番外 1


 つるぎたち一行が、無人島からの脱出作戦を練っているちょうどその頃、海路を取った事を知らないデルチェたち一行は、白魔術を扱う人間を探していた二人の子供たちに案内されて、町の大通りから少し離れた、高級住宅街の一角の屋敷に連れていかれた。

 普通飛入りで連れてこられた、それも旅装束の男を簡単に屋敷の中に入れる事など、これほどの金持ちならば考えられない話なのだが、その屋敷の主人ハフェスは諸手を上げて歓迎し、素性を確認する事もなく、子供たちの言っていた、病に伏した母親の寝室へ連れていかれた。

(・・警戒心が薄いというより、余程切羽詰まっていたようですね?)

 屋敷の入口で連れていた飛竜を預けると、寝室に向かいながら、その母親の様子を診察していた医者の話をつぶさに聞く。 そのデルチェの側にはいつのまにか連れていた二匹の猫の姿が無かった。

「発熱によるものでも無い様なのです。 ・・眠り病というべきなのでしょうか? しかし、日々脈拍も弱くなっていく上に、体温も下がっていっています。 眠っておられるので、その間は食事も召し上がられない事になりますから、衰弱していっているわけで」

「原因になるものは判りますか? たとえば、毒のある物に触れたとか、飲用したとか。 身体に異常は無かったのですか? 腫れ物や凝りがあるなど」

「いえ・・。その手の疑いは全部確認しましたが、ハフェス様の奥方様であるミーナさまは、目を覚まさなくなる前日までは、元気な様子だったと聞いています。 身体的な異常が無いか、診察させていただきましたが、私の見るかぎりでは、何もありませんでした」

問題の患者の部屋の前に来ると、軽く医者はノックをした。 すると中から、この二人の白いお仕着せのエプロンをつけた侍女が迎え入れてくれる。

「奥方様の様子はどうかね?」

 声音を潜めて医者が尋ねると、侍女の一人、赤毛に緑の瞳の少女が泣きそうな様子で首を横に振った。

 医者は少し落胆の様子でため息をつくと、医者の少し後ろから伺っていたデルチェの方へ振り返る。

「万策つきて、ふと別な方面での疑いを持って、見てもらおうと・・そう思ったのです」

 医者のいう“別な方面の疑い”つまり、魔術が絡んでいないか、という事である。 デルチェは、困った様に首を傾げて、医者に促されるまま、ミーナの側に立ち、スッと一瞥した。 次に手を翳し、なぞるように手を振る。

「・・・・当たり、ですね?」

 デルチェの言葉に、医者は目を瞬いた。

「えっ?」

 デルチェはミーナの左腕をスッと取ると、医者の前に突きつけた。

「この、銀細工の腕輪はどうしたのです?」

 ミーナの腕には蔦が絡んだような、細い細工物の腕輪が嵌まっていた。 医者は、デルチェが何を言いたいのか判らなかったが、答えるために背後に控えている侍女の方へ振り返る。 すると、侍女の一人・・先程部屋に招き入れた少女がポツンと答えた。

「それは旦那さまが、旅行帰りに奥様へのお土産です。 ミーナ奥様は宝石やドレスなどのお土産より、凝った細工物のアクセサリーを好まれますから、旦那さまは仕事で遠出いたしますと、必ず奥様へのお土産は、細工の凝ったアクセサリーを購入してきます」

 デルチェは一つ頷くと、医者に囁いた。

「・・済みませんが、ハフェス様をお呼び戴けませんか? お聞きしたい事があります」

 医者は不安そうな表情でジッとデルチェを伺い、次にもう一人の侍女に声をかけた。

 侍女は、医者の眼差しを受けて一つ頷くと、部屋を出ていった。

 侍女が出ていったのを確認すると、医者はデルチェの方に振り返る。

「・・・・まさか?」

 デルチェは医者の懸念に首を振って笑った。

「大丈夫ですよ、ハフェス殿自身には問題は無いですよ? 何しろ、夫婦仲が良い事で有名ですからね。 ここまで案内してくれたミリナちゃんとクリオくんが話してくれましたし、暖かな家族だったのでしょう。 ただ、ハフェス殿は、間接的に係わってしまったかも知れないのです。 それを、確認するために呼びました」

