
「すぐ結論を出そうとするのは若い奴の悪い癖だ。分からないなら調べればいい。そうだろう?」
ヒビキは諭す。それで納得するわけではないが、表向き2人は落ち着く。しばし、睨み合い、ぷいっと目線を外してしまう。彼と彼女は目を合わせずに苛々とし始めてしまった。
「どうやらとっとと出発せねばならんらしい」
ヒビキは子供たちを馬鹿にする気はない。ただ態度はそう見えるようで、言葉に反応して2人ともが口を開くが、お互い牽制して言葉にならない。
「そのようだ。頼めるか。」
「俺は雇われのつもりだが、ここで為すべきことは分かってるつもりだ。後の詰めは任せてもらえるか。」
「構わない。宜しく頼む。」
以心伝心というわけではないが、事務的な男同士の会話は、女の子たちには奇異の目に映ったようだ。所詮、エイジが事務的に引き継ぎを丸投げにしているだけなのだが。
エイジが自室に戻るぐらいで、ヒビキはタカネに向き直る。
「連絡や報告の詳しい方法を詰めたい。何かマニュアルはあるか。」
「は、はい、それでは説明します」
進行を見守っていたタカネは急にヒビキに目線を同じくされて、慌ただしくしてしまう。
「なーんか、ウチ、おっさんに全部乗っ取られそ」
カノがニヤニヤと笑って言う。誰かに向けたわけではない言葉に、マオが反応する。
「別に悪くないわ。おじさんのほうが頼りになるなら、問題ないし。」
それぞれがヒビキに対して、信頼を寄せていた。カラミティはそれを薄々と感じながら、タカネと連絡網で話をするヒビキを観察するのだった。
「…ではその手順で行く。あと移動手段は。」
大人の話し合い、というと少々仰々しいか。カラミティは、やはりヒビキという人間をしっかり分かっていない。時に乱暴な論理を振りかざすが、こうして情報整理している姿は、カラミティの思う大人のソレであったからだ。その姿に限れば非常に信頼における。
だからこそ、本当のヒビキとは何かを気になってしまう。
「では、マオを同行させるぞ」
「あー、はいはい。私はここにいるから……」
会話の進行から、マオが文脈に関係なく口を開いてしまう。そして、数秒して。
「はい!?」
と、驚愕の声を上げた。同行の数に入っていることもさることながら、ヒビキとカラミティだけで行くと思いこんでいたからだ。
「何でだ!?」
「何でも何も。現地でアドバイザーは必要だろう。以前のこともある。別に外に出ることに抵抗はないだろう?」
マオの聞き返しに、ヒビキは当然のように答える。彼女はフィールドワークに抵抗はない。確かにタカネやカノと共に出てきていた。
ただそれは、年上二人が頼りなさそうだからというだけで、積極的に出て行っていたわけではないのだ。
「むむむ」
マオとしては、すでにヒビキを頼りにしてしまっている以外に、ここに居残る理由がない。余計な言い訳は、マオの嫌いな『怠惰』に繋がってしまうことに他ならない。
ヒビキは極めて正当に、頭脳労働役を求めている。これまでのように、理不尽な子供扱いや慣れない参謀役やアドバイスをしなくていいということだ。
彼とマオの年齢差は親と子供ほどだが、マオの女性の考えとしても、信頼がある。
「し、仕方ないわねぇ! 必要とあらば付いて行ってあげるわ!」
非常にけったいなしゃべり方だが、提案に同意する。
しかし、これに同意できない者もいる。
カラミティだ。意見で割れている彼女の同行は気持ちが良くない。文句の一つも許されると考えた。
しかし、カラミティが口を開くよりも早く、ヒビキのデコピンがカラミティの額に襲いかかった。
「アドバイザーとして必要だと言った」
「まだ何も言ってない!」
予測しない痛みで額を押さえながらカラミティは文句を言う。見た目は青年だが反応は子供だ。
とはいえ出鼻を挫かれてしまった。デコピンの文句以上のことは言いにくくなった。
「すぐ出るかね」
「さすがに女の子の準備を待つさ」
エイジの促しに、ヒビキはなおも紳士さを出してきた。カラミティは分からなくなっていた。
