エンジェルハンター

村輝シュン

その鈴の音は呪詛のように

 標的確認、十分な距離は確保。

 花に囲まれて羽を広げて……ありゃなんだ?鼻歌か?出来損ないのサンドイッチみたいなのまで足元に広げてさ。いいよなぁ、天使ってのは。

 悩みなんかもないんだろ?羨ましい限りだから、死んでくれ。

 構え、狙い、引き金を引いて───たん、たんたん。リズミカルに、腹に三発。少女の胴が、半分ほど抉れたのを見た。

 完璧だ。

 目標、緩やかに倒れる。最高だ。

 お花畑でピクニック中に悪ぃな。天使さんよ。

 思ってたよりずっと楽勝だ───男は笑うと、獲物の元に歩を進めた。


 ■ ■ ■


 男は死刑囚だった。

 理由は単純明快だ、沢山人を殺したから。人を殺して、物を奪ったから。

 まあ、生きるためには金ってものが必要だ、そんでもってろくな職業にも就けない奴は他人から奪うくらいしか道がないのさ。――それが、独房で看守相手に愚痴る男の口癖だった。

 あーあ、このまま、うだつが上がらない、ろくでもない人生を生きて、死んで、終わるんだろうなあ、と。日の終わりの見回りのある時間に、どこか馬鹿にしたような声色で、わざと大きな声でぼやいてみせる男だった。

 単調に過ぎる、変わりない毎日。脱獄する気力も男には特に無かった。どうせ、出てやることもない。牢獄という定住地が出来た時から、あの身を焦がすような物欲も春が来た雪のように消え去っていた。


 牢獄に入れられて三年。刑が執行されるのもあと一年かそこらという時のこと。そんな男の元を、ある日一人の役人が訪れた。ノアと名乗ったその男は、大教会にも属するのであろう、聖職者然とした出で立ちとは裏腹に、どこまでも冷えた灰色の眼をする男だった。

 普通ならばこんな死刑囚の檻の前なぞに来るはずのないお役人様は、目の前の男が行った罪を分かった上で、『エンジェルハンター』の話を持ちかけたのだ。


『天使』と呼ばれる存在。少女の形をした化物。人を狂わせ、人の世を脅かすそれを、殺せと。

 ハンターは国家が運営する組織の他にも、単独で行動する者や、傭兵のような雇われもいる、れっきとした職だと。

 その功績によっては、この先もハンターとして───もちろん国家の監視付きだが、生活は保証される───生かせてやると。


「殺しが得意なんだろう。なら、それを法の下で振るえばいい」


 単調な毎日にも飽きが来ていた。同じ変化なら、男は死よりも生を望んだ。


 ■ ■ ■


 歩が軽い。手に握る銃の重さが心地良かった。通常の銃よりも少し銃口が大きく、撃つ時の反動も大きく、その分満足感も大きい。

 装弾数は十三。対『天使』用に特別開発されたというそれの構造は、育ちの良くない男には詳しくわからないものだった。が、男にとってはとりあえず標的を殺すことができるなら何でも良かった。

 そう、殺すことで、自分が生きる理由が出来るならば何でも良かったのだ。殺しなら、自分が誇れるほどの技術は持ち合わせていたから。伊達に何人も殺しちゃあいない。俺の右手に握るのはいつだって、出来の悪い銃か錆びたナイフだった。

 歩きながら、数メートル脇に見える岩に向けて発砲した。大きく抉れた岩の状態が、銃の威力を物語っていた。───流石国家様の銃だ、出来が良い。男はくるりと銃を回した。

 一人で来て正解だったな、と男は軽い足取りで考える。あのスカしたお役人様は他のハンターを付けることも提案してくださったが、そんなの不必要だ。俺はいつだって一人でやってきた───男にとって、同行者なんて邪魔になるだけの存在だった。

