8話 魔獣市場


 ラジーヌルト島で知り合った一見極悪人の男を連れて、つるぎたち一行は、ヴァーユの呼んだ鳥類最大の鳥、グワバ(黄色の下地に豹柄の羽根を持つオウムに似た姿の鳥)に乗り、空の旅を二日間経験したあと、この辺りでは一番大きな島であるポクト大島に着いた。

 空の旅の間に、色々と自身の事を語ってくれた男…名をガリバ=グラチェスと名乗ったが、ポクト大島の上空に到達した時、つるぎたちにこう言った。

「これから“大掃除”するから、町の宿屋で待っていなさい。全てにカタがついたら、色々と観光に連れていってあげよう」

 ポクト大島の中のルチアの町外れで、ガリバはグワバを下りると、にこやかにそう言った。

「大掃除?」

 何か含みのある言い方をしたガリバに、つるぎが聞き返すと、ガリバはニヤリと笑う。

「そりゃあ、おじさんを懇切丁寧に島流しをして下さった者たちに、それなりの仕返しをしたいからねぇ。……だけど、お嬢ちゃんたちが巻き込まれる様な事に成らないためにも、用心しておいた方がいいから、一度、ここで別れる。宿屋は……そうだな、西の中央に教会が見えるだろう?あそこの斜め前にある、子牛亭に居てくれ。俺の名前“ガリバ”の名を出し、その紹介だと言えば、料金は後払いに成るから」

 そう言って、観光案内をしてくれると言った男と別れてそろそろ二日経つ。その間に、部屋の中で、ラジーヌルト島から持ってきた物を仕分けしていた。まず、ヴァーユとナパート二人を留守番させた後、つるぎは雑貨屋で大きめの旅行鞄を一つ、それに小さな革袋と色のついた紐を四、五種類、銀貨五枚で買えるだけ買って、小袋と紐を使い、持ち込んだ物を分類しはじめる。結果……

「ヴァーユ、金貨の袋、何個出来た?」

「百枚、一袋として四十五袋出来たよ。余りは二十四枚ほどだけど」

 床にペタンと座ったまま指で示しながら数えていたヴァーユは、にっこり笑って答えた。次にヴァーユの後ろで懸命に袋の数を数えていたナパートが吐息をついて、つるぎの方に顔を向ける。

「銅貨はね、百枚一袋で五十袋だよ。端数は二十枚」

「わたしの方はね……」

 指で示して数えながらつるぎは言う。

「えっと、銀貨の袋が四十八と貴金属が二十袋かな?」

 辺り一面小袋の山。カラフルな紐で中身が区別される様にしているが、かなりの量である。ヴァーユは目を丸くした。

「ツルギ、よくこれだけの量、持てたねぇ」

「袋に分けたから多く見えるのよ。それに、運んだのは殆どヴァーユの呼んだグワバだったし」

 答えたつるぎは、肩を竦めて何でもない様子である。

「それで、お姉ちゃんは、これを減らすって言ってたけど、何に使うの?」

 つるぎはニッと笑った。

「使うなら、有意義な事に使おうと思ってね」

 ヴァーユは、そのつるぎの笑みを見て、悪戯を考えている子供の様だと思う。

「有意義?」

 笑みの意味が判らなくて、聞き返すナパートに、つるぎはナパートの頭を撫でてあげながら言った。

「こういう手段は、あまり気分のいい事じゃないけど、一人でも助けられる事には変わりないわけだし」

「……?」

 つるぎは、満面の笑顔を二人に向けると、先程町中で聞いた事を口にした。

「あのね、この町の外れの森で、魔獣市場が開かれるんだってっ! 宿屋のおじさんに、その事を話したら、連れていってくれるって」

 魔獣市場と聞いて、ナパートとヴァーユは嫌そうな顔をした。

「…………」

「そこで、このお金を使うの」

 二人が本気で嫌そうな顔をしているので、つるぎは困った様に首を傾げた。

「一人でも、人間から開放された方がいいじゃない。……そりゃ、騒ぎ起こしてドサクサで逃がすのも手だけどね。でも、後が面倒だと思うのよ。もう、おいかけっこはうんざりでしょ?」

 開放と聞いて、ナパートは少し顔を明るくした。

「……仲間を助ける事になるよね?」

 だが、ヴァーユの顔色は冴えない。

「でも、ツルギ。ツルギが捕まったらどうするの?」

 心配そうに、つるぎの服の裾を握りしめて言った。途端、ナパートも不安そうな表情をする。

「……お姉ちゃんも、売れるって言われたんでしょ? 捕まった時」

 つるぎは、捕まった当時を思い出した、顔を引きつらせた。

「……どうやら、わたしの“色”の取り合わせが珍しいらしい事を言ってたよね、あのおっちゃん……」

 ズズイッと身を乗り出し、益々不安そうな表情をするヴァーユとナパートである。だが、それに比べ、つるぎは淡白だった。ニパッと笑うと、両腕で二人を抱き寄せる。

「わたしの世界の言葉に“虎穴に入らずんば虎児を得ず”という諺があってね、危険を侵さなければ功名がたてられないって事なのよ。……この場合は、ヴァーユやナパートの同胞を助けられないって事よね」

 心配そうに見上げてくるヴァーユとナパートに頬ずりする。

(かーわいいっ!……なんて、可愛いんでしょ。この子たちって)

