GUN-KNIGHTS - ガンナイツ -

詩月 七夜

“HOPE”

 砂埃が雲海の様に流れていく。

 見渡す限りの荒野を、俺は一人歩いていた。


 ま、自己紹介といこう。

 俺の名はロウという。

 旅先で日雇いの仕事を受け、渡り歩くシケた流れ者だ。

 住所不定。家族無し。

 おまけに(お約束だが)金も無し。

 財産といえば、担いだズタ袋の中の僅かばかりの路銀と衣服。

 後は身分証明書と、こないだ買って石みたいになった固焼きパンくらいだ。

 絵に描いた様な貧乏に、泣けてくるが、こんな乾いた土地じゃ涙の一滴だって貴重な水分だから、流すのもままならない。

 何せ、記憶の限りじゃ二日前から何も食っていないし、飲んでいないんだ。

 早く次の街に辿りつかなきゃ、いま頭上を飛んでるハゲタカ共の胃に収まっちまう。

 …いや、いっそ死んだフリして、奴らをおびき寄せて捕まえるって手もあるか。

 ハゲタカは食った事は無いが、地虫サンドワームよりは旨そうだ。


「…ようし」


 俺は極めて自然に足をもつれさせ、俳優で食っていけそうな演技でもって地面に倒れた。

 そして、そのまま動かなくなる。


 30分後。


 やばい。

 頭がガンガンしてきた。

 おまけに地面の熱いこと熱いこと。

 まるで、ハゲタカのためにフライパンで両面焼きにされている気分だ。

 肝心のハゲタカ共も、一向に近付いてこない。

 うーむ。

 空腹対策にとった作戦が、見事に裏目に出たようだ。

 本格的に体力が底をつく前に、止めておくべきか…


 そう思案していると、不意に影が差した。

 ビーンゴッ!

 かかったな、アホウ鳥め!


「もらった!」


 気配を察し、立ち上がりざまに影の主に跳び付く。


「きゃあああああああっ!?」


 きゃあああああああっ?

 何だ?

 えらく変わった鳴き声の鳥だな…

 だが、こいつは大物だ。

 食い応えのある身体をしてやがる。

 随分と柔らかい肉の感触に、俺は興奮して鼻息を荒くした。


「大人しくしやがれ!おいしく食ってやっから!」


 ジタバタと暴れる獲物を取り押さえる俺。

 久し振りの食い物だ。

 肉の焼ける香ばしい薫りを想像し、思わず涎が出る。


「放せ!放しなさい、この変態!強姦魔!」


ゲシッ!


 いてえ!

