【少し長めバージョン】
冬の空はいつも白か灰色だ。と思ったら今日は薄い水色。いい天気。こんな日もあるんだね。そういえば前にもあったか。決めつけは良くない。うん。
帽子付きのコートに赤いチェックのマフラー。厚手のタイツにノースフェイスの黒ブーツに新品の軍手二枚で防寒対策ばっちり。ローファー履きたいけど、冬は無理。寒さで死にたくないもん。
ぴんと張り詰めた空気を割いて、十字路に立つ実希の周りだけ朝日がきらきら差し込んでる。長い黒髪が白一色の世界とをはっきりわけて、きれいだなぁ。ピーコートに薄い青が入ったグレーのチェックのマフラーに、イタリアかどこかの可愛いブーツ。実希は冬でもそういうとこちゃんとしててすごいなぁ。実は私しか知らないんだけど、制服の下は腹巻きだし短いスカートの下は毛糸のパンツ。見えないとこはいいんだって。
持ってきた新品の軍手二枚を実希に手渡す。
「おはよ」
「おはよっ」
よっ。がかわいい。よっ。
「けっこう待った?」
「ううん、今来たとこ。……ふふっ。うちらカップルみたい」
実希は朝からくだらない。1人で喋って1人で笑ってる。昼休みも夜もだいたいこんな感じ。そゆとこ好き。
「あーね、今朝の気温知ってる?マイナス12度だって」
「マイナスじゅうに!? ヤバいねっ」
「うん、ヤバいよね。死ぬよね」
また笑う。片方の目を半分だけ閉じて、お腹抱えてくっくっくっくっ。って。こゆとこ。
まだ誰も通ってない道には真っ白な雪がなだらかに積もって、やらかい。ほかに生徒はいない。私たちが学校一番乗りになる予定。2人でずぼすぼと雪をかいて歩く。
「おとといさあ、みき誕生日だったじゃん」
「うん」
「買ってもらった! りさと色違いのカーデ」
「まじ? 何色?」
「オリエンタルネイビー」
ここでハイタッチ。なんだその色は。
「彼氏?」
「そー」
実希の好きな音楽はフジファブリック。ストレイテナーにエルレガーデン。好きな服は古着とか大人かわいい系。本が好きで意外と図書館にもよく通ってる。実希は神話が好きらしい。ギリシャ神話。神様の昼ドラって言ってたな。なんだそれ。
同じクラスになって実希とは割とすぐ仲良くなった。隣の席で片目を半分閉じて、ギリシャ神話読んでくっくっくって笑ってる子。やばかった。話したらもっとやばかった。
ちなみに私のカーデはシャイニングホワイト。どんだけ白だよ。
「あのさ」
実希のはく息が後ろに流れていく。
「彼の好きなとこ一個ずつ言ってこーよ」
「まじで言ってんの?」
「えーとね、やさしいとこ」
「はじまってんの!?」
「ほらほらほら、梨沙も」
「えぇ、うーん、穏やかなとこ」
「余裕がある」
「大人」
「頑張ったら褒めてくれる」
「あーテスト頑張った時は特にね」
「唇のほくろ」
「押しに弱いとこ」
「わかるー。うち告白したとき超困ってた」
「あたしもだわー」
「あと先生なのにちょっとバカなとこかな」
「うん。フツーしないでしょ。こーこーせーと恋愛してしかも二股」
「うちら仲いいの知らないのかな?」
実希の人差し指がぴぴぴってあたしと実希を交互にさす。
「そゆとこ抜けてんだよね。まぁかわいいんだけどさ」
「誰にも内緒にできるわけないじゃんね。大事な友達には話すでしょ。誰と付き合ってるか。まぁあたし達もバカだけどさ、でもダメでしょ二股は」
くっくっくっ。実希が笑う。
「だから、おしおき」
「生きてるかな? マイナス12度で一晩屋上だよ」
「いいよ。あいつは死んで、世界からいなくなっても」
真っ直ぐな実希の目。
「梨沙がいなくなる方が嫌」
ずきゅん。
実希のほっぺにちゅうして、2人で腕組んできゃーきゃー言いながら校門をくぐる。
いつもなら登下校で混み合って騒がしいはずの玄関。人がいるはずの場所に誰もいない。2人の靴の音だけが、すのこを鳴らして響く。
階段を上がりながら、実希がカバンから何か取り出した。
「なにそれ?」
「ん? これね、なんか庭の松とかキレイにするやつ」
持ち手が長くて、先っちょが大きなハサミみたいになっている。実希が持ち手を動かしてチョキチョキっとした。
「買ったの?」
「おじいちゃん庭師なの」
ふんふん。だから実希んちの庭はおっきいのか。納得納得。ちなみにあたしのカバンにはロープが入ってる。
屋上のカギを開ける。うぅー。
「さむっ」
ドアの横で生まれたての子鹿みたいにぶるぶる震えてるのが、浦野先生。
あたしの、実希の、彼氏。
「おはよ。浦野せんせー」
「おはよっ」
私達は先生に一歩ずつ近づいていく。
「ねぇ浦野っち、ギリシャ神話の美の女神アフロディーテってさぁ」
壁に寄りかかって、身を縮めて座る先生の足を伸ばす。あたしは先生の右足、実希は左足の上にちょんと座る。やっぱ地べたはさ、寒いから。
「どんなふうに誕生したか」
ハサミチョキチョキ実希さんトドメのひとこと。
「知ってる?」
おしおき @muuko
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