「でも……ツルギ。ツルギに何かあったら、ぼく……」

 涙をじわりと浮かべてヴァーユは、真紅の目を真っ直ぐつるぎに向ける。ナパートとヴァーユを腕から開放すると、つるぎはニコリと笑んで、二人の顔を覗き込んだ。

「だーいじょうぶだって! 今回は、保護者が居るんだし、第一あの時のやつらがわざわざここまで来てるなんて考えられないし。……居たら……居たら、逃げるから」

 不安な顔をさせないように、ニコリと笑顔を作って見せた。だが、それでもまだ不安そうな顔をしていたので、つるぎはこう聞いてみた。

「ヴァーユは、わたしが呼んだら何処でも聞こえる?」

 ヴァーユは、何のことだか判らないが、戸惑いながら頷いた。

「……うんっ! 何処に居ても聞こえるよ。どんなに離れていても、ツルギが付けたぼくの名前を呼んでくれれば聞こえる」

 つるぎはにっこり笑った。そして「提案するよ」とでも言わないばかりに、ヴァーユの方に顔を突き出し人差し指を軽く立てる。

「じゃあ、こうしようね?……わたしが、危ない事に巻き込まれそうになったら、ヴァーユを呼ぶから」

「えっ?」

「ヴァーユ、わたしを助けてくれるよね?呼んだら来てくれるよね?」

 ヴァーユは念を押すように言うつるぎに、ちょっとムッとした。

「ぼくはツルギの“守護聖獣”なんだよっ!ツ・ル・ギ・だけのっ“守護聖獣”なんだから。だから、だからっ! ツルギの声がぼくに届かない事なんて絶対ないんだからねっ。ツルギは、ぼくを信頼しなくちゃならないんだよ? そうしないと、ぼくの存在意義が無いんだからっ。……絶対、なんだから。これは」

 ムキになって自分自身の胸を叩き、一気にそう言い切って、肩で荒く息をつく。「信頼してないわけじゃないよ。だって、ヴァーユは大事だから。この世界での初めてのお友達なんだから……」

 泣きそうな様子のヴァーユに、困った様子で言った。ヨシヨシとヴァーユの淡い水色の髪を撫でながら言う。

「わたしは、ヴァーユ無しでは、この世界の右も左も判らないのよ?」

「…………うん」

「わたし、危険になったら“呼ぶ”から」

 グイッと腕で涙を拭うと、ヴァーユはニコッと笑った。

「判ったっ! 急いで、来るからねっ」

 それまで、オロオロと二人を見守っていたナパートが、初めて口をはさむ。

「じゃあ……そういう事態が起きた時、ガリバおじさんはどうしましょうか?」

 つるぎは、少し思案した後、肩を竦めてみせた。

「……その時は、ガリバおじさんには悪いけど、この旅館のおじさんにそう伝言を残して、旅をさっさと再会しちゃいましょ」

 ヴァーユもナパートもつるぎが第一だったので、あっさりと頷いた。元々お金を入れてきた袋に、小分けした小袋を入れなおし始めたつるぎを見ながら、ヴァーユは、念を押すように言う。

「……怪我しちゃ、駄目だからね?」

 過保護のようだなぁと思いながら、つるぎは苦笑しつつも頷く。

「はいはい」

「本当だよ?絶対の絶対、だから」

「はぁーい」

 しかし、つるぎは甘かった。事態はそんなに単純には出来ていない事を、後で思い知る事になる。



 連れていってくれると約束した宿屋の主人と待ち合わせる前に、ヴァーユの荷物とナパートの荷物の中に、金、銀、銅貨の袋を五袋づつと端数の入った袋、そして貴金属の袋をそっくり残した。つまり、つるぎの手元に金貨四十袋、銀貨四十三袋、銅貨が四十五袋ある事になる。そして、保健として、貴金属の袋の中から二つほど綺麗な指輪を選んで、宿屋の主人に渡した。宿屋の主人は格段と愛想が良くなり、色々な事を教えてくれる様になった。

 そして、夕方……。ヴァーユとナパートに見送られて宿を後にする。つるぎは全身をすっぽり覆う旅人用のマントをきっちり着込んで、この世界では異色といわれる黒髪を隠すと魔獣市場へ足取り軽く出掛けた。

「……で、お嬢さんは何を買うんだって?」

 宿屋の主人、名をカズルドと言うが、彼はつるぎ達が旅の途中だと聞いて、色々アドバイスをくれた。

「えっとね、旅に必要な乗物に使う動物とか。あとはお手伝いとかかなぁ」

「地上を走って行くんだったら、安い物で馬やラバかな。高価な物で土竜とか」

 カズルドは指を折って説明していく。つるぎは頷きながら値段はどれくらいだろうと考える。

「高所恐怖症でなければ、鳥獣でもいいかもな。何より地上の景色が一望出来るし。鳥獣もぴんからきりまであるけど。金持ちになると、高価な飛竜を買うな」

「鳥獣って、わたしたちみんな、乗せて飛べるかしら?」

 小首を傾げて問いかけるつるぎにカズルドは小さく笑った。

「それも様々さ。一人乗り用から数人乗せても大丈夫なのからある。……えっと、弟さんたちも一緒に乗れて、旅の荷物も運べるとなると、かなり大きい方がいいね」

 つるぎが素直に頷いたのを見てカズルドはまずそちらの方の売り場へ足を向けた。人込みが多くて、時々人にぶつかりながらそれでも懸命に歩く。その人込みの合間に、大きな檻がチラチラと見えた。時々、奇妙な鳴き声も聞こえる。

