第2話

拝啓 


 こんにちは。お元気ですか。久しぶり、になるのかな?

 へへ、なんか変な感じだね。こういう風に手紙を書くのって、多分小学生ぶりだからかな。

 なんだか少し緊張しています。

 ちょっと違和感あるかもしれないけど許してね。


 ……そういえば今日は大学の入学式だったよね。

 どうだったのかな、ちゃんと起きれたのかな。心配だな。

 入学式だからってサボっちゃダメだからね!

 しっかりとそういう行事にも出て、親孝行しなくちゃダメなんだから!   


 ……ん?

 いつもどおりの僕の方が安心させられるなら、

 それなら入学式なんて行かない方がいい?


 えっと。

 うんっと。

 ……そう言われれば、確かに、そうなの、かな?  



 …………いや、ダメだよ!

 ちゃんと出席しなくちゃダメなやつだよ!

 お母さんの安心とかそれだけじゃなく、社会に出る若人のモラルとして、そこらへんはしっかりとしなくちゃいけないんだよ! 


 全く……隙あればめんどくさがる癖は、相変わらず治ってなさそうだね。

 いつもの感じすぎてなんだか少し懐かしく思えちゃったよ。


 ……いや、まあこれ全部妄想なんだけどね。

 本当にそういう風に君が言ったわけじゃないし。

 私が勝手に君ならこう言うだろうな、って思って書いてるだけだし。

 君からしてみれば理不尽に怒られて納得できないかもしれないけど……うん。

 今回は許してね。いいじゃん、文字通り一生のお願いってやつだよ。


 ……うーん。やっぱり恥ずかしいな。

 なんだか私今痛い子みたいじゃない?

 一人で手紙の中で会話してるってちょっと痛すぎじゃない?

 痛い子みたいというか、痛い子そのものじゃない?


 ……いや、多分君だったら「痛い子じゃなくて頭おかしい子だろ」って言うんだろうなぁ。

 あー、またやっちゃった。また勝手に脳内で君に喋らせちゃった。


 うわぁ、絶対に痛い子だって思われてる。なんだか感動的な感じが台無しだよ。

 これ一応私の死んだ後の言葉ってなっているからもうちょっとスタイリッシュに行きたかったんだけどなぁ。うまくいかないなぁ。

 やっぱり書き直そうかな……ってダメダメ。

 一回も消しゴム使わずに書き切るって決めたんだから。


 ルールはしっかり守らなきゃ。


 ……というか、さ。

 これ、もう結構書いちゃったね。

 こんなに内容のない手紙になるとは思ってなかったよ。なんで最期までカッコつけられないんだろう私……。


 ああああ……。

 こんなことだとまた君に馬鹿にされるよ、またいじめられるよー。

 

「アホは死んでも治らないんだな、すごく勉強になった」


 なんてこと言われるよ絶対。

 天国に行ってまであんな仕打ち受けたくないよ。

 死後ぐらいは安らかでありたいよ。





 ……はい、切り替えました。

 もう完璧です。

 完璧な私。

 訳して「完私」


 ……なんだかこの熟語って、間開けると「完・私」みたいで死んだ私にぴったりだとは思わない?

 ふさわしい熟語だと思わない?

 あれ、天才かな。

 天才かな私。

 天才だよ私。


 ……あ、思わない?

 思いませんか? 

 ああ、そうですか。うんそうでしたね。

 これ死後に見られる手紙でしたね。完全に失念していました。

 今一瞬、何も考えていませんでした。すいませんでした。


 ……うん、ダメだ。

 全然感動的になる気がしない。

 ここからどうやって取り戻せって言うんだよ。 

 無理だって。

 そもそも私には荷が重いって。


 あーあ。

 もうこのまま全部終わらせちゃおうかな。

 「もうしーらね」

 なんて言って、全てを投げ出してみようかな。


 ……うん、逆にね?

 このユーモラス溢れる感じが、逆にね?

