第7話 ラジーヌルト島での漂流者


 イワナ岬から北東へさらに二日ほど行った距離に地図にものらない様な小さな無人の島々が点在する。人が近寄らない様な、複雑な海流がその島々を取り囲み、そこでは名も知らぬ野鳥の群れが多く生息していた。

 家に帰るための旅を始めてそろそろ十日ほど経過していた。トラブル続きで無くしてしまった路銀を手に入れるために、ナパートに案内されて訪れた、通称“ごみ捨て場”のある島を三人は訪れた。島の少し手前で透明な泡の様な“膜”に包まれ海底にまず沈む。ナパートの案内で海底を歩いて移動し、島の側面(珊瑚礁に縁取られ、見つけにくかったが)の穴から島の内部に進入する。さすがにその辺りは人工的に手を加えられた物らしく、入口の穴は奇麗に整えられ、滑らないよう配慮が成されたためか、階段らしきものが作られていた。中は殆ど真っ暗で、通い慣れている様子のナパートに手を引かれながら、それでもどうにか迷路の様な通路を進んでいくと、幾ばくか明るくて広い場所に出た。

「足元がジャリジャリしてる」

 つるぎがいぼる足元を蹴散らす様に爪先で掘っていると、ナパートは笑って、

「ああ、それ? お姉ちゃんの踏んでいる物全て“お金”だよ」

 と、言う。慌てて飛びのこうと思ったが、暗くて頭を打ちそうで……止めた。

「通路に比べて明るいねぇ」

 ヴァーユが不思議そうに言うと、

「“光苔”だよ。……便利でしょ?」

 とナパートは答える。

「……お金を踏むなんて。すっごい罰当たりな事してしまった」

 つるぎはイワナ岬のあった浜辺で拾った麻布の袋に、足元の冷たくて固い感触の物を適当に詰め込んで背負った。……予想したよりかなり重量がある。このままでは強盗にとっていい“カモ”だ。

 袋の口を一端閉めて、入口付近に立っているだろうナパートに合図を送った。暗がりで足元のおぼつかないつるぎの手をヴァーユは掴み、元来た通路へ誘う。

「ツルギ、こっちだよ」

「見えるの?ヴァーユ」

「……僕の目は陽光には弱いけど、こういう暗闇には大丈夫なんだ。ツルギが昼間外を歩いているくらいにハッキリここの中が見えるよ。だから、安心して掴まって」

 通路の出口、つまり海中へ口を開けている場所に近づくに従って、回りが明るくなってくる。足元が海水で浸る様になった時、行きがけと同じように、空気確保のために、ナパートは“膜”を張った。

「一度、この島の上に出られる?」

「えっ?……あっ、うん。なんで?」

「持ち出した物を見たいのよ」

「判ったっ!」



 “ごみ捨て場”で詰め込んだ物を、しげしげと一つづつ取り出して透かしながら見つめ、ため息をついた。場所は“ごみ捨て場”が設置されてある島の上部……つまり、このラジーヌルト島の海面から出た部分の中央の森に位置する。

「……金貨に銀貨。銅貨に価値は判らないけど、値の張りそうな宝石類。ここまで沢山あると、欲しいという気もしなくなるわね」

 背伸びをしながら二度目のため息。それを、不思議そうに上から覗き込むのはヴァーユとナパートだ。ヴァーユも何かを拾って来ていた。それは、細長い古ぼけた木箱で、外側に擦り切れてほとんど読めなくなってしまった文字が刻まれている。

「……そういうものなの?」

「そういうものよ。貧乏人には目の毒ね。さっさとこれの使い道考えなきゃ」

 つるぎは腕を組んで旅に必要な物をあれこれと脳裏に浮かべる。その時、背後の草むらでガサガサと音がした。つるぎは慌てて麻袋の口を閉め、それを抱いた恰好で音の方へ顔を向ける。

「誰っ!」

 誰何したのはヴァーユだった。ナパートはつるぎの腕に自分の腕を絡めて不安そうに音のする方へ視線を向ける。

「……果物……食べる?」

 音のした方へ、つるぎがそう声をかけると、

「…………人間、なのか?本当に?」

 逆に問い返されてしまった。怯えているのか声音が震えている。つるぎは可笑しそうに笑って、男を警戒しているヴァーユを自分の側に呼ぶと答えた。

「ここ、無人島って知ってる?食べるもの探しても、魚とか貝しか食べられないと思うけど」

 一際大きな草を分ける音がして、一人の男が草むらから転がり出てきた。ボサボサの髪に伸び放題の髭。歳のころは三十代後半と見た。……人種が違うので、正確な歳を察する事が難しいが、人相ははっきりいって悪い。頬には刀傷が二本走っていたし、ムキムキとした筋肉質の腕や破れたズボンの間から覗く足には裂傷の古傷がかなり残っている。現在目の前の男の纏う空気が、殺伐とした物を纏ってないからこうやって平然と構えているが、町中に居るのであれば、あまりお会いしたくない部類の仕事を持つ人であろうとつるぎは容易に連想できた。環境が人を作るという。これだけの傷と顔つきは普通の仕事をしているとは考えつかない。