 此度の『天使』は存在が認識されてから間もなく、危険度の計測もまだだと聞いた。それにしてはあっけないものだったなあと、歩を止めた男は足元の白い塊を見下ろした。


『天使』はくたりと地に伏せていた。白い翼が白い花の絨毯の上に垂れ、その腹から流れ出す赤が場違いに暴力的で、男は少し高揚を覚える。

 こんなにもか弱い生き物が、人間にとっての害だと。かわいそうな事だな。


「まあ、そのお陰で俺が生きていける。だから悪く思うなよ」


 男は笑う。笑って、『天使』の亜麻色の髪の毛を掴みあげた。手に伝わる感触は、幼い子供の丁寧に手入れされたそれにとても近かった。これじゃあ、まるでほんとうに少女だな。は、と男の笑い声。俺に殺されたかわいそうな天使さんは、どんなお顔をしているんですかね、なんて気持ちで。さあ、ご尊顔の拝見といこうじゃありませんか。


 返ってきたのは、微笑みだった。


『天使』は生きていた。腹に三発銃弾を撃ち込まれ、その右半分が大きく形を崩しても尚、潤んだ蒼の瞳とその美しい微笑は男に向けられていた。負の感情を一切感じさせない、澄み切った瞳。ほんのりと紅く色付き穏やかな弧を描く、形の良い唇。


「なっ、」


 咄嗟に手を放して後ずさる、嘘だ。あれだけ受けて、確かに動きは止めて、生きているはずがない。こんな華奢な少女の身体で。何故だ?確かに殺したはずだ、嘘だ。気持ちが悪い。否定的な意見がぐるぐると男の思考を埋め尽くしていく。やめろ。見るな。

 一歩後に引いた男を追いかけるようにして、『天使』はその細く白い腕を伸ばした。それと共に、翼がゆっくりと持ち上がる。どこまでも白い翼。それを斑に染める赤が、確かにその受けた傷を物語っている。はず、なのに。

『天使』は蕩けるように微笑んでいた。

 ───柔らかな指先が、男の頬に触れた。


「っあ、あぁあああああ!!!」


 がくん、と『天使』の身体が揺れる───男の持つ銃口からは煙が上がっていた。

 首元。一呼吸置いてもう一発。『天使』が手を伸ばす。手元が狂う。外した。『天使』が微笑む。引き金を引く。『天使』の右の翼に風穴が開いた。『天使』は微笑み、首をかしげる。続く射撃音。銃弾は、『天使』の左肩を破壊した。陶器のように白くやわらかな腕が、だらりと垂れる。銃口が煙を上げる。『天使』の眉間から、赤が噴き出した。少し、不思議そうな顔をして───ふ、と項垂れる。『天使』は動きを止めた。

 男は動揺していた。

 手が震えている、呼吸が乱れる、これはなんだ。恐怖か、それとも───殺傷行為による興奮か。まだ煙を上げる銃口を目前の怪物に向けたまま、男はゆっくりと数歩後退る。得物から目は逸らさない。さっきは少し油断していただけだ、まだ生きていると言っても相手は華奢な子供みたいなものに過ぎない。恐怖なんて、感じることはない。まだ戦闘ラウンドが伸びただけだ、殺人に慣れたこの手にとってはむしろ好都合だ。

 落ち着け。

 静かに、ゆっくりと深呼吸をする。『天使』は、片腕をこちらに伸ばし、頭を垂れたまま、静止している。その首元から流れる血液が、その身に纏う白い服を紅く染め直していた。繊細なレースがふんだんにあしらわれた、上品なワンピース。ゆるやかなバルーンスリーブと胴の脇には同色のリボンが編みこまれ、ご丁寧な蝶々結びまで。すっかり色を変えた襟元もフリルで飾られており、品のいい刺繍まで施して。天使様っていうのは思ったよりもいい暮らしをしていらっしゃるらしい。男の口元が、にやりと歪んだ。


(そう、俺はいつだって、良い暮らしをしていやがる奴らが嫌いだった)


 銃口がゆっくりと下げられ───男は、銃を振り上げた。目前で固まって動かない、少女のような化け物に向けて───力一杯、振り下ろした。

 華奢な少女は、いとも簡単に再び崩れ落ちた。その紅く染まった背中に馬乗りになって、男は何度も、何度も、硬い金属の塊を振り下ろした。白い翼の根本が、その下にある骨が、嫌な音を立ててひしゃげていく。


(苦しめ、苦しんで死ね、俺の為に死ね!)


