ビタースイート
ビタースイート・1
「お前には普通の娘として、平凡ながらも恋をして、愛し愛されて結婚してもらいたかったよ」
――お母さん、大丈夫。
私、とても愛されていると思う……。
「恋をして、愛し愛されて結婚してもらいたかったよ」
――だから……サリサ様は優しくて……。
「お前は平凡な娘なのに……」
――違うの。まだ子供なだけよ。
ちゃんと成長したら、何もかもできるようになるから。
私、がんばっているから……。
「幸せな結婚をしてほしかったよ」
「お母さん!」
思わず叫んで目が覚めた。
霊山の母屋の一角。小さな巫女姫用の寝所。
なぜ、母の夢を見たのだろう? エリザは少し不安になった。
村から巫女が選ばれた――
それは、辺境の小さな村にあって大事件であった。
エリザの家には、これでもかという量のお祝いの品が近隣の村々から届き、家族・親族そろっての大宴会が、もう何日も続いた。
霊山から届いたものは、ほんのわずかなものだった。
真っ白い絹の巫女のための衣装。派手さはないものの、このあたりでは手に入らない美しい布で作られている。
それと、清めのための水。固いパン。粗末なもので味気はない。
光を信仰するムテの聖職者の生活は、質素なものである。様々なご馳走を前に、巫女になるエリザだけは、霊山に向かう三日前から水とパンだけの生活をして、下界で身に入れたものを捨て去ってこなければいけない。
この奇妙な風習すらも、これから巫女になるという期待と緊張の前に、エリザは気にもしなかった。
しかし、エリザの母だけは違った。
彼女は宴会の用意はしたが、他の者たちと騒ぎ楽しむことはなかった。禊のために部屋に閉じこもっているエリザの様子を頻繁に確認しにきては、ため息をついた。
そして明日の朝には着るだろう絹の衣装を手に取ると、小さな声で呟いた。
「お前には普通の娘として、平凡ながらも恋をして、愛し愛されて結婚してもらいたかったよ」
エリザが巫女に選ばれてから、何度目のぼやきだろう? 数え切れない。
ムテは長命種族である。寿命は長いが、尽きる時は一気に尽きてしまう。
エリザの母は高齢だった。
本人は口にはしてはいないが、旅立たなければならない日は近いはずだ。それはエリザだって知っている。
だから、残された現世の時間を何不自由なく過ごせるだけの蓄えを残してきたエリザは、親孝行ともいえるだろう。
だが、母の口から漏れるのは、ため息ばかりだった。
「心配はいらないのに……。確かに大変だけど、私、頑張れるのに……」
エリザはベッドから起き上がり、窓辺によると月を見た。サリサも同じものを見ているかもしれないと思いながら。
「だって……。お母さん、私、とても大切にされているの」
そう言いつつ、何か不安な気持ちがエリザの胸元をよぎった。
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