「うわーっ、おっきいっ!」

 焦げ茶の猫の様な顔を持つ鳥や、二股の首を持つ馬に似た巨大な生き物。居眠りをしている熊の様な身体に羊の様な顔をした物やら色々いる。まだ、子供とでも言えそうな華奢な体躯の物もいた。目を輝かせて感嘆の声を上げるつるぎに、カズルドは苦笑した。

「……で、どうする。どれか買っておくか?」

「おっきいのがいいな。出来れば持久力があるやつ」

 問われて我に返ると、つるぎは考え考えそう答えた。

「持久力?」

 聞き返すカズルドに頷いてみせる。

「“ミスル”に行きたいの。そこに用事があるから」

 つるぎは脳裏にまだ見たことのないミスルの側にあるトール湖を思い描く。

「ミスルって、隣国“ダーレスク”の副都市だろう? ……随分遠いな。じゃあ、荷物も、それなりの用意しなくちゃね」

 ミスルと聞いて、カズルドは目を丸くする。

「鳥獣を買うなら、餌も仕入れていかなければ成らないし。よしよし、おじさんが選んであげよう。……予算は、大丈夫かな?」

 つるぎはにっこり笑ってマントで隠れている背中のナップサックを軽く叩いてみせた。

「参考にお聞きしますけど、どれくらいするものなの。鳥獣って」

 カズルドは肩を竦めて見せた。

「安いので銅貨五十枚ほどかな。……お嬢さんは、ガリバさまのお知り合いだと言うし、大丈夫だとは思うけど、どれだけの資金があるんだい。参考に聞かせてくれるかな?」

 つるぎはぺろりと舌を見せる。

「ひ・み・つ!」

 つるぎの様子に呆れた様な表情をしたが、それは笑って受け流してくれた。もしつるぎが男だったら、怒りを買っていたかもしれない。だが、つるぎは可愛い…どちらかと言うと、綺麗に部類する容姿だったし、愛嬌があった。明るくはぐらかされれば、苦笑するしかない。

「……じゃあ聞かないけど、一応値の張るものから見て回るからな。買えそうだ、気に入ったのがあったら、知らせてくれ」

「お願いしまーすっ!」

そうして、色々とカズルドに見せてもらって回る内に奇妙な人だかりを見つけた。

 つるぎは首を傾げてカズルドの服の裾を引く。

「……あれは?」

 カズルドは視線をつるぎの示した方へ向け、ああと笑って答えた。

「余り大声では言えないけどな。妖魔や妖精などが売りに出されているんじゃないかな」

「ふーん……」

ワイワイと一か所だけ人だかりが酷く、つるぎは妙に気を惹かれた。

 チラチラとそちらの方にやるつるぎに、カズルドは小さく笑って、見に行くかと提案してくれた。それで、少し考えてつるぎは大きく頷いた。

 そのエリアは、どれも買い手だと思われる人々……特に裕福だと思われる服装の人が多かった。小さな籠に入れられた光の繭の様な物から獣相を持つ、人と変わらない大きさと姿の者。何人かを一つの檻に入れた檻などもある。

「……人間と、変わらないじゃない」

 とても気分が悪かった。手には鎖がかけられ、何処か虚ろで諦めきった表情を見た瞬間、息苦しく感じた。鉛を無理やり飲み込んだ様に。青白い顔色で、片手でカズルドの服に縋りながら歩いている内に、ふいに目についたのは、一際人だかりのある檻の前。

「……あれは?」

 つるぎの言いたい事がすく判ったのか、人込みをかき分けてよく見える所まで、連れていってくれた。そして、絶句する。

「両手、両足、何故鎖に繋がれているのっ!」

 朱色の光沢を持つ長い髪、繊細で見たものに感銘を受ける顔、華奢にもとれる身体。

 瞳の色は判らない。なぜなら固く閉じられていたから。全裸でさらされたその青年の姿を見て、……急に悲しくなった。心が藍色に染まる。こんな屈辱的な見せ物を見て、まわりの人達はなんとも思わないのかと、怒りを感じた。その時、何処からか“声”が聞こえた。

────あなたは、誰です?

 綺麗な綺麗な声だ。だが、それは女性的な柔らかな声とは違い、男性的な要素を多分に含んでいた。

「……わたしは、風間つるぎというんだよ」

 不思議そうに何処から声がするのだろうときょろきょろしながら、答える。

────綺麗な綺麗な金色の光の凝集。

 ため息とも、吐息とも知れない息がつかれたのをつるぎは感じ、益々訳が判らなくて首を傾げた。つるぎの横に立つカズルドは、つるぎの突然の独り言を聞いて、首を傾げ変な顔をしている。

────名前を、わたしに頂けませんか?

