敷島は混乱している

 どうやら山崎も敷島のことを憎からず思うようになってくれたのは理解した。

 だが、その先だ。


 山崎は平穏な『いつも通りの日常』にイレギュラーが入り込むのを好まない。そしてそのせいで敷島を悪く思いたくない、ということも理解した。

 理解した、と思う。

 思いたい。


 でも、と敷島は思う。


 未来には、それひとつしか選択肢はないのだろうか?


 ふたりで一緒に晩ごはんを作る金曜日の夜とか。

 ふたりならんでソファに腰掛けて何時間も読書する土曜日とか。

 諦め顔の山崎が、敷島に引きずられるようにして買い物に出かける日曜日とか。


 そんな互いに影響を与え合うことに、山崎は楽しさを感じはしないのだろうか?


 その夜敷島は木村に電話した。

 敷島の相談に木村は淡々と答える。


「今、パスコの目の前には真っ白な壁があるの。

 その白さを、汚してはならない神聖なものと感じるか、好きな絵を描き放題のまっさらなキャンバスと考えるか? 選択肢はふたつ、ね」


 敷島は考える。


 山崎は関わってほしくないと思っている訳ではなくて、関わった結果、山崎自身が傷つくことと敷島を傷つけてしまうことを恐れている。そしてきっとそうなると思っている。

 真っ白なキャンバスにふたり仲良く絵を描く未来は、敷島の中にしか想起されていない。

 違う未来の可能性があることを山崎にも信じさせたい。

 たとえその結果辛い思いをすることになったとしても、敷島自身だけは後悔しないと誓えることを山崎に信じさせたい。


 どうしたらあの童貞をこじらせた青年にそれを判らせることができるか、敷島は考える。

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