首なしプレスカブ⑥八月二十二日

 盆休みが終わってからも雨続きです。家庭菜園のミニトマトは実が弾けたり赤くなる前に腐ってしまったり、青いまま地面に落ちてカラスの餌になったりしています。


「今日は雨降りではありませんが、湿気の多い嫌な天気です。午後から雨の予報が出ています。プレスカブの修理が出来るのは午前中だけです」


 最初に行ったのは錆取りしておいたセンタースタンドの取り付けです。固いバネに苦戦しました。地味な部分ですがこれをやるかやらないか、後々に影響します。


「何故私はセンタースタンドのメンテナンスから始めたのでしょう。固着すると修理が大変だとかブレーキペダル軸まですり減ってしまうとかは在りますが、一番の理由はリヤフェンダー内を塗装したいからです」


 スーパーカブの弱点の一つに『リヤフェンダーの腐り』があります。スポット溶接で取り付けられているリヤフェンダー後部と本体のつなぎ目が錆び易いのです。


「そこでリヤフェンダー内の錆を落し、次に亜鉛入り防錆塗料で下地を作ってからアンダーコートで保護をします」


 アンダーコートはゴム質の塗料です。自動車のフェンダー内や下周りにも使われる厚い塗膜の塗料です。


「アンダーコートはゴム質の厚い塗膜を形成して車体鉄部を小石や砂などから保護します。フェンダー内を塗装するのに適した塗料の一つです」


 悲しいかな今日は塗装に適さない天候です。可能な範囲で晴れた日の為に修理の準備をします。


「先ほどセンタースタンドを取り付けました。センタースタンドさえあればカブは自立します」


 同じエンジンを積むホンダゴリラはエンジンにサイドスタンドが付いています。その為エンジンが無い(=スタンドが無い)と自立しませんが、カブは車体にセンタースタンドが取り付けられているので自立します。


「センタースタンドを立てればスイングアーム一式で取り外しができます」


 タイヤ・ホイールだけ外するよりもスイングアーム一式を外す方がフェンダー内のアクセスが楽に出来ます。下地準備の紙ヤスリがけだって簡単です。


「今回はスイングアームは外しません。とりあえず後部はここまでです」


 タイヤが付いていないと物置にしまうのが一苦労ですからね。そうそう、このプレスカブにはハンドルが付いていません。出し入れが楽になる様にハンドルを仮付けしておきましょう。


「仮付けするハンドルはプレスカブの物です。ゴミ箱へ捨てておきましたが回収してもらえませんでした」


 歪んだ部分をハンマーで均して車体へ取り付けします。ハンドル下のカバーは仮付けなので保留します。


「移動の為に持つところをつけるだけです」


 ハンドルを仮付けするとグッとスーパーカブな感じになります。


「実際は足りない部品だらけです。コツコツと部品を集めていますが、一番足りないのは資金かもしれません」


 移動用のハンドルを取り付けた時点で午前十一時を過ぎました。


「空に雨雲が広がっています。もうちょっと作業をしてから昼ごはんにします」


 せっかく外で作業をしているのだから続けてフロント周辺の作業をします。お昼ごはんまでに出来そうな作業は割れたフロントフェンダーを取り外すことくらいでしょうか。これならボルト数本を外せばOKですから十分くらいで作業が出来そうです。


「ん~っと、フェンダー内のボルトに工具がかかりませんねぇ」


 ボルト・ナットにキチンと工具をセットするのは基本です。


「タイヤを外してしまう方が早く作業できそうです『急がば回れ』ですね」


 幸いなことにブレーキ・メーターのワイヤーが外されています。フレームに台をかまして前輪を浮かせてアクスルシャフトを外すとタイヤが外れました。


「おや? フェンダーの内側にあるボルトの頭が削れています」


 普通なら削れることが無い部分が削れている。これは過去に何かが在ったからに違いありません。バイスプライヤーを使ってボルトを外しました。


「フロントフォークに何かが在るかもしれません。嫌な予感がします」


 外したタイヤを一旦戻して転がせるようにします。タイヤは垂直に取り付け出来ているように見えます。


「そもそもフェンダーの割れ方が変でした。妙な所が割れていたのです」


 外したフェンダーを洗ってみました。泥を洗い流すと何かが接触した跡がありました。明らかにタイヤが当たった跡です。


「何らかの理由でタイヤがフェンダーの内側に接触したと考えられます。色々な方向からチェックしてみましょう」


 泥とホコリまみれなので掃除しながらチェックをします。


「車体価格一万円のスーパーカブです。何が有っても仕方が有りません」


 普通に使っていれば滅多なことで壊れないホンダ名車スーパーカブ。地獄の底からでも蘇ると言われるタフなオートバイです。無い無いの女の子に新しい世界を見せるだけではなく病で弱った元自動車整備士に元気と自信を与える名車です。


 数分後、かなり厳しいトラブルを発見しました。このまま修理を続けるか迷うレベルです。


 ちょっとダメージを受けたから今回はここまで。


 


 


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