第2話 星の騎士

 これは年貢の納め時かもしれない。周防真人は半壊した機体の中で、呟いた。

 スターナイツの称号を与えられた十五メートルの鋼鉄の騎士は、しかしその勇壮な名前に反して、みじめな姿をさらしていた。

 まず機体の両足が根こそぎえぐれている。宇宙空間においてはさして意味を持たない部位ではあると言われているが、それでも機体制御用のスラスターが装備されている。あると、ないと、ではバランス調整に大きな違いが生じる。


 中距離用のライフルを持つ右腕は無事だが、既にライフルのマガジンは空だ。予備もない。効果はないが、精々打撃用の棒として使うぐらいしかない。シールドを持つ左腕はいつの間にか消えていた。

 しかも、推進剤の残りが心もとない。これが切れたあとはもう慣性の法則に従って真正面を走るしかないのだが、そんなことに身を任せればデブリの仲間入りだろう。

 そんな甲斐性のない死に方は勘弁だ。


「ポーン3、ポーン4、聞こえているか?」


 真人は自身の僚機の中で生き残っている隊員に通信を送ってみたが、帰ってくるのはノイズだけだ。


「撃墜されたか……」


 隊長であるポーン1は開戦早々、敵の狙撃で消え去った。知り合って二十四時間もたっていないが、悪い人ではなかったと思う。運が悪かったのだ。


「えぇい……」


 むしょうに舌打ちがしたくなった。

 真人が初陣を飾ってから今日までの間、彼は勝利という作戦終了を受けたことは一度もない。撤退、撤退、また撤退だ。


 同時期に入ったはずの仲間たちは日に日に顔を見なくなっていった。別に、全員が死んでいったわけではない。大半の連中は戦況の劣勢に嫌気がさして勝手に除隊していったのだ。


 真人としてはそれをなじるつもりもないし、軽蔑するつもりもない。一時期は自分だってそうしたかった。

 だが、どうにもタイミングがつかめないでいたので、そのままずるずると軍に居座り、こうして毎回、死に物狂いで逃げている。

 コクピットモニター、センサー、友軍シグナルを確認する。あるはずのシグナルがない。そんなものは二十二分前に消えていた。


「うちの母艦は……当然、沈んでるわな」


 隊長と同じく、配属されて一日と経っていない母艦だった。クルーの名前だって憶えていない。

 恐らく、かつてあったはずの母艦の残骸だと思われる宙域を駆け抜けると、バッバッと無数の光が後方で瞬いた。


 その光芒は星の光よりも眩く、熱い。

 友軍が火球へと変貌していく断末魔の叫びだった。

 こちらは撤退、つまり、敵は追撃戦を行っているということだ。


「律儀なこったな!」


 真人は機体をロールさせながら背後から迫る白色のビームを避けて見せた。チリチリと細かな粒子が半壊した機体の表面に穴をあけていくが、コクピットブロックは流石に頑丈だ。そこまで火花が飛び散ることはない。

 だが、運の悪い友軍機がそのビームの射程に入りこみ、消えていった。


「チッ……」


 間の悪い奴。俺を恨むなよ。

 真人は心の中で悪態をつきながらも、とにかく機体を加速させた。


「あぅあ!」


 が、加速は途切れた。

 機体、背部のメインスラスターが爆発を起こしたのだとすぐにわかった。


「くそ! さっきのか!」


 損傷理由は先ほどの粒子のせいか。

 うるさいアラートが鼓膜を響かせる。しかも最悪なのは爆破したスラスターのせいで、機体の各部に亀裂が走ったようなのだ。状況としては、機体大破である。唯一残っていた頭部ユニットがくしゃくしゃになって吹き飛んでいくのがモニターで見えた。


「これで、生きてるんだから……!」


 シューッと背筋が凍る音まで聞こえてきた。先ほどの衝撃は小さな穴をあけ、コクピットから酸素を吐き出しているようなのだ。真人たちの身にまとうパイロットスーツはそれ自体が簡易的な宇宙服として機能するので、即死することはないが、それでも携帯酸素の容量はもって二時間だ。

