木村は敷島のことをパスコと呼ぶ

 山崎は今、女性ふたりと一緒に小洒落た小料理屋にいる。

 小上がりで女性ふたりを前にして固まっている。

 敷島に拉致られて連れてこられたのだ。


 チェーンの安い居酒屋ではない店などプライベートでは入ったことなどないし、極端に友だちが少ないせいで合コンに誘われたこともなかったから、取引先の人でもない女性と一緒に居酒屋どころか喫茶店すら入ったことはなかった。


「パスコがさあ、『山崎くんってどんな人?』って訊くのよ」


 目の前のお造りに箸を伸ばしながらそう言うのは人事部の木村さん、敷島さんと同期入社だそうで。


「だってほら、出産、結婚から逆算していくとさ、高齢出産にならないようにするにはもうあまり時間の余裕はないわけじゃん」


「で、社内にめぼしい男は残ってないか探してたんだって」


「し、敷島先輩なら美人だしよりどりみどりなんじゃないですか?」


「ちょっと! 年齢トシの話をしてるのに先輩呼びはやめてよ」


 木村さんがプッと吹き出した。


「あ、すみません。でもホント、敷島さんに僕なんかじゃ釣り合わないと思うんですけど」


「釣り合うかどうかなんてわからないでしょう?

 山崎の方が私が釣り合わないくらいイイ男なのかもしれないし。

 だから、それを知るための『お友だちから』なんじゃん。

 で、交友を深めるために、今こうして一緒に呑んでるんじゃん」


「ふふふ。人事部のファイルにある情報を勝手に見る訳にはいかないし、でも人の噂からだと山崎くんの話って全然聞こえてこないのよ、正直なところ。そう言ったらパスコ、『まずは情報収集から!』って張り切っちゃって」


「ぶっちゃけ、イケメンなんて言えないけどそんなひどい顔でもないし、背も特に高くも低くもなくて、仕事だって目立ってはないけど特に悪い噂もないし。これでお金のかかる趣味にのめり込んでるんじゃなかったら、結婚相手としては悪くないと思うんだよね。既に彼女がいるとかゲイだとかじゃなかったら」


 普段から明るくてハキハキしている印象の敷島さんだけど、お酒が入っているせいか、ちょっとぶっちゃけ過ぎだろう? と山崎は思う。


「この子、男前すぎて意外とモテないのよねぇ」


「安心した?」


 上目遣いにニヤリと笑って敷島さんが訊く。


「安心って、何をです?」


「いや、ほら。男の人ってけっこう処女性とか気にするじゃない? 特に童貞くんとかさ」


 そのあっけらかんとした物言いに、山崎は少々カチンときた。


「そりゃ、僕はたしかに童貞ですけどね。友だちも少ないし。そもそも女の子と話をしたことなんて幼稚園の頃から思い出してもほとんどないくらいですけど!  でも女の人を『経験豊富かどうか』なんて見方で態度を変えたりするような人間じゃないつもりです」


 木村さんがまた吹き出した。

『落ち着いた大人の女』みたいな雰囲気出してるけど、この人は意外と笑い上戸なのかもしれない。


「よかった。私は安心したな。山崎が思った通りの人で」


「……試したんですか?」


「試したっていうよりは、煽ったってところかな?」


 もっと酷かった。

 木村さんは横を向いて肩を震わせながら目元を押さえてる。


「だいたい、どうして僕なんかに目をつけたんですか?」


「僕『なんか』っていう言い方、好きくないなぁ。キミのコト気に入った私に対して失礼じゃない?」


 ずいぶん上から目線なことだ。


「だってそうでしょう? さっき言われたみたいに僕はイケメンじゃないし、特に仕事ができるわけでもないし、そもそも視界にすら入らないはずじゃないですか、普通」


「それはね、パスコが探したからよ」


「探した?」


「そう。未婚の男性で、彼女持ちじゃなくて、悪い噂もなくて。

 そんな男の人ってけっこう少ないのよ。独身でフリーの男って、たいてい何かクセがあるの。小者臭のする勘違い野郎だったり、コミュ障で重度なオタクだったり、セクハラ・パワハラ系とかね」


「そそそ。見回して、そんなのをはじいていったらキミがいたの。なんにも噂がなくて逆に心配になるくらい情報がなかったんだけどさ」


「それ、あまり褒めてないですよね?」


 木村さんが三度みたび吹き出した。


「いやいやいやいや。

 私はかえって興味が湧いたね、キミのコト。

 もっと知りたいって思った。

 だから、『友だちから』」


 イイ顔でそう言うと、敷島さんはグラスに少し残った冷酒を飲み干した。

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