(非)現実的なテーマ

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(非)現実的なテーマ


「クジラが空を飛ぶとしたらどんなときかな?」

それまでうんうんと唸っていた男の子が口を開いてそう言った。

「ファンタジーでたまに見るね。メルヘンチックで私は好き」

女の子は応えて言った。

「うん、僕も」

「でもふつうクジラは空を飛ばないでしょう?考えるだけ無駄よ」

現実離れしたことに少し呆れているのかもしれない。

「いや、でも今はそれを考えるときなんだよ。考えなくちゃならない」

「うーん…餌が空にしかなければ飛ぶよりほかないわね」

陽を遮られて少し薄暗い春の公園だ。周囲にはまだ三分咲きほどの桜の木々。その傍らに設置されたベンチには、ニつのランドセルと二人の子供。

「僕が言ってるのはそういうことじゃないよ」

「餌は鳥かも知れないわね」

そう言って女の子がクスクスと笑うのを見て、男の子は不満げに口を尖らせた。

「えぇわかってる、冗談よ」

赤い舌がぺろっと出される。男の子が急かして言う。

「なら早く答えて。クジラの動機になんて興味はないさ。聞き方が悪かったかもしれないけど、つまり僕はクジラが空を飛ぶ原理を聞きたいんだ」

「んー…クジラが空気より軽いなんていうのはどうかしら」

「クジラは固体だからふつう空気より軽くはないよ」

男の子は科学少年らしい。

「じゃあクジラの形をした雲」

「それはクジラじゃない」

「じゃあクジラみたいな風船」

「それもクジラじゃない」

「あ、風船みたいなクジラなら空を飛ぶわ!」

「あはは、風船みたいならぶつかっても痛くないかもね」

「えー、ぶつかっちゃうの?」

女の子は残念そうに呟く。少し強く風が吹く。やはりまだ少し肌寒い季節だ。女の子は膝にかけていたカーディガンを肩に羽織りなおした。


「こういうのはどうかな?クジラが竜巻に巻き上げられて空に浮き上がるんだ」

少し得意げに男の子。

「小魚がそうやって空から降ってくるっていう話なら私、聞いたことがあるわ。でもそれって飛ぶって言えるの?落ちるだけなら滑空よ」

「ムササビだって空を飛ぶけど、あれも実際には滑空でしかない。もしそれを飛ぶと言わないなら、僕たちは飛ぶという概念から考え直す必要があるね」

名教授にでもなったかのような口ぶりで男の子が言う。

「もう良いわ。それも飛ぶとしましょう」

「やった!」

「でもクジラって大きいのよ。あんなにでっかいクジラを巻き上げるほどの竜巻なんてどんなのか想像もつかないわ」

「そりゃ木星の大赤斑みたいなのさ!」

「…あの渦巻きに地球が何個入るか知ってるの?」

「……3個くらい」

「地球のほうが空を飛んでっちゃうわね」

同時にため息をつく。

「クジラの幽霊…」

男の子がぽそりと呟いた。

「悪くないアイデアだわ」

「いいや、ダメだよ。幽霊なんて科学的じゃない。それに幽霊に影は無いからね」

女の子は地面に視線を落とし、そして、

「ほう、では科学とは?」

女の子の挑戦的な笑みを見、

「端的に言うと科学とは現象を説明する努力さ」

すぐさま男の子が答える。

「そんなの物質的でつまらないわ。常識の範囲に収まってちゃダメなの。発想を飛躍させなきゃ」

確かにそのとおりだった。男の子は黙って上を見る。

「そうだわ!クジラは魔法の力で空に飛ぶのよ!」

女の子が叫ぶように言う。

「現実的じゃない」

「だって、そういうテーマなのだから仕方ないじゃない。非現実的な話よ」

「いいや、僕たちはずっと現実の話をしてるんだ。つまらないかも知れないけど、そうだろう?」

それは確かにその通りだった。だから、女の子もまた上を見た。


雲のない、春らしい水色の空だった。

季節があるのは地球の地軸が曲がっているからだし、空が青いのは陽の光の青が塵で散乱するからだ。二人はそれを知っていた。

しかし二人の目に青空は映らない。空にはクジラがいた。何百メートルもあるクジラの群れが、二人の視界をほとんど覆い地面に大きな影を落としたまま、泳ぐように空を飛んでいる。

その光景の答えを二人はまだ見つけられない。

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