この小説は内側から書かれているといいよね!

ちびまるフォイ

大昔の人間が消えた理由

「お父さん、あたしデータ化したい」


「……は?」


娘が反抗期をすっとばして謎の提案をしてきた午後8時。

もはや晩酌の味などわからなくなった。


「クラスのみんなデータ化してるもん。私だけだよデータ化してないの」


「ちょっ……データ化?」


「もういい!! お父さんのわからずや!」


娘が部屋にこもってしまったので、妻に相談してみる。


「あぁ、データ化。最近若い子の間でやってるみたいですよ」


「なにするんだデータ化って」


「生身の人間をデータ化するんですよ。なんかいろいろ便利みたいですよ」


「いやそれ遠回しな自殺なんじゃ……」


翌日、娘のご機嫌を取ろうと部屋をノックした。


「いないのか? 昨日はすまなかった、謝らせてくれないか?」


鍵が開いていたので部屋に入ると、電源が付いたままのタブレットがあった。


『もうお父さん! 勝手に部屋に入ってこないでよ!!』


タブレットの画面の中に入っている娘が激怒した。


「な!? お前、そんなところで何してるんだ!?」


『データ化したの。見ればわかるでしょ?』


「ええええ!?」


初めてテレビを見た原始人のようなリアクションを取ってしまった。

娘はデータの中で構築した新しい自分の家で悠々自適な暮らしをしている。


「お母さんもこっち来てるよ。お父さんも早くデータ化しなよ」


「お母さんも!?」


画面をスワイプすると、家の中に若いころの妻がいた。


「誰だこいつ」


「何言ってんのよ。あんたのパソコンにウイルス送り付けるわよ」


「うそです。すみません」


昨日までのくたびれたスウェットに身を包んだ中年おばさんではなく、

まるで娘と姉妹にすら見えてくるほどの女全盛期な妻だった。


「あなた、データ化っていいわよ。自分の顔だって変えられる。

 老化の寿命もないから毎日幸せに暮らせるわ」


「体は若返っても、言動はおばさんのままだろう」


「あなたのパソコンのエロフォルダをネットで拡散してもいいのよ」


「やめろォォォ!!」


娘から話を聞いていくと、データ世界はどっかの金持ちが作った世界で

今も移住者がどんどん増加しながら町は拡大を続けている。

そこに間借りする形で暮らしているらしい。


「その、データ化なんてして大丈夫か?

 急にデータが消えちゃって……みたいなこともあるだろう。

 起動したらいきなり 0% 0% 0% になってるとか」


「お父さんの考えってホント古い。

 いまどきバックアップもあるに決まってるでしょ。

 仮にデータが消えてもクラウドがあるからバックドアでファイアウォールがコクーンでパージよ」


「……なるほど」


――全然わからない。


が、とにかくデータ化した側も消失対策はしていると納得した。


「お父さんも早くデータ化しなよ、こっちのが100倍便利だよ」


「しかしなぁ……自分が失われる気がして……」


データ化してしまえば、再びモテ期だったあの頃の体に戻る事ができる。

それでもふんぎりがつかずに、家族で1人データ化せずに現実に留まった。


翌日、ニュースでもデータ化は取り上げられていた。


『近年、データ化により介護問題が一気に解決できると

 よくわかんないけど偉い人がめっちゃ褒めてました』


『データ化すれば、いつでもどこでも海外だって瞬間移動♪』


『データ化しても食事が楽しめない? ノンノン。

 味覚をもったままデータ化だってできちゃうのでご安心!!』


『データ化すれば憧れのあのゲームの中にだって入れます!』


『あなた好みの異性をデータで作り上げましょう!

 バーチャル恋愛なんてもう古い! これが新しい恋の形です!』


テレビでは連日データ化人間のメリットについてエンドレスで特集していた。

近所の人もどんどんデータ化してしまい、ゴーストタウンになっていく。


「俺もデータ化するべきなのかなぁ……」


居場所がなくなっていくような気になっていると、外から何か声がする。



「データ人間を認めるなー!」

「ミトメルナー」


「加工された人間は人間じゃなーい!」

「ニンゲンジャナーイ」


「明日も見てくれるかなーー!」

「イイトモー」



プラカードを持った集団がぞろぞろと行列で練り歩いている。


「あの、何をやっているんですか?」


「我々は『データ化していない人間を守る会』、略して「デかい」。

 データ化して加工されている人間は人間ではないと主張しているのです」


「そこまで言わなくていいんじゃ……」


「いいえ!! 一度データ化すれば声も顔も体型も性癖も思いのまま!!