 コイツ、鳥の癖に蹴りくれやがった。

 …いや、待て。

 いま喋ったよな、コイツ。


 見れば。

 俺が取り押さえようとしていた相手は、れっきとした人類…それも女だった。

 薄汚れた格好をしているが、気の強そうな碧の目で俺を睨んでいる。

 俺は脱力した。


「は、はは…何だ…そりゃ…」


 THE☆徒労。

 そのまま、俺は目を回した。


-----------------------------------------------------------------------------


 女はラナと名乗った。

 年の頃は十代後半。俺より少し年下か。

 聞けば近隣の集落で、牧場を営んでいるという。

 たまたま買い物の帰りに、行き倒れていた旅人を見つけ、声を掛けようと思ったら襲い掛かられたそうだ。

 まったく、ヒデェ話である。

 恩を仇で返すってなぁ、この事だ。


「貴方、割と最低でしょ?」


 与えられた水と携帯食をマッハで胃の中に直行させ、一息つき、倒れていた訳を言うと、呆れ顔のラナはそう言った。

 うん。ぐうの音もない。


「仕方ないだろ。こっちも生き死にが懸ってたんだ。それにたまには地虫サンドワーム以外の物を食ってみてぇ」


 ラナは吐き気を抑える様に口元を押さえた。


「悪いけど口を開かないで。あと、出来たら息もしないで頂戴」


 慣れれば美味いんだけどな、地虫サンドワーム


「着いたわ。ここがあたしの家よ」


 レトロな二頭立ての馬車で一時間程揺られた後、小さな牧場に着いた。

 乾燥地帯だけに、緑はほとんど無い。

 聞けば、牛とかではなく、食用ラクダとかが専門らしい。


「あんた、一人かよ?」


 家に上げさせてもらい、一息つく。

 中は涼しいが、静かだった。


「弟がいるわ。だから、変な気を起さないでよ」


 あれは誤解だって。

 いくら何でも、そこまで最低じゃねぇぞ、俺。


「二人だけで経営してんのか…大変だな」


 こんな荒れ地で、キツイ牧場の経営など、年頃の娘がやるもんじゃない。


「仕方ないわ。両親は死んじゃったし、あたしが弟をいい学校に入れてやらないとね」


 そう言って、笑う。

 化粧っ気のないその顔は、日に焼けて真っ黒だ。

 だが、吹っ切れたようないい笑顔だった。


「…なら、俺を雇うか?」


「冗談でしょ。そんな余裕がある様に見える?」


「飯をくれ。それだけでいい」


 水をグラスに注いでいたラナの手が止まった。


「…キツイわよ、ここの仕事。朝も早いし」


「荒野でハゲタカ捕まえてるよりは食えるだろ?」


「いいわ。のった。早速今日から頼める?」


 俺が頷くと同時に、玄関から足音がした。


「ただいま…あれ?お客さん?」


 わんぱくそうな少年が、俺を見て目を丸くする。


「紹介するわ。弟のバドよ。バド、この人は砂漠の強姦魔」


「うわ、最低」


「待て。その説明は教育上どうよ?」


 俺が口を挟むと、少年…バドは笑いながら目を輝かせた。


「兄ちゃん、もしかして…旅の人?」


「そんなもんだ。俺はロウ。三十秒前にここに雇われた」


 手を差し出す。


「宜しくな、バド。色々と教えてくれると助かる」


「うん!宜しくね、ロウ兄ちゃん!」


 差し出された手を取り、ブンブンと振るバド。


「バド、こいつを仕事場に案内してやってくれる?今日から働いてもらう事になってるから」


「OK!」


 バドの後について行く。

 牧場は小さいながらちゃんとした施設だった。

 …ラクダの臭いは除いて、だが。


「…で、ここが飼料置き場。大体こんなもんかな。何か聞きたい事、ある?」


「いや、十分だ。文句なしの素敵な職場環境だよ」


 早朝おはようから深夜おやすみまでギッチリ埋まったスケジュールに、頬がヒクつく俺。

 確かにこれはキツイな。

 だが、これを姉弟二人でやってるのか…


「なあ、バド。ご両親は事故か何かか?」


 そう尋ねると、バドは少し表情を曇らせた。


「殺されたんだよ」


「殺された?」


「近隣に兵隊崩れの強盗団が出るんだ。仕入れのために町に向かった途中で、そいつらに襲われて…」


 成程な。