 いい感じの感動を生み出すのではないかな、と私は考えているのですよ。

 本来さ。真面目なことを書いて、お涙頂戴する死後の手紙シリーズではございますけれど、

 そこでね。新たな一石をね。この手紙でね。投じるというわけですよ。

 逆の方向からの、こう……深い感動に持っていきたいと、そんな風に私は考えているんですよ。


 ……ふっふっふ。

 稀代の天才かよ私。

 全ての人にとって(ある意味)忘れられない手紙になること間違いないかな。


 ……まあ、これ君しか読めないんだけどね。

 むしろ、これが君以外の手に渡ったら私は自殺を考えるよ。

 ってもう死んでるんだった、あっはははは! 


 ……って言うね。古典的なボケはですね。そろそろ疲れてきたと思うんだ。


 うん、正直私も飽きてきている。

 そろそろシリアスな感じ出したいって思っている。


 ……いいじゃん別に!

 どうせ君だって私の葬式でスカした感じ出して自分に浸ったんでしょ! 

 どうせ、星はまだ輝いていた……みたいなことを言っちゃってんでしょ!

 だったら私にも死んだ後ぐらい好き勝手させてくれてもいいじゃん!

 ああ、なんかもうどうでもいいや。とりあえず少し休憩。




 ……ここからは別日に書いています。

 ほら、あの水族館デートした日、あの後に書いてます。

 いやあ、結構書いたんだな、私。

 軽く引くレベルで書きまくってんなぁ……。


 と言うかこれは本当に遺書なのだろうかと読み返していて途中百回ぐらい思ったけど……。

 まあうん。そんなのどっちでもいいよね。

 あんまりそこは重要じゃないし。

 書くことにこそ意義がある!

 オリンピック精神大事!


 えーと……こほん。

 今日はとても楽しかったです。


 なんで水族館デート後の夕飯がくら寿司だったのかとか。

 なんでお土産のぬいぐるみになんとかダンゴムシを選んだのかとか。

 それをどうして私のカバンに忍ばせたのかとか。

 色々わけがわからないところはあったけど、うん。


 まあ、ギリギリ及第点かな!

 最後のプレゼントで色々帳消しだね!

 ありがとう指輪!

 本当に嬉しかったよ!

 一生大事にする!

 まあ、後二ヶ月ぐらいで死ぬんだけど……でも、死んでも大事にする!

 絶対天国に持っていく!

 みんなに自慢する!

 エジソンとかバッハとか、そんな感じの偉人たちに会いに行って、お前らよりもいいものを持っているって自慢する!


 やばい。

 なんか変なスイッチ入ってきた。

 テンションが上がっているのがすごいわかる。実感してる。

 うおおおおーーー!

 猛烈に、顔が、熱いぞおおお!!!

 枕に顔埋めて叫びたい!

 足じたばたさせたい!

 なんだよ私ぃ、ちょっと幸せすぎかよぉおおおおおおおおおお!! 




 どうも。ちょっと冷静になった私です。

 ここで改めて感謝の意を伝えていきたいと思います。


 指輪ありがとうございます。

 本当に嬉しかったです。






 あ、そうそう。後、プロポーズしてくれてありがとう。

 本当に嬉しかったよ。

 少しの間だけど、あなたの妻として頑張りますので末長く……じゃなかった。

 末短いですが、どうかよろしくお願いします! 



 いやあ すごかったですね。


 あ、どうも、私たちの結婚が学校中にバレた日の私です。


 いやいや、まさかね。

 ほんとまさかね。

 事実は小説より奇なり……だっけ。

 いや本当びっくりだよ。


 結婚届を出す時と、先生が離婚届を出す瞬間がかぶるなんてさ。


 思ってもみなかったよ。


 あの時の嫉妬に狂った先生の顔、多分私死んでも忘れないと思う。

 大人の大人気ない姿って地味に初めてみたかもしれない。

 そんぐらい酷い顔だったって、今でも思い出せる。

 そのせいか、翌日には学校中に私たちの話は知れ渡っていたわけだし……


 おかげでいろんな人から問い詰められた日だったね。


 休み時間だいたい包囲殲滅戦やってたからね。

 だから、私、今日ほとんど君と話せてないもん。


 そりゃ、みんな祝福はしてくれたし、漏れ無く「おめでとう!」って言ってはくれて嬉しくはあったけどさ。

 

 でももうあんまり時間もないし、せめて君ともう少し話したかったんだけどね。


 ……まあまあでも、ね。

 それでもね。


 これで、一応、私たちは学校公認の夫婦になったわけですよ?