 ───『天使』と人間の違いとは、何なのだろう。男にはわからない。ただ、男がわかっていたのは……『天使』には、翼がついている、ということだった。

 男は考えていた。

『天使』が『天使』たる為に必要なのがその翼であるならば、その翼を引きちぎってしまえばいいと。

 翼を捥がれた『天使』は、『天使』と呼べるのか否か───否だ。『天使』でも人間でもない、どっちつかずの成り損ない。


 社会から除け者にされた、俺よりも滑稽だ。


「はは……はは、ははは」


 男は『天使』の翼に手を掛けた。身体の下で、もぞりと身動きがあるのを感じたが……意識があるなら、好都合だ。『天使』だろうが何だろうが、男は相手の意識がある状態で痛めつけて、苦しませて、命を踏みにじることが好きだった。


「ははは、あはは、ははははは!」


『天使』の翼が、捥がれていく。少女の薄い皮膚が、裂けていく。白いワンピースは、いよいよその色を残している面積の方が少なくなっていた。『天使』の細い体が、弓なりにしなる。逸らしたその背中を、男は体重をかけて踏みつけた。その足元が血で滑る背中であっても、小さな体を押さえつけるのなんて、造作もないことだった。

 肉が裂ける、気味の悪い音と共に───男にとってそれは既に心地の良い音色と化していた───その翼が、かつては純白を湛えたそれが、『天使』であったモノから引きちぎられた。

 男はその顔を歪める。それは笑みと形容するにはあまりにも凶暴で、嗜虐的で───男が、その快感にも似た征服欲に身を委ね切る、その前に───


「ろ、らん」


 ───鈴のような、音がした。


 それは声だった、少女の声だった。少し舌足らずで、甘い、幼い少女の声だった。

 男の表情が、笑い声が、凍り付く。


「ろら、ん……」


 男は、音のした方を見た。それは確かに、彼が足蹴にしている、その塊から発せられたものだった。

 しかし、男は分かっていた。分かってしまっていた。

 その声色が、目下の生き物から発せられるなんてことは、到底有り得ないということを。


「ろらん………、……ら、……く、に……」


 男は、その鈴の音の音を持つ少女のことを、誰よりも知っていた。

 そして、彼女が既にこの世に存在しない者であることも、知っていた。

 だから───だから、このようなことは有り得ないことなのだ。


「ろらん、おべんとうができたら、ぴくにっくにいきましょう?」


『天使』であったものから、自らの手で命を奪ったはずの、妹の声がするなどということは。


 ■ ■ ■


 男には───たった一人の、妹がいた。

 両親も居ない、貧しい暮らしの中でも精一杯兄を慕う、純粋無垢な少女だった。

 だからこそ……だからこそ、男は生きようと足掻いたのだ。

 最初は些細な盗みだった。食料品店に並ぶ、ハムの塊の中から一番小さな物を、彼は震える手で盗んだ。

 妹は、そのハムの出処など知らなかった。知らなくて良かった。久しぶりの肉類にほころばせたその顔を見るだけで、男は十分だった。救われた気がした。

 男は───男は、妹が居れば、それで良かった。


 行為はエスカレートしていくこととなった。

 窃盗から強盗へ、強盗から強盗殺人へ───仕方がない、男の顔を見た者を、生かしておくことはできなかったのだ。妹の為にも。

 生きる為だ。妹の為だ。男は言い聞かせた。狙うのはいつだって、贅沢な生活に明け暮れる金持ちの家だった。いつしか男は、自分達と違って苦しみのない暮らしを謳歌する彼らに、憎しみの感情を抱くようになった。

 どうして、どうして、どうして。

 苦しむのはいつだって貧困層だ。【王国】での貧富の格差は大きいものだった。綺麗だからと、池に果物を投げ込む貴婦人が居る裏で───男の妹は、腐って虫の湧いた果物で飢えを満たしていた。