 そんな人間が同じ人間と言えますか!! 否! 断じて否!!

 親からもらった体を、血のつながっていないデータにしてしまえば

 同じ人間とは言えないのです!!」


「う、うーーん……」


「あなたも生身の人間なら、ぜひ我々の仲間になりましょう。

 このままではデータ人間どもに、生身人間が支配されてしまいます。

 たぶんスカイネットとかできて機械戦争とかになります」


「でも、首相もデータ化していましたよ?」


「ええ、ですから今の首相は偽物だと思っています。

 首相に顔を似せた偽物が今は政治を行っているんですよ、国家の危機です!!」


「それじゃ俺はこれで……」


カルト教団にも似たヤバさを感じたので立ち去ろうとすると、

ぐいと服の裾をつかまれた。


「どこへ行く気ですか? データ化するつもりですか、裏切者」


「ちがいます! ちがいます! 家に帰るだけです!!」


「これだけの国家の危機だというのに、あなたという人は知らんぷりする気ですか。

 非国民ですか。非人間ですか。どういうつもりですか」


行列の人たちはじろりと鋭い目を向けている。

もし断ればどうなってしまうのか。


この小説に「暴力描写あり」と書かなければいけない事態にはなりそうだ。


答えに詰まっていると、行列のひとりが声をあげた。


「り、リーダー! これを見てください!!」


持ってきたスマホニュースにはデータ化された首相が出ていた。


『みなさん、突然のことで驚かれるかと思いますが地球がヤバイです。

 あと1年もしないうちにカスギフンウイルスで生物は死滅します』


「「「 な、なんだってー!! 」」」


『私がデータ化したのも、すべてはこのためだったのです。

 みなさん、早くデータ化して避難してください』


行列の人たちはさっきまでの結束をあっという間にかなぐり捨ててデータ化へと向かった。

リーダーはひとりだけぽつんと残されている。


「嘘だ……この首相は偽物なんだ……。

 どうせみんなをデータ化したあとで、データを消そうという陰謀……」


「あの、ほかの国の大統領とかも同じこと言ってますよ?」


「うわぁぁん、データ化するもぉぉん!!」


ついにリーダーも観念してデータ化へと向かった。

俺もデータ化手術を受けて、データの世界へと旅立った。


「お父さん! データ化したのね!」

「あなた、すっかりジョニデ似の顔になって!」


「え? べ、別にもともとこの顔だけど? 似てるかな、ははは」


データ化のついでに顔もちょっと加工した。

緊急の話があるということで、広場に集まると首相が話し始めた。


「みなさん、ご存知の通り地球は間もなく人が住めなくなります。

 ですが、私たちはデータ化して地球で人が生きられるようになってから戻りましょう」


「どうやって地球に戻るんだよ!」

「死にたくないからデータ化しただけなの!」

「人間がいなくなってもデータ残れるのか!」


「安心してください。みなさんのデータはチップに入れられます。

 チップは1000年以上も持つようにできています。

 地球が元に戻るころにはこの「生身プリンター」で人間に戻る事が出来ます」


首相はデジカメの写真をプリントするように、

データ化人間をプリントする装置もデータチップがあるシェルターに収められていた。


「あなた、これで安心ね」

「ああ、俺たちはデータになって救われたんだ」


俺は家族を抱きしめた。

データ化されていても体温を感じる。


外界に取り付けられているカメラの映像はデータ界にも共有され、

カスギフンウイルスで地球がめちゃめちゃになったのがわかった。



 ・

 ・

 ・



それから、2万年以上のときが流れた。


研究者の予想以上にカスギフンウイルスが残留したことで、

人が住めるように落ち着くまでは2万年の時間が必要だった。


データ人間を収めていたチップは酸化してもう使い物にならなくなり、

生身に戻るプリンターも、守っていたはずのシェルターも壊れて、データは戻らなかった。




その様子を見ていた壁画人間たちは笑っていた。


「あいつら、チップなんていうしょぼい記録してやがったぜ」


「俺ら壁画化して4万年以上も経ってるのに、まだまだ現役だぜ」

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