 最初の台詞に、残っていた侍女と医者はホッとしたが、次の台詞に、顔を強張らせた。

「間接的?」

 デルチェは困った様子で指でこめかみを掻いた。

「はい。 ・・どうやら、ですね。 ハフェス殿が奥様へと購入されたこの腕輪。 あれに、特殊な魔術が掛かっていたのですよ」

 ちょうどその時、呼ばれたハフェスが侍女に先導されて部屋に入って来る。 そこで、デルチェと医者の会話を聞きつけ、不安そうな表情をした。

「・・あの、腕輪が?」

 デルチェは「はい」と答えて視線を集まった人々から腕輪に戻した。

「どうやら、生気を奪う“呪い”がかけられています。 ハフェス殿、そこで伺いますが、あの腕輪は何処で購入されましたか?」 ハフェスは混乱しながらも、腕輪を購入した当時を思い出しながらそれを口にした。

「・・デガリスの町の装飾品を色々売っている通りで、声をかけられたんだ」

「声?」

 ハフェスは、一つ頷いた。

「ああ。 確か、見てみないかと言われて・・値段のわりに、結構凝った細工の品物でね? 薦められて、買ったんだが」

「売っていたのは、魔術師の様な人ですか?」

 ハフェスは横に首を振る。

「いえ。 普通の男でしたよ」

 デルチェはため息を付きながら現状を述べる。

「取り敢えず判っている事を申しておきますね? ハフェス殿は、どうやら誰かに恨まれておられる様ですね。 奥様の腕にされた腕輪。 これは、呪術を生業とする者が作った品です。 黒魔術関係でしたら、逆の立場に位置するわたしで十分お役に立ちますが、呪術は全く畑違いです。 この呪いを解くには、神殿関係の者から呪いを解いてもらうしか方法が無いでしょう。 それも・・」

 デルチェは、ミーナの顔色を見ながら断言する。

「急がなくてはなりません。

いうのは、卸金の様にザラザラしていて痛い。

 顔を顰めるデルチェに、黒猫は目を細めて小さく鳴いた。

『お勉強不足ですね。呪いを解く方法は神官に頼む以外二つあるでしょ?』

「……二つ?」

 黒猫はシタッとデルチェの腕から抜け出すと、足音を立てずに婦人の側へ行った。黒くて長い尾をピンと立てて、堂々と歩く。

『一つは、腕輪を作った者を見つけて解呪の方法を聞き出す事と、もう一つは呪いの性質を逆利用して、破壊してしまう事』

 デルチェを見上げて黒猫は一度瞬きし、ニャアと鳴く。

「……ルナ……それって……」

 黒猫ルナは、ヒタリと座ると、ゴロゴロと喉を鳴らした。

『そうっ!』

 デルチェは、婦人の側へ足早に近づき、一度ルナの方へ振り返る。

「……生気を奪う魔法を腕輪にかけて、腕輪を“枯れさせる”か、逆に強い生気を持つ何かを与えて破裂させるという事……?」

『魔術書“カダイの書”第八十五巻、四五五頁に魔術と呪術の対比として、紹介してあったとわたしは覚えているけれど?』

 黒い尻尾をユラユラと揺らしながら、首を傾げて見せる。デルチェは、一瞬息を飲み、次に深く息を吐いた。

「…………流石ですねぇ。わたし、言われるまで忘れてました。しかし、書物名と頁数まで覚えていらっしゃるなんて」

『知識馬鹿とでも言いたいのですか? あなたは』

「とんでもないっ!」

 勢い良く首を振って否定すると、呆然と背後で立ち尽くす医者の方へデルチェは振り返り、笑顔を向けた。

「……お医者さま?」

 呼ばれて我に返った医者は、問うようにデルチェを見る。

「土竜の生き血か、角象の卵が売っている様な薬店が近くにありますか?」

 医者は、数秒考えてデルチェを見る。

「体力減退の時に補給する滋養強壮の薬を作る時に使う……アレ、ですか?それはあると思いますけど」

「それから、蝸牛の干したのとゴルゴラの歯、子牛の生き肝は?」

「蝸牛の干したのは、調味料屋にいつも置いてあります。ゴルゴラの歯も。……あれらは、鳥料理に使いますからね。子牛の生き肝は、肉屋で手に入ると思います」

 デルチェは、にっこり微笑むと何度も頷いた。

「それらを至急揃えるように手配してください。……どうにか、なりそうですよ?」

 デルチェの言葉を聞いて、医者は顔を輝かせると急いで部屋を出ていった。デルチェはそれを暫く見送っていたが、ハアッとため息を付くと、ジト目でルナを見た。ルナは、何事も無かったかの様に、身体を嘗めて、毛繕いをしている。