 が、今はどう考えても“可哀相な”状況である。極悪人の顔をしているが、それにも憔悴した色が濃かった。

つるぎは、側にあった果物を二つほどその男に放って渡すと、男は貪るようにそれを平らげた。まだ欲しそうな顔をしていたので、リンゴほどの大きさの物を渡す。それも受け取った途端、ガツガツと平らげてしまい、やっと人心地ついたのか、ペタンとその場に座り込んだ。呆れているつるぎたちを、その時になって改めて見たらしい、目をまん丸に見開いて、人差し指をつるぎたちの方へ突き出した。

「……青い髪に瞳のない青い目の子供と、水色の髪に赤い目の子供。そして黒い髪に黒い瞳の娘……か。随分珍しい組み合わせだな? おまけに極上品だ」

 ゲップを一つして、それぞれを指し示しながら、値踏みするような顔つきで問いかける男に、ヴァーユはきつい眼差しを投げた。

「……お前ら、人間か?」

 ヴァーユは警戒した様子でつるぎの右腕に掴まり、ナパートは嫌悪を滲ませて左腕に益々強くしがみつく。

「日本人だもの。仕方がないわ」

 つるぎは二人を宥めるように「大丈夫」と小さく囁くと、強気の笑顔で男にそう返した。

「わたしたち、ずっと東の方から来たのよ。こんな容貌なんて当たり前だわ。……知らないの?」

 小さく笑って見せて胸を張る。

「……ニホンジン?」

 不思議そうに聞き返す男に「そう」と頷いて返してヴァーユとナパートを懐に抱き込んだ。

「だって、この二人はわたしの可愛い弟たちなのよ? わたしたちの島では、これは“当たり前”なの。 ……だから、変な事を言わないで」

 つるぎはそう言い切ったが、半分以上“嘘”で着色してある。真実はつるぎが“日本人”だという事と、ヴァーユとナパートを“弟の様に可愛く思っている”という所である。だが、男は“東”と聞いて、妙に納得した表情をした。

「……東の方にニホンっていう名の島があるんだな? すまねえな、俺は自分の島からほとんど出た事が無いんでねぇ。……姉弟三人で旅をしているのかい?」

「そうっ! ……先日、津波が起きたでしょう? その煽りを受けて乗っていた船が難破してしまったの」

(……そういう事にしておこう)

 内心、嘘を付くことに良心の呵責を覚えながらも、なるべく無難な方へ話を進める。こんな無人島に“遊びにきました”なんて答えでもしたら、怪しまれるに決まっているのだ。

 この島“ラジーヌルト島”は、海流の影響で普通の手段ではここに来る事が出来ないのだがら。おまけに変に追求されても困る。つるぎは自分が饒舌では無い事を自覚しているので、墓穴掘る様な事態を招く様な事柄は、是非とも避けたいのだ。

「……そうか……。大変だなぁ」

 見た目が三人とも男が“極上品”と評したほどの容姿の上、三人の内二人は親の庇護を必要としそうな子供だった。

「若い身空、こんな辺鄙な所に流されて。……さぞ、心細いだろうに……」

 つるぎたちを同情しているのだろうか。凶悪そのものの御面相が崩れて、何処か愛嬌が漂う表情になる。見ている内に目に涙を浮かべ鼻まですすりだした。つるぎは慌てて話題を別に振った。

「おじさんは? どうして、こんな所にいるの?」

 男は、つるぎから離れようとしない二人の子供を苦笑しながら見つめ、ため息ついた。

「……仕事仲間に、嵌められたのさ」

「…仕事?」

 聞き返したのは今まで口を挟まず聞くに徹していたヴァーユだ。男は目を和ませたまま頷いた。つるぎは、抱き込んでいた二人を解放すると、ヴァーユは膝を抱えるようにして座り、ナパートは横座りして、男の口に注目する。流石にナパートの腕は、つるぎの腕に絡んだままだった。何処か触っていないと不安らしい。