 先の大戦後、職を失い、野盗に身を落とした兵士は多いと聞いた。

 ここにもそんな連中がいるって訳だ。

 くわばらくわばら。

 あのまま荒野をさまよっていたら、俺も連中の餌食になっていたかも知れない。


「警備隊は?」


「一度、全滅させられたって聞いたよ。何でも、すごい装備で、全然歯が立たなかったみたい」


「そいつはぞっとしないな」


「ねぇ、兄ちゃんはここから居なくなったりしないでくれよ。ちょっとの間でいいから、姉ちゃんを守ってやってくれない?」


 思い詰めたような顔になるバド。

 年端もいかない少年ながら、姉の身の上を案じているのが良く分かる。

 姉は弟を思い。

 弟は姉を守ろうとする。


「…悪いがそいつは無茶な相談だ。俺はご覧の通り、丸腰の日雇い労働者だしな。命だって惜しい」


 うなだれるバド。


「だが…報酬があるなら、話は別だ」


「報酬?」


「おう。何かあるか?」


 少年は、少し迷った様子だったが。ズボンのポケットから何かを取り出した。

 見れば小さな金属の塊だ。

 流線形の体に、何かが刻まれている。


「何だこりゃ?」


「分かんない。けど、父さんの形見なんだ。困ったら、それを売ればすごいお金になるって言ってた」


 俺は目を細めた。


「へぇ…成程ね。いいだろう」


 俺はバドを見た。


「けど、いいのか?親父さんの形見をくれてやっても」


「うん…死んだ人間には、姉ちゃんは守れないしね」


 少年が笑う。

 俺は金属の塊を胸ポケットにしまった。


「んじゃあ、契約成立だ。何かあれば、俺が姉さんを守ろう」


「約束だよ」


「おう、約束だ。男同士のな」


 そう言うと、俺は拳をバドの小さな拳とこつんと合わせた。


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 一週間が経った。

 牧場の毎日は想像以上にキツかった。

 毎日日が昇る前に起き出し、ラクダの世話や健康状態のチェック。

 施設の掃除だってある。

 機嫌が悪いラクダには唾を浴びせられるし、散々だ。

 今まで色んな日雇い仕事をこなしてきて、体力には自信があったが、正直、二日目で本気で逃げ出そうかと思ったくらいだ。

 だが、そんな中でも三度の飯が出るのは最高だった。

 勿論、豪勢なメニューではないが、こちとら食えれば文句は無い。

 ラナは飯を作るのが上手だったし、バドはよく懐いてくれた。

 家族ってものがない俺にとって、そこはとても居心地が良い場所だった。


 だが、それも終わりを迎える時が来た。


「兄ちゃん…!」


 ラクダ共の餌をぶちまけてしまい、悪態をつきながら片付けていた俺は、振り向いた先にバドの蒼白の顔を見た。


「よお、学校は終わったのか?」


 余程急いで来たのだろう。

 バドは俺に駆け寄ろうとし、膝をついた。


「…何があった?」


 駆け寄った俺がそう尋ねると、バドは震えながら訴えた。


「町に…強盗団が…皆、やられて…」


「落ち着け、姉さんはどうした…?」


 確か、バドを送るために、一緒に町に言った筈だ。

 バドは、無言で首を横に振った。


「…やられたのか?」


「分からない…姉ちゃん、僕を逃がすために馬車で囮になって…」


 バドは悔しげに涙を流し、地面に拳を打ち付けた。


「くそ…くそ、くそくそくそ!俺に力があれば、あんな連中…!」


 血にまみれていくその拳を、俺は受け止める。

 ハッとなるバドに、俺は胸を叩いた。


「約束、覚えてるか?」


 そこにはあの時の受け取ったバドの父親の形見がある。

 涙にくれたバドは、頷いた。


「OK。んじゃ、行ってくるか」


 俺は頭を掻きながら、愛用のマントを纏い、立ち上がった。



 町に着くと、そりゃあ酷いもんだった。

 小さいがそれなりだった街並みのあちこちから煙が上がり、辺りには悲鳴が上がっている。

 路上には男の死体が目立った。

 女の死体は少ないが、そこかしこから悲痛な嗚咽と助けを請う悲鳴が聞こえてくる。

 確認するまでも無い。

 略奪と凌辱は、戦争の常だ。

 兵隊崩れの強盗団なら、戦時下でも同じ様な事は繰り返して来た筈だ。


