雨降って、ココロ貯まる

はしゃ

第1話 探し人

あぁ、また君との約束を破ってしまったね。

ビニール傘を片手に想う。今はもう何もない空き地には抱えきれないほどの思い出が詰まっている。

二十三回目の裏切り。彼の眼には昔が映っている。

「わたしね、きっと外に行けない。わかるんだ。ここが私の終着点」

思い出の中の彼女は憂いた瞳で呟く。彼はそれをただ聞く事しかできない。

昔も、今も。

「君の終着点はココじゃない。君を探している人は世界中に溢れているから」

……だから、振り向かないで。約束よ?

その言葉を思い出す度にココロが痛む。ズキズキと。きっと生涯この痛みは無くならないと確信できるほどに。深く、深く。

ビニール傘を通して見える空は鼠色の塊で支配されていた。

涙は出ない。自分の代わりに空が泣いてくれているから。

きっと自分は彼女を好きだった。もしかしたら愛していたのかもしれない。

生きる為には前を向かなきゃいけない。それが、その事実が忌まわしく思う。

後ろを向きながら歩けば人にぶつかる。ぶつかった人は酷く怒る。

前を向けと。囚われるなと。今を直視しろと。

その言葉が無責任だとは思わない。酷く痛いがそれ以上に「その通りなんだろう」と思うから。

それでもこうして自分でも情けない程に振り向かずにはいられない。

鬱屈とした気持ちを宙に吐き出そうとため息を放つと右の太腿のあたりに振動が起きる。ポケットからスマホを取り出し、そのまま液晶画面を確認せずに通話のボタンがあるあたりをタッチした。

『やぁ、今大丈夫かな?』

声ですぐに分かった。「センセ」からだ。

「はい。今日は仕事も入ってないんで」

『それは間が良かった。これから仕事の予定は入っているのかな?』

自分が知る限りでは入ってないので「いえ」と短く返す。

『ウチのお客さんがどうにか君との間を取り持ってほしいと言われてね。一応、聞いては見ると応えておいたが』

「構いませんよ。受けるか受けないかは別の話になっちゃいますが」

『そうかい。じゃ、先方に君の連絡先を教えておくから。それでいいかい?』

「わかりました。切迫している感じですか?先方は」

その問いにセンセは少し呆れたような調子で返してきた。

『今まで君のお客で切迫していない人なんて一人でもいたかい?』

「……いませんね。一応聞いただけです」

センセは一息洩らして『じゃ、よろしく』と通話を切った。

昔から今に無理やり引き上げられたような気がして少々戸惑う。釣り上げられた魚はきっとこんな気持ちなんだろうか?などと頭に過らせながら空き地から去ろうと歩を進めた。しばらく雨は止みそうにない。


これからまた僕は君以外の誰かを探そうと思う。君を探すことはもうできないから。どうやらもう少し僕の終着点は先になりそうだ。


電話では受けるか受けないかなんて少し抵抗して見せたが、答えなんてもう決まっている。依頼人を目の前にしたら首を縦に振ってしまうことくらいわかってる。それがどんなに困難でも。無理難題でも。


彼は「ヒト探し」と呼ばれている。


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雨降って、ココロ貯まる はしゃ @hasyahasya

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