「おじさんはね、ここから北北東の位置にあるポクト大島で商売しているんだ。骨董品のね」

「骨董品? えっと…古い時代の美術品って事?」

 今度聞いたのはナパートだ。

「ただの美術品じゃないぞ。おじさんの扱うのは」

 つるぎは興味をひかれて身を乗り出した。

男はニッと笑うと、人差し指をチッチと振ってみせる。

「魔導士たちが目の色変えて欲しがりそうな魔導器具だ。滅び去った古代遺跡から発掘された物だとか、魔力を増幅させる御札とか。……例えば、お嬢ちゃん。あんたが額に嵌めている物の価値もわかるんだぜ?」

 言われてつるぎは額に嵌めている石作りの輪に触れた。すでに一体化しているような感覚になっており、嵌めている事さえ忘れていたシロモノだ。

「……それは意志を持つ宝石と言われる“レーニェの石”だ。持つ者の思考を読み、必要に応じて形を変える。魔法の増幅もさる事ながら、全ての“言葉”を理解する力を持ち主に与えてくれるという物なのだよ」

「…………」

 つるぎが額を抑えたまま上目使いで男を見ると、男は笑って手を振った。

「でも、おじさんにはそれは必要ない。可愛いお嬢ちゃんたちから物を取ろうなどとはしないよ。……それよりも、ここをどうにかして出なくては。……やられたらやりかえさなけりゃあ、腹の虫がおさまらない」

 そう言って、考え込んだ男を見て、つるぎは複雑そうな表情でヴァーユとナパートを見た。

(……わたしたちだけなら、この島を出る方法はあるのよね。ヴァーユの背に乗って、一っ飛びだし。でも……このおじさんに、ヴァーユたちを人間として紹介しちゃったから、それは無理だよねぇ)

「どうせやつらは、アレを狙っているんだろうがな」

 ブツブツと呟く男に、三人は秘密の香りを嗅いだ気がした。

「アレって何?」

 ヴァーユが興味を引かれて男に聞いた。

「ああ。……そうだな? 坊やたちには話してもいいか。果物も分けてもらったしね」

 男は座りなおすと姿勢を正す。聞く側のつるぎやヴァーユ、ナパートもつられて座りなおした。その頃になって、やっとヴァーユとナパート二人の警戒が緩くなった。

「……この世界に“伝説”と呼ばれる物が四つある」

 そう言って、指を四本立てて見せた。つるぎは全くこの世界の事に関しては知らないから素直に頷いた。ナパートは少し親から聞いていた。

「“流離いの島”と“古呪術の記された書物”と“癒しの大樹”と“幻神”ですよね?」

 男は小さく笑う。

「良く知っているな? そう、その四つが有名だよな。 その四つの内の一つ“流離いの島”に関する物を、偶然手に入れたのだ」

 男の告白に、ヴァーユとナパートが身を乗り出した。 つるぎは言い伝えとか伝説という言葉に興味を覚えたが、具体的には知らない事柄なので、取り合えず耳を傾ける。

「どういう物なのです?」

 ヴァーユは興味津々で問いかけると、男は待っていましたとばかりににやりと笑った。

「ある書物にはこう書かれている。“かつてこの世界には人に似て異なる種族が、大地を遠く離れた高みに住んでいた。 高次なる魔力を備え、大気を呼吸する者が。 だが、我々の祖先である種族との長い戦争の中、彼らは衰退してゆき、種族の滅亡の危機を悟った彼らは、戦争を無駄だと考える祖先の一派の者たちと話し合いの場を持ち、和議を申し立てた。 話し合いは数カ月に及んだが、それでも取り結ばれ、高みで生活を営んでいた彼らは、相互理解と歩み寄りのために、世界各地に散っていった。 彼らは世界に散る前、今まで住んでいた“高み”の彼らの都市と地上を繋ぐ“道”を“光”と“闇”に渡し、管理を任せた。 島は二つの属性を持つそれらに導かれ、風の流れに乗る。 “高み”の都市の漂流の始まりだ。 太古の文化を内包したその都市の位置を知る手段は、種族の頂点に君臨していた三人の長が、故郷を一目見んとする子孫たちのために、三枚の地図を残した”……この伝えられた三枚の地図の一枚を、おじさんは偶然手に入れたんだ」

「へーっ」

 ヴァーユ、ナパート、つるぎは目を丸くした。

「なめし革に書かれた何かの位置を示した様な地図……しかも古代語がばらばらと書かれていてな? ……これでも骨董屋を営む者だ。 多少は古代語が読めるはずなのだが、特殊な暗号などが混ぜられてて、専門家を呼んで解読させた。 そしたら、失われた三枚の地図の一枚だったというわけだ」