「あー、取り込み中悪いね。ちょっと聞きたいんだけど」


 泣き喚く裸の女に圧し掛かっていた、人相のよろしくない男を見つけ、そう声を掛ける。

 謝ったのに、そいつは親の仇でも見るような眼で俺を見た。


「何だ、テメエは?」


「しがない流れ者だよ。ちょっと人探しをしててね。この辺でレトロな馬車を見なかった?あと、金髪で胸のでけぇ姉ちゃんも」


「…見たぜ」


「おっと、ビンゴ♪その姉ちゃん、どっちに行ったのかな?」


「聞きたいか?」


「モチ」


 男は立ち上がると、腰のなたを抜いた。


「じゃあ、案内してやるよ…!」


「…へ?」


 ただならぬ殺気に、俺は間の抜けた声しか出せなかった。


-----------------------------------------------------------------------------


 町の広場。

 普段は市場で賑わうこの場所も、強盗団には格好の狩り場だった。

 市場は荒らされ、男達は皆殺し。

 女達は辱められ、ある者は恥辱に耐えかねて自死を選び、ある者は掠奪者達がもたらした無情の運命にむせび泣くのみだった。

 その中心に、強盗団の首領である男がいた。

 男は、周囲で繰り広げられる虐殺と凌辱に目を細める。

 胸糞悪い阿鼻叫喚を楽しむかのように、全滅させられ、積み上げられた警備隊員達の死体に腰を下ろして休んでいた。

 その眼前に、一人の半裸の女が転がされている。

 金髪に気の強そうな碧の瞳が、周囲の惨劇にも折れない強い意志を持って首領を睨みつけていた。


「久々の上玉だな。良い値で売れるかも知れん」


 そう言った首領は、最低なクズ共の首領には似合わない優男だった。


「調べたらでしたぜ」


 連行してきたらしい部下の一人が、下卑た笑いを浮かべてそう報告する。

 女は羞恥に赤面した。

 その様に、首領がニヤリと笑う。


「それは上々。こんな辺境では、上玉の処女は貴重だからな。央都おうとの変態爺共が喜ぶだろう」


「はっ!そんなのにヤられるくらいなら、その辺の野良犬にでもくれたやった方がマシね…!」


 強気にそう言い放つ女は、ラナだった。

 バドを逃がすため、弟を下ろした後、わざと派手に馬車を走らせて逃げ回り、強盗団達の注意を引いた。

 が、結果はご覧の通り。

 掴まって、輪姦まわされる直前で首領の前に引っ張って来られたらしい。

 首領はハンサム面に酷薄な笑みを浮かべた。


「気が強いのは結構だが、程々にしておけよ。私の隊は常時女日照りだ。央都に行くまでの間、誰のものか分からない子どもをはらんでも知らんぞ?」


「…」


 周囲でならず者共が下卑た笑い声を上げる。

 破かれた衣服から覗く瑞々しい肢体に、あからさまに舌なめずりをする者もいた。

 その様に、流石のラナも目を背ける。


 万事休す。

 だが、バドだけでも逃がせたのがせめてもの僥倖ぎょうこうだった。

 荒野を渡り、自宅まで帰れば、安全だろう。

 途中の熱波や砂鮫サンドシャークをやり過ごせれば、きっと。

 そうすれば、家にはあいつも居る。

 胡散臭いが、ここ数日の様子を見る限り、悪い奴ではなさそうだ。

 バドもよく懐いている。

 自分にもしもの事があっても、あいつなら何とかしてくれるだろう。

 もし、仮に生きて戻ることが出来たら。

 その時まで、あいつが家と弟を守っていてくれたら。


 捧げよう。

 この身も心も。


「…なーんて考えてくれてると、嬉しいんだがな」


 そう言いながら、俺は広場に足を踏み入れた。

 揃っていたならず者共が、一斉に俺に顔を向ける。

 首領も、馬鹿を見る様な眼で俺を見ていた。


「いたいた。おうい、ラナ。迎えに来たぜ」


「なっ…!?」


 ラナが目を見開く。

 俺が来た事に驚いているな。

 ふふん、そうだろうそうだろう。

 この窮地に来たんだから、捕らわれのヒロインは感動のあまりに、俺に名を呼び、滂沱ぼうだの涙を…


「何でいるのよ、あんた!」


 …怒声ときた。


 見れば、俺がラクダ共に餌をやり忘れた時と同じ、物凄い形相で俺を睨んでいる。

 おい、心なし敵の首領に向けてた視線の方が優しくないか…?