「…………兄さんが居てくれたら、もっと早く解決して、さっさと旅に戻れたのに」

 恨めしげに言うが、ルナは馬耳東風と決め込んで、毛繕いに専念している。二度目のため息を付くと、諦めて別な話題を振った。

「……呪いをかけた者たちは、どうしましょうかねぇ」

『あいつらはボロボロですよ?』

 大きく欠伸をすると、ルナは背伸びを気持ち良さそうにする。

「……は?」

 意味が判らなくて、目を点にしてデルチェが聞き返した時、細く開いた廊下側の扉から、銀色の猫、マルが鼠を二匹くわえて入って来た。ルナはそれを見る。つられてデルチェもマルを見た。マルは、旅を随分待たされて居たにしては、すっきりとした顔をしている。

(……機嫌が、なおっている?)

 嫌な予感がした。マルのくわえている鼠はボロボロだった。普通猫が鼠を見つけた時を脳裏に浮かべる。

『身内の被害は、最小限にしたいですよねぇ』

「…………」

『いえね、今回の騒動の犯人たちであるあれらに、“姿変えの呪”をかけたんだそうです』

 楽しそうにルナは言う。やっぱりとでもいわないばかりに、デルチェは顔を引きつらせた。

『あっ……でも、後で神官が来るのでしょう? マル殿が仰るには、神官程度で解ける軽い物にしたそうです』

「……なにも、あの様な扱いにしなくても……。どうせ、猫の遊びをしたのでしょう?」

 ぐったりとして、ピクリとも動こうとしない二匹の鼠を横目で見ながら、頭に手をやった。鼠になった者たちの立場を考えると、いと哀れである。マルは、獲物を前に置いて、丁寧に毛繕いを始めた。

『あの程度で済んで幸運だと、わたしは思いますけどね?』

 ルナは、スリスリとデルチェの足に擦り寄って、小さく鳴いた。デルチェは屈んで抱き上げる。

「………………あの程度?」

 胡散臭そうに聞き返すデルチェに、ルナは大きく欠伸をして、喉を鳴らした。

『そう。“あの程度”ですよ?人間でいえば、即刻死刑の行為を彼らはしたのです』

「……死刑?」

 悪い冗談だとでも言わないばかりに、苦笑しながら聞き返す。だが、ルナの声は淡々としていて、奇妙に落ちついていた。

『そうですよ? なんていったって、彼らはマル殿を足蹴にしようとしたのですから』

 そうして、とんでもない事をサラリと言った。

『……下手に怒らせてごらんなさい。この町一つ、軽く吹っ飛びますよ?』

 ルナの言葉にデルチェは絶句する。そして、今まで避けていた話題を初めて口にした。

「………マル殿って、一体何なんです?」

 すると、ルナはキョトンとした表情をした。

『あれ? 知りませんでしたっけ? 分かりやすい様に、名前の頭で呼んでいたのですが』

「兄さんたちが、突然押しかけて来たんでしょーがっ。何も聞いてませんっ」

 非難めいた声を上げると、ルナは困った様にマルの方へ振り返った。

 マルは、何時から聞いていたのか、じっとこちらを見ていたが、視線が合うと小走りしながらデルチェたちの側に来る。

『……そういえば、ドタバタ続きで、改めた自己紹介をしていなかったな?』

 チョコンと座って、デルチェたちを見上げた。その様子は、頬ずりしたくなるくらい可愛らしい。しかし…である。元、自分たちと同じくらいの年頃の青年となると、その行為は是非ともお避けしたい。