 不公平だ。

 教会の神父様は平等を謳うじゃないか。神は全てに等しく恵みを与えると。なのにこの現状は、生活はどうだ?聞いた話と、現実は大きく違うじゃないか。

 男の不満は、怒りは、憎しみは。盗むたび、殺すたびに募っていった。

 ───恵みが平等だと言うのならば、苦しみも平等に与えられるべきだ。

 出来の悪い銃と錆びたナイフを握って、男は殺人鬼となった。


 その日もいつもと変わらない、良く晴れた日のことだった。


「ロラン、おべんとうができたら、ピクニックにいきましょう?」


 お弁当と呼ぶには粗末すぎるそれを用意しながら笑う妹を見て、男も微笑んでいた。

 自分の手がこれまでも、これからも、どれ程汚れようとも……この笑顔が見れるなら、構わないと。


 おやさいがほしいの。妹の願いを聞いて、男は市場に出かけた。貧乏であるはずの彼が、怪しまれない程度に金を使うことを意識して。家に戻る足取りは、とても軽かった。


「ただいま、」


 投げかけた言葉は、返事のないまま掻き消えた。


 家と呼ぶには小さすぎる部屋の中は、あまりにも静かだった。

 床に散らばるのは、市場で一番安いパンと、それに挟まれるはずだったハムと、そして、その『お弁当』を作るはずだった少女は───涙の滲む虚ろな目で、天井を見上げていた。


(あああ)


 妹は、何も言わなかった。

 男は、床に崩れ落ちた。

 妹は、濁った眼でゆっくりと男を見た。

 男は、気付いてしまった。

 妹の、力なく横たわるその身体の、その太股の間に垂れた、紅と───────


(あああ。あああああああああああああああああああああああああああああああ)


 ……次に気が付いたことは、妹が既に息をしていないということだった。その時妹の首を握りしめていたのは、男の両手だった。


 ■ ■ ■


 だから。

 ……だから。


「そ、の声で、呼ぶなぁぁあああぁああああああああああああああ!!!」

「ろら、んっ」

「黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇええ!!!」


 ───この肉塊が、『妹』であるはずがない。

 手に持った銃で、男は再び『少女』を殴りつけた。何度も。何度も、何度も何度も、白かったはずのワンピースに、新たに紅が滲んでも、男は腕を振り下ろし続けた。骨が折れる音がした。肉が裂ける音がした。骨が砕ける音がした。肉が潰れる音がした。それでも、それでも───


