とっても『ぜいたく』

海ノ10

彼にとっての……



服をどれくらい着るのか迷う、冬と春の間の季節

この季節を上手に表現する言葉って何だろう

そんな『どうでもいい』ことを考えながら、あたしはまだ桜も咲いていない街を歩く

ふと足を止めて空を見上げると、そこには電線と広い空

何処までも続きそうなその空を見上げているのはあたしだけのような気がして、少し『ぜいたく』な気分

ぜいたくと言えば、彼のあの発言はどういう意味だったんだろう

「僕は、ぜいたくすぎるね」

あたしとキスした後に彼が言ったその言葉

どうしてあんなことを言ったんだろう


「あ……」


ぼんやりと考えながら歩いていると、いつの間にか駅前の広場に着いたみたい

時計を見ると、まだ10時25分

約束は11時だから、35分も前に着いてしまった

まだ彼が来るまでは時間があるし、それまで何を……


「あ、やっぱり来てた」


そんな優しい声が聞こえて、あたしは思わず声の方向を見る

そこにいたのはモノトーンの服がよく似合う、あたしの彼


「やっぱり、早く来ると思ったよ」

「そっちこそ、来るの早いね。どうしたの?」


約束の時間まではだいぶ時間があったのでそう尋ねてみると、彼は笑って「君が早く来ると思ったから」と答える

もしあたしが早く来なかったらどうするんだと思ったが、そんな『もしも』の話をしても無駄なので、それ以上考えるのはやめた


「じゃあ、いこうか。今日は何処に行く予定?」

「今日は、水族館にでも行かない?僕は面白そうだと思うんだけど……」

「いいよ。じゃあ、水族館ね」


正直に言うと、彼と一緒なら何処にいたって楽しいし、幸せ

あたしは歩き出した彼の手をとると、ぎゅっと指を絡める

彼は一瞬驚いたようにこちらを見たが、ふっと微笑むとあたしとつないでいる手に少し力を入れて握り返してくれる

たったそれだけのことでも飛び上がるほど嬉しいあたしは、どこかおかしいのだろうか

きっとあたしは、彼のことがたまらなく好きなのだ


「……好き」

「ん?なんか言った?」


あ、心の声が外に出てしまったみたい

あたしはなんだか恥ずかしくなって、「なんでもない」と首を横に振ると、別の話を切り出す


「そう言えば前に、『僕はぜいたくすぎる』って言ってたでしょ?それって、どういう意味?」

「あー、それね」


彼は少し恥ずかしそうにそう言うと、あたしとつないでいない方の手で頬をぽりぽりと掻く


「なんかさ、君がいることがとてもぜいたくに思えるんだよ。自分を好いてくれる誰かがいる。それって、とっても『ぜいたく』じゃない?」


確かに、そう聞くとそんな気がしてくる

じゃあ、彼がいるあたしは、とってもぜいたく者だ

そう思うとなんだか嬉しくて、思わずくすりと笑ってしまう


「急に笑ってどうかした?」

「いや、なんでもないよ?」


あたしは、この『ぜいたく』がいつまでも続けばいいと、そう思う

そのために、これからも頑張らなくちゃ




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とっても『ぜいたく』 海ノ10 @umino10

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