ヒビキというのは何かと金だし、暴力は振るうし、接し方がカラミティに対しては気安い。
気安いが故に、今理知的に動くヒビキに対して、不安に思うぐらい壁を感じるのだ。
次の日。きっちり準備しているのはマオだけで、カラミティもヒビキもセカンドバッグを体に下げていることを除けば普段と変わらない。
『お前はそれ持ってろ』
と、ヒビキから言われた。カラミティのバッグの中身は保存食だ。既製品のジャーキーやベーコンである。
対して、ヒビキは弾薬やナイフ等危険物になる。何の弾薬かと思えば、レイヴンの部下が使っていた銃を未だに使っているようだ。カラミティ自身すっかり忘れていたことだ。
マオは帽子にコートといった着膨れした旅装だ。それが普通なのかもしれない。着替えが入っているだろうキャリーケースを側に置いている。
「よろしく頼む」
「まあ、無茶はしたくないもんだ」
当然のように一緒に出ない3人は見送りに来ている。
「ん、お出かけのキスでもするかい?」
不安そうな眼差しのタカネに、ヒビキは冗談を飛ばす。多分冗談なんだろう。自信はない。
「~!?」
タカネが口を塞ぎながら珍妙に悶え始めた。非常に気持ち悪い。そして、ヒビキは人が悪い。
「フ、じゃあ行くとしようか」
ヒビキはいつになく余裕の微笑みで先頭で出て行く。カラミティとマオがそれに付いて行く。
少しの徒歩と、都市部の地下鉄を使い、何処かの駅で地上の特急車両に乗り換える。未だにこんな交通手段が残っていたこともさることながら、カラミティにはどれもこれもが初見であった。
乗客をほとんど乗せていないことから、商売として成り立っているのかも定かではない。公務員用の専用車両か専用客室なのかもしれない。それくらいに席はガラガラだった。
落ち着かないカラミティに対し、マオは冷静だった。乗り慣れているわけではなく、ただ自分の方が大人だアピールのためである。
「はしゃいだほうが年相応だが?」
「私はそんなつもりはありません」
ヒビキのからかいも通用しない。一日限りの動物園に心踊っていた少女の言うことではない。
「おじさんから見たら、私は子供かもしれないけど、私は大人だと思っていますから」
「そういうことが子供なんだけどなあ」
リクライニングシートの隣に座るマオは小柄故に子供にしか見えない。大柄なカラミティとは対照的だ。列車の外に映る景色は廃墟や荒野という殺風景が6割ほど。その中に人がいなくなって自然が回復した景色もある。自然と言っても雑草やツタが伸びっ放しという意味での自然だ。とはいえ、人間がいなくなったほうが自然が生育できるという皮肉な光景というところだろう。
「そういうおじさんこそ、自分が大人になったっていう実感はどこからですか?」
「ぬ」
ヒビキは子供に言われ、一瞬言葉に詰まる。痛いところを突かれたとか、答えにやましい気持ちがあるというわけではない。
「自分が子どもでいられなくなった時、かな」
「ほら、おじさんだってそうでしょう」
「そうかな? 自分自身の自由意志は変わらないが、自分以外の誰かがいるってことは、結局責任とか欲とかで守りたいと思うようになる。そう思うと、子どもじゃいられなくなるのさ。不思議な事にな。」
ヒビキは苦笑する。ただその答えではマオは納得しなかった。しなかったものの、反論もしにくかった。
彼女にとっての自分以外の誰か。家族に近い身内。それらはタカネやカノになるのだろうか。それとも大嫌いな父が文字通り命を懸けて創り出したカラミティになるのだろうか。
ただ、今のマオでは、カラミティに対し、愛情を抱けるほどではない。所詮、他人が拾ってきた猫が、自分の知らない時の元飼い猫だったぐらいでしかない。
「おじさんにとっては、それが娘?とか奥さん?だったわけ?」
「まぁ、な」
ヒビキは何もない宙を見上げ、片耳のイヤリングを撫でた。
*****
「自分が子どもでいられなくなった時、かな」