「そうですよ」

 デルチェが大きく頷くと、髭をヒクヒク動かして、あっさり答えた。

『わたしは、マルシリーン=レ=フェスタスール。ルナンディー=サーの恋人、ミュースティラの兄であり、フェスタスール王家の第一王位継承者だ』

 名を聞いた途端、デルチェの顔が傍目で判るほど、凍りついた。そのデルチェの腕の中で、ルナが気まずそうに、目を閉じる。

「……もしかして、風の王国の妖精王?」

 上擦る声で恐る恐る聞き返すデルチェにあっさりと頷く。

『今はマルで結構。……ツルギを追うために、勝手に城を空けたのでな、弟がわたしを探して追手を差し向けているだろう』

 次の瞬間、デルチェの意識は遠ざかり、地響きをたてて倒れた。

『……ああ、やっぱり』

 倒れたデルチェの腕から抜け出すと、黒い華奢な前足で、プニプニとデルチェの顔を踏む。声音は同情めいていた。

『ルナ、デルチェはどうしたのだ?』

 不思議そうにホテホテと歩み寄り、倒れたデルチェの顔をマルは覗き込む。

『……放っておいても、時期立ち直ります』

 ルナはそう言い置いて、大きく欠伸をした後、丸くなった。二三度片耳をひくつかせ、暖をとる。

『…………』

 マルは、デルチェの顔を、前足でつついてみたが、気付く様子も無い。

『丁度いい機会です。しばらく、寝かせておきましょう』

 顔を伏せて暖をとったルナに、マルは問うように顔を向けた。

『随分、無茶な事をしてましたからね』

 困った様子でそう言ったが、声は優しい。

『…………』

『後は、医者に作らせましょう。薬の調合に長けているはずですから、生気増幅の薬は、デルチェ無しでどうにかなるでしょ』

 ルナの黒い耳がピクピクと動く。マルは笑んだ。

『……人間の、人を思い思いやる所は、わたしは評価している』

 ルナは顔を上げて、マルを見た。

『人間には見えないだろうが、人が心に思いやりという“光”を持った時、周囲にとても奇麗な燐光が生まれるのだぞ?』

『…………』

『ティラが、人間であるお前の所に行くのを最後まで反対していたのはわたしだったが、最後に許したのは、光を生むお前たちを、信じてみたくなったのだ』

 ルナは、目を大きく見開いた。驚いたとでも言わないばかりに。

『……姫は、あなたの事をずっと気にしてました。許してくれなかったと言って、わたしに縋って泣いたんです。わたしの事を、認めて欲しかったと言ってました』

 ふわっと笑って涙ぐむ。

『許さなかったら、お前をどうこうしていた。それだけの“力”が、わたしにはある。だが、許したからこそ、ティラを人の世界に送り出したのだ』

 マルはついっと、そっぽを向いて、ぼそぼそと答える。

『黒魔術の腕を見込んでいたから、ティラを外の世界に出しても守ってくれると思い任せたのに、あっさりと奪われおって……』

『すみません……』

 恐縮した様子で、耳と目を伏せるルナに、マルはため息をついてみせた。

『……下手な隠し立てはせず、素直に申し出たその勇気に免じて、その事に対してはわたしは、これ以上は言わない』

 マルは、銀の肢体を婦人の伏しているベットの上へ踊らせた。ルナは反射的に身体を起こし、耳を立てて後を追う。

 ルナがベットの上に登ってみると、マルは青ざめた婦人の腕に嵌まる腕輪をしげしげと見つめていた。時々、前足でつついている。ルナが近づくと振り返った。

『……これが無かったら、旅は始められるか?』

 戸惑う様にルナが頷くと、マルは向き直って小さな前足を腕輪に当てた。

『……もしかして……?』

『わたしを誰だと思っているっ』

 感に触ったのか、マルはそうルナを叱責し、身を引いたルナを尻目に厳かに腕輪に告げた。

『“滅びよ”』

 たった、一言である。難しい解呪の呪文も、祈りの祝詞も必要としなかった。

 マルの言葉を受けた時、腕輪は澄んだ音を立てて砕け散る。そして、今まで深い眠りについていた婦人がフウッと目を覚ました。そうして二匹の猫を見て……微笑んだのだ。



「呪いを腕輪に込めてハフェスさんに売りつけた犯人はあの二人だったけど、依頼したのはハフェスさんの叔父にあたる人だそうだよ」

『……遺産目当て…ですか?』

「その様ですよ。なんでも随分と借金があったとか、そうでないとか。……いい迷惑ですよね?」