 何処か請う様な響きを声に宿していた。

「……名前?」

 何処かで似た経験をした気がした。誰だったかと考えながら、視線を感じて正面に顔を向ける。すると、今まで固く目を閉ざしていた妖魔か何かの青年が、真っ直ぐこちらを見ていた。瞳の無い朱金一色の目。まるで炎を閉じ込めた様な不可思議な色だ。それで、つるぎは声の主が目の前の檻の中にいる青年だと気付いた。今度はしっかりと唇が動く。声は相変わらずつるぎにしか聞こえていない様だった。耳では青年を見ながら品定めをしている者たちの声ばかりを拾った。

────あなたとの、絆が欲しい。

絆と聞いて、つるぎは目を見開いた。鎖がジャラリと重い音をたてて、身を乗り出す青年を見つめる。じっと観察した。その時、売りに出した魔獣商人の声が響いた。つるぎは、瞬間的に側に立つ、カズルドの服を引いた。

「カズルドさんっ!」

 何事かとつるぎをカズルドは見る。

「わたし、あの人が欲しいっ!」

 つるぎの言葉にギョッとして、慌ててカズルドは声を低める。

「……お、お嬢さん。アレは止めたほうがいい。見目はいいけど凶暴だから鎖で繋がれているんだよ。第一銅貨で買える値段じゃない」

「お願いっ! カズルドさん。せめて競売に参加してっ。どうしても、欲しいのっ!」

「……あのね、お嬢さん。あの品はこの所ずっと出てるけど、誰も買い手がつかなかったんだよ? 触れる者は、火傷する。怒らせると火柱を吐き出す。……鑑賞用以外、役に立たないよ。以前、あれを買った物好きが居たけれど、下手に手を出して、黒こげだ。……それでも、いいのかい?」

 カズルドの話をそれとはなしに聞いていた他の者たちは顔を青ざめる。

「……うん」

 つるぎは少し考え頷いた。ヴァーユとナパートと約束した彼らの仲間の“解放計画”の第一歩である。黒こげになったのは、相手が悪い。……自分が成る可能性も無くはない。こんな屈辱的な姿をさらす羽目になった人間という種族の一員なのだから。八つ当たりされるだろうと覚悟した。

「今は魔獣商人がアレにつけている鎖で能力を封じられているけど、それが自由になったら……と、思うと怖くないかい」

 つるぎは顔を上げると頷いた。

「怖くない!」

 カズルドは呆れた表情で、肩を竦めてみせると、物好きだと言わないばかりにため息を一つついた。

「……判ったっ。こちらにおいで」

 つるぎは、カズルドに手を引かれて檻の隣で、彼を買おうとしている者たちの所へ連れていった。そこでは、値段の交渉で難航していたらしく、喧々囂々と言い争いと、紙の札の値段交渉が続けられている。

 彼らはカズルドとつるぎに気付くと、値踏みするように二人を眺めた。嫌な視線だ。

「……お客?」

 猜疑的な声音である。カズルドは、顔を顰めたが、「ああ」と答えた。

「だが、俺じゃない。このお嬢さんが欲しいのだと」

 瞬間、笑い声が辺りに響いた。馬鹿にした様な声だ。つるぎはムッとした。何か言い返そうとつるぎが口を開きかけた時、カズルドはそれを制してこう言った。

「このお嬢さん、ガリバさまの知己なのだが?」

 瞬間、その場に居た者たちの態度が変わる。

「グラチェスさまの?……それはそれはっ」

 商人の方は冷や汗すら流していた。おもねる口調は、卑屈ですらある。客として来ていた他の者たちも、顔が強張っていた。相手が悪いとばかりにヒソヒソと互いに話し合っている。つるぎは不思議に思って首を傾げたが、取り合えず、こちらの話を聞いてもらえる様な様子になってホッとした。カズルドは、つるぎの肩をグイと前へ押しやる。つるぎは覚悟を決めて魔獣商人の顔を真っ向から見た。

「……いくらなの?率直に教えて」

 真剣な表情でジッと見つめるつるぎに、気押される様に一歩下がったその者は、一つ頷いてちらりと他の客たちを見た。

「上等な品だ。見目といい愛玩するにしても肌のきめ細かさから言っても銀貨二百枚以下にはまけられないっ。それをこいつらは銀貨百枚にしろという。……お嬢さんはどうするかい。それとも諦めるとも?」

 つるぎは、ホッとした。胸を張ってニコリと微笑む。

「その値段で買ったら、おまけをつけてくれる?」

 商人は目を瞬いた。

「……は?」

「元値にプラス銅貨百枚で買うわ。だから、おまけを頂戴」

 商人の瞳がキラリと光った。

「銅貨百枚追加で買っていただけると」

 つるぎは大きく頷いた。そしてマントの下のナップサックから、青のリボンで括られた袋を二つと赤のリボンで括られた袋を一つ取り出した。つるぎの提案にそこに来ていたほかの客は失望の声を上げる。自分たちの予算では買えないと思ったか、そこまで執着が無かったのか、離散した。

「おまけとは、どの様なもので」

 商人の声は弾んでいた。思わぬ利益に顔が綻んでいる。つるぎが元値に“色”までつけたおかげで、愛想が良くなっていた。最初の見下した態度や、卑屈な態度が嘘の様だ。つるぎは並んでいる色々な妖魔や妖精をあちこち見ながら、ふと忘れ去られた様に、テントの隅に放置された小さな鳥籠を指さした。

「……あれは?」

「……病気持ちで売り物に成らないんで、処分しようと思っていた品ですが?」

 商人は首を傾げながら言う。

「処分するのなら、あれでいい」

 商人は、ホッとした顔をした。おまけといわれた商品が、値の張るものだったら、儲けにも成らない。商人の手下の者たちは、見物客の見守る中、青年を戒めていた鎖を解き、両手の戒めを引いて檻を出てきた。取扱には何処かオドオドしている。青年は、珍しい事にひどくおとなしかった。前回もその前も、こうやってお客に引き渡される時、酷く暴れて商人の下で働く者たちに火傷や怪我をおわせたりと大変だったが、今回は猫の様だ。