「馬鹿じゃないの!?馬っ鹿じゃないの!?自分のナニ噛んで死んでろ、このイ○ポ野郎!!」


 出るわ出るわ。

 機関銃の様な罵詈雑言。

 まったく…育ちの良さがうかがえる。

 古今東西の罵り言葉を一通り並べ立てた後、ラナはぜーぜーしながら押し黙った。

 さすがの強盗団も、呆気にとられて立ち尽くしている。


「…OK。お前の悪口のレパートリーの豊富さはよく分かった。その辺にして少し休んどけ」


 俺はため息混じりでそう言った。


「いいのか、そんな事を言って?今生の別れの言葉の方が後悔しなくていいかも知れんぞ」


 首領が不敵な笑みを浮かべる。


「ああ、お気遣いなく。早速だけど、その娘を返してくれないかな?御覧の通り、上玉だが口は地獄の悪魔も土下座する程に悪い。売っても、逆に賠償金を請求されるぜ、きっと」


「…その点は、激しく同意する」


「何よ!?喧嘩売ってんの、アンタら!」


 溜息を吐く首領に、噛みつくラナ。

 だが、首領は動じず、


「だが、はい、そうですかといって引き渡す訳にもいかん…そうだろう、お前達?」


 その言葉が引金になった様に、周囲のならず者共が、一斉に武器を構える。

 ほとんどが剣や斧、槍に弓矢だが、中にはこんな辺境ではお目にかかれない得物を持っている者もいた。


ガンか…成程、兵隊くずれだったな。警備隊が全滅ってのもうなずける」


ガンを知っているのか?なら、その威力も知っているだろう」


 ガン…いまや知る者も少ない、失われた文明の遺産だ。

 剣が届かない距離から、弓矢より速く相手を仕留める。

 その構造や製法は、ごく一部の研究者しか知らず、ガンを持つ者はこの世界でもごくごく僅かである。

 央都でもそうそう目にする事は無い。


「ははーん…さてはあんたら、どこぞの遺跡荒らしでもやってたクチだろ?でなきゃ、そんなにまとまったガンを持ってる訳が無い」


「ご名答。お陰で、大戦後の退屈な日々も悠々自適で過ごさせていただいているよ」


 首領は悪びれもせず、そう答える。

 まったく…遺跡荒らしは央都で禁じられた重罪だろうに。


「さて、では勇敢だが浅慮な君に私から別れの言葉を言おう」


「へえ…どんな?」


「消えろ、ブタめ」


 首領が顎で俺を指し示す。

 同時に一斉に数丁のガンが火を吹いた。

 俺の身体を、幾重にも衝撃が襲う。

 そのまま、数メートル跳ね飛ばされ、俺は仰向けに空を見上げた。


 遠くから。

 女の悲鳴が聞こえる。


 体中に鈍い痛み。

 口の中に血の味がこみ上げてくる。


 目には間抜けたほどに、蒼い空。

 いつか見た、硝煙に煙ったあの空も。

 こんな風に青かったっけな…


「…バカな」


 のっそり起き上がり、マントをはたき始めた俺を見て、ならず者共がどよめく。

 ラナも、何が起こったか分からない顔で、こっちを見ていた。


「あー、いてえ。まあ、頭に当たらなくて良かったけど」


 俺はそう言いながら、マントの下のベルトのバックルを押した。


シュカッ!