 それは長いようで、短い。しかも、今は戦闘の真っ最中だ。

 絶望的とはこのことを言うのだと思う。


「冗談じゃない」


 真人はまだ二十一だ。それで三十四回の実戦を潜り抜け、かならず生還してきた。勝利を体験したことのない男だが、生きた実感はいつも得られていた。

 だが、それも今回で打ち止めなのかもしれない。

 うるさいアラートとは別のアラートが同時に響く。それは敵機襲来を示すものだ。


「さっきの奴か……!」


 自分を狙撃していた敵の反応……フェアリーだ。


「くそ、腕、動け!」


 ガチャガチャと操縦桿を動かしても、キャバリエは動かなかった。先ほどの爆発で、操作系統が遂にお陀仏になったらしい。これではライフルで殴り掛かることもできない。

 そして衝撃。亀裂の走る音。ありとあらゆる恐怖が真人を物理的に襲っていた。

 ギギギとコクピットハッチをこじ開ける音が聞こえる。いとも簡単に装甲がはがされていった。


「化け物め」


 目の前に映り込むのは敵、フェアリーの無垢な姿。ニコニコと笑みを浮かべている。


「ちっ! この!」


 真人はフェアリーと視線が合ってしまった。反射的に引き抜いた拳銃を躊躇なく打ちこむ。

 今まで散々戦ってきた相手だが、こうして、間近で見るのは初めてだった。猛烈な恐怖が真人を襲う。

 しかし、弾丸は少女のこめかみや頬に命中すると、破裂することもなく、吸い込まれていった。そのような暴挙を受けても、少女は笑顔だった。

 それが、恐ろしかった。


「うわぁぁぁぁ!」


 通用しないことなどハナからわかっていた。それでも真人は拳銃を放った。だが、装弾数は六発のものだ。すぐに使い物にならなくなっていた。

 その間にもフェアリーは笑顔で、ソルキャリバーの装甲を剥いでいた。まるで、人形の衣服を脱がせるように、楽し気に笑いながら、表面装甲から、丁寧に……そして、少女のような化け物が大きく口を開けて、笑う。


 否、それは笑いではない。ともすれば美しい見た目をした少女の顔は、今や耳元まで裂け、喉の奥から真っ赤な一つの目玉をむき出しにしていた。

 生体レーザーのレンズだった。機体はおろか、人間なぞ一瞬で蒸発する高出力レーザーのチャージが開始された。

 真人はただ、歯を食いしばり、その場で恐怖に耐えるしかなかった。


「ぐっ……!」


 だが、それでも耐えきれずに、瞼を閉じようとする……その瞬間であった。

 フェアリーの頭部が、何かによって鷲掴みにされ、握りつぶされていた。そのグロテスクな光景を真人は間近で見てしまったが、そんな衝撃よりも、真人の視界はその腕の先に位置する新たな巨人の姿に釘付けになっていた。

 それは灰色の巨体だった。


「なんだ……?」


 その機体を、真人は資料映像で見たことはある。特殊部隊が運用する特殊な機体だったはずだ。

 灰色の機体は右腕を真っ赤に染めていた。先ほど握りつぶしたフェアリーのものだ。


 その背後から三つの機影が掠めて行く。青、白銀、赤い頭の巨人……。

 白銀の機体から無数に吐き出される弾丸が次々とフェアリーたちを撃ち抜いていく。その撃ち漏らしを青い機体が切り裂く。赤い頭部の巨人が前面に出ることで、フェアリーの攻撃は遮られる。


「プリンセス小隊……おわ!」


 刹那、灰色の巨人が残骸と化した機体をすくうように抱えた。そして、灰色の機体の胸部装甲が展開する。コクピットブロックが露わになり、そこには機体と同じ灰色のパイロットスーツに身を包んだ女性パイロットがいた。頭部はマジックミラー式のバイザーで見えなかったが、特徴的な胸元が嫌でも視線に入る。それで、女だと直感した。


「……」


 真人は無意識のうちにその機体のコクピットへと体を流していた。ゆっくりと手を伸ばす。その手を相手のパイロットが掴み、引き寄せてくる。

 コツンとお互いのヘルメットが接触した。


『王子様!』


 聞こえてきたのは、空気を読まない能天気な声だった。


『あなた、王子様だわ!』


 ガコンとコクピットの装甲が閉じられる。狭い空間、どうしても体が密着する。


「な、何を言って……」


 ぷしゅーという音と共に相手のヘルメットバイザーが解放され、美しい白髪が舞う。

 ぱちりと大きな瞳を瞬かせ、少女は満面の笑みを浮かべた。

 まるで、お姫様のように、輝かしい、笑顔だった。


 ***


 木星衛星エウロパにおいて行われた第三次フェアリーネスト攻略作戦は失敗に終わった。第二次作戦時において動員された兵力より二割も少ない戦力で挑まれた今回の作戦には多くの批判が殺到することになったが、それはまた別の話である。

 この第三次作戦において喪失した兵力は地球兵力は兵士五千、艦艇は百二隻に達するという

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