僕のひと夏の思い出

@hinatanata1217

第1話 始動

ある夏のこと。


僕はひと夏の恋をした……のかもしれない。

あれを恋と呼ぶのかどうかはわからない。

ただ、たしかに僕は信念をもってやれたんだ。


 ***


「あっつい……」


夏の日差しが僕の肌をじりじり焦がす。

もう夕方だっていうのに太陽さんは休む気配が全く見られない。

僕の名前は及川 優馬おいかわ ゆうま

まぁ普通のどこにでもいる高校二年生だ。

勉強が特別できるわけでもなくできないわけでもなく。

運動も同じくだ。

顔は……中の下くらい。

人ってのは普通の方が目立たないみたいで、クラスでは「あ、こいつね。うんうん知ってるよー」みたいなポジション。

特別仲がいい友達だって一人もいない。

せめてもうちょいイケメンだったらなぁ……。


「あ、センパイじゃないですか。お一人ですかお一人ですよねどうせお一人ですね一緒に帰りましょう?」

「裕美ゆみちゃん……一人だけどなかなか精神的にきついものがあるから一人連呼はやめてよ……」

「いいじゃないですか~センパイには私みたいな可愛い後輩がいるんですし」


早坂 裕美はやさか ゆみ

まぁ色々あって知り合うことになった一つ下の一年生の後輩ちゃん。

認めたくはないけど自分で言うくらいにはこの後輩は可愛い。

守りたくなるようなルックスに甘えるような態度。

まぁ中身はいわゆる悪女というか人たらしというか……。

悪い人ではないんだけどね。


「センパイはラブレターってもらったことあります?」

「ないよ。知ってるくせに」

「あはは~。ちょっとした冗談ですよ」

「あはは~じゃないよ……。今日もらったの?」

「さっすがセンパイ。察しがいいですね。でも少し変なんですよね」

「どれ、見せてみなさい」

「わーい! センパイ優しいから好きですよ」

「はいはい」


裕美ちゃんを適当にあしらいつつ、そのラブレターとやらに目を通す。

『早坂 裕美ちゃん


あなたのおかげで僕は命を救われました。

あなたは天使のような人です。

僕はあなたのことが好きです。

付き合ってくれると嬉しいです。

でも付き合わなくても僕はあなたを憎みません。

今日の放課後第二公園でお待ちしております。』


「ラブレターってこういうもんなんだね」

「違います。これを参考にしちゃうのだけは間違ってます」


違うんですか。


「これを見てなんか思わないですか?」

「うーん……この手紙を書いた人はよほど裕美ちゃんのことが好きなんだねー」

「まぁそうでしょうね。そうじゃなくて......なんか気になることがあるでしょう⁉」

「文章がイタイとか?」

「いや、まぁそれもそうなんですけど......他に何か……先輩個人としては何か思わないんですか?」

「特に何も? 僕もラブレター欲しいなって思ったくらいかな」

「……あーもう! 知らないです! 勝手にしろー!」

「え、ちょっと待ってよ……行っちゃった……」


方角的に……第二公園に向かったんだろう。

裕美ちゃんにああやって言われたせいか少し気になる。

性格が悪いかもしれないけど……


「ついて行ってみるか……」


 ***


第二公園まではだいたい三分くらいだからすぐに着いた。

草の茂みに隠れ、公園をぐるっと見回す。


「えーっと……裕美ちゃんは……あ、いたいた」


裕美ちゃんは椅子に座って下を見つめてじっとしていた。

辺りには全く人がいない。

もともと、第二公園の周辺は人気がない。

だからこそ告白には絶好の場所として知られている。


「まだ相手の人が来てないのかな?」


それから20分。

裕美ちゃんはぴくりともせずに動かない。

あたりはもうすっかり暗くなっていて公園の街灯にも光が灯った。

さすがにこれはおかしいと思うようになっていた。

茂みから出て裕美ちゃんに近づく。


「裕美ちゃん……裕美ちゃん……だいじょ、うぶ……?」


近づいてわかった。

土に滲む赤い染み。

生臭いにおい。

それらは裕美ちゃんから発せられている。


「っ!」


じっとなんてしていられてなかった。


「裕美ちゃん⁉」


少しゆすっただけでベンチに倒れこんだ。

背中から刺されていた。

白いセーラー服は赤く染めあがり。

いつも人懐っこい笑顔を浮かべていたその顔には表情がなく。

何より胸に手を当てても鼓動が感じられなかった。


「死んでるよー。その子」

「……誰だよ?」


背後から急に声をかけられた。

その声は意外にも女の声だったからか、少し驚いた。

多分こいつが裕美ちゃんを殺したんだろう。

怒りを鎮めつつ背を向けながら会話をする。


「私かい? 私が誰かなんてどうでもいいだろう。大事なのは事実だけだ」

「お前が殺したのか?」

「やだなー。私がその子を殺す理由なんて何もないだろう?」

「どうだか。裕美ちゃんは自他ともに認めるアンチが多い子なんだよ」

「ハハッ。それは面白い。だけど私はその子とは全く面識がないんだよ」

「じゃあ。お前は殺してないんだな」

「それも違う。いい加減こっちを向きなよ」


ゆっくりと振り返る。

そいつはフードを被っていたうえに電灯に背を向けていたから顔は見えなかった。

だけど、そいつが握りしめていたものは何かわかった。

ナイフだった。


「お前が……お前が殺したんだな」

「そうさー。じゃあどうだってんだい? 私を殺すかい? そうすればその子は生き返るのかな?」

「生き返るか生き返らないかじゃない。お前が死ねば俺も裕美ちゃんも気持ちが晴れるだろうよ!」


そう言いながらそいつに向かって拳を振り上げる。


「……悲しいよ。また会おうね」


その瞬間、記憶がぶつんと切れた。


 ***


「……パイ。センパイ? センパイってば!」

「裕美、ちゃん……? 生きてる…?」


目の前にいるのはさっき死んでいたはずの後輩。

僕のひと夏の恋の始まりだった。

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