 一瞬で俺の頭部を、首周りからせり上がった騎士兜が覆う。


「何をしている!もう一度やれ!」


 首領の怒号で、ならず者たちが我に返る。

 再び全身を襲う銃撃の雨。

 遅いっての。

 さっきは戦鎧アーマーの展開が途中だったから痛かったけど、もう俺は痛みすら感じない。

 代わりに、ボロボロになったマントが風に千切れていく。


「鎧…戦鎧アーマーだと…!?」


 銃撃に微動だにしない俺の姿は、頭から爪先まで、騎士鎧で完全に覆われていた。

 ボロボロになったマントが、乾いた風に死鳥の様に翼を広げる。


「き、貴様…まさか…魔銃騎士ガンナイトか!?」


「今はただの旅人さ」


 ならず者共が、おののき、恐怖の表情を浮かべる。

 まあ、無理もない。

 先の大戦で、反央都軍を血祭にあげ、鬼や悪魔よりも恐れられた魔銃騎士達ガンナイツ

 単騎で一個大隊をほふり、容赦なく敵陣を焼き払い、逃走する敗残兵を無慈悲に狩りたてた戦場の悪魔。


 そう呼ばれていた時もありましたとさ。


「けど、今はちょっと昔に戻ろうかな」


 俺は腰の帯剣に手を掛けた。

 同時に背負っていた盾も構える。


「この町はちょっと気に入っていたんでね…悪いけど」


 引き抜いた刀身が鈍く輝く。

 普通の剣と違い、片側が刃でもう片方が細い銃身になった剣…魔銃剣ガンソードだ。

 俺と共に歩んでくれた相棒で、めいは『オルトロス』という。


「…お前ら、やり過ぎだよ」


 兜の奥の俺の目に何を見たのか。

 ならず共達が、悲鳴を呑みこむように喉を鳴らした。


「ひ、怯むな!相手は一人だぞ!全員でかかれ!」


 声、うわずってるぜ、首領さん。


「そいつは名案だ。よし、せっかくだし俺の作戦も教えようか?」


 『オルトロス』の剣先を石畳に引きずりながら、近付いていく。

 この耳障りな音が、葬送の序曲になる。

 俺は荒野を渡る風の様に、何の感情も込めず告げた。


「作戦『全員殺す』」


 恐怖が引金になったのか。

 ならず者共が、一斉に襲い掛かって来た。


「ラナ、俺を見るな。目ぇ閉じてろ」


 そう告げると、俺は襲い掛かって来た連中を片っ端から斬った。

 血臭が濃くなる。


「あわあああああ!」


「ひねぇえええ!」


 有り余る恐怖のせいか、連中の言葉も意味を成さない。

 次々と惨殺されていく仲間の姿に、背を向ける者もいた。


「奪う欲はあっても、戦う覚悟は無しか…なら、生きていても仕方ないだろ」


 その後頭部に向けて、魔銃剣を水平に構え、剣の柄にある引金を引く。

 凄まじい発砲音と共に銃弾が放たれ、逃げようとしていたならず者共が倒れていく。

 その光景に、一人の男が腰を抜かした様にへたり込んだ。


「た、たったたた助けてくれ…!」


「そう言った市民を、お前はどうした?」


「ひひひひひいいいいいいいっ!」


 剣を振るう。

 男の首はコルク栓の様に飛び、生臭い血が噴水の様に吹き上がった。

 溜息を吐いた瞬間、頭部にほんの少しの衝撃。

 見れば、首領が二連装のガンを構えていた。


「う、嘘だ…!コイツでも通らないなんて!!」


 ガクガクと震えだす首領。


生憎あいにくだったな。そんなお子さま花火じゃあ戦鎧コイツには効かねぇよ」


 近付いてくる俺に向かって、続けざまに引金を引く首領。

 軽い衝撃と金属音が全身を襲うが、俺は何も感じなった。

 やがて、首領の前に立つ。

 蒼白になりながら、首領は俺を睨みつけた。


「先の大戦で、俺の仲間が貴様らにどれだけ殺されたか知っているか!?」


「悪いが、興味が無いな」


 無情に答える俺の兜に、首領は唾を吹きかけた。


「永遠に呪われろ、悪魔め!」


「…きっと当りだ」


 俺は。

 振り上げた『オルトロス』を躊躇なく振り降ろした。