 つるぎは、呆然と立ち尽くすカズルドの前で、青年の鎖を受け取ると、代価を支払った。

 商人は渡された三袋の口を開け、中を確かめてにっこりと微笑み、

「毎度ご贔屓にお願いしますよ」

 と言って頭を下げた。それからおまけを受け取って、一度人込みを出る。その間、手を戒められた青年は、じっとつるぎを見つめていた。カズルドは目を丸くしてつるぎを見ている。

「……ほんっとーに、買ってしまったな?お嬢さん」

「…………」

「銀貨二百枚だよ。二百枚っ! ……よく、持っていたね」

 何処の金持ちのお嬢さんかいとばかりにカズルドは延々と問いかけてくる。つるぎは曖昧に返事を返しながら木陰でマントを脱いだ。 フードを取った事で隠されていた黒髪が露になる。青年はつるぎを見て目を丸くした。次に、青年に向き直る。そしてまず、手を戒めていた鎖を解いた。この青年の扱いに慣れていた商人でさえ恐れてしようとしなかった事をである。それを見て、カズルドは顔色を変えて飛びずさった。

「おっ、おっ、お嬢さんっ!」

 狼狽するカズルドに構う事無く、つるぎは自分の脱いだマントを、背伸びをして青年に被せた。

「“アータル”。女性の前で、裸は止めたほうがいいと思うわ。……状況が状況だから、今回は許すとして」

 青年は、解放された手首を摩っていたが、つるぎの言いように目を綻ばせた。そして、嬉しそうに微笑みを浮かべる。

「……名前を頂けたのですね」

 初めて聞く、つるぎがアータルと名付けた青年の肉声だった。思わぬ展開にカズルドは身体を硬直させる。

 つるぎは、肩を竦めてこう言った。

「アータルとは、わたしの世界の言葉で“火の神”の意味を持つのよ。さて、買い物に付き合ってね。旅にはどうしても鳥獣が必要なのよ」

 そして、何事も無かった様にカズルドの方へ顔を向けた。

「カズルドさん。鳥獣でいいのあった?」

 カズルドは、アータルに気をつかいながら、ああと頷く。アータルはと言えば、つるぎ以外眼中無しの状態だった。アータルの手を引くために手を差し延べると、喜々として己の腕を絡めてきた。これ以上は無いと言うくらいに身体を密着させる。

「……どういう事だい、お嬢さん」

 話に聞いていたアータルと目の前の彼とでは全然違うので混乱しているのだ。ここまで人懐っこいとは聞いたことが無い。つるぎは、アータルの態度に目眩を覚えながら、ため息をついた。普通の年頃の女の子であれば、異性にここまでべったり懐かれでもしたら、悲鳴の一つでも放って平手の一つでも食らわせてやるのだが、故郷に兄と弟が居る事もあって男性に多少(?)免疫があり、それほど過剰反応を引き起こさずに留まっている。もっとも、兄や弟がふざけ半分で似たような事をしてきたら、卍固めをかけてやってたが。

「……わたしは慣れたの」

 心の中では何度も何度も繰り返し自身につるぎは言い聞かせていた。

(……可哀相な境遇だったのっ。こんなにキレイなのに、あちこち引きずられ回されて。……だから、きっと甘えているんだわっ。手荒にしたら、人生儚くなってしまうかもしれないし。あっ、そうだっ。女の子だと思っていたら余り気にならないかもっ)

 ほとんど念じていると言っても過言ではない。

「はあっ?」

 余りにも嬉しそうにアータルがしているので、邪険にもできなくてそのまま放っているつるぎである。端から見れば、赤面してしまうほどアヤシイ光景の一言に尽きるが。

「どうも、彼らの種族には好かれる質らしいから。わたしは」

 止めようにも怖くて止められないカズルドは、「そうなのか」と、相槌を打つ事しか出来ない。

 つるぎは、アータルの目立ち過ぎる髪の毛と容貌を隠すため、マントについているフードを被せた。つるぎ用だったので、丈が足りない。つるぎとアータルのその光景を長々と眺めていたカズルドは苦笑した。

「鳥獣は、俺が買っておく。鳥獣の代金をくれないかな。……それから、お嬢さんの買ったそれ、服が必要でしょ。服を先に仕入れた方がいいんじゃないのか」

 つるぎは顔を輝かせた。

「お願い出来ますか?」

 つるぎの様子にカズルドは苦笑した。

「いいの買って来るからな!」

 つるぎは、ナップサックを探って銅貨の袋を三袋取り出した。それを見て、カズルドは目を丸くする。その表情は、どれだけ入っているのだろうという顔だった。

「お願いしますっ。おつりはカズルドさんの臍繰りにしちゃっていいですっ!」

 つるぎが手を振ると、カズルドが気前いいなと笑って答えて、人込みの中に消えていく。それを見送った後、つるぎは自分に張りついていると言っても過言でないアータルと腕の中の鳥籠の中の妖魔……どうみても、水系妖魔に笑顔を向けた。