 つるぎは首を傾げた。

「……失われた?」

「ああ。 つまりな、所在が判っていたのはたった一枚だけ。 手に入れようにも難しい、霧の大陸とも、幻の風の大地とも呼ばれる場所のどこかに一枚あると聞いた。 二枚目は、随分昔、ポクト大島から西の方角にある魔術師たちが管理していたと聞いた。 だか、窃盗犯から持ち逃げされて行方が知れないらしい。 そして最後の一枚、つまりおじさんが手に入れた地図の事だが、建築現場で発掘された。 古い神殿の跡地を、地ならしして、公共の公園を作るつもりだったという事だ。 神殿跡地から出てきたのなら、全く行方を知らなかったその地図は代々その神殿が管理していたのだろう。 ……もしかしたら、“高み”に住んでいた種族の末裔が建てた神殿だったのかもしれない」

 つるぎは一つ納得したように頷いた。

「どれも手の出せない、または何処に有るのか不明だったから、“失われた”と言われていたのですね? そして、おじさんはそれを手にした。 幻でも伝説でもなく、その伝説と歌われた物の断片を」

「読めなかったら商品の価値が判らなかった。 だから、専門家に依頼してこの地図がなんであるかを鑑定して貰ったんだ。 鑑定士が……グワイド・クレイが途中で興奮してきて鑑定が終わったあと、この地図が何を示しているかを説明して帰ったんだ。 こういう古代文化の鍵を握る、特に名の知れた物を手にした者が抱える問題。 魔術師や古代遺跡荒らし屋などとのトラブルが堪えない事を予想して、口止めをしたのだが、黙っていられなかったのだろうな。グワイドの得意先であるガーレン古美術商に漏らして……現在の状況だ」

