ホワイトデーを待たずに

 土曜日の午後、駅から少し離れたタリーズの奥まった席に敷島は座っている。

 向かい側には山崎がいる。

 飲みに拉致した翌日、「少し話せませんか?」と山崎からメッセージが来て今日会うことにしたのだ。


「友だちなんだから、そんなにかしこまらなくてもいいよ」


 と笑う敷島に、


「真面目な話がしたいんです」


 と山崎はかたくなだ。


「敷島さんみたいな明るい人に、僕のような無口でつまらない男は似合わないと思うんです」


「だーかーらー」


 敷島は少しイラッとする。

 山崎は少々自己評価が低すぎる気がする。

 いや、まだそう決めつけるほど彼のことを知ったわけではないけれど。


「似合う、似合わないっていう言い方も気に入らないけど、キミも私もまだお互いのことを知らない訳じゃん。もっと仲良くなってから『やっぱり合わないね』ってことになったりはするかもだけど、今はまだ早すぎるでしょ」


「敷島さん、この前言ってたじゃないですか。出産、結婚から逆算すると時間がないって。明らかに上手くいかないって判ってる僕に構って時間を無駄にすることないですよ」


「試してみないうちからどうして『明らか』なのさ!?」


「だって僕は……本を読むくらいしか趣味はなくて。外に出かけるのもおっくうだし、人と会って気を使うのも疲れるから好きじゃないし。敷島さんと一緒にいても、話を振ってくれる敷島さんが疲れる将来しか想像できないんですよ」


「――ふたりで静かに本を読んでいるのはダメなの?

 私だっていつも騒がしいわけじゃないよ」


「生活のリズムが狂うのが嫌なんですよ! 『いつも通りの日常』じゃない日が続くのは、僕が疲れるんです」


「私と会うことを、新しい『いつも通りの日常』にしてしまうことはできないの?」


 山崎が虚を突かれたような顔をした。


「毎朝『おはよう』のメッセージを送りあうの。

 曜日を決めて週に1回、一緒にお酒を飲んで帰るの。

 月に1回か2回、週末にはこんなふうに一緒に外に出るの。

 私、そんなに気を使わせない友だちになれると思うんだけどなぁ」


「……学生の頃の友人たちはみんな、用事がある時以外は僕を放っておいてくれました。僕の方からも特に用事がなければ話しかけたりしませんでしたし、僕にとっての『友だちの距離感』ってそんな感じなんです。

 僕にとって敷島さんの提案はもう『友だち』を通り越して『おつきあい』の域に入っているって感じます」


 敷島は互いの認識の違いに愕然とした。


「僕だって女性に興味がない訳ではないですけど、相手に合わせることの煩わしさの方が少しだけ上回っていると思うんです。

 営業やってると接待とかあるじゃないですか。得意先の人におべっか使うのは給料のうちだから別に構わないんですけど、二次会でスナックとかキャバクラとかそういう店に行くと、女の子がいるじゃないですか。その子たちと話をしても全然楽しくないんです。そもそも共通の話題がないし。接待先だけならともかく、お店の女の子の機嫌を取るためにお金を払う意味がわからない。

 僕、敷島さんといてあんな気持ちになりたくないんです。

 敷島さんといることが辛いって思うくらいなら、最初から関わり合いにならない方がいいんです。

 敷島さんにそんな失礼な感情を持ちたくないんです」


 山崎は一気にまくしたてると、「すみません」と千円札を置いて先に店を出てしまった。



 敷島を傷つけないよう、ホワイトデーなど待たずにその結論を伝えた方がいいだろうと思ったはずなのに、日常を取り戻す安心感を得られるはずだったのに、何故かまるで何かを失ったかのような寂しさを山崎は感じた。

 まだ自分は何も得ていないはずなのに。

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