「ロ、ラン……んとうが、で、……ら……ぴく、にっくに、いき、ましょう」


 鈴の音は止まない。

 男を呼ぶ声は止まなかった。


「っは、はぁ、あ……」


 男は、ふら、と後退る。


「ロラン、………おべんとう、が」


『天使』であった塊は───少女であったモノは、ゆっくりと、身体を起こして、男を、見た。


「できたら、ピクニック、に」


『彼女』は、微笑んでいた。

 身体の所々から紅が滲み、肉が見え、折れた骨が飛び出ているような身体になっても、その微笑は変わらない。


「いきましょう?」


 鈴の音は止まない。


 男は、わなわなと震える唇で、『妹』の名を呼んだ。『少女』は、すっかり歪んだ首を傾げた。

 男は、震える手で、銃口を向けた。『少女』は、首を傾げながらもまた笑った。


「ロラン、おべんとうができたら、ピクニックにいきましょう?」

「……めろ。やめろ。黙れ、黙れ、頼むから、黙ってくれ」

「ロラン、おべんとうができたら、ピクニックにいきましょう?」

「黙れ、黙れ黙れ黙れ、お前は、■■■じゃない」

「ロラン、おべんとうができたら、ピクニックにいきましょう?」


「違う、違う違う、黙れ、黙ってくれ、黙れ、黙れ」

「ロラン、おべんとうができたら、ピクニックにいきましょう?」


 男の瞳に映るのが、男と同じ銀色の髪をしていたことに気付くだけの余裕も、既に男には残っていなかった。


「ロラン、おべんとうができたら、ピクニックにいきましょう?」


 いや───男の瞳には、もう何も映っていなかったのかもしれない。

 どさりと、膝をつく音がする。鈴の音は笑う。

 男の両目からは涙が流れていた。


「ロラン、おべんとうができたら、ピクニックにいきましょう?」


「二度も……俺は二度も■■■を殺したくない」

「ロラン、おべんとうができたら、ピクニックにいきましょう?」


 鈴が笑う。

 男は、震える手で銃を握り直した。


「ロラン、おべんとうができたら、ピクニックにいきましょう?」


「嫌だ」

「ロラン、おべんとうができたら、ピクニックにいきましょう?」

「もう、嫌なんだ」

「ロラン、おべんとうができたら、ピクニックにいきましょう?」

「ロラン、おべんとうができたら、ピクニックにいきましょう?」


「ロラン、おべんとうができたら、ピクニックにいきましょう?」


 そして、一発の銃声が響いた。


 ■ ■ ■


 同時刻。【王国】、研究所にて。


「『未分類天使No.14』エリア。生命反応の消滅を確認……ハンターE-08、死亡しました。『天使』はその後も活動中です」

「奮闘は三十分もいかず……二十分といったところですか?いやはや、頑張りましたねぇ」


 使い捨てにしては上々、と青年がくつくつと笑う。愉しそうにティーカップを揺らすその笑顔を半ばげんなりと見ながら、機械の前に座る少女はため息を吐いた。


「使い捨てって……仮にも同じ人間なのにそういうこと言っちゃうんですか?このお偉い様は……」


 まだ幼さの残る顔に浮かぶ、非難するような彼女の表情に、青年は片側に寄せたその長い前髪の向こうから、ふわりと微笑んで応えた。


「Eクラス……死刑囚上がりのハンターなんか、いい実験台に過ぎないでしょう?ごく稀に腕の良い者も居ますが、彼らの主な役割は『天使』のステータス計測の為のテスターですテスター」

「大教会の最年少の枢機卿様は毎度のことながら嫌味ったらしいですね。人間をなんだと思っているんでしょうか。嫌いです」

「わあ、お若いながらも優秀な研究者のセルカさんからそんなに素敵な褒め言葉を頂けて光栄ですね」

「ほらこれ。本当に疲れる……」


 セルカと呼ばれた少女は黒のロングヘアを揺らし、くるりと機械に向き直った。眼帯で隠れていない左眼が、彼女の言葉通り疲れ果てた緑色をしていた。


「それはそうと……はい、今回の『天使』についてですね、セルカさん」


 青年がふらりと立ち上がり、モニターの方へと歩を進める。聖職者のカソックにしては煌びやかで装飾過多なそれが、枢機卿であるらしい彼の地位を物語っていた。冷えた花緑青の瞳はそのままに、彼は口の端を吊上げて嗤う。


「あ、はい。そうですね、全体的な行動を見たところ、危険度はだいたいBからAクラス、といったところでしょうか……」

「ええ、随分と厄介な特性をお持ちのようでしたね。まずはそう、相対した者の精神内部、プロフィールを抜き出して把握する能力――」

「――そして、その者にとっての……あれは何でしょう?思い入れの深い人物に、言うなれば擬態する、ような……」

「"愛されるであろう姿"ですよ。セルカさん」


 青年は一層笑みを深めた。


「『天使』は無条件に愛される存在なのです、元々は。だからこそ彼女等は、我々に対して"愛してもらえるであろう姿"を取る――今回はそれを対象のプロフィールから抜き出した例でしょうね」


 それが対象の負の感情を刺激するかもしれないのにね――と青年は嘲笑する。


「――なるほど。では、『天使』は害意を持ってああいった行動を取るわけではない、と?」

「ええ、そうです。当然でしょう。彼女達はそもそもの前提として負の感情が存在していない、穢れなき『天使』なのですから」


 青年はどこか楽しげに語る。感情の読み取れぬ、冷ややかなその瞳はモニターに映る『天使』を見つめていた。


 研究者であるセルカは、大教会が『天使』討伐に協力的であることの真意は知らされていない。いや、大教会がそれを公開しようとはしない。彼等はいつも綺麗な言葉で、民の為に……等と言うだけだ。

 しかし、枢機卿の中でも時期教皇候補として期待の強い、この目の前の青年については、こうして仕事で共にいる時間が長い中で薄々気付いていることがあった。それは明確な証拠と論理を伴うものではなかったが、そう、一人の少女の勘、として。


「あなたは……実際に、『天使』に出会ったことがあるのですか?」


 そして何かしらの、特別な感情を抱いているのではないですか、と。

 独り言のように呟かれた問いかけに対して、ぴたりと青年の動きが止まった。そして――ゆっくりと振り返る。

 その顔は、笑っていた。


「――まさか」


 心底愉しそうに。


「出会ったことがあるどころか、僕は『天使』と暮らしていますよ」


 ぞっとする程整った笑みと共に、青年は少女にそう告げた。

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エンジェルハンター 村輝シュン @marikin021

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