「さて、アータルの服を買って帰りましょう。ヴァーユとナパートも待っている事だし」

 そういって、歩きだして魔獣市場の開かれている森を抜けて町へと続く小道を歩いている時の事、突然声をかけられた。

「お嬢さん、久し振りだね」

 つるぎは振り向いて顔を思いっきりしかめる。アータルは警戒の色をその面に強めた。

「黒髪、黒い瞳の様な珍品の極上などとは、滅多に居ないからな。……魔獣市場で見かけた時は、我が目を疑ったぞ」

 つるぎは、自分の纏う色が目立つという事を忘れてたとばかりに舌打ちすると、受けて立つかの様に真っ向から見据えた。つるぎとアータルを取り囲むのは、五人。どれも油の乗った筋肉ダルマに、不潔とでも言えるくらいに脛毛の濃いそうな輩ばかりである。

「あーら、あの津波で流されなかったのねっ。おっちゃんっ」

「なんだとっ! 生意気なっ」

 初めは卑下た笑みを浮かべていたが、つるぎが怯えた様子も見せずに揶揄するので逆上する。彼ら…ナパートをイワナ岬で攫おうとした魔獣狩人たちは、あの津波で商品である非合法に捕獲した物をほとんど失ったのだ。

「あのねーっ、あんたたちみたいな人達がいるから、津波がおきたんでしょーがっ! わたしはお陰でひどいめにあったのよっ」

 つるぎは腰に手を当てて文句を言う。

「何で俺たちが関係あるんだっ!」

 噛みつく様に言ったのは不精髭がやたらと目立つ男だ。つるぎとアータルを囲む五人の中で、一番服装センスが悪い。ピンクと青の縞の下地に赤の花柄の上着だなんて、目眩すら覚えそうなほど本人の雰囲気に合っていないのだ。しかし、つるぎにも言っていい事と悪い事の分別はあった。厭味でそれを指摘してもいいが、今はそれを口にする時では無かったから言わない。

「そりゃあ、あるわよっ! ……だって、あの津波、あんたたちが“カドワカシタ”海馬の子の仲間たちが起こしたんだものっ!」

 つるぎは、先程までこの小道を照らしていた月の明かりが一瞬細長く影を落としたのに気がついた。フワリと浮遊感が目の前の彼らの身を襲う。

「わたし、帰るからっ。頑張ってねーっ」

 風が空へ彼らを引っ張り上げているのに、つるぎは気付いた。空へ浮き上がった彼らは、指を差しながら驚愕とも悲鳴ともつけがたい声を騒がしく響かせ、それも小さくなって……聞こえなくなった。

「ツルギ。間に合ったねっ!」

 幼い声がした。木陰から軽い足音が聞こえて、ヴァーユが駆け寄ってくる。

「ヴァーユっ。……よく判ったわね」

 ヴァーユは、無邪気に笑うと答える。

「だって、ツルギの声だったんだよ?ぼくの名前、口にしたでしょ」

 そういって駆け寄ってきて、アータルに気付き、ギョッとした様子で立ち止まる。

「…………誰?」

 警戒した様子で、ヴァーユはつるぎの空いた方の腕にしがみついて見上げた。アータルは、しばらくヴァーユを見ていたが、フワリと笑む。

「風の子供」

 つるぎは身動きが取れなかった。右腕と左腕にそれぞれ重心の違う者たちがしがみついているのだから。

(お……重い……)

 ヴァーユは、青年のその言葉を聞いて目を丸くする。

「ツルギ、ぼくたちが考えた“解放計画”の第1号?」

 つるぎは重苦しい声音で、一言こういった。

「詳しい事は、宿屋で話す。……だから、お願いっ! 二人とも、歩いてっ」

 三人が自分たちが宿を取っている子牛亭へ向かった時、さきほどのヴァーユが起こした小型竜巻の難を逃れたのが、一名。隠れていた場所から顔を覗かせた。彼は、気配を消して、三人の後をつけていく……。



 宿屋に戻る途中、露天販売をしていた古着屋で大きめの服を一揃い購入すると、子牛亭へ向かった。宿屋の女将はつるぎの連れが一人増えているのに気付いたが、特に気にする様子も無い。自分たちが借りている部屋に、購入した服をアータルに持たせて着替える様に指示をして押し込むと、部屋の中で不安そうにつるぎの帰りを待っていたナパートを連れて食堂に下りていった。

「……ヴァーユ」

 今は観光シーズンから外れていて旅人は少ない。この宿に泊まっているのもつるぎたち一行を含めて四組ほどしか客は居なかった。

 つるぎたちの占めている一角のテーブルの上には、野菜や果物をメインとしたオカズがずらりと並んでいる。つるぎは、それぞれのお皿を配り終えると、フォークとナイフを渡した。つるぎは、この店のお勧め料理を別に注文し、フォークだけでかたずけていく。

 実はフォークとナイフの使い方が下手なのだ。内心、「箸があったらいいのに」と思いつつ、手は動く。この地域は、魚介類が主体の原型を留めない様に料理するのが特徴らしく、柔らかく山羊や牛の乳で煮込んだシチューや香辛料をふんだんに使って作った煮つけが多い。次々と運ばれてくる多種の料理を目を輝かせつつ見ながら、つるぎはせっせとそれらの料理を口に運んで腹を満たしていった。 ヴァーユは感慨もなくそれら運ばれてくる料理を眺めている。ヴァーユは、大気を泳ぐ事によって精気を養う種族だから、食事の必然性を感じないのだ。ナパートは、果物と野菜のサラダをメインに食べている。彼は肉類以外は何でもいいらしい。甘い物も好きらしく、井戸水で冷やした果汁などが出された時は、喜んで受け取っていた。