 周知の事実になったわけですよ。


 ……ふふふふ。


 え、なんで笑ってるのかって?

 はははっ、それはそれは、なんともお気楽なことでございますね!

 

 わかりませんか? わかりませんか。じゃあ私が教えて差し上げましょう!


 いよいよこれであなたの大学生活は絶望的な灰色まっしぐらになりましたなあ!


 なにせあなた、私が死んだらバツイチの18歳ですもの。

 普通は怖くて女子は近付けませんわ。


 それにうちは大学付属高校である故、我々のほとんどが持ち上がり。

 メンバーも、大学最後まで変わらないときている。


 新しい環境での新しい彼女作りは、なかなか大変難航しそうで、私は非常に安心しました。


 まあね。

 うん。

 確かに普通の遺書だったなら

 「私のことは忘れて」とか

 「新しくいい人を見つけて」とか

 「私に構わず幸せになって」とか

 そう言った感じになるんだろうけどね。 

 そう言った言葉が溢れるんだろうけどね。


 しかし、しかーし、残念ながら現実にそんないい女はいませんね! いるわけがありませんね!


 私は!

 死んでも!

 君を!

 拘束していたい!

 あわよくば一生誰とも付き合って欲しくない!

 なんなら私抜きで勝手に幸せになっても欲しくない!

 一生不幸のどん底にいろとは言わないから、ぬるい不幸にずっと足だけ浸かっていてほしい!


 どうだ!

 これが現実だ!

 クズだと思うなら思うが良い!

 先のない私は今や最強なのだ!

 無敵なのだ!

 ふはっはっはっは!




 ……昨日間違って飲んだ酒の二日酔いがひどい。もはや前の文章を読み返す気も起きない。

 まあ、別に何か書いたとも思えないからいいんだろうけど。


 と言うよりさ。

 もはや……これ遺書じゃなくて日記じゃね?

 遺書というなの日記じゃね?

 なんで私、もう四千文字以上書いてるの?

 もうこれで三枚目だよ?


 これ遺書だとしたらギネスとか載らないかな。

「世界最長の遺書!」って感じでさ。

 できたら私の代わりに受け取っといてよ。


 とりあえず今日はもう無理、まあ、隣の全裸で爆睡している君に気づかれるかもしれないってのもあるから今日はここら辺で切り上げてあしたまた書く。



 やばい、完全にこの紙の存在を忘れていた。


 なんだこれって思ってゴミ箱から取り出したのがこの紙だった。


 人生の卒論を危うく捨てるところだったぜ。

 あぶねえあぶねえ。




 ちなみに今の日付は三月八日です。三月八日の二十時です。



 あ、そうそう。

 

 私、明日多分死にます。


 なんで、って言うかなんとなくわかるんだよね。こう言うの。

 自分が死ぬ時ってさ。なんとなく察しがつくもんなんだよ。

 消える蝋燭みたいにさ。

 段々と細くなってって、それで、燃え尽きる前に一瞬だけ輝く感じ。

 それが今なんだよね。

 ……うーん。

 別に特別な感情はないかな。悲しいとか寂しいとか、そう言ったのはないな。



 ただ、君と過ごせた高校に入ってからの三年間。

 付き合ってからの一年間。

 死ぬことがわかってからの三ヶ月間。

 結婚してからの二ヶ月間。

 それだけでも、私は自分の人生を割といいものだったなって、ちょっと思ってます。

 結構——覚えているもんなんだよね。

 一年前のこととかさ。


 私が君に告白しようと呼び出して、君は照れ臭そうにそっぽ向きながら私の話を聞いてくれて。

 でも、最後の告白は君の方からしてくれて。


 私、あの瞬間「あ、今人生で一番幸せな瞬間なんだな」って、そう思っていたんだ。

 これ以上の幸せなんてないって本気で信じてたんだ。


 ……でも実際は違ってさ。


 もっと、もっともっともっと、もーっと、楽しいこと、嬉しいことはその後に待ってて、

 幸せ最高記録は日々更新されて行って。


 毎日笑顔になれて。


 清々しく幸せになれて。


 ホント、ホントに、本当に、私がこんなに幸せになっちゃって。嬉しくなっちゃって。

 バチが当たるんじゃないかと思うぐらい楽しくて。嬉しくて。馬鹿みたいに幸せで。



 でも……うん。

 やっぱり、君は怒るんだろうな。

 なんで言わなかったんだ、っていうんだろうな。

 私に聞こえない恨み言を、ずっと、ずっと言うんだろうな。


 ……でも安心して!

