もしかすると程度は良い?

 今回修理と若干のアップデートをするのはプレスカブ五〇のエンジンです。購入したのは二〇二二年の末頃だったかな? 忙しかったり疲れていたりで洗ってから長らく作業台に鎮座しています。


「私は購入したエンジンを洗うタイプの人です」


 私が購入する中古エンジンって八割がた汚いんです。実用車故に泥やほこりにまみれ、オイルが滲んだところに埃や泥が付いてオイル汚泥になったり。そのまま部品棚に置きたくないレベルのエンジンばかりです。


「洗ってから数か月、チェックを兼ねて各部を真鍮ブラシで磨いてみましょう」


 何台かのカブ系エンジンを見ていると傷む場所から使用状況が想像できます。スピードを出そうとスプロケットを変えたりチェーンの張りを怠っていればカウンターシャフト周辺が削れ、オイル交換していなければ遠心クラッチやクランクケース底部にスラッジが溜まる。


「ガスケットの色で分解歴の有無が予想できます。今回は恐らく分解歴が無いか純正部品を使って整備していたと判断できます」


 分解歴が無いのは乗りっぱなしだったか走行距離が少ないから。今回はカウンターシャフト周辺に傷が少ないことからネットオークション出品時の『走行距離三万キロ』はそこそこ信用できそうな気がしてきました。


「全体的にアルミ錆こそ出ていますが、致命的な損傷はなさそうです。エアブローをして真鍮ブラシで削れた錆を吹き飛ばして分解開始です」


 今回は休日が来るたびに数時間作業をします。仕事が少し忙しくなり、出世とまではいきませんが私にもそこそこ重要な仕事が任されるようになりました。


「趣味は人生を楽しむエッセンス、休日は疲労回復が優先です」


 最初に外す部品はタペットキャップです。エンジン分解時は圧縮上死点にピストン位置を合わせてから分解を開始します。タペットキャップを開けるとバルブを押すロッカーアームが見えます。


「ロッカーアームの動きを見れば圧縮上死点がわかりますが、念のためにカムスプロケットのカバーも外します」


 カムスプロケットカバーを外すとカムスプロケットが見えます。カムスプロケットには〇のマークが有り、その〇マークとシリンダーヘッドの切り欠きが合った場所が圧縮上死点です。


「カムスプロケットの〇とヘッドの切り欠き、そしてクランクのキーが一直線になれば圧縮上死点です」


 タペットキャップやカムスプロケットカバーを外すとシリンダーヘッドの内部が少しですが見えます。


「エンジンオイルの汚れが気になります」


 発送時にエンジンオイルは抜いてありますが、全部抜けるわけではありません。エンジンオイルの汚れはメンテナンス状況を判断する目安です。ロッカーアームを動かすとタペットクリアランスが広がっているようには思えません。オイル交換時期に廃車になったのか、それとも乗りっぱなしだったのか。


「ヘッドだけでは判断できません、腰下をチェックしたいところです」


 悲しいかな最近の私は体力が落ちたのでしょう、休日の半分を眠って過ごしています。趣味に使える時間は午後の三時間ほどです。


「とりあえずヘッドカバーだけでも外しておこう」


 ヘッドカバーのナットをメガネレンチで緩めようとしたとき、何とも奇妙な手ごたえがありました。四個のナットのうち三つは普通に緩みましたが、一つだけ何とも言えない嫌な感触が手に伝わってきたのです。


 

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