マオにはそう言ったものの、ヒビキ自身はもやもやしたものがあった。果たして本当に大人になれたかの自信はない。そもそも大人になりたかったわけではない。
それだけ風吹との生活はヒビキの何もかもを様変わりさせた。
「そうかな? 自分自身の自由意志は変わらないが、自分以外の誰かがいるってことは、結局責任とか欲とかで守りたいと思うようになる。そう思うと、子どもじゃいられなくなるのさ。不思議な事にな。」
ヒビキは彼女を育てる内に今までではいられなくなった。一括りに言えば大人になったのだが、ヒビキ自身はそう思ってはいなかった。
だから苦笑した。子どもでいられなくなったのは、本当だったからだ。風吹が成長し、彼女がヒビキを男として見るまで、あやふやだったヒビキ自身が固まったのだろうと思う。
だからこそ思うのだ。
(月夜が風吹を育てるのを許したのは、俺への人間味の期待、かな)
真性の妖怪か化け物か。月夜からのヒビキへの執着、期待。愛するに相応しい及第点はそんなところか、と思った。
(だが、俺はお前に靡かない)
失ったモノは取り戻せない。きっかけを作ったのも月夜なら、原因を作ったのも月夜だ。自分に取り巻く厄は外部から操作されている。それによって風吹が死ぬことになったというなら、月夜を絶対に許すことはできない。
今後何が起きようと、月夜が予測しなかった厄の逆利用、呪いのカラミティに乗ることはやめないだろう。そしてそのためには、マオたちとの関係は重要になることだろうと思っていた。
*****
辺りが赤く染まる夕方、目的地に到着した。特急の新幹線が停車できる都市となれば、推して知るべし、なのだが、そこそこ残ったビル街に人気は少ない。
電力供給が不安定なのだから、暗くなる前に帰らなければというところだろう。
目的の太陽団が主に活動する市街は、ここから近くも遠くもない。ヒビキたちが降り立ったのは、活動範囲のちょうど外縁部と言ったところか。
しかしそうなると周辺治安への影響ももたらす太陽団へ余計なちょっかいを考える者も現れる。
「じゃあ太陽団様助けてくださーいって言うんだよ!」
このように。
見るからにチンピラという革製っぽい服装の男が2人、大人げないことに子どもに対して声を上げている。子どものほうは男の子だ。夕焼けの逆光で顔つきはよく見えないが、黒髪だということぐらいは分かる。背丈からしてマオぐらいだが、それでは年頃は分からない。
「ああいうのはどこにでもいるな」
ヒビキが辟易する。暴力で他人を従わせるのが容易な時代とも言うべきか。カラミティと共に魔狩りをする中で、幾度と遭遇した手合いだ。ああいうのに限って、マジン犯罪者の末端であるから面倒であり、金になる種でもある。
とはいえ、今回は早々ケンカも売れない。現在の雇い主は公務員様だ。何より金に困っていない。ケンカを売る理由がない。
「助けないと!」
「仕方ないな」
黙っていてもカラミティが飛び出してしまう。彼の身体は頑丈だが、戦闘技能はからっきしだ。木偶の坊とはこのことである。だからヒビキがやるしかないのだ。
ただそうするともう一人の連れが声を上げるのは言うまでもない。
「ちょっとおじさん、余計なトラブルを起こさないでよ!」
「まぁ、そう言うと思った」
マオの非難はヒビキには予想通りだ。むしろ、ヒビキも本来は同じ気持ちだ。正義感や善意で余計な事をしすぎるなとカラミティには言い続けているのだが、諦める気配はない。だとしても、ヒビキとしては諦めてやる理由もない。保護者責任だ。
「ああいうのを見逃せって言うのか!?」
「待て、カラミティ。時に落ち着け。マオ、お前の言うことは分かる。」
言って落ち着くカラミティではないが、とりま制止する。ヒビキにはすでにマオを説得するだけのプランがあった。
「俺たちの目的のために現地住民にいい顔をしておく。ただそれだけの話だ。」
「む。そういうことなら。」
簡単に納得するマオ。彼女は論理派だ。ちょろいわけではない。筋を通せば理解してくれる。
