弱い人

「約束を破ったら、命令に背いたらどうなるか・・・一度経験しておいた方がいいと思うの」


「な、ぇ・・・」


 言うが早く。


 魔女は。


 私のお腹を、思いっきり殴りつけた。


「げあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 有無を言わさず、気付いた時にはもう、私は吐いていた。果てしない激痛と果てしない衝撃が、私の体を震わせる。


「げぇ、えぇあぁ・・・・・・・あ、ぁ・・・・・・」


 そして魔女は再び私の吐き出したミミズを拾い集めグラスの中に入れる。


「はい、もう一回!」


「ひ、い、いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!やめて、やめてえええええええええええええええええええええ!!!」


 これ以上ない絶望の表情を露わにしながら、私は叫んだ。


「姫様私の話聞いてた?あと二回する?」


「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!いやあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


「また嫌って言った。それじゃあ三回ね」


「あ、あ、あぁああああ・・・・・・!」


 恐怖に竦み上がる。叫び声を止めたのは回数を増やされるからではなく、単純に声が出ないほどに恐怖が私の体を支配したからだった。


 魔女はまた私の口の中に大量のミミズを流し込む。私はもう抵抗する気力もなく、それを受け入れるほかなかった。涙でぐしゃぐしゃに歪んだ表情を、それでも魔女は、もっと歪ませようとする。


「流石姫様、もう三回目ともあればお手のものね。それじゃあ四回目、いってみましょー!」


 そしてまた、魔女が私のお腹を殴る。私は魔女の望み通り、叫び声をあげながら嘔吐を繰り返した。


「う、ええええええええええええええ!!え、ぇ・・・・っは、ぁ・・・・・・あぁ、ああああああああああああぁぁぁ・・・・・・!!」


 吐きながら、私は大声で泣く。こんなにも泣きじゃくったのは、いつ以来だろう。


「あああああああああああああああああん!!あぁ・・・ああああああぁあぁあああああああああん!!」


「ほらほら姫様泣かないで?後二回だから」


「ぃぃいい・・・・・・い、・・・・・・・・・・・・・・」


 や、と言いかけて、ギリギリで踏み止まる。その言葉を言った瞬間どうなるか、私の頭でも容易に想像できたから。


「ん?姫様何か言った?」


「・・・・・っひ、ぃ」


 私は唇をかみ締め、悲鳴を噛み殺す。このまま悲鳴をあげ続ければ、間違いなく私は余計なことを口走ると思ったから。だけど、それも一瞬だった。


「じゃあはい、四回目〜」


「あ、・・・・あぁ・・・・・」


 また、口の中にミミズを押し込まれる。飲んで吐いてを繰り返した私は、既に体力の限界がきていた。もちろん魔女は虚ろな目をした私など気にも止めず、淡々と作業のように私を絶望にたたき落とす。


「はい、じゃあ5回目よ!これで最後だから、姫様頑張って!」


 全てを飲み込んだ後、魔女は再び私を吐かせる。反応の鈍くなった私を、魔女はつまらなそうに見る。


「ほら姫様、これが最後だから元気出して?」


「し、死んじゃう・・・もう、死んじゃうからぁ・・・・・」


「大丈夫、これくらいじゃ死なないわ。それに死んだって・・・」


「・・・・・」


「ふふ、何でもないわ」


 含みのある言葉を吐いた魔女だったが、私にはその言葉の意味が分からない。というよりも、そんなことに思考を割く余裕なんてあるわけがなかった。


「これが最後だから、吐き出しちゃ駄目よ?」


 グラスが傾けられ、また私の口の中に異物が押し込められる。これが最後だと、私は最後の気力を振り絞ってそれを嚥下した。その時魔女は、もう私の口を塞いでいなかった。


 もう私は、魔女が口を塞いでいなくても。


 吐き出そうとは、しなかった。


 そんなことをすればどうなるか。


 考えるだけで、恐ろしかったから。


「ん゛・・・ん゛、ん゛・・・・・はっ・・・!が、は、ぁ・・・」


「お疲れ様。また吐き出したりしない?大丈夫?」


「ん、ん・・・・・!」


 私は右手で、自分の口を塞ぐ。絶対に吐き出したくないという思いが、無意識にそうさせた。そうやって少しずつ、吐き気が治まるのを待つ。そうやって私は、やがて口から手を離した。


「偉いわ姫様、よく頑張ったわね。でも分かったわよね?嫌って言ったらどうなるか、約束を破ったらどうなるか・・・・・。次からはちゃんと私の言うこと聞いてね?分かった?」


「・・・・・・・・・・・・・・・は、い」


 私がそう返事を返すと、魔女はにこりと笑って、


「いいお返事ね」


 と、言った。


「姫様疲れちゃったみたいだし、今回はこれくらいにしてあげる。最初だからちょっとだけサービスよ?」


 そして魔女は、続けて私に言う。


「まさか姫様に限ってそんなことはないだろうけど、一応聞いておくわね?これからも姫様は私と遊んでくれる?それとも・・・・・騎士様にお願いする?」


「・・・・・・・・・」


 シルファに。


 こんなことを?


 ・・・・・。


 そん、なの。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嫌」


「さっすが姫様!それじゃあ、また後でね?今度はもっと、楽しませてあげるわ」


 ・・・さっき私は、これで最後だと思ったけれど。


 むしろこれは、始まりに過ぎなかった。


 ・・・・・シルファ。


 貴方は一体、どれだけの痛みを味わってきたの?


 どれだけの苦痛に、耐えてきたの?


 私は。


 私はもう、音を上げてしまいそう。


 ごめん・・・ごめんね、シルファ。


 私、貴方に守られてばかりだったから。


 誰かを守る力なんて、あるわけなかった。


 こんなにも弱い人間で、ごめんね・・・・・。

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永遠の絆 青葉 千歳 @kiryu0013

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