 パパとママには葬式に君を招待するように言っているから! 

 そこで洗いざらい言いたいこと言ってね!

 私は死んじゃってるから聞こえないだろうけど。


 ……でもさ。

 それもちょうどいいよね?

 だってもし、そんな恨み言を私が聞いちゃったら。

 多分いつもみたいに喧嘩しちゃうし。

 それでどうせ口が強い君に負けちゃうんだろうし、

 それで、


 ……それで私は、そんな君にまた慰めてもらいたくなっちゃうんだろうし。





 私はあなたのことが好きです。


 大好きで表せないぐらいあなたのことが好きです。


 私馬鹿だからさ……こんな言葉でしか想いを伝えられないし、不器用だし、鈍臭いし、ずっとダメダメだったと思うけど、

 でもこの想いだけは、この気持ちだけはしっかりと伝わってもらいたくて、

 また、書きます。何回でも、書きます。


好きです。


大好きです。


大好きよりも大好きです。


あなたのことを本当に愛しています。


誰よりもなんて、どんな時よりもなんて、そんな比較対象のいる好きではなくて


ただ、純粋に


あなたのことが好きです。



 そして、この手紙を君が読んでいる今、私はいないと思います。

 いたら、いいんだけどね。

 一緒に大学もいければ、よかったんだけどね。

 ぞの後もずっと、一緒に入れたらよかったんだけどね。


 あー。

 うん。

 うーん、ダメだね。

 うん、これはダメだ。

 ダメだよ。

 全然ダメだ。


 涙がさ、全然止まらないんだよ。


 やだよ、死にたくないよ。

 君とずっと一緒にいたいよ。

 もっと話をしていたかったよ。

 なんで私なんだろう。

 私、何かしたのかな。

 何かいけないこと……しちゃったのかな。

 生きていちゃ、ダメなのかな。


 ……ああ、わかった。

 多分、私、幸せすぎたんだな。

 幸せすぎて、一生分の幸せを使いすぎちゃって神様が怒ったんだ。

 それで一生分の不幸が一気にきたんだ。


 ……いやなにそれ。

 だったらそんなに一気にじゃなくてもっと小出しにする不幸にしてくれよ。

 そんなの、君と一緒にいられるんだったら一生だって払い続けてやるローンなのに!

 まじでなに考えてんだよ! 死ね神様!



 ああ、もう。

 本当に涙が止まんないよぉ。

 なんでこんなに涙が出るんだろう。

 なんで止まってくれないんだろう。


 ……逆に健康なんじゃないかと思えてきた。 

 こんなに泣けるんだしあしたもなんとなく生きている気がする。

 そうだ、そうに違いない。


 …………んなわけないか。もう五つも病院行ったし。全部おんなじ診断だったし。

 あーあ、こんな文章じゃなくていつもみたいの軽い感じにしたかったのにさ。うまくいかないね。

 うわ、こんなに濡れちゃって。乾くかなこの紙。




 じゃあ、寝るね。

 多分もう起きないけど。

 もう寝るね。

 泣きすぎていい加減疲れちゃった。

 ベットいかなきゃ。

 

 ……あーもういいや。

 どうせ死ぬんだしこのまま寝ちゃおう。


 あ、そうだ。

 最後に一つだけ書かなきゃいけないことあった。

 これは言わなきゃ。でも眠い。恥ずい。眠い。

 やばい、完全に泣きすぎた。どうしよう。もう書く体力も残ってない。

 いや、書くけどね、絶対書くけどね。

 死んでも書くけどね。

 文字通りもう死ぬけどさ!




 私は


 あなたのことを


 愛して————




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