 ナパートは不安そうな表情をした。

「その地図は大丈夫なのですか?」

 ヴァーユも同意した様に頷いた。

「おじさんを島流しにした後、家捜しされたんじゃないの」

 つるぎも頷く。

「欲の皮の突っ張った連中は、どんな事でもするんじゃない? ご家族は大丈夫なのかしら?」

 三人それぞれの反応に、男は茶目っ気たっぷりにウインクした。

「それは、大丈夫! 独り身だからな、家族はいない。 それに、地図はこんな事もあろう事かと思って予め隠してある。 普通考えもしないところだ」

 つるぎたちは顔を見合わせた。

「考えもつかない所?」

 男は三人を面白そうに眺める。

「何処だと思う?」

 ヴァーユとナパートは人間ではない。 だから、外見的な人間の住処“家”を知っていても、どういう構造をしているかは想像もつかないらしい。 頭を抱えて考え込んでいる。

 つるぎに至っては、大事なものイコール金庫だった。 だが、この世界に金庫と言える物が存在するのか不明である。 だから首を傾げるしかない。

「隠し部屋の中とか、くり抜いた本の中とか、部屋に飾られている絵の裏とかしか思いつかないけど……」

「ざんねん! お嬢ちゃんたちにだけ教えるが、実は家には無いんだ。 だから、家捜ししても絶対に出てこない」

 つるぎたち三人の目が点になる。 男は三人の反応を可笑しそうに見ながら続けた。

「おじさんには、二つ下に牧場を経営している弟がいてな、その弟におじさんは芸を仕込んだ鱗牛を一頭預けたのだ」

 つるぎは、鱗牛と聞いて全身鱗に覆われた牛を想像して、そっと隣のヴァーユに尋ねた。 するとヴァーユは笑って違う違うと小声でいう。

「ツルギ、鱗牛とは、真っ青な毛並みの牛です。 ただ、毛皮の柄が、魚の鱗に似ている事から、鱗牛と呼ばれているのですよ」

 と、説明してくれた。

「……で、芸とは?」

「おじさんの持っている特性の犬笛に反応するんだよ。 他の笛では反応しないんだ。そう仕込んだ。 その鱗牛の首のベル付き首輪の中に隠したのだよ」

 つるぎたち三人は、「おおっ」と感嘆の声を上げて思わず拍手した。

「他の鱗牛にも、ベル付き首輪を付けているのですか? その牧場は」

 つるぎは取り合えず確認のために聞いた。

「ああ、勿論だよ。 そうじゃないと、沢山鱗牛が居るとは言え、目印になってしまうからね」

 胸を叩いて不敵に男は笑った。 それを聞いて、つるぎは何となくホッとする。

「じゃあ、あとは……おじさんが、ポクト大島に帰るだけなんだ」

 ヴァーユが首を傾げながら言うと、途端にガックリと男は肩を落とす。

「……色々試してはみたのだ。 無人島とは言え、木々は繁っているし、蔦もどうにかある。 イカダを作ろうと倒木集めて縄代わりの蔦を集めて。 何度か失敗したが、どうにかイカダらしきものは作れたんだ。 だが、海に浮かべてみたんだが、少し進んだだけで全て逆戻りだ。 ……この、潮の流れのせいだ。 おまけに強い渦潮が何箇所もあるこの海域は、難破も多い事で“死の海”としても有名で……あいつら、それを知っていて儂をこんなとこに流したんだっ! 今頃、儂が死んだと思い込んで、笑っていると思うと、腹が立って腹が立ってっ! ……絶対にやつらの思惑に踊らされてたまるかっ。 儂の意地にかけて帰ってやるっ!! ……くそっ!」

 つるぎは、ちらりとヴァーユを見た。 ヴァーユはナパートを見て、次につるぎを見る。

 つるぎは、目の前の男を見た。 腹が立って成らないのか、ぶつぶつとひとり言をつぶやきながら、今まで脱出に試した方法を指折り数えて確認していた。

「……ヴァーユ」

 つるぎは、コソッと自分を見上げるヴァーユに囁いた。

「なに? ツルギ」

「ヴァーユの本来の姿に戻る方法以外で、この島を脱出する方法ってある?」

「…………」

「取り合えず、目の前のおじさんに、ヴァーユたちも人間だと紹介しちゃったでしょ?だから、ヴァーユの背に乗る方法以外で脱出する方法があればいいなと思うんだけど?」

 ヴァーユは、少し俯いて色々思案していたが、急に顔を上げると、にこりと笑った。

「……どうにかなりそうだよ、ツルギ」

「方法があったの?」

「うん!」

突然ヴァーユは立ち上がると、ナパートに囁いた。

 ナパートは頷くと振り返る。

「おじさん。 ツルギと、ここに居てくださいね?」

 男は驚いた様に、急に立ち上がったヴァーユとナパートを交互に見た。

「どうしたんだい、二人とも」

 ヴァーユはつるぎを見た。

「海から行けないのなら、空から脱出しようと思ったんですよ。 ちょっと僕たち二人で用意してきます。 ……それまで、ここに居てくれますか?」

 つるぎは、ジッとヴァーユを見て、次にナパートを見た。 少し心配そうに表情を陰らせる。

「……大丈夫、なの? 危ないことじゃないでしょうね?」

 ヴァーユは、首を振って小さく笑った。

「ツルギは僕を信じてくれなくちゃ。 大丈夫。 危ない事じゃないよ」

 つるぎは二人を交互に見た。 暫く見ていたが、笑顔で一つ頷く。

「判った。 ここで、待っている」

 ヴァーユは嬉しそうに笑うと、つるぎの首に抱きついて囁いた。

「何かあったら“呼んで”。 すぐ来るから」

「うん」

 ナパートも、同じようにつるぎの首を抱いて、可愛らしく「行ってきます」と囁く。

「待っているからね!」

 連れ立って走りだした二人に、つるぎは手を振って送りだした。 姿が見えなくなると、男は不思議そうにつるぎを見る。

「…………あの子たちは、何処に行ったんだい? お嬢ちゃん」

 つるぎは小さく肩を竦めて笑った。

「さあ、わたしにも判らないわ。 だけど、ここを脱出する方法を思いついたと言っていたから、戻ってくるまで待っていましょ。はい、おじさん。 この果物、美味しいよ」

 男は放る様に果物を渡されて、それを受け止めながら心もとない様子で、ヴァーユたちが消えていった方向を見つめる。

「・・ああ」

「大丈夫って! だってここ、危険な動物居ないし、どうせおじさん。 万策つきたんでしょ? なら、少し賭にのってもいいじゃない。 ダメもとなんだから」

 つるぎは側に置いていた籠から果物を一つ取り出すと、服で軽く拭ってかぶりついた。 瑞々しい音がして、独特の甘い香りがふんわりと漂う。 無人島でしかも脱出できないかも知れないという状態のはずなのに、妙に気負った様子の無いつるぎを見て、男は初めて焦りの色を払拭させた。

「そうだな。 お嬢ちゃんの言う通りだ。それに、何事も前向きに考えないとな?」

 明るい表情になった男を見て、つるぎは笑みを浮かべる。

「そうそうっ! それに第一、おじさんはここに一人で居る訳じゃないんだから」

「・・そうだな。 じゃあ、のんびり待ってみるとするか」


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