-----------------------------------------------------------------------------


 牧場に馬車が到着した。

 その音に気付いたバドが、玄関から飛び出てくる。

 転びそうになりながら、馬車に駆け寄った。


「兄ちゃん!姉ちゃんは!?」


 憔悴した表情で尋ねてくるバド。

 馬車には、俺の姿しかなかったから、悪い想像をしていたのかも知れない。

 俺は荷台を顎で指した。


「落ち着け、無事だよ。今は寝てるから、静かにしてやんな」


 それを聞くと、バドは安心した様にへたり込んだ。

 俺はそれに手を貸すと、荷台で気を失っているラナを寝室まで運んだ。

 無理もない。

 いくら気丈でも、虐殺シーンをフルカラー&アリーナ席で直視したのだ。

 大の男でもひっくり返るだろう。


「本当にありがとう、兄ちゃん!」


 今に戻ると、バドが俺に抱きついてきた。

 俺はその頭を撫でた。

 荒野と太陽のいい香りがした。


「約束、だったろ?」


「うん…うん!」


 せきが切れた様に、涙を流すバド。

 幼い肩にどんな想いを背負っていたのか。

 ひとしきり幼い涙を抱きとめた後、俺は静かに告げた。


「さて…じゃあ、そろそろ行くか」


「…えっ?」


 バドが顔を上げる。

 それに俺は笑い掛けた。


「約束も果たしたし、契約はここまでだ。俺はまた旅に戻るよ」


 バドが大きく目を見開く。


「そんな…!何でさ!?もっとここに…」


「探し物がある」


 俺の一言に、バドは言葉を呑みこんだ。

 辺境のルール。

 旅人はいつか去る。

 だから、想いは預けない。

 預けてはいけない。

 そうでなければ、別れが苦しみになる。

 バドもそれを知っている筈だ。

 項垂うなだれるバド。


「せ、せめて、姉ちゃんが起きるまでいられないの…?」


「急ぐ旅じゃないが、のんびりもしてられないんでな…許してくれ」


 クシャリ、とバドの頭を撫でた。


「…また、いつか来てくれる?」


 玄関に見送りに出てきたバドが、そう尋ねる。

 俺は背を向けたまま言った。


「嫌だね」


「え…」


 振り返り、ニヤリと笑う。


「今度はお前が会いに来い…でっかくなってな」


 一瞬、呆気にとられた表情になった後、バドは頷いた。


「…うん…分かった。行くよ、俺。絶対に…!」


 力強くそう答える少年に、俺は片手を上げて応えた。


「じゃあな、バド。姉さんを守ってやるんだぞ」


「うん!兄ちゃんも元気でね…!」


 バドの声を背に、俺は荒野へと踏み出した。

 牧場が見えなくなりそうな距離まで来た時、一度だけ振り返る。

 見送りに立つ少年の姿は、砂塵が覆い隠していた。


「あばよ、優しい姉弟。いつまでも達者でな」


 そう呟く。


 あの惨殺劇を見たラナが、バドに何を伝えるかは知らない。

 俺が知る必要もない。

 その結果、バドが俺を追って会いに来るか。

 それとも、記憶の中で風化させるか。

 それも、考えなくていい事だ。


 新調したマントの中で、俺はバドから受け取った親の形見を握る。

 流線形の物体はガンの弾丸だった。

 恐らく、バドの親はどこかで偶然手に入れ、その価値を知り、売れば相当な金になる事を考え、バドに渡したに違いない。

 人を殺すためのその弾丸には、かすれた古代文字が刻まれていた。


“HOPE”…希望、と。


 俺は笑った。

 いまのこの俺には、皮肉めいた言葉だ。


 向かう荒野は果ても無い。

 人も文明も疲れ果て、獣も鳥も飢えている。


 ここは『ワイルドアース』。

 剣や魔法ではなく、ただ「火力」だけがものをいう世界。

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