 つるぎは部屋で着替えているだろうアータルの事を思い出しながら、フォークで料理をつつく。ヴァーユは問うような視線をつるぎに向けた。

「……アータルって“龍”かな。竜じゃ無いでしょ」

 声音を心持ち下げながらヴァーユを見た。横ではナパートが、口に一杯含んでヴァーユとつるぎを交互に見ている。テーブルの上には、つるぎがアータルと共に連れ帰った妖魔が果物とじゃれていた。森を抜けた所で檻から出し、逃げていいよと言ったのだが、未だ離れる気配が無い。

「そうだよ。火の属性だね」

「龍って事は、聖獣でしょ。……聖獣って、そんなに滅多に居ないんじゃないの」

「……うーん……」

 ヴァーユは困った様に眉間に皺を寄せた。

「見たところさ、生まれて随分経っていそうだし。成獣でしょう? ……何故捕まったのかなぁ。オトナだったら、自分の力を自由に操れるはずだし」

 つるぎの重ねる様な問いに益々困った表情をヴァーユはする。

「……高かった?あの人」

 二人を交互に見比べていたナパートは、フォークでキュウリをサクリと突き刺し、口に運びながら問いかけた。つるぎは首を捻る。

「わたしはヴァーユを知っているから、彼が龍だという事が判ったんだけど……どうも、商人たちは妖魔かなにかだと思っていた様だし……うーん。相場ってどうなんだろう。珍しい物だったら、相場って高いだろうし」

 つるぎの言葉に、興味を注がれヴァーユが身を乗り出す。

「……どういう所で、判ったの?」

 つるぎは何でもないかの様に、添え付けの陶磁器のスプーンでシチューをすくって口に運んだ。

「ヴァーユさ、わたしに初めてあった時、名前欲しがったでしょ」

 視線で確認取る様に視線を向けると、ウンとヴァーユは頷く。

「……彼も、だったの。だから、そうかなって思っただけなんだけど。単純に」

「で、名前あげたの?」

 ヴァーユの問いに、つるぎは素直に頷いた。

すると、ヴァーユはブウッと頬を膨らませた。

「ツルギは、ボクが守るんだよっ」

 拗ねた様子のヴァーユに、つるぎは不思議そうに首を傾げる。

「そうだけど。……何かいけなかったかな」

 ナパートはオロオロと二人を見比べる。

「……何でもないよっ」

 ヴァーユが何に対して拗ねているのか判り、つるぎは小さく笑った。

「わたしの守護聖獣はヴァーユただ一人なんだから。アータルは、ただのお友達。それでいい?」

 つるぎはそう言ってヴァーユの小さな鼻を指で軽く弾いた。現金なもので、ヴァーユはつるぎのその言葉を聞いて、機嫌を直す。

 にこにこと笑顔を零しながら、足をプラプラさせる。ナパートは、ヴァーユが和んだのを見て安心したのか、再びサラダを口に運びだした。

「アータルさんの故郷は、何処なのでしょうね」

 ナパートは、口いっぱいにサラダを頬張ったまま疑問を口にする。つるぎは、ドレッシングだらけにしているナパートの口許をそえつけのナフキンで拭うため中腰になる。

「そうねぇ。きっとお家に帰りたいだろうしね」

 きれいに拭ってやると、つるぎは椅子に座りなおした。ナパートはお礼を言って、果汁の入ったコップを手に取る。

「……ツルギ、どうする?」

 サクリと果物にフォークを立てた時、ヴァーユが問うた。つるぎは「なにを?」と、視線で問い返す。テーブルの上では、丸々一個、赤い熟れた実を平らげた妖魔が、お腹をぱんぱんに膨らませて引っ繰り返っていた。時々、満足そうに腹部をさすっている所から、どうやら人心地ついたらしい。

「ボクたちの旅は、ツルギに合わせているんだよ? この旅は、ツルギの帰り道を探すためのものなんだから、ツルギのしたいように決めて構わないんだ」

 つるぎは、果物の切り身を突き立てたフォークをくるくると回して口に運ぶと、少し考えた。

(どうせなら、観光気分で居てもいいわよね。帰れる時は、帰れるんだから、道中を楽しまない手はない)

 頬張った果物をゆっくり咀嚼しながら、甘い果汁と果肉を味わって、飲み下す。

(でも、送って行った途端に、一族から戦闘態勢に入られても困るなぁ……)

 色々考えながら、ふとテーブルの上の妖魔に目がいった。妖魔と目が合ったので、取り合えず声をかける。話が出来るのかどうか不明だったが、つるぎは律儀な人間だった。

「……住んでいるトコ、どこ?」

 出来るだけさり気なくそう聞く。つるぎは、住処まで行けないとしても、せめて近くまで送っていこうと思ったのだ。妖魔は大きくて丸い目をキョトキョト動かすと、一度瞬いた。

「途中まで送ってあげる。帰りたいでしょ」

 その妖魔は蛙に似た生き物だった。緑色の光沢に、楕円の小さな黒い柄を背に持ち、トカゲに似た長い尾を持っていた。目の前の小さな妖魔は、何度か口を躊躇う様にパクパクさせて、鳴いた。耳では鶏の様な音を拾った。多分、それが言葉なのだろう。だが、意味は通じる。何故ならつるぎは万能通訳機とでも言える生きた石“レーニェの輪”をその額にしていたのだから。だが、通訳機を使っても、目の前の妖魔の言葉は片言だった。それほど高い知能を持っている訳ではないらしい。