『……なら、何故本人を直接狙わなかったのだろう。……普通、そうだろう?』

「ああ、その事ですか?なんでも、本人を狙うよりその奥方を狙った方が、苦しむからだとか言っていたそうですよ。ハフェスさんの愛妻ぶりは有名だそうですから」

正面から風を受けてバサバサと髪を靡かせながら、飛竜の背に乗り、空を飛翔して道程を急いでいた。その背では、自分たちが遭遇した事件に関しての会話が延々と続く。

 眼下には、ゆっくりと歩いている旅人や、馬を木陰に休ませている商人などが、ポツポツと見える。

 屋敷の主であるハフェスは、婦人を助けてくれたお礼とでも言わないばかりに、別れ際、金子を小袋一つほどと、日持ちのいい乾物を麦袋いっぱいくれた。デルチェたちを連れてきた幼い兄妹は、ルナとマル用にとビロードの赤いリボンと青いリボンをくれた。今は二匹ともそれを付けている。首がくすぐったいとは言いつつも、気に入った様だ。

 デルチェは、今回の騒動の結末を最後まで見届けたかったが、探し人であるつるぎたち二人が、待っていてくれるはずもなく、また、デルチェたちが追ってきている事すら知るはずもないので、早々に屋敷を後にした。

 デルチェたちとつるぎたちとでは優に十七日分ほどの差が単純計算で出来る。

 町を出る前、酒場に寄って、それとはなしに、黒髪と青い髪の二人連れの事を聞いたが、見たことは無いと言っていた。

 ガメスは小さな町である。あれだけ目立つ色彩だ、彼らだけが見ていないという事はありえない。 小さい村や町ほど些細なことでもすぐ噂として広がるものだからだ。 人の集まりそうな広場や大きな食堂、酒場に立ち寄って聞いて回ったが収穫は得られず、それらを踏まえて考えると、どうやらつるぎたちは、この町に寄っていないという事になる。

「あの風蛇龍の飛んでいった方角から、立ち寄る町は、ここだと思っていたのですがねぇ」

 飛竜を操りながら、地図で位置確認をする。

『デルチェ、次の町は?』

 デルチェはルナに笑顔を向けると指で示した。

「北西にあるチリアで昼食を取って、そこでツルギたちの情報集めをして、それから更に北西にあるテーテに向かいます。そこで今日は宿を取ろうと思っていますけど」

 ルナは納得顔で頷いて、マルの方に振り返った。

『……マル殿は、どうしてそんなにあの黒髪の少女にこだわるのですか?』

 ルナにそう唐突に聞かれ、ルナにつられて頷いていたマルは、顔が引きつる。

『このまま、真っ直ぐトール湖の駄菓子屋に行って、姫の行方を探してくれているという人達に、彼女を探してもらう様に依頼すれば済むでしょう?……見たところ、極普通の少女じゃありませんか。剣術が出来るわけでもなし、魔法が使えるわけでもなし。なのに、彼女をティラ姫探しの旅に付き合わせようとしている。……その根拠は何処にあるのです?』

 気まずい沈黙が走った。

『…………』

『言い方が悪いかも知れませんけれど、姫を助けるにあたって、足手まといではありませんか?』

 デルチェは二匹のやり取りを、それとなく聞いていた。ルナの言い分はよくわかる。自分たちは遊びに行くわけではない。何処かに攫われた妖精国の姫君を助け出しに行くのだから。マルを見ると、言いたく無さそうな様子だった。何度か口を開いては躊躇う様に口を閉じ、ルナとデルチェを見比べる。

 この様子を見て、自分たちに言ってない事がまだまだある事をデルチェは知った。……だが、今更である。目的地があるのに、寄り道しながら進んでいたら、いつまでたっても着かないのだから。

 随分と間を置いて、マルはため息をつくと、一人と一匹を見た。

『…………わかった。テーテの宿屋で話す』

 そう、言い置いて髭をそよがせる。

『しかし、他言無用。……特に、ツルギ本人には、話さないで欲しい』

『……えっ?』

『他の人間たちに話すなどはもっての外だ。……混乱を起こすぞ?』

マルは、そう言い切ったきり、身を伏せて丸くなった。

「どういう意味です?」

 ギョッとしてデルチェが更に詳しく説明を求めて声を上げたが、マルはそれ以上は話す気が無いらしく、目を閉じてしまった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る