Bady Up Soul
session 009
バディ申請期間が終わり、余った生徒たちのバディ決めが行われた後、それは発表された。
「ではさっそく来週から始めていく。いきなりの実践だが、演習は総当たり戦だから誰にも等しく戦闘回数が与えられる。失敗を恐れずに、それぞれがやらなければならないことをやれ」
そう説明するのはヤッちゃんだ。ボードに映し出された注意事項をかいつまんで説明してくれている。生徒たちは普段以上に真面目に聞いていた。多くの生徒がこの日を待ち望んでいただろうからね。
「あとは本日から、午後の教習は全て自由時間となる。校庭、演習場などの訓練施設はお前たち三年生が自由に使えるようになっている。バディと打ち合わせしたいことがあるならその時間を使え。そのかわり午前中の科目は必ずしっかり受けろ。それにも関わらず腑抜けた態度を見せてみろ、特に私の授業でそんなことをしていようものなら覚悟しておけ」
生徒たちはいつになく良い返事をしていた。僕もそれに合わせて元気よく返事をしたんだけど、教室からの達去り際のヤッちゃんになぜか睨まれた気がした。
「おう、ハヤト」
そんな僕の背中をつついたのはタケルだ。
「なぁ、いい加減教えてくれよ。お前のカノジョ」
タケルはイサナの席に座って顔をキラキラさせていた。その横でそれを見下ろしているイサナの放つオーラが物凄く怖い。
「いやぁ、うん、そうだなー」
僕が熊を退治した話がクラスに広められてから一週間。その間、僕はずっと皆にバディの事を秘密にしていたんだ。
「どうせすぐ分かるでしょ。総当たり戦で名前が出るんだから」
つっけんどんな言い方なのはイサナだ。その声にタケルは慌てて席をどいた。良かったね、怒られる前で。
「お前は気にならないのかよ、イサナ」
「別に」
イサナは本当に興味なさそうに椅子に座ってタケルを追い払っている。席について頬杖をついたら半目を開けて僕を見た。
「でもタケルが気になってるって言うし、あんたも教えてあげなさいよ。じゃないと毎時間私の椅子に座らても困るし」
それを聞いたタケルが物凄く変な顔をしていた。
「わかった。じゃあ言うよ。相手はね、チエルノさん」
「「何だって!?」」
二人揃って大きな声を出すから僕はびっくりしてひっくり返りそうになった。クラス中が僕らに注目していた。あれ以来、何かと注目を浴びがちな僕だけど、本当は目立つのは嫌なんだけどなぁ。
「お前それ本当か!」
何故かタケルは僕の胸ぐらを両手で掴んできた。喜んでくれるかと思ったんだけど、いつになく真剣な顔つきでちょっと怖い。横をみるとイサナの顔が凍りついている。
「うん、た、多分?」
「多分? 多分ってなんだよそりゃ」
「いや、うん実はさ……」
僕が皆に話せなかったのには理由があったんだ。
ヤッちゃんが特別選出枠の話をして以来、僕は彼女と顔を合わせていなかった。本当は話したいことが山程あるんだけど、なぜだか学校で彼女と会話する機会が無かったんだ。隣のクラスにいるのはわかっているんだけれど、会いに行くと決まっていつもいないんだよね。クラスの人たちと話している所を見るわけでもないし、一体どこに居るのか全くわからなかったんだ。
「という訳で、申請は先生がやってると思うけど、僕の方は全然わかってないってわけ」
そこまでいうとタケルはようやく掴んだ胸ぐらを離してくれた。
「なるほどなー。しっかし、まさか相手があのチエルノさんとはな。一体どうやって戦ったんだか」
「あー、それなんだけどね、実はさ――」
僕がそこまで言うと、ずっと固まっていたイサナが急に立ち上がった。その勢いで椅子がガガガっと音を立てて、またクラスの皆が注目していた。顔色が悪い気がする。
「お、おいイサナ、大丈夫かお前……」
「ごめん、私トイレ行ってくる。ついて来たら殴る」
イサナはそう言って教室から出ていってしまった。教室の扉が乱暴に開かれて耳に痛い。一体何なんだという目線が僕たちに向けられていた。それはむしろ僕の方が知りたいことだった。
「……ついて行く訳ないだろうがよ……」
タケルのツッコミはもっともだと思う。それにしてもどうしたんだろう。随分と慌てていたけど、そんなに我慢してたのかな。
「ねね、タケル」
「おお、どうした」
「そういえばタケルのバディは誰になったの?」
「ああ、それな」
タケルは乱れた机と椅子を直して、その席に座った。
∑∑∑
午後の自由時間になって、僕は校舎中を駆け回っていた。あと数日で模擬戦闘訓練が始まってしまう。流石に打ち合わせ無しで始めるのは無謀だと思った。それじゃなくても僕たちは特殊なケースだと思うし。
しかしなかなか彼女は見つからなかった。
あの日、僕は彼女に告白したんだ。
――僕のバディになってよ。
僕の腕の中で、彼女は確かに頷いたんだ。
でもそう思ってるのは僕だけなのかも知れない。
そんな不安を胸に、いよいよインストゥルメントまで使って敷地内を駆け出した時、敷地内でも端っこの方にある射撃訓練場で音が聞こえた。とても小さい音だったけれど、圧縮管のあの独特の唸り。僕の脳裏に浄化空砲が浮かんだ。
射撃訓練場に近づく生徒は殆どいない。現在の主流なMIはその殆どが近接戦闘を想定して作られているからだ。僕たちの校舎は過去幾度か改修工事されたりしているけれど、ここ射撃訓練場だけは開所時のままだった。
重くて分厚い鋼鉄製の扉を押し開け、通路を進むと強化ガラス製の扉があった。そこに顔面を貼り付け覗き込めば、チエルノが浄化空砲を構えていた。
「あれ」
違和感の正体に気がつくまでに時間がかかった。それもそのはずだった。彼女は立って射撃していたのだから。
慎重に狙いを定めるその先には円盤状の的がある。彼女が撃鉄をひくと、不可視の弾丸がそれを居抜き、後方の黒い緩衝材のような壁に激突して霧散した。
「チエルノ」
ゴーグルを持ち上げる彼女に声を掛ける。額に滲んだ汗はその桜色の髪を一段と輝かせた。
「こ、ここにいたんだね」
何故だかすごく緊張する。僕たちはお互いの事を知っているようで、その実、何も知らない。知っているのは名前と、戦い方だけ。そう思うとなんだか急に恥ずかしくなってしまった。ほとんど知らない女の子に声をかけているようなものだ。
彼女は僕を一瞥すると、浄化空砲のレバーを引いて、シリンダーを開放した。プシューという音と共に空圧が抜けていく。
「ひさしぶり。君、私のこと探してたの?」
「え、あ、うん。色々話したいことあったし。でもなかなか見つからなくて」
彼女は腰に手をあてて残念そうに溜息をついた。
「私の武器はこれ。訓練するんだとしたらここしかない。君ならわかると思ったんだけど」
「あ、あはは、そうだよねー! 本当、その通りだ」
なんで思いつかなかったんだろう。彼女は人と群れて行動するようなタイプじゃないし、MIの訓練場所を見てもいないのは当たり前だった。やっぱり僕は他人を観察することが徹底的に出来ていないみたいだ。
そんな頭に手を当てて笑ってごまかす僕を見て、彼女は表情を曇らせた。
「逃げ出したのかと思った」
それは僕にとって、予想もしていなかった言葉だったんだ。
極彩色のチエルノ ゆあん @ewan
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