「よし、じゃあやるか」
と、意気揚々とヒビキはチンピラに歩み寄る。
ヒビキの実際の対人戦闘能力は如何ほどのものなのか。以前魔女三姉妹のフレアとして戦ったカノからしてみれば、レベルが違いすぎたと言える。
かと思えば、徒手空拳で通常は銃には勝てない。予期しない不意打ちにもだ。
つまるところヒビキは、プロ未満アマチュア以上になる。時代が時代なので、プロ前後なのかもしれないが、今の所、格闘のプロに会ったことはない。マジンを扱うエセ魔術使いならよく遭うので助かっているのだ。
「おうてめぇら邪魔だ」
街路の真ん中に突っ立っているチンピラの一人の尻に遠慮のない蹴りを放つ。
「ぎゃああああ!」
「え、何だお前」
わけが分からないのは2人組の方である。声を掛けられたと思ったら強襲されていた。いくら何でもやり方が良くないのではと誰だって思う。
「往来で邪魔なんだよ。とっとと散れ。」
チンピラ2人組よりは幾分かは穏当に言う。だが、手を、もとい足を出したのはヒビキの方である。
「あぁ!?」
当然、怒り出す。蹴られてないほうが拳を振り上げる。ヒビキにはそれがやたらとゆっくりに見えた。
「はいはい」
弱いモノいじめと言われればそれまでだが、ヒビキには子どものケンカレベルの手合いにしか映らなかった。殴りかかられるよりも速く、チンピラの胴を蹴り倒す。
パンチよりもキックのほうがリーチが長いし、力も入れやすい。当然の話である。
「お、お、覚えてろよ!」
簡単に先手を取られて蹴り倒された相方を見て、旗色悪しと判断した尻を蹴られた方は、お決まりの捨て台詞でその場から逃げていく。置いてかれた相方は特に言うセリフもなく、先に逃げた相方を追って行った。
「大丈夫か? 大丈夫ならとっと行け。もう暗くなるぞ。」
太陽団の情報を集める打算はある。あるが、子ども相手に恩を売ることは憚られる。ヒビキにだってそれくらいの倫理は持ち合わせている。
ただ先ほどチンピラを強襲した手前、優しくいくのは怪しすぎる。そのため、不器用な声かけに終始することにした。
「いえ、感動しました! あなたほどの力と正義感に溢れた人を見かけたことはありませんでした。お名前を聞かせていただけませんか!」
今まで逆光に照らされてよく見えなかった子どもの顔が陽の動きで、見えるようになる。幼い顔つきで少年という風貌な男の子。ヒビキには彼に見覚えがある。
「ヒビキだ」
ヒビキは驚きはしたが、それを臆面にも出さず、自己紹介する。
「僕は、ペイメントって言います。彼らが言っていた、太陽団にいるんですけど。」
「太陽団か。聞いたことのある名前だ。」
そういうことにしておいて話を進める。
「はい、この先でボランティア活動しているんです!」
そう言う少年の眼差しは純粋に満ちている。人類を支配してやろう、そんな欲望の目つきではない。
「そういう活動をしているなら、なおのこと治安の悪い所に出てきてはいけないんじゃないかね」
ヒビキは意地の悪い言葉を連ねる。カラミティなら間違いなく嫌な顔をするだろう。この少年も似たようなものだった。明るい顔が一瞬で伏し目がちになり、ばつの悪そうにする。
「僕だって、一人で何かできるんです。悪いことを悪いと言わなければ、何でも悪くなってしまう。」
子供の正義感と一笑に付すことはできる。ただの無関係ならそうするべきだろう。だが今のヒビキには、彼は手がかりだ。突き放すようなことはしない。
「想いだけでは伝わらんよ。だが、その考えを大切にすることだ。変わらなければ、いつか力が身に付いた時に、結果が追い付いてくるだろう。」
ヒビキにとって少年に限りなく寄り添ったアドバイスだ。そう言われた少年は、見る見る内に顔つきに明るさを取り戻す。
「は、はい、ありがとうございます!」
「もういいな、少年。俺は行くぞ。」
ヒビキは踵を返して、カラミティやマオの所に戻る。
「と、こんなんでどうだ」
「おじさん悪辣」
「ヒビキ、いつもそんな感じに優しくできない?」
と、マオ、カラミティから口々に大不評であった。
ちらりと後ろを見やると、少年が駆けていくのが見えた。
「カラミティは甘えたこと言ってんな。アレと同じこと言ってたら、その場で蹴り入れるにきまってるだろ。」
「これだもん」
赤毛の大柄が子供っぽいことを言う。実際に3歳だから仕方ないが。
ヒビキは正義感や正しさを毒だと思っている。拾った子供を育て、嫁として娶ったことは、倫理的によくないことを知りながら、反対されることはないとして、正しさとして受け入れた。
それが間違いだったと自分は後悔し続けている。だから毒だ。今もまたカラミティたちを、情を拾って、正しさを強行させている。今度はこの毒が体を動かさなくなるまで苦しませ続けるものと、彼は覚悟している。
「太陽団の縄張りの外で寝られるところを探すぞ」
ヒビキは考えについておくびにも出さず、子供二人に行動を促す。年頃の彼らに話すことではない。彼らとて生きていく上の正しさは追求したいはずだ。ヒビキ自身がそうであったように。
「野宿は勘弁よ」
「女の子を連れて、それはない。最悪それなら、マオは俺を枕にしろ。」
「ふふん、当然…ね…」
自称天才少女がドヤ顔を見せたと思ったら、急に口ごもる。夕日で見えにくいが、顔を赤くしているようだ。
「何だ、お前みたいなガキに色目なんて使わんぞ」
「か、勘違いするな!」
妄想が読まれたと思ったのか、ニヤつく下世話なヒビキに対しマオは声を上げる。
カラミティはそのやりとりに対し、意味が分からず突っ立っている。
「ほれじゃれあってもベッドは見つからん。行くぞ行くぞ。」
「違うぞ!ホントに違うぞ!」
歩き出すヒビキに対し、マオは全力で否定的し続けながら付いて行く。
カラミティは疑問符を浮かべながら、それらについて行くのだった。
結果的に泊まれるところはあった。設備は充実しているし、広い上に3人の宿泊なら安いものだ。
ただそれがいわゆる元ラブホテルでなければ、マオはふてくされなかっただろう。
カラミティと旅をしていた間はよく利用していたのだが、年頃の少女には難しかったかもしれない。
ダブルベッドのキングサイズとなると二人用にしては大きすぎる。そのベッドに食事をさせたカラミティとマオを突っ込んで、寝かしつけてから、ヒビキはソファで一息ついた。
タカネやエイジらへの定時連絡。
簡単なメッセージを電子端末に打ち込み、送信。たったそれだけのことだ。
とはいえ報告と連絡は重要な事だ。何をしているか知らせることは、自らの行動指針に誤りが無いかの確認にもなる。思い込みというのは知らず知らずの内に深みにはまることがある。他人のツッコミ待ちは別に悪いことではないのだ。
明かりはベッド側のベッドライトのみ。ほとんど暗くしてガキどもが騒がしくすると思いきや、そんなこともなかった。静かにしていればマオもただの子どもだ。
どう見積もっても、カラミティとマオとでは姉弟には見えないが。
「さて」
これからは大人の時間、などと気取るつもりはない。ただ大人にしかできないこともある。時間は深夜まであと少しというところか。窓から見える外に灯りはほとんどなく、また街路に人気はない。ゴーストタウンもかくやという有様だ。
人が集まっている都市とはいえ、端っこならばこんなものだろうか。
などと考えに耽っていると、出入口ドアの外から物音が聞こえてくる。元ラブホテルなのだから、防音構造にはなっているはずだ。老朽化しているのだろうか。整備などされていないだろうから、当然といえば当然であろう。
ヒビキは忍び足でドアへ近づく。この時間に外から物音。経験的に何事かも分かろうものだ。彼は息をひそめ、静かにドアノブを触り、一気に開く。
「ぐえっ」
廊下にいた何かとドアが強打し、何かは声を上げる。ヒビキはその声を上げる何かに対して、銃を突きつけた。
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