『ス、スタイ山脈。ガ、ガロウノ森』

 つるぎはきょとんとして、ヴァーユとナパートを見た。

「……て、ドコ?」

「ここ、ポクト大島より北西にある魔法大国・ダーレスクの副都市・メーデテルより北東に位置する海洋都市・ドーラの近くの山脈です」

 答えたのは、着替えを終えて部屋から出てきたアータルだ。朱色の長い髪を背に流して優雅に歩く姿は感嘆を禁じえなかったが、つるぎは頭髪だけで、自分たちのグループが回りから浮いているという事を認識し、フードつきマントが人数分必要だとちらりと考える。

 アータルは、空いた席に腰掛けると、つるぎを見た。

「ガロウノ森はその山脈の中腹にあります。……かなり険しい山脈ですから、色々用意をして行かなければなりませんね」

 つるぎは、フウッとため息をついた。

「だけど、すぐ出発という訳にはいかないのよ」

 ナパートもヴァーユもその理由を知っていた。二人ともつるぎの真似をしてため息をアータルに披露して見せる。アータルは不思議そうに首を傾げた。疑問に答えたのはナパートだった。

「ここの店を紹介してくれたおじさんに、ポクト大島の観光案内をお願いする予定が先にあるんですよ。炎のお兄さん」

 次に答えたのはヴァーユである。

「一応おじさんの“大掃除”が終わるまで、ここで待っているって約束をしているんだよ。で、ぼくたちはここで待ちぼうけして二日経つわけ」

 最後に締めくくったのはつるぎだった。

「一週間だけ、待とうと思っているの。一週間待って、おさたが無かったら、伝言残して旅を再開するつもりなの」

 つるぎのその言葉に、アータルは少し首を傾げて考える様な素振りを見せる。

「…………わたしが、その子をガロウノ森まで送って来ましょうか?」

 ややして、アータルはこう提案した。つるぎたち三人は、食べるのを止めてとっさにアータルの顔を見る。アータルは、にっこりと笑みを浮かべるとこう言った。

「あなたの最終的な目的地は何処ですか?」

 つるぎは突然別な話題に振られて吃りながらも答える。

「えっ? えっ、えっと……トール湖の側にあるガーディアンというお店……」

 つるぎがそう答えると、一つ頷いた。

「でも、今は約束した人間がいるお陰で待ちぼうけというわけですね?」

 つるぎとヴァーユ、ナパートは顔を見合わせたが、その通りなのでそろって頷く。

「一週間は、ここのお店に滞在するのですね?」

 確認するような問いに再び三人は頷く。すると、アータルは何かを納得した様子でブツブツひとり言を言うといきなり立ち上がった。 片手で掬う様にテーブルの上に居る妖魔を掴み上げると肩に乗せる。

「一週間、絶対ここで待っていて下さい。わたしは、今から行ってきます」

 つるぎは目を点にした。

「一週間で往復出来る所なの?」

 その問いに対しては、苦笑をアータルはつるぎに返す。

「正確に言えば、わたしたち焔龍の飛翔力では往復三日弱ですね。誰でもという訳ではありません。人間が鳥獣や竜を使って往復するとなれば、一ヵ月は軽くかかるでしょう。短時間での行き来を可能とするのは、我々龍族のみです。それに……」

 と、一度アータルは台詞を切って、ちらりとヴァーユを見て微笑んだ。

「大気に愛されている風蛇龍なら、わたしより早く往復出来るのでしょうけれど、あなたから離れないでしょ?」

 当然だとでも言わないばかりに、大きくヴァーユはつるぎの横で頷いた。

 胸を張って堂々と頷くその様が可笑しいのか、小さく吹き出して、困った様に笑った。その表情は、歳の離れた弟を見ている様な様子である。

「三日で戻って来ます。待っていてくださいね」

 そう念を押して、アータルは宿の食堂を出ていった。

「即実行型なのかな、アータルさんって」

 再び大皿から手持ちの小皿に果物の切り身を取り入れて、フォークで刺したナパートが出掛けて行ったアータルを見送るつるぎに問いかける。つるぎは肩を竦める。

「もう夜なんだから、行くなら朝にすればいいのにね」

 そう言ったのは、ヴァーユである。つるぎは暫く出口の方へ顔を向けていたが、思いなおした様子でテーブルの上の料理を見た。あらかた片づいてはいる。お腹も原八部目というところだろうか。

「折角なんだから、一週間待てば良かったのにと言えば、アータルの好意を無駄にしちゃうよね」

そんな事を話していると、店の主カズルドが、大きな鳥獣を連れて帰って来た。裏庭のポルルの木(臙脂の色の葉をつける針葉樹。秋に拳ほどの大きさの緑と白の縞模様の実をつける。味は林檎に近い)に繋いでおいたとつるぎたちに言って来た。つるぎは丁寧にお礼を言うと、夕食を終えた後、鳥獣を見にカズルドに案内されて裏庭へ行く。世話の仕方や餌の事、鳥獣の手入れの説明を聞きながら、市場の事を色々聞いて楽しんだ後、つるぎたちは二階のじぶんたちの使っている部屋へ戻って行った。だが、その夜、騒動が起きて、宿を飛び出す事になる。

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お姫様をさがせ! 西